■ 漢語迷の武漢日記 ■
< 第41回 現地採用者の未来 >仕事を初めて一定の期間がたった私は、現在では本社採用という身分で仕事をしています。しかし、私が中国で仕事を始めた当初は、身分はいわゆる現地採用者でした。現地採用者と言うのは、本社を経由して採用され、 中国に派遣された駐在員ではなく、現地法人に直接採用されたもの、と言う意味です。現地採用者は、以前もお伝えしたことがあると思いますが、 駐在員と待遇が大きく異なっています。ボーナスは年1ヵ月のみ、社会保険はなし、当然、駐在員が得ている出張手当もありません。住居費や健康診断、帰国費用も駐在員が会社負担なのに対して、現地採用者は大体の場合、 自己負担のことが多いようです。
待遇そのものでいうと、一般に深センなどの華南地域は比較的高くなっていますが、北京、大連、上海などの地域では悲しいほど低くなっています。初心者の場合、10,000元(約130,000円)程度が相場のようですが、聞くところでは、 月4000元から5000元(約52,000円から65,000円)程度で働いている方もざらにいるようです。 こうなると、ローカルスタッフ(中国人で管理職として働いている人)の給与とほとんど変わらないと言うことになります。これは、この地域での仕事を望む日本人が多いためと思われます。
現地採用者と言うのは、会社の中でも極めて微妙な位置に置かれることが多いようです。1人だけ身分が違うと言うことで、低く見られたりすることもあるようですし、電話一本で首切りを宣告されたと言う体験談を読んだこともあります。 私のいる会社では、目だった差別のようなものはありませんでしたが、それでも、ボーナスの時期になると、ボーナスのない私の前で、「今年のボーナスは少ないよなあ」などと駐在員が不満を言うのを黙って聞かなくてはならないこともありました。
こうした待遇以外でも、駐在員と現地採用者の間には、様々や違いがあります。駐在員の方たちはローカルスタッフを指導するという立場・目的で中国に来ています。ですから、駐在員にとっては日本人以外の上司は存在せず、中国人は全て部下です。ですから、当然のことかもしれませんが、 日本人=指導する人、中国人=指導される人という構図でものを見る習慣ができています。そして、その任務を終われば、やがては日本に帰っていきます。
しかし、会社にもよると思いますが、現地採用者は駐在員と違い、必ずしも人を指導するという立場で会社に入ってきていません。私が会社に入ったとき、総経理は「こちらが今後あなたの上司になります」と中国人の副総経理を紹介しました。 私は会社で中国人の上司を持つ唯一の日本人です。中国人から学びながらやってきたわけです。また、「指導者」という立場で会社に入ってきていないこともあり、時には中国人のスタッフと激しいケンカになることもあります。 このような日本人の存在は、かつては考えられなかったことだと思います。そうした意味では、現地採用者と言うのは、 現地化が進みつつある日系企業を体現する存在、日本人=指導する人、中国人=指導される人という構図が崩れつつある時代を体現する存在とも言えるでしょう。 そして、現地採用者は日本という帰る場所を持っていません。転職をするなら別ですが、そうでない限り、あくまで拠点は中国です。
中国に対する思い入れという面でも、駐在員と現地採用者では多くの違いが感じられることがあります。かつて、こんなことがありました。中国で就職活動をしていた頃、ある大企業に面接に行きました。3人の面接官がおり、 どの方も長い期間中国に駐在してるようでしたが、 中国に関するごく基本的なことを質問されました。そのとき、この方たちが中国のことについて、ほとんど理解していないことがわかりました。そのうちの総経理(法人代表)は中国に来て8年になるにもかかわらず、 全く中国語ができないということでした。 こうしたことを批判的にいうのは、筋が違っているかもしれません。なぜなら、これらの方たちは、進んで中国に来たわけでは決してなく、また、中国に来た目的も決して中国が好きだとか、中国を理解したいということではなく、 あくまでビジネスが目的であるからです。また、駐在員の方たちは一般に極めて多忙で、ここの方たちも日曜日も休めないほど忙しいということでした。ですから、中国についての知識や中国語など勉強する暇がないというのが現実だと思います。
しかし、面接官の次の一言は、私を強く刺激しました。彼は、私の履歴書に中に、『日中ホンネで大討論!』(以前も書きましたが、翻訳を通じて、日中間で交流・討論するというサイトです)を主催しているという記述を発見したときに、 顔をしかめて言いました。
「あなたは、就職してからも、このサイトの運営を続けるつもりなんですか?」
その表情からわかったのは、就職したら、即このサイトの運営をやめるよう、彼が要求しているということでした。仕事の支障になるというのです。彼にとっては、日中間の相互理解のための活動などというのは、全くビジネスと関係ないだけでなく、 むしろ、ビジネスの邪魔でしかなかったのです。私はこの時、絶対にこのような会社には入るまいと心に決めたのです。
もちろん、このように中国に対する思い入れという点において、「駐在員」と「現地採用者」というような単純な分け方をすることには大いに異論があるでしょう。実際、私が今の会社に入ったのは、当時の総経理が、先ほどの会社とは全く反対に、 私が『日中ホンネで大討論!』を主催していることを評価してくれたからでした。また、駐在員の方たちの中でも、中国に深い造詣を持っている方もたくさんいらっしゃることを私も知っています。
ただ、やはり進んで中国で仕事をすることを選んだ人と、会社から派遣されてきている人とでは、中国に対する思いに傾向として意識の違いが生じがちなのは否定できません。
このように、現地採用者というのは、その様々な悪条件にもかかわらず、中国への理解度や思い入れ、中国人とのコミュニケーション能力といった点において、駐在員の方たちにはない優れた点も持っていることも多いと言えます。 そして、これらの点は、ビジネスの中でも大きな力を発揮するはずです。ですから、現地採用者の中で、駐在員との待遇の極めて大きな格差を不条理だと言う人がいるのは、当然かもしれません。
しかしながら、現実を見ると、各企業が現地採用者に駐在員と同様の待遇を与えていくという方向は、可能性としてはほとんどないと言えます。その逆に、むしろ現地採用者の待遇が悪化する方向に力が働いていると言えます。 それは、ローカルスタッフとの競争です。
以前、ある企業のローカルスタッフのこんな声を読んだことがあります。
「日本人の現地採用者が日本人だというだけで給与が高いのはおかしい」
日本人現地採用者は駐在員の待遇を見て、待遇の低さを嘆きますが、ローカルスタッフと比較すれば、大概の場合、はるかに待遇がいいのです。ですから、ローカルスタッフも日本人現地採用者に同様な不満を抱いていることもあるのです。
給与というのはその人がどこの国の人か、生活費がどれくらいかによって決まるわけですありません。最終的にはマーケットが決定します。その人が企業にとって価値ある人物であれば、給与は自ずと高くなるでしょうし、なければ、給与は 低くなっていくでしょう。ですから、先ほどのローカルスタッフの声にもあるように、日本人だから給与が高いということはあってはならないし、また、そのようなことはこれからなくなっていくでしょう。企業が日本人を雇うのは、 日本人が中国人よりも、例えば、本社や日本の顧客とのコミュニケーション能力や仕事取り組む意識において、優位性を持っていると判断されているからだと思います。
それでは、日本人は中国人に対して、今でも優位性を持っているのでしょうか?確かに、かつては「仕事に対する熱心さが足りない」「仕事を覚えようとしない」とローカルのスタッフは言われていたようですし、 今でも、以前もご紹介したように、一部の駐在員の中では「中国人は・・・」という声が絶えません。
しかし、私が見る分には、中国人の意識も市場経済の浸透の中で、大きく変わってきていると思います。少なくとも、私の周りにいるローカルスタッフを見る限り、仕事に対する取り組みという点で、日本人との大きな差を感じることは ありません。また、言葉の面で言えば、高い日本語能力を持った人材は山と転がっていることは言うまでもありません。つまり、日本人はローカルスタッフに対する優位性を除々に失いつつあるのです。こうなると、ローカルスタッフの 日本人現地採用者に対する不満も道理があるということになってきます。
多くの日系企業も、大きな方向としては、コストダウンのために、企業の現地化を進めようとしています。極力、日本人を減らして、ローカルスタッフで現地企業を運営していこうというわけです。日本人と中国人で能力がそれほど変わらないなら、 当然、中国人を雇うということになります。もし、日本人をあえて雇うなら、日本人の給与を中国人に近いぐらいまで下げて雇おうということになるでしょう。 実際、北京や上海などでは、先にも述べたように、日本人現地採用者の給与の相場はかなり低くなってきています。
つまり、中国では日本人がそれなりの待遇で力を発揮できる空間は、特別な技術でも持っていない限り、どんどん縮小しているのです。恐らく、コストの極めて高い駐在員の代わりとして、コストの相対的に安い日本人の現地採用者を 雇用するという流れの中では、日本人に対する需要は出てくるでしょうし、実際そうした流れがあるからこそ、中国で現地採用者の斡旋会社などが繁栄しているわけですが、その先にあるのは、さらなるコストダウンのためのローカルスタッフへの 置き換えでしょう。企業の現地化を進めるという、日系企業の大きな流れの中で、現地採用者や中国で仕事を続けることを望む日本人はどのように生き残っていくのか。果たして生き残っていく余地があるのか。長い目で見ると、これは大きな疑問です。
私が当初、悪条件にもかかわらず、あえて現地採用という道を選んだのは、もっと中国という国を知りたい、そのためには日本から派遣されるという形ではなく、あくまで中国をベースに仕事がしたいという気持ちからでした。 ですから、今後ずっと中国で仕事をしていきたいと考えています。
本社採用となり、待遇も若干改善された私は、幸運と言えるのかもしれませんが、日本から派遣されてきた方たちのように、任務を終えて帰る場所があるわけではありません。私が力を発揮するべき場所は、企業にとっても、私自身にとっても、 あくまで中国です。この点は今も同じです。そんな中で、私はいつも次のように自問せざる得ません。
「この仕事は本当に自分にしか、あるいは日本人にしかできない仕事なのか?これはローカルスタッフでもできる仕事なのではないか」
ローカルスタッフよりも多くの給与をもらっているからには、ローカルスタッフよりずっと高い能力を発揮し、その何倍もの価値を生み出す責任が日本人にはあります。それができない日本人は、中国から淘汰されるか、 あるいはローカルスタッフと同じ給与に甘んじて働くしかありません。これが厳しい現実です。
さらに言えば、ローカルスタッフの下には、残業代を含めても月800元(約1万円)程度で働くワーカーと呼ばれる膨大な人たちがいます。 日本人は、彼女たちの何十倍もの給与をもらっていることになります。彼女たちが、朝から晩まで休みもなしに働いて、必死に生み出している価値を、日本人がみすみすドブに流すようなことをしていたら、それは本当に 申し訳ないことです。そういう意味でも、日本人は極めて大きな責任があるのです。
最初にも述べましたが、一般に、中国に思い入れを持ち、日本から一時的に派遣されてきたという意識ではなく、あくまで中国を拠点に仕事をしている現地採用者の存在、言葉の上においても、中国人と自由にコミュニケーションがとれる現地採用者の存在は、 日本人と中国人の相互理解を考えると、非常に大きな意味があると思います。もし、『日中ホンネで大討論!』をビジネスの邪魔と見るような日本人、中国をただのビジネスの道具と見るような日本人ばかりが増えたら、どんなに悲しいことでしょう。
しかしながら、会社も市場も日中の相互理解という原理から動くのではなく、あくまで利潤追求の原理にしたがって動いていきます。そうなると、現地採用者は非常に難しい立場に置かれていくでしょう。
現地採用出身の私は、中国という場所から淘汰されずに仕事を続けていくためにも、そして、日中交流とビジネスが決して矛盾するものではないことを証明するためにも、一生懸命、仕事をしていきたいと思います。
2004.2.12
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