『週刊金曜日』 2000年 8月4日(No.326)号より

貧困なる精神(124)    本多勝一

日本のビールを論ずる


暑い盛りですね。そこでビールを論ずるわけですが、マスコミは広告で業者と癒着していますから、広告に影響されぬ本誌では、実名をあげて批判しましょう。

本多 ベストセラーがアサヒのスーパードライとキリンのラガーですか。
千頭 ええ。
本多 これは、もちろん樽生じゃなくて普通の瓶詰めや缶詰だけど、俺の主観によれば、日本でもっともまずいビールですね。飲んだら吐いちゃいそうなぐらいまずいのに、なんで売れるんですか。スターチその他の混ぜものだらけだし。安いから売れるのですか。
千頭 安いこともありますし、味がないということもあります。特徴がないので飲みやすい。ビールが飲めなかったのにスーパードライが出て、飲めるようになったという人もいるんです。
本多 あれが本当に、うまいんだったら、日本のビールは外国でもうんと賞賛されて世界を席巻するだろうと思うのだけど、そんなことはまったくない。
千頭 ありませんね。
本多 ということは、あんなものをベストセラーにする日本人はビールに関して味バカなんじゃないのかとまで言いたくなるけど、どうですか。
千頭 嗜好が、たとえばアメリカのバドワイザーなんかは喉の渇きをいやすために飲んでいるので、味がきついと困るわけです。
本多 バドワイザーは日本のキリンやアサヒに近いくらいまずい(笑)。
千頭 たぶんバドワイザーは昔、チェコのブドワイゼをコピーした時点ではおいしいビールだったんじゃないかと思うんですけど、それがこの百数十年の間にどんどん麦芽やホップの分量を削っていって、そのたびに売り上げが上がってきた。それとよく似た現象が、日本でも起こっているんじゃないですか。
本多 ほお、そういうものですかね。
千頭 このあいだキリンビールが、明治・大正・昭和のビールの復刻版を、限定版で売り出したんです。そうしたら、明治のものがいちばんうまくて、大正、昭和初期となっていくに従って副原料の量が多くなっていくんです。
本多 そうすると、むしろ大衆に迎合してまずくなっていった?
千頭 アメリカはそうだと思いますね、バドワイザーのように。しかし日本の場合は、副原料が多くなっているといっても、それほど極端に味が変わっているわけではなかった。明治・大正・昭和初期を飲み比べても。それが、平成ラガーというラベルを貼っているビールがありまして、それを飲んだら極端に味が変わっているんです。
本多 つまりバドワイザー的に?
千頭 はい。急激に変わっているから、日本の場合は大衆に迎合してというより、こちらの勘ぐりですけれども、何かの意図を感じてしまうんですね。コストを下げているんじゃないかなと。
本多 地ビールのほうはどうですか。
千頭 地ビールは競争時代に入ってきたと思います。規制緩和のときは物珍しさもありますし、業者の数自体も少なかったから、大手との差別化だけでよかった。でも、これだけ増えてきますと、もう地ビール同士の競争にもなっていると思います。実際つぶれた業者もいくつかある。横浜に行ったとき、楽しみにしていたチャルダがつぶれていたのはショックでした。
本多 昨日ある会合で、銀河高原ビールはうまいと聞いたけれど……。
千頭 地ビールの基準で考えたら、あれは普通ですね。もちろん大手メーカーものよりはおいしいけど、地ビールの平均で考えると、そう目を見張るほどうまいものでもないと思います。
本多 あれは大量生産しています。
千頭 もともとは東北の地ビールだったのが、日本各地に工場を建設して、缶ビールとして大量に出荷するというやり方で業績を上げているんです。
本多 初めてのときはうまいと思ったけど、変わったんじゃないかしら。
千頭 それはたぶん気のせいではなくて、やはり変わってきたと思います。
本多 それにあの会社は 『プライド』なんていうとんでもない、捏造的な侵略礼賛映画のスポンサーですしね。
 去年佐世保に行って飛行場で買ってきて飲んだ 「サセボ有機栽培ビール」 は、かなりうまかったね。三角形の大きな瓶(960ミリリットル)だった。
まァ地ビールは数多いから自分が飲んだ範囲での話になるけど、例の 「エチゴビール」 、あれにもいろいろあるんだけど、エチゴの 「吟醸ビール」 は大いにうまかった。
千頭 上原酒造(株)は地ビール業界では老舗中の老舗で、社長の上原誠一郎さんという方は、イタリアにしばらく住んで役者をやっていたけれど、たしか先代に不幸があって、新潟の造り酒屋を継いだらしいんです。そのイタリアでの生活の経験と、地ビールの規制緩和の時期がちょうど重なって、地ビールを打ち出したらしい。
本多  「吟醸ビール」 は小瓶ですけど、700円かなにかで、非常に高い。
いなか町で、地元の地ビールを愛飲するドイツ人たち
(中部ドイツのディングスレーベン村で) 写真撮影/本多勝一

千頭 やっぱりコストが高いからと言うんでしょうけど。それでも、地ビールのほかの業者の値段等を考えると、やっぱり高いです。エチゴさんはブランドに今はなっていますけど。
本多 地ビールは一般に賞味期限が短いんですね。本来そのほうがうまいはずなんだけれど、キリンとかアサヒのは半年以上とか10カ月とか。それもありますね、まずさとの関係では。値段も関係あるでしょう。
千頭 ええ、非常にあると思いますね。実は、奈良には倭王というブランドのヤマトブルワリーがあって、社長の栗本さんとは数年前から交流があるんですけど、その方も最初地ビールを作り始めたころ、デパートなどで賞味期限に難色を示されて 「これはちょっとうちでは置かれへん」 という。
 ただ、倭王の場合は、もともと奈良ではけっこう有名な遊戯施設の大きな会社だった。栗本さんはそこの地ビール部門を任されているというような感じですから、バックに資本カはあったもので、地ビールレストランには遊戯施設が併設されて、最初のうちはそれでだいぶ助けられていたんじゃないかと思いますけど、今では倭王は地元でも有名になってきたので、かなり販売を伸ばしているみたいです。
 ただし倭王のいいところは、去年お会いしたとき 「生産量がだいぶ多くなったでしょうと訊ねたら、まだ60キロリッターだと言うんです。法定では年間生産量が確か60キロリッター以上だから、地ビールとして認定される最低限の量で続けているらしい。
本多 売れたからといって大量生産をやらないと。それは立派ですね。
千頭 またおもしろいことに、その栗本さんはもともとビールが嫌いだったんです。なぜビールを造ろうと思ったかというと、アメリカに視察に行った際、アメリカの地ビールを飲んでみたら 「これは飲める」 という感じになった。もともと、ビールはまずいし、アルコールにも弱いし、自分は酒は嫌いなんだ、下戸なんだと思いこんでいたところが、アメリカの地ビールに出会ってから好きになってしまった。
本多 ということは、バドワイザー型のやつのことを言っているのかしら。
千頭 いえ、いえ。アメリカの地ビールは正味、バドワイザーとは対極をいっているんです。
本多 つまりアメリカ人は味バカばかりじやないということ(笑)。
千頭 アメリカというとすぐにバドワイザーを思い浮かべてしまうけど、実はアメリカでも 「バドワイザーはおかしい、もっと実のあるビールを飲みたい」 という層があって、日本よりも20年ほど早く、規制緩和で地ビール業者がたくさん出現しています。そのビールは、やはりヨーロッパにひけを取らぬほどの味はあると思います。
本多 アメリカの場合、ビールに限らず、酒類を自家製でも一年間に規定量以内なら合法的にできる。これはアメリカに限らず、たいていの国がやっています。日本の酒税法は世界最悪。それにビールは酒の中では自分で作りやすい。日本酒なんかに比べると圧倒的に楽です。ともかく、アメリカも味はそういうことなんですね。
千頭 ええ。栗本さんはそこの地ビールを飲んで目覚めたらしいです。
本多 それまでは、日本の普通のビールをまずいと思っていたということだから、俺の主張と一致していますね。
千頭 ええ。かえって毒されてなかったから、本当にうまいものが飲めたと。だから、あそこの会社は社長も工場長も、初めて本物のビールを飲んだときの感激が忘れられずに、ビールのレベルを絶対に下げないと。
本多 感心ですね。
千頭 売れたからといって、生産量も上げない。それからもっとおもしろいことに、最初は一般のお客さんのためにピルスナーを作っていたらしいんですけど、二年目から妙に売れなくなってしまった。パイツェンタイプ(小麦ビール)に人気があって、そればかり売れていて……。
本多 なんでかな。俺もパイツェンは好きで、ドイツではよく飲んだけど。
千頭 要するに、ピルスナーは倭王が発表しているビールの中ではいちばん 「普通のビール」 です。お客さんのほうも、最初は取っつきやすいピルスナーを飲み慣れている感じで注文していたのが、ニーズが変わってきて、やはりおいしいものを求めるようになって、 「倭王に来てまでピルスナーを飲みたくない」 というお客さんが増えてしまったということです。
本多 しかしピルスナーでも、それこそキリンやアサヒより倭王のほうがうまいんじゃないのですか。
千頭 うまいですよ。これでおもしろい話があるんです。一応、地ビール業を発足させるときにはサントリーから技術提携といいますか、技術指導を受けましたから、倭王というのはその関係から、自分のところで造るビールとサントリーのモルツの生ビールを一緒に売っているわけです。
 その後のことですが、サントリーの技術者に、まず自分たちの造ったビールを渡すと、技術者たちも 「これはいける」 とか 「及第点だ」 とか、いろいろ評価する。そこで倭王の社長が 「ぞれでは今度はとっておきのスペシャルビールがあります」 といって渡したら、 「これはいけないね」 とか、 「これはまずいよ、どこのビールだ」 というので 「実はこれはサントリーのモルツです」 (笑)
本多 でも、それはわかりますね。


ちかみ ただかず ・ 「ドイツビール友の会」 事務局長。
ほんだ かついち ・ 「ドイツビール友の会」 名誉会長。本誌編集委員。


(Webサイト作成者より)
※本文のHTML化にあたって、日付の表記を算用数字にするなど、若干の変更を加えております。

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