『週刊金曜日』 2000年3月24日(No.308)号より

風速計    本多勝一

歴史教育の”成果”


 この正月の私の年賀葉書は、冒頭がこんな書きだしであった。――「十進法の切れ目にすぎないキリスト暦2000年ですから、例年以上の感慨がこの数字にあるわけではありませんが……」
 そして文末には、「2000年正月」のほかに、イスラム暦1420年と仏暦2382年を示した。
 実際、仏教が主流の日本で、なぜキリスト暦をかくも大騒ぎするのだろう。地球規模ではキリスト教圏を着実に侵食しつつあるイスラム教だが、その暦の区切りなど日本ではたぶん気付かれもしまい。官庁は元号にこだわるくせに、こういうときは挙げて「2000年」に同調するのにも苦笑させられる。日本人がこういう意識になってしまったのも、結局は広義の歴史教育の“成果”であろう。
「君が代放送局」たるNHKもまた、こうしたマイナスの歴史教育には熱心であった。たとえば今月14日夜10時には、「日本ときめき歴史館」シリーズ最終回として実施したアンケート「あなたが選ぶ日本史10大事件」の結果を放映した。ここには狭義の歴史教育の“成果”が見事に現れている。10大事件のほかに、11位から20位までも紹介されたから、発表は20大事件ということになる。「黒船襲来」「蒙古襲来」「鉄砲伝来」「鎌倉幕府成立」「日露戦争」「大化改新」「関ヶ原の合戦」「明治維新」等々が挙げられたなかで、最上位は「太平洋戦争」だった。
 番組が終ったとき、「これだけ?」と驚くとともに、現代日本人の歴史認識を深く学ぶことができた。20大事件の中に、周辺への日本の侵略に関係する事件は、ついに1件も出てこないのだ。琉球侵略・アイヌ侵略はもちろん、朝鮮侵略も「満州」侵略も南京大虐殺もない。秀吉にかかわる「本能寺の変」はあっても朝鮮侵攻はない。「日露戦争」はあっても「日清戦争」はない。日清戦争こそは、日本が欧米とともにアジア侵略の覇権競争に加わった最初の大戦であり、巨額の賠償金と大陸侵攻の橋頭堡(きょうとうほ)を得て、50年後の破局の出発点となった大事件である。要するに「踏まれた側の痛み」しか感じず、猛烈に踏み込んだことは無視か無知なのだ。
 そして、1位の「太平洋戦争」自体が、日本人の哀(かな)しい歴史認識の象徴といえよう。なぜ真珠湾攻撃「以後」なのか。「以後」などはアジアにおける欧米帝国主義国との直接的ケンカであり、侵略者同士の覇権争いにすぎまい。この点がヨーロッパにおけるドイツとの戦争と決定的に異る。
 問題は真珠湾「以前」なのだ。そうであれば、「太平洋戦争」という真珠湾以後に限定した表現には、当然ならない。「満州」侵略以後の「15年戦争」という表現がかなり一般的だが、私は「50年戦争」と言っている(注)。つまり日清戦争から切れ目なく連続した日本現代史である。
 文部省やNHKなどによるこうしたマイナスの歴史教育が、日本を孤立させてゆく“成果”を齎(もたら)す。

(注)これについては拙著 『大東亜戦争と五〇年戦争』(朝日新聞社)収録の 「日本の『五〇年戦争』の提唱」 その他の論稿で詳述。なお丸山静雄氏は台湾出兵以来の 「七〇年戦争」 と提唱している。


(Webサイト作成者より)
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