『週刊金曜日』 2001年 3月9日(No.354)号より

貧困なる精神(134)    本多勝一

高見澤昭治氏に聞く

「司法改革」で日本の裁判は本当によくなるのか(6)


財界が弁護士増員を求めるワケ

本多 財界は、弁護士増員の目的についてどういっているのですか。
高見澤 旭リサーチセンター代表の鈴木良男という人が、『日本の司法ここが問題 − 弁護士改造計画』(東洋経済新報社)という本を出しています。彼は規制破和を進めるオピニオンリーダーの一人で、法曹養成問題でも強引な働きをした人物ですが、これを読むと彼らの本音がよくわかります。そこでは「弁護士は基本的人権と社会正義を呪文のように唱え、競争の回避しか考えていない」と弁護士を厳しく攻撃し、「弁護士はいってみれば、営業マンである。これに対して裁判所と裁判官は工場だ」という驚くべき比喩を用いて、だから「法曹改革の第一歩は、あくまでも法曹人口の増加にしかない。それを思い切ってやり遂げれば、競争が生まれ、よいサービスが提供され、国民の信頼が発生する」というのです。
本多 「弁護士は営業マンで、裁判官は工場」という表現は、商売人の中でも利潤追求だけしか考えない「死の商人」丸出しだな。こんな人物が政府の委員をしているのですか。
高見澤 右の比喩にしても、工場が粗悪品を作っているのに、弁護士が営業に励めというのは悪徳商法に精励せよと言っているようなものです。
 なお、誤解のないように一言いっておきたいのは、弁護士の合格者を一挙に増やすと、弁護士の収入が減って食うに困るから反対するのではないということです。今までは弁護士はお金にならない事件でもボランティア的にずいぶんやってきましたが、これまでのようにそういうことをやっていけるのかどうか。
 すでに東京などでは暴利をむさぼる貸金業者など悪徳業者と結託して弱い者をいじめる側に回ったり、事件が少ないために費用を余計に請求したりということが問題になっていますが、過当競争になればさらに市民が犠牲になるケースが増えるのではないかということを心配しているのです。
イラスト/橋本勝
本多 それに関連しますが、弁護士が多いといわれるアメリカやドイツでは、何か困った問題が起きていますか。
高見澤 私の手元に『訴訟社会』(原題は『訴訟好き社会』)『弁護士社会アメリカの内幕』 『訴訟亡国アメリカ』といった本がありますが、100万人ともいわれる弁護士たちが、アメリカ社会の中枢を担う反面、社会的に重荷になっていることがよく分かります。「アンビエランス・チェイサー(救急車の後を追いかける人)」と言われたり、「ローヤーはライアー(嘘つき)だ」というように、蔑まれる存在でもあるというのもよく聞く話です。
本多 「良き法律家は悪しき隣人」という言葉もありますね。実際に市民が攻撃されたり、弁護士に食い物にされたりして迷惑を蒙(こうむ)っているのかな。ドイツではどうですか。
高見澤 ドイツのテレビ局が製作した番組を基にした『訴えてやる!−ドイツ隣人間訴訟戦争』(未来社)という本を見ると「彼らは話し合わない。相手につかみかかっていく。最終法廷まで。そして森が禿げ山になるほどたくさん、裁判書類を製造する」という書き出しで、ドイツ人のすさまじい訴訟熱を、嫌になるほどたくさんの実例をあげて紹介しています。
 それでもドイツでは弁護士が毎年大量に生まれているために、資格があるのに仕事がなく、失業状態で生活保護を受けている弁護士が一万人近くいるということです。実際にドイツを廻ってみての印象ですが、裁判官たちは生き生きとしているのに、弁護士の存在感が薄かったように感じました。
本多 フランス並という話がありましたが、フランスなどは?
高見澤 フランスの弁護士の実態はよく知りませんが、日本の場合、フランスと違って、弁護士の他に司法書士が 1万7000人、税理士が 6万3000人、弁理士が 4000人、行政書士が 3万5000人、さらに社会保険労務士が 2万5000人など、弁護士に隣接する専門職として合計で 14万4000人が存在しています(いずれも概数)。
 フランスでは弁護士という資格しかなく、これらを全て取り扱っているということですから、単純にフランス並というのも、乱暴な話だと思います。むしろ合理的に考えれば、社会的な需要を見ながら、毎年一割とか二割ずつ増やしていくべきで、それが現実的だと思うのですが。

弁護士を営業に走らせる「広告解禁」と「法人化」

本多 われわれ「弁護士を頼む側」として困る点を一つ言いますと、「弁護士情報提供制度」が弁護士会にあるとはいえ、やはりホンネとしての各弁護士の得意分野や実力の程が分からないので、「医者選び」と同様な意味での「弁護士選び」が難しいことです。関連して、最近スポーツ新聞などでサラ金の広告に混じって弁護士の広告をみかけますが、どうなっているのですか。
高見澤 長い間、弁護士の品位を傷つけるということで原則禁止であったものが、去年の 10月から原則として自由とされました。広告を解禁した理由は、情報化が進みインターネットも急速に普及しているのに、弁護士個人の情報が不足しているために、国民の不満や批判が高まってきたことや、規制綾和の要求が急速に強まったことがあげられています。
本多 となると、弁護士も広告・宣伝して、大いに商売に励めということですか。広告を信じて弁護士を選んでも、実力の程は分かりませんよ。
高見澤 競争がサービスを向上させるという考えに立てば、広告を規制していたこと自体、おかしいということになります。ただ、弁護士の仕事は商売と違うのだから、宣伝してまで弁護士をやりたくないという考えの者は、特に中年以上の弁護士に多いですよ。
本多 でしょうね。弁護士の使命たる「基本的人権の擁護と社会正義の実現」が泣きますよ。それに、金持ち弁護士が広告・宣伝に金をかけ、さらに金儲けに走ることになりませんか。
高見澤 そういうことになる心配は当然ありますので、消費者としては、派手な広告や宣伝をしたからといってその弁護士が信頼できるかという目で厳しくみていく必要があると思いますね。
 また最近、弁護士事務所を法人化できることに決まりました。弁護士が個人として行なっていた契約や資産の管理を事務所として行ない、弁護士が死んだり他に移動したりしても困らないようにしようということです。アメリカのローファームのように大きな事務所を作り、競争力をつけてほしいという考えもあるようです。
本多 日本もだんだん「訴訟社会アメリカ」の後を追うことになるのかな。
高見澤 それに今度、弁護士事務所は新しく支店(法律上は「従たる法律事務所」)を設けることができるようになります。
本多 「支店」とはピックリですね。
高見澤 従たる事務所を認めることで弁護士の過疎化対策に役立てようということも理由に挙げられています。
本多 商売にならないところには支店なんか設けませんよ。むしろ、大事務所が地方の大都市に支店を設け、地方の法律事務所を圧迫することになる心配の方が大きいのではないですか。
 ジャーナリズムが情報産業(マスコミ商売)に変質して、記者がジャーナリスト精神を失っていくように、大事務所に雇われた弁護士が、弁護士としての使命を忘れて単なるサラリーマンみたいになる恐れもありますね。

公益性を強調し懲戒制度を強化

高見澤 審議会の中間報告では、弁護士を、「頼もしい権利の担い手」であるとともに、「信頼しうる正義の担い手」として公益性を有することを強調し、公益性に基づく弁護士の社会的な責務は、「弁護士が『公共性の空間』において正義の実現に責任を負うことである」と書いています。
本多 言葉だけは格好いいけれど、問題は実態ですね。ところで「公共性の空間」とはどういう意味ですか。
高見澤 最近の政府の審議会の報告書の中でよく使われる言葉ですが、どうもよく分かりません。今度の中間報告の最初のところにも、「司法部門は、政治部門と並んで、まさに『公共性の空間』を支える柱として位置づけられるべきものである。身体にたとえて、政治部門が心臓と動脈に当たるとすれば、司法部門は静脈に当たるといえよう」「『この国のかたち』の再構築に当たって、動脈と静脈の機能的調和を図ることが強靭な身体にとって不可欠であることを我々は強く認識する必要がある」と述べています。
本多 変なたとえだが、「この国のかたち」という言葉は自民党政治家や財界にファンの多い司馬遼太郎が好んで使っていた、明治の天星制を美化したひとつの国家観でしょう。「公共性の空間」というのも、なにやら胡散(うさん)臭い新国家主義的な臭いがしますね。
高見澤 そうですね。中間報告では、「弁護士は、いわゆる『プロ・ボノ』活動(例えば、社会的弱者の権利擁護活動など)、国民の法的サービスへのアクセスの保障、公務への就任、後継者養成への関与などの積極的な実践と「信頼し得る正義の担い手としての社会的費務を一層主体的に担うための意識改革を推し進めることが求められる」と述べています。
本多 ボランティア活動を義務づけようとした教育改革国民会議と同じように、弁護士を奉仕活動に駆り立てようというわけかな。そういえば戦前、弁護士も翼賛体制に組み込まれていきましたよね。この中で「公務への就任」とはなんですか。
高見澤 さし当たっては主として「裁判官への任官」を考えているようですが、最近防衝庁では弁護士を自衛隊員として任期付きで採用する制度を導入する方針を決めたと報じられました( 2月11日付『読売新聞』)。
 審議会はさらに弁護士倫理の強化や懲戒手続の迅速化などを提唱していますので、弁護士の中にはこの度の司法改革の中心的なねらいは、弁護士の在り方を根本から変質させ、弁護士自治の弱体化をねらったものだから、強く反対すべきだという意見もあり、弁護士内部で激しく対立しています。

(以下次号)

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たかみざわ しょうじ・弁護士、司法改革市民会議事務局長。著書に『市民としての裁判官』『自由のない日本の裁判官』(共著=いずれも日本評論社)など。


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