漢語迷の武漢日記 

< 第34回 出稼ぎ少女たちの生き方 >


 中国の経済発展が目覚しいとは言っても、深センの片田舎では、日本に比べてはるかに娯楽施設が乏しいのが現実です。 私のように、中国生活にすっかり慣れている者にとっては、それは大きな問題にはなりませんが、言葉も通じない駐在員の方たちにとっては、かなりきつい面もあるかと思います。  そんな中で、駐在員の方たちの限られた娯楽というか、仕事のストレスのはけ口になっているのが、「日本人クラブ」です。要するに、日本語がちょっと使える中国人の女の子たちと飲んで、歌って、踊る場です。 日本語のカラオケももちろん、あります。多い人は、週に2・3回行っているようです。 こうした日本人クラブの一回の費用は、約300元程度。日本円にすると約4500円程度です。日本の感覚で言えば、あまり高いとは言えないのでしょうが、中国で言えば、ワーカーの半月分以上の給与にあたります。
 駐在員の方たちがこうした場所に行くとなると、当然、私も誘われることがあります。しかし、私としてはあまり気が進みません。 その理由の一つは、このような所に言っても、面白くもなく、得るものがあまりないということ、二つめは、私のような現地採用者にとっては、経済的負担が重いということです。 ご存知の方も多いと思いますが、現地採用というのは、駐在員とは全く待遇が違います。年金や失業保険、退職金、諸手当などは一切ありませんし、ボーナスも年に1回、1ヵ月と決まっています。 これに対し、駐在員はもともとの日本での給与にプラスして、こちらでも給与を得ています。そうなると、駐在員と現地採用者の待遇の差はかなり大きくなります。 ですから、彼らの金銭感覚に合わせていたら、現地採用者はあっという間にお金がなくなってしまいます。しかし、同じ会社にいる以上、毎回断るわけにも行きません。そんなわけで、私も日本人クラブに行くことになりました。
 日本人クラブに着くと、薄暗い部屋の中に、十人ぐらいの二十歳前後の女の子たちが並んでいます。
「いらっしゃいませー」「あー、○○さん、こんばんは!」
常連の客の到来に、日本語が飛び交います。
 せっかくの機会なので、この女の子たちにいろいろと聞いてみました。出身地は湖南、四川などで、皆、私のいる会社で働いているワーカーと同じ、地方からの出稼ぎです。中には私には懐かしい、武漢出身の子もいました。 話によると、大体の子は私のいる会社のような、工場で働いた経験があります。それ以外で多いのが、レストランのウェイトレスをやったことがあるという子です。ある子は言いました。
「以前はレストランで働いていたんだけど、運ぶものが重くて、肩を悪くしたから辞めたの。それでここに来たのよ」
 以前、床屋に行ったときも、そこの女の子に聞いたのですが、やはり工場で働いたことがあるということでした。どうやら、この一帯の出稼ぎ少女たちは、少しでも良い条件を求めて、工場、レストラン、スーパー、床屋、マッサージ屋、そして、 ここのような日本人クラブなどを循環しているようです。これらの場所の一ヶ月の賃金は、大体500元(約7500円)程度で、働いてるのはほとんどが地方からの出稼ぎ少女です。 日本では、この日本人クラブような仕事は「水商売」と呼ばれ、そこで働く人たちを低く見るような考えがあり、もちろん中国にもそのような考えがあると思いますが、彼女たちはそれを気にしている様子はなく、 いろいろな仕事のうちの単なる選択肢の一つと考えているようでした。
 ある子は自分の本来の夢を語りました。
 「私は小さいときは、法律を勉強したかったの。その頃、中国では法律が整備されていないために、いろいろな問題が起こっていたから。 でも、今はそうは思わなくなった。だって、中国の法律はかなり整備されてきて、昔のような問題は起こらなくなってきたから。今は本当は漢方を勉強したいの。漢方の効果はすごいのよ。それで、人の病気を治したい。 でも、うちは四人兄弟で、家も決して裕福ではないから、学校に行きたくても行けないのよ。だから、こうして出稼ぎに来ているの」
 また、別の子は言いました。
 「私は以前、看護学校に通っていたの。看護婦になりたかったのよ。でも、卒業してからわかったの。いくら看護学校を卒業しても、病院とのコネがなければ絶対に看護婦にはなれないのよ。看護婦になってるのは、みんな医者の子弟や親戚ばかり。 結局、私のクラスメートで看護婦になった人は一人もいないわ。ひどい話よ。これじゃあ何のために看護学校に入ったかわからないわ。 だけど、これが中国の現実なの。仕方がないから、こうして出稼ぎに来ているの。でも、ここの仕事は楽なんだけど、何だか生活に充実感がないわ」
 こうした話を聞いて、ここの出稼ぎ少女たちは、それぞれ、いろいろな夢があるにも関わらず、家庭や社会の条件がその実現を許さなかったために、このような場所で働いていることを知りました。 天真爛漫に日本人と客と戯れているように見える彼女たちですが、一人一人がいろいろな夢や挫折を背負いながら生きているのです。
 ママさんとも話をしました。かつて日本語学校で日本語を勉強したことがあるという彼女は何と、昼間はある日系企業で働いているとのことでした。そして、夜は内緒でここのママさんをしているのです。
 「ここで仕事をすれば、日本人と話す機会も多いから、日本語の能力も高められるわ」
 こうして金のある日本人から稼ぐと同時に、日本語も勉強する、なかなか、したたかだなあ、と感じました。
 話は変わりますが、昨年末に、会社で、工会(日本の労働組合に当たるもの。ただし、共産党が上から組織しているもので、日本のように、会社と対立することはあまりない)主催の忘年会が行われました。 ワーカーの子たちが次々と舞台に出てきては、歌、踊り、漫才、拳法などを披露しました。その中の多くのものが、レベルが非常に高かったので、驚きました。 ふだんは単調な仕事を長時間こなさなければならない彼女たちですが、その中に息づく「文化」を感じました。
 経営という観点から考えたとき、ワーカーの人たちは、「労働コスト」という抽象的な数字になります。中国に進出してくる日本企業の多くは、この数字が小さいからこそ、大挙してやってくるわけです。 私も投資調査という仕事に従事しているので、どこの地域の労働コストがいくらか、というのは重要なチェック事項の一つになります。この時、「ワーカー」は単なる数字として映っているのです。 これはこれで経営上は必要なことでしょう。しかし、一人一人のワーカー、一人一人の出稼ぎ少女たちがそれぞれの夢を持ち、挫折を背負い、様々な趣味や特技を持った、生身の人間であること、このことも忘れてはならないと思います。 そうしないと、後で大きなしっぺ返しを食うような気がします。
 以前、総経理が言ったことがありました。
「ワーカーの方たちが一生懸命働いてくれるからこそ、我々も生活できるんですよ。彼女たちを単なる金儲けの手段と考えてはいけません」
 私も、彼女たちが毎日、必死に生み出している財産を、みすみす食いつぶすことがないよう、一生懸命仕事をしていこう、出稼ぎ少女たちのことを思いながら、そんなことを考えさせられました。


2003.3.1



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