門倉貴史『ワーキングプア いくら働いても報われない時代が来る』



※NHKスペシャル「ワーキングプア」の感想はここ
※NHKスペシャル「ワーキングプアII」の感想はここ


ワーキングプア いくら働いても報われない時代が来る ワーキングプア問題のハンドブックともいうべき本で、一言でいって関連する統計、論点、対策方向をかなりうまくまとめた便利な書籍である。この問題を論じようと思ったらぜひとも手元においておきたい。
 著者は大企業系シンクタンクの出身で、「サービス残業をなくし代わりに人を雇えば160万人の新雇用が可能」という研究で知られる門倉だ(一部サヨにはねw)。
 統計的ハンドブックというでなく、合間に挿入されているワーキングプアの人々のルポも貴重だ。NHKスペシャルでは自己責任という非難をひきおこさないようにケースをかなり選んだ形跡が見受けられたが、本書でとりあげられているケースは、ある意味で「平均的」。よくも悪くも「気楽さ」やその前の「イイ目」も隠さず収められていて、実際に私たちが出会うであろうワーキングプア像はこのような人たちが多いかもしれないと思わせる。(冒頭の2ケースは「年商14億円の会社社長から、時給900円のコンビニバイトに」「元大手100円ショップ店長。激務の末」など)。

 この本で紹介された基本的な統計数字を書いておこう。
  1. 門倉のワーキングプアの定義は、働いているのに、年間収入が200万円未満の人たちのことで、その根拠は、東京23区の生活保護水準が年間支出194万6040円だということによる。
  2. 賃金構造基本統計をみると05年度にこの数字にあてはまるのは546万860人で労働者の25%に相当する。

 もちろん、これ以外にも役に立つ統計数字が満載で、しかもシンクタンク出身らしく統計の典拠をいちいち書いてくれるので、使う方からすればありがたい。これを使えば自分の県や市町村のワーキングプアについても推計できる。そうしたデータの宝庫だ。(ただし上記「1.」については都内で家族3人=夫33才、妻29才、子ども4才のモデルケースが前提で、何人を養っているかでまるで実態はかわってくる。主婦のパートのような補助的労働というものも含んでいる。門倉はあくまで年収200万円を「便宜的」なラインと扱っていることには注意。)。

 すでにぼくはこのサイトでこれらの問題をくり返し論じてきたので重複はさける。そのうえで、この本で大事だと思う点のみをいくつかのべておこう。

 第一に、問題原因の認識だ。門倉は次のように規定する。

〈最大の要因は、日本の企業が正社員の数を減らして、派遣社員や契約社員、嘱託社員、パートタイマー、アルバイトといった、いわゆる非正社員の数を増やしていることがある〉(p.22)

 いまだにウェブ上やぼくにくるメールのなかには、本人の自己責任のみを強調するものが少なくない。問題の根源がここにあることを見据えるかどうかで、以下につづく本論、対策がまるでちがってくる。門倉は正しい。
 たとえば「ニート」が「増えている」という問題も門倉は本書で論じている。この問題はすでにぼくも『「ニート」って言うな!』の書評のなかでとりあげたけども、本田由紀によれば社会的に一歩をふみださないタイプの人々の数は一定で、増えているのは雇用情勢の影響をうけて職につけない人たちなのだ。
 門倉自身も〈若者がニート化する原因はさまざまであるが、大きな要因のひとつとして雇用環境の悪化を挙げることができる〉(p.149)としたうえで、それを裏付けるデータを示している。失業率と「ニート」比率の相関、「ニート」化の要因分けにおける「雇用環境要因」の最多などである。沖縄でニートが最も多いという事実は、「ニート」問題の本質が雇用問題であることを端的に示している。

 第二に、「少子化によって雇用環境は改善する」という議論だ。

 これは常々不思議だと思っていたことで、テレビで「ワールド・ビジネス・サテライト」などを視ていると“新卒採用増加 バブル時代に迫る”とか“強まる人手不足”などという見出しが踊っていて「いったいどこの国の話か」といつも思う。
 門倉はこの種の議論について〈人手不足が発生すれば、若年の雇用問題が自然に解決するという考え方は短絡すぎる〉(p.152)とバッサリ。
 門倉の結論は「ミスマッチ問題の深刻化」だ。15〜24歳の若年層ではミスマッチに起因する失業率が9割に上る。ミスマッチというのは、企業が欲している労働需要と、供給されている労働力の能力が合わないということだ。門倉はミスマッチ部分の失業=均衡失業率の上昇をしめしたうえで、〈ミスマッチ問題が解消しない限り、失業率は景気循環要因部分の1.28%程度の低下しか見込めない〉(p.154)とのべる。

 「ミスマッチ」と聞けば、「では労働者が能力をみがけばよい」、という結論が出てくるのだろうが、ぼくが思っているのは、少々の「能力開発」をしたとして550万人もの貧困が解決するのだろうか、ということだ。

 たとえば、「リクナビ」で任意の正社員むけ新着情報をみてみよう。
「C、C++、VB、VCなどを用いた開発経験者 EJB、J2EEなどに関するスキルのある方 Oracle、ACCESSなどのDB開発経験者、SQLを使える方」「コンビニやパチンコ店等、サービス業を中心とした企業に、防犯カメラ導入の企画提案を行ないます」「損害保険を通じ、企業へリスクコンサルティングを提案。米国では弁護士と並び称される仕事です」「大卒以上 28歳位迄●社会人経験3年未満の方 ●営業経験1年以上ある方歓迎 (経験のない方でも、人材ビジネスに挑戦したい意欲を歓迎)●英語で読み書きができる方歓迎 (できなくても業務に支障はありません)」「学歴不問30歳位までの方_社会人経験3年未満の方 オープン系、ネットワーク系、汎用系、Java、C、.NET、VB、 何でもいいので、開発を少しでもやったことがある方」「今後ますます拡大成長していく当社のIT部門。コアメンバーとして、事業をひっぱっていくメンバーに成長いただけることを期待しています。●07年3月、専門・短大・大学卒業予定者歓迎! ●学歴不問 ●未経験者大歓迎! ●入社後1年以内の正社員登用率95%!●フリーターの方や社会人経験のない方も歓迎!」……

 まず年齢はほとんどが30歳まで。せいぜい35歳で、最高は37歳。年齢不問は1件だけだった。「社会人経験3年未満」というのもけっこうあって、これは事実上30歳未満を意味している。ぼくのような人間はまず入口でシャットアウトだ。
 内容も「C、C++、VB、VCなどを用いた開発経験者 EJB、J2EEなどに関するスキルのある方 Oracle、ACCESSなどのDB開発経験者、SQLを使える方」などというのはもう何を言っているかぼくなどにはわからない。このようにIT関係の一定の専門能力を要求する求人がやはり少なくないのだ。
 せいぜい、ぼくができそうなのは「コンビニやパチンコ店等、サービス業を中心とした企業に、防犯カメラ導入の企画提案」「損害保険を通じ、企業へリスクコンサルティングを提案」くらいならできるかもしれないと思う。しかし、本当にできるのかどうかはわからない。

 つまり、まず若年以外はほとんど見向きもされていない。
 仮に年齢が適合したとしても、若年にしてもかなりハードルが高いのではないか、と思うのだ。
 果たしてこれは「能力を開発」していったとしてミスマッチが解消するような性格のものなのか、甚だ疑問が残る。

 第三に対策。
 最低賃金の底上げについてはまったく一致するが、「支出税」は「?」だ。あえていえば条件付きで賛成である。
 「支出税」については、本書ではあまりくわしくは展開されていないし、ぼくもほんとどわからないのであくまでここで聞きかじったという印象で論じてみると、消費税は逆進性があるからダメという点はまったく納得。「支出税」は消費(=所得−貯蓄)にたいする直税的な累進課税である。
 ただ、現在の消費税の分をこれにかえるのはイイと思うのだが、所得税をひっくるめて税制のすべてをこれにかえてしまうのは問題がある。なぜなら、カネもちや大企業は消費ではなく投資(=貯蓄扱い)にお金をまわすからであり、そこには課税されない。いくら累進性を強めても限界があるからだ。
 ゆえに、所得税とミックスで使い、消費税の代替にするだけなら「よりまし」なので賛成である。ただし、所得と消費への二重課税だという問題は解決されないので、将来的には所得税に一本化するのがよい。


 この他にも興味深い論点や事実は多かったが、とりあえずこれくらいで。





宝島社新書
2007.3.1感想記
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