■ 漢語迷の武漢日記 ■
< 第18回 中国の桃源郷・九寨溝 >僕も中国に来てから間もなく二年になります。その間、休みを利用して随分多くのところを旅行しました。しかし、この「日記」にはほとんど旅行記を書いてきませんでした。昨年、「新彊の旅」を書きましたが、その時も観光地については全く触れませんでした。なぜかというと、ネット上に中国旅行記は溢れるほどありますし、それ以上に有用な情報を読者の方に提供できるとは思わなかったからです。
しかし、この夏訪れた九寨溝を見た感動はあまりにも大きかったので、これまでの禁を破って今回旅行記を書くことにしました。
◎九寨溝(きゅうさいこう)
九寨溝の名はこれまで多くの中国人から聞いていました。彼らは口々に「九寨溝は素晴らしい。あそこを見たら、もうどこを見てもいいと思わない」と言ったものです。みんながそこまで言うのならぜひとも見なくてはと思い、この夏九寨溝を訪れることにしたわけです。
九寨溝までは四川省の省都・成都からバスで12時間ほどかかります。途中はずっと曲がりくねった山道で、わきは常に何百メートルもあろうかと思われる崖です。ちょっと運転をミスったらもう一貫の終わりでしょう。実際、今年に入って雲南省の大理から麗江に向かうバスが崖から転落し、日本人の方が一人亡くなっています。僕はそれほどでもありませんでしたが、一緒に行った友達はかなり恐かったようです。
九寨溝と一言で言っても、実際にはかなり広い範囲に渡っており、とても歩いて見られる規模ではありません。普通は風景区内のバスを利用して回ります。このバスは「環保車」と呼ばれる電気自動車で、排気ガスは一切出ません。つい二三年前までは、自家用車で入ることも出来たようですが、今は環境保護のため、禁止したそうです。僕は今までさんざん中国の環境対策の後れを見せ付けられてきたので、これを聞いてちょっと安心しました。
前日、かなり長い時間バスに乗っていたこともあって、やや疲れていた僕でしたが、バスの車窓から風景を見ていて思わず声を上げました。水の色が違うのです。青がやや緑かがったような、なおかつ透明なその色は僕が今までどこでも見たことがなかったものでした。しかも、その水は不思議なことに木々の間を流れていました。このような光景を僕は今まで見たことがありません。
バスを降りると、そこには先ほど見た川の水と同じような色の湖が広がっていました。そこから五分ほどバスで行った所に「五彩池」があります。木々の間からわずかにその姿が見えた時、思わず目を疑いました。これが本当に天然の色だろうか?その透明で真っ青な水の色は先ほどの川の色とも全く違っていました。とてもこの世のものとは思えませんでした。しかも、その青は池の中心に行くにしたがってグラデーションのように濃くなっていき、最中心部は宝石のように輝いています。一体どうやってこんな美しい色が形作られたのでしょうか。話によると、何百種類もの苔がこうした不思議な色を出しているとのことです。それにしても信じられません。
「パンダ池」という所に行くと、底まで見える澄み切った水の中を無数の魚たちが所狭しと泳いでいました。東京という大都会に育った僕は、天然の水の中をこんなに多くの魚が泳いでいるのを見たことがありません。まさに桃源郷というにふさわしい場所だと思いました。
九寨溝には他にも多くの湖・川・滝などがあります。全てを見ようと思ったら、とても一日では回りきれないでしょう。
九寨溝は有名な観光地だけあって、膨大な数の観光客が訪れます。それだけに、汚染も進んでいると聞いていましたが、僕が見た所ではそれほど感じられませんでした。しかし、話によると、やはり開発に伴う生態系の変化で、滝の水の量などもかなり減ってきているとのことでした。
風景区を出ると、九寨溝から流れてくる川と、風景区外の川が合流しているところがありました。その青く輝いた水と灰色に汚染された水とのコントラストは、風景区を一歩出れば、汚染がどれだけ進んでいるかということを明確に示していました。
◎黄龍
九寨溝からバスで三四時間行った所に黄龍という所があります。九さい溝ほど有名ではなく、規模も大きくはないですが、ここもまた非常に美しい所です。ベージュ色の石灰をスプーンでえぐったようないくつものくぼみの中に淡い水色の澄んだ水がたまっている様子は九寨溝では見られない、独特なものです。この黄龍でちょっとしたハプニングがありました。
黄龍は山を登りながら池を見るというふうになっているのですが、観光客が池に入ったりして汚すことのないように、木で道が作ってあり、その上以外は歩けないことになっています。ある場所で写真を撮ろうとしましたが、あまりにも人が多く、待つのに時間がかかりそうでした。友達が、「道の脇に下りて撮ったら?」と言いました。僕は躊躇しましたが、別に池を汚すわけではないので、いいか、と思い、道の脇に下りました。その時です。「そこの君!ちょっとこっちに来い!」という怒鳴り声が聞こえました。語気が鋭いので一体何事かとびっくりしましたが、声のする方を見ると、なんと僕に向かって言っているのです。風景区の職員でした。彼は僕にチケットを出せと言いました。「裏になんて書いてある!君は学生か?学生なら読んで分からないわけはないだろう!」そこには、道の脇に下りてはならないということが書いてありました。「すみません」激怒する彼の前に頭を下げました。恥ずかしい思いでしたが、同時に頼もしい気がしました。どこへ行ってもいい加減に仕事をしている人が多い中国で、仕事とは言え、こんなに真剣に環境を守ろうとしている人がいるとは……。
確かに九寨溝・黄龍は中国の他の地域に比べると格段に環境が良好に保たれているという気がしました。この春に有名な三峡下りに行ったのですが、長江の汚染ぶりたるや、目を覆うものがありました。あの広大な長江の上をカップラーメンの容器・ペットボトル・空缶などが絶えることなく帯状に連なっていました。さらに驚いたのは、船員が船上のゴミを袋ごとポンポン長江に投げ込んでいたことです。船員にとってはそれはごく当たり前のことのようでした。本当に驚いたものです。
こうしたものばかり見てきたので、九寨溝の「環保車」や黄龍の職員の厳しい対応は中国の中では際立ったものに見えました。
九寨溝・黄龍は僕がこれまで見てきた数多くの観光地の中でも、最も美しい所と行っていいでしょう。いつまでもあの美しい環境を保って欲しいものです。
2001.7.24
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