有事法制は侵略防衛の機能として
はたらいたことがあるの?

 さいきん、いろんなBBSをみる機会がありましたが、有事法制を推進している人たちの最大のよりどころは、やっぱり

「侵略の可能性はものすごく低いかもしれん。しかし可能性は絶対に否定できない。そのためのそなえをつくっておくことだ」

というところでした(「保険」のメタファーになだれこむ人が多い)。そりゃそうです。可能性というものはどこまでいったって否定できません。

 「米軍の戦争動員の道具になる危険のほうがよほど高い。あってもいいじゃないか、ではなく、あると危険」っていうのが、わたしのいつもの議論ですけど、きょうはちょっと別の角度から。


【歴史にでてきたさいしょから、防衛とはカンケーない=フランス】

 まず有事法制のはしりは、フランス。1791年のフランス合囲状態法。つくって1週間でつかわれる。>共和制をもとめてあつまった群衆への戒厳令として。
 このとき軍隊が発砲し、50人が虐殺。

 つぎにつかわれたとき、1848年には、ふたたび戒厳令で、労働者を弾圧。1万5000人が裁判をへずに流刑にされ、3000人以上が処刑。マルクスの『フランスにおける階級闘争』ですな。

 いずれにせよ、外国侵略とはかんけいない。


【歴史にでてきたさいしょから、防衛とはカンケーない=ドイツ】

 ドイツもフランスのをみて国民弾圧につかうためにつくった。「戦争または暴動のさい」には憲法のいくつかを停止するという内容が、1851年のプロイセン憲法やそれを具体化する合囲状態法によってできた。

 「有事には憲法をとめる」ってかんがえは、ワイマール憲法にもうけつがれた。なんどもつかわれ、しだいにハードルが低くなり、ヒトラーがこれを使う。「ドイツ国民の防衛のための大統領緊急命令」だ。悪名だかき「全権委任法」の正式名称は、「国民と国家の危難排除のための法律」。

 あとはごぞんじのとおりの道だ。

 ここも外国侵略とは関係ない。


【日本でもはじめっから防衛じゃなくて国民おさえつけ用】

 ごぞんじのとおり、日本は、外国から侵略をされた経験はない。
 となれば、いちども使われないはずだけど……。

 日本でさいしょの有事法制は1882年の戒厳令。戦時・事変のときは、軍隊が裁判権や民間が保管する物資の調査権をつかえるようにし、地方行政も軍隊がにぎる(うーむどこかできいたぞ)するもの。フランスの「合囲」のかんがえもとりいれる。

 日清戦争のとき1回、日露戦争で6回、戒厳令はつかわれた。やっぱり外国への侵略を自分たちがやるときにつかったのだ。

 その後は?

 日露講和条約の内容を不満にかんじた日比谷の群衆を弾圧するために1回つかう(死者17人、負傷者2000人)

 2回目は関東大震災。ごぞんじのとおり、このもとで、朝鮮人や社会主義者、争議をしていた労働者などが殺され、700人がつかまった。

 3回目は2・26事件。


【さらに本格的な日本の有事法制もすべて侵略動員用】

 このあとできたさらに本格的な有事法制は、ぜんぶ侵略戦争にヒト・モノ・カネを強制動員するためにつかわれた。

 軍事工業動員法(1918年)、国家総動員法(1938年)、そのほか徴用令、職業能力申告令、価格統制令などなど。

 もうここは説明の必要はないだろう。


【この半世紀も自国防衛のためにはつかわれていない】

 フランス。1958年の憲法で、非常事態規定。これがつかわれたのは、どれも植民地支配をつづけるため。
 1回目はアルジェリアに。出版の自由制限、強制収容拡大、特別裁判所(61年)。2回目はニューカレドニアの独立運動に。「国家の独立がおびやかされる」んだって。どっちがおびやかしているんだか。

 イギリス。1920年に国家緊急権法ができ、第1条に戦時を想定したものがあるけど、これにもとづく発動はつくられてから一度もない。2条は産業の一部がマヒするようなとき。12回つかわれ、ぜんぶ炭坑労働者のスト弾圧などだ。ほかはアイルランドや植民地にかかわるものだけ。

 ドイツ。68年のボン基本法だが、いちども使われていない。

 アメリカ。これはいちども侵略をうけていない国。なのに、現在も2ケタの事態が「緊急事態」になっているとか。



 以上は、『前衛』(2002年)5〜6月号の松竹伸幸氏の論文「米国益のための戦争国家法批判」によるものです。

 みごとなまでに、自国民の防衛とはカンケーありません。国民弾圧・動員用です。

 もともと有事法制は、絶対君主の支配の継続のための手段としての戦争をとらえる時代にうまれたものです。国家体制を維持するために戦争もするし、体制をくつがえそうとする国民の動きも弾圧する、っていう発想から出ていて、人権とかいう発想がないんです。だから、いつも国民弾圧と表裏一体なんでしょうね。(よくBBSでクラウゼビッツをもちあげて有事法制の合理化をやっているヒトがいましたが、軍事科学の議論ならともかく、法制議論としてはこれくらい時代錯誤の話はない)

 そして、日本がじっさいに攻められ、国民の命が危険にさらされたとき。戦前の沖縄戦や「満州」でのソ連侵攻のときです。

 鉄壁の有事法制がありました。

 これはわたしも前にいいましたし、高知県の橋本知事も言っていましたが、別に有事法制なんかなくったって、国民は助かりたい一心で、軍隊に協力するでしょう。そして日ごろも、ありとあらゆる協力をおしんでこなかったんです。

 しかし、じっさいには、住民は軍隊に殺され、見捨てられました。

 「有事法制は保険だ」というヒトは、比喩がまちがっているとおもいます。近代史がしめしたことは、「有事法制保険という、インチキ保険に注意! 保険料だけはらわされて給付がありません。それどころか身ぐるみはがれます」ということです。

 「有事法制の危険をいう人は、自動車は事故るから乗らないというのに似ている」という比喩もよくききますが、たいがいは大事故をおこし、まともに走った例がない自動車に乗らないのは賢明だとおもいます。

 「ほんとうにいまそなえなければいけない有事、リキいれて考えるべき有事はなにか」という議論を、有事賛成派のヒトともやってみたいんですが、長くなったのでこれくらいで。


(2002.6.18記)