漢語迷の武漢日記 

< 第30回 中国人と日本人の狭間で >


 中国にある日系企業には、中国人と日本人という二つの国籍の人間が存在しています。 数は中国人のほうが圧倒的に多いわけですが、日本人は数は少なくても、大抵は指導的な地位についています。 ですから、この両者の関係をどう作っていくかということは、企業を運営していく上で、非常に重要なことだと思います。 しかし、深センに来て約三ヶ月、まだほんの短い間ですが、折りあるごとに両者の間の溝を感じます。 この溝は、大学にいたころに感じていた日中間の溝とは、また違った意味での溝です。
 先日、中国人スタッフのCさんが仕事をやめることになりました。もう、十年近くこの会社で仕事をしてきた人です。 彼が仕事をやめる前の日の夕方、Lさんから電話がかかってきました。
 「今日の夜、Cさんのお別れ会をやるの。参加しない?他の日本人は呼んでないからね」
 実際、会場に行ってみると、確かに日本人は私一人しかいませんでした。 しかし、日本人は私を除くと、みな彼らの上司に当たる人たちであり、会社を辞めていく人の送別会に呼ぶのは呼びづらいのも当然かな、とその時は思いました。 ところが、しばらくすると、会社のナンバー2にあたる中国人の副総経理が入ってきました。これには、ちょっとショックを受けました。 この時わかったのは、日本人が呼ばれなかったのは、上司であるからではなく、まさに日本人であるがゆえだということでした。 一つの会社にいながら、中国人と日本人の間に太い線が引かれてるのを感じました。
 これ以外にも、中国人と日本人の間の溝を感じることがたびたびあります。 日本人の駐在員の方たちと話していると、よくこんな話がでてきます。
 「あまり、中国人と深く付き合わないほうがいいぞ」
 「中国人の考えに染まっちゃだめだぞ」
 「彼らは、表では日本人にゴマをすっているが、裏では悪口を言ってるから、気をつけたほうがいいぞ」
 「日本人が和を持たないとだめだ。そうして初めて、会社全体に活気が出てくる。日本人に和がないと、つけこまれるぞ」
 「中国人は、何か指摘すると、すぐ反論してきて、絶対に自分の誤りを認めようとしない」
 「中国人は指示されたことしかやらない」
 「中国人は物事をつっこんで追求しようとしない」などなど。全体としては、マイナスの評価がほとんどです。
 これらの見方が正しいかどうか、来てわずか数ヶ月の私が、十数年の経験を持つ方たちの中国人に対する見方に意見を言う権利などないかもしれません。 しかし、一部の考えには、やはり疑問を持たざるを得ません。中国人のリベートや賄賂に対する観念が日本人と大きく違うのは、すでにこれまでの日記の中でも触れてきた通りです。 生産現場で長い間、中国人を指導されている方からすれば、もっと数多くの観念や文化の差異に突き当たってきていることでしょう。 ですから、こうした差異の中で、中国人の悪い部分から学んではいけない、染まってはいけないというのはよくわかります。
 しかし、「表ではゴマをすっているが、裏では悪口を言っている」、これは中国人の特徴と言えるでしょうか?これは、日本人にもよく見られる現象だと思います。 実際、駐在員の方たちも、会社や上司の悪口をしょっちゅう言っています。 ですから、こうしたことまで、中国人の特徴として取り上げるのは、不当のような気がします。
 「日本人の和」、これも非常に理解しにくいものがあります。 おそらく、駐在員の方たちはみな指導的な地位についており、日本人=指導する人、中国人=指導される人という目で会社を捉えているので、指導部の団結が必要だと見えるのでしょう。 しかし、私の目から見ると、どうして中国人と日本人の間にそのような線を引かなければならないのか、理解できません。 実際、中国人の中には、日本人と同様、場合によってはそれ以上に重要な役割を担っている人たちがいます。 ですから、一つの会社にいる以上、国籍の違いはあまり関係ないような気がします。もし「和」を言うなら、中国人、日本人を含めた、会社全体の「和」が必要なのではないでしょうか。 ですから、私は中国人とも日本人とも同じ距離で接しています。
 そして、何よりも疑問なのは、彼らから中国人のマイナスの面の話しばかり出てきて、プラスの面の話が全く出てこないことです。本当にプラスの面はないのでしょうか? 中国人が私たちよりもはるかに中国の国情に通じているのは言うまでもありません。私はこの三ヶ月の間だけでも、中国人の同僚から多くのことを学びました。 彼らは私がわからないことを聞くと、面倒くさがらずに、本当に親切に教えてくれます。私は、日本人は彼らからもっと多くのことを学ぶべきだと思います。
 中国人のパワーを感じる、こんな出来事もありました。私のいる科で、日本語を勉強したいという声がありました。 私は、中国人との関係を職場だけの関係にしたくなかったので、交流も兼ねて、ボランティアで日本語を彼らに教えることになりました。対象は数人の予定でした。 しかし、この噂は瞬く間に広がり、たちまち参加希望者が15,6人になってしまいました。あまり多くなると大変なので、この辺で締め切りにしようと考えました。 ところが、その後も次々と私のところに電話がかかってきます。
 「○○さん、お願いです。私も参加させてください」
 「私は参加させてもらえるのでしょうか?結果を教えてください」
 結局、私としても断りきれず、参加を申し込んできた人は全て参加してもらうことにしました。総勢で、何と60人近くになってしまいました。
 日本人の人たちのこの話をすると、「最初だけだよ。そのうち減っていくよ」と言われました。 実際、私もそのように考えていました。しかし、始めて約二ヶ月になりましたが、人は全く減る気配はありません。 それどころか、最初は「スタッフ」と呼ばれる間接部門で働いている人が主でしたが、そのうち「ワーカー」と呼ばれる、生産ラインで働いている人たちも参加してくるようになりました。 授業をしていると、彼女たち(参加しているのは、なぜか主に女性が多くなっています)の「日本語ができるようになりたい」という情熱がひしひしと伝わってきます。 最近、私が出張に行ってしまうので、その分の補習をすると言ったら、みんな大喜びです。誰一人、嫌がる人などいません。 ワーカーの人であれば、場合によっては土日もきつい仕事をこなしているわけで、その上さらに、授業に自主的に参加しているわけです。 その勉強に対する情熱、向上心には本当に脱帽せざる得ません。彼女たちと接していると、私のほうも元気になってきます。
 一方、中国語の流暢な総経理のほうから、「日本人たちに中国語を教えてほしい」という指示がありました。これは、会社からの指示です。しかし、日本人の方たちの反応はあまり芳しくありません。 「十年近くいて、いまだにできないんだから、俺はいいよ」といった反応で、結局参加者は二人だけになってしまいました。 仕事の関係で金曜日に日程を変更してやろうとしたら、「今日はハナ金だから、よそうよ」と言われてしまいました。こういう現状を見ていると、私のほうも元気がなくなってきます。 中国語を学んで、中国と中国人をもっと深く理解していこうという気持ちはあまりないようです。 このような状況では、先ほどのような中国人に対する評価がどれだけ客観的なものなのか、はなはだ疑問です。
 私はこれまで、「日本はもうすぐ中国に追い越される」と言った考えに懐疑的でした。中国に来てから、中国の製品の品質の悪さやサービスの悪さを至る所で目にしてきたからです。 しかし、この中国人と日本人の好対照な状況を見たとき、日本は中国に本当に追い越されるではないか、と思うようになりました。 正直なところ、日本人は中国人の悪口ばかり言ってないで、彼らの向上心からもっと学んだほうがいいのではないかと言いたい気持ちです。 日本人駐在員というのはワーカーの何十倍という給与を得ているわけですから、それに見合った仕事ができているのか、という自己点検こそが必要だと思います。 そうでないと、やがてコストの高い日本人は、淘汰されていくでしょう。
 私はまだ仕事を始めてわずか三ヶ月です。私が触れているのは、会社全体のほんの一面に過ぎません。ですから、私自身の見方にも多くの誤りがあると思います。 中国人、日本人の双方から多くのものを学びながら、今後も中国と日本というテーマを追求していきたいと思います。
 


2002.10.12



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