漢語迷の武漢日記 

< 第20回 米国テロに対する反応 >


 先日、アメリカで今までの常識ではちょっと考えられないようなテロ事件がありました。恐らく日本での一般的な反応は「恐ろしい」「許せない」といったものでしょう。では、中国での反応はどうでしょうか?今日はその辺をご報告したいと思います。
 テロの次の日、授業で中国人の友達に会ったので、テロに対する感想を聞いてみました。すると、「第一に驚いたが、第二にうれしかった」と言いました。この反応はある程度予想はできたものでしたが、しかしここまではっきり言われると、やはり驚きました。しかも彼女は決して民族的情緒が特別に強い人ではなく、逆に問題を比較的客観的に見られる人だったので、なおさら驚きました。「でも、いくらアメリカの政策に問題があるとしても、殺されたのは罪のない一般の市民じゃない」と言うと、彼女とまわりにいた何人かの人は「確かにそうだ」としぶしぶうなずいているという感じです。
 授業での先生の言い方などを見ていても「確かに感情的に見れば、うれしいという感情が生じるのはわかる。しかし、理性的に見れば、やはり一般の市民が殺されたのであり、許されるべきことではない」というような反応が多かったです。どうも、あの事件の映像を見た多くの中国人の直感的な反応は「うれしい」「ざまあ見ろ」といったものだったようです。
 なぜ、このような反応になるのでしょうか?第一の理由は一昨年五月に起きた、米軍によるユーゴの中国大使館空爆事件です。この事件について、中国のほとんどの国民は故意だと信じています。第二は今年起きたアメリカの「スパイ機」が「領空侵犯」した際に中国の戦闘機と衝突し、中国のパイロットが亡くなった事件です。この二つの事件は中国人の反米感情を大いに高めました。
 それ以外ではアメリカの中東政策があります。ある友人は言いました。「アメリカでのテロは何の罪もない人たちを殺したのだから、その意味では許されることではない。だけど、アメリカがイラクに対してとっている経済制裁も結果的には何の罪もない人たちの生命を奪う結果になっている。手段が違うだけで、やっていることは同じではないのか?」パレスチナとイスラエルの対立の中でアメリカが常にイスラエルに肩入れしていることにも多くの中国人は疑問を持っています。
 さらに、京都議定書からの脱退など、ブッシュが当選して以来取られている「孤立主義」(中国語では単辺主義)もアメリカに対する反感を高める原因になっています。
 『人民日報』の強国論壇に寄せられている文章を見てみると、全面的にテロを非難するものもありますが、一番多いのは、テロという手段を非難しながらも、問題の根本はアメリカの「覇権主義」「孤立主義」にあるとし、批判の重点をアメリカの外交政策に置くものでした。
僕の考えを言うと、中国大使館空爆事件については故意だという説もないわけではないではないですが、そうと断定するのはかなり乱暴だと思います。万が一故意だとしても、今回のテロはそれに対する「報い」とするには、あまりにも大規模で残酷だと思います。
 米中機の衝突事件についての中国側の見方にもかなり疑問があります。衝突自体は故意のものではありませんし、これは国際法を勉強する中国人の友人も言っていたことですが、中国はアメリカが領空を侵犯していたと主張していますが、領空の範囲については各国で統一した基準がなく、この点から見ると、どちらの主張が正しいとは一概には言えないようです。また、仮にアメリカがスパイ活動をしていたとしても、同様なことは中国の調査船も日本の領海に入って行っているわけですから、特にアメリカだけを非難できることではないと思います。
 つまり、この二つの事件だけに関して言うと、冷静に見れば、アメリカに対して今ほど大きな憎悪を抱くような事件でない気がするのです。やはり中国国内の強烈なナショナリズムがこの二つの事件を冷静に見られなくさせ、強い反米感情を生み出し、それが今回のテロに対する反応となって現れていると思います。
 しかし、アメリカの政策に対する批判には僕はかなりの道理があると思いますし、こうした批判は日本がアメリカの同盟国になっているためか、あまりクローズアップされていないのではないでしょうか。アメリカはイラクに対する経済制裁や空爆以外にも、これまでの歴史の中で、今回のテロに勝るとも劣らない非人道的な行為を行ってきていると思いますし、また、それが超大国であるがゆえに何の制裁も受けずにきたという面があると思います。今回、留学生からもテロに対する感想を聞きましたか、ラオスの友人はやはり「うれしい」と言っていました。なぜかと聞くと、ベトナム戦争の際、ラオスもアメリカによって蹂躙されたからだと言います。このように、中国やアラブ諸国に限らずアメリカを恨んでいる人は世界中にたくさんいます。そして、これはアメリカが戦後とってきた外交政策の結果なのです。こうしたアメリカの負の面は、発展途上国に属する中国だからこそよく見えるという面もあると思います。  ただ、「アメリカの外国政策が悪いからテロが起きた。アメリカは反省せよ!」と中国の人たちが言うとき、一つ大きな疑問があります。それは、同じ論理を自国内のテロには決して適用しようとはしないということです。中国ではチベットや新彊でテロが起きています。これに対し、中国政府は「分裂主義」と言って批判するだけですし、一般の中国人の多くは前回の日記でも述べたように、「チベット人は野蛮だ」「ウィグル人は野蛮だ」と言った程度の認識に終わっているわけです。しかし、もし先ほどの論理で中国国内のテロを見るなら、「中国政府のチベットや新彊に対する政策に問題があるからこそテロが起きた。中国政府は反省せよ!」ということになるはずです。しかし、残念ながらそこまで考えている人は極めてわずかなようです。
 江沢民がテロ後真っ先に「いかなるテロにも無条件で反対する」という声明を出したのは、それが国内の問題にも跳ね返ってくることをよくわかっていたからだと思います。
 テロと言う卑劣な手段で無実の人たちを殺害することは断じて許されることではありません。その意味で、やはり「うれしい」と簡単に言ってしまう人たちには大きな違和感を感じざるを得ません。しかし、テロリストたちが自らの命を賭してまであのような行動に出る、そこまでの憎悪の背景には何があるのか、そうした憎悪の根を元から断つにはどうしたらいいのか、アメリカも中国も考える必要があると思います。ただ報復をする、弾圧するというだけでは憎悪の根はいつまでも断たれないのではないでしょうか。


2001.9.26



第19回へ第21回へ