黒川順夫の心療内科  

まぶたのけいれん(眼瞼痙攣)

 「眼瞼痙攣(がんけんけいれん)」という症状がある。これは上まぶたが痙攣のため下垂気味になり、目がどんどんふさがっていくような症状で「見えにくい」と訴える。
 そんな症状の患者をそばで見ていると、まぶしそうに目を閉じているように見えるのだが、何か大事なことや必要なことがある時は、パッと開眼していることがある。つまり上まぶたが下へどんどん垂れてきて見えにくくなってきても、見なけれはいけない時はまぶたが元に戻ったりするのである。

 まぶたが下がり、目がふさがっていくような症状で涙や分泌液などが出てきたりすると、目の病気であったり、脳の病気が原因であったりすることがある。だが、さまざまな検査をしても身体的な異常が何ら見られず、それでもまぶたの著しい下垂が見られる場合など、患者はいくつかの病院を回って診断がつかず、「心療内科」へやって来る。

 医薬品関係に勤める55歳男性もそんな症状で私のところへやって来た。会社では部長という肩書をもつ。「先生、目が見えないんです」と言っていたかと思うと、時折、読んでもらわなけれはならない書類などを差し出すと、ふさがっていた目がパッと開き、読んでいるのである。

 何が原因でそのような症状になったのかをつかむため、性格テストや心理テスト、あるいは成育歴までたどって調べてみたが、いっこうにその原因はつかめなかった。もちろん、身体的な検査もやってみたが、異常は見当たらず、両目のまぶたがどんどん下がってきて見えにくくなっているという症状だけがある、という。これは明らかに心療内科で言うところの「眼瞼痙攣」である。

 彼は、1カ月ほど通院していて身体的な異常が何ら見られないので来院しなくなった。私は彼の症状の背景には何か大きな原因があるに違いないと思っていたが、後に私のところにやって来た彼の部下の話からそれが判明した。

 たまたま診察を受けに来た彼の部下と話をしていたなかで「両目のまぶたがふさがって、ものが見えにくいと言っていたが、その後、どうしてます?」と尋ねると、「元気にしてますよ。目がふさがってくる症状もなくなって、普段どおり仕事してます」との答えが返ってきた。
 「それは良かった。あの人の病気はいろいろと検査をした結果、原因は身体的なものではなく、心理的なものだと思う」と言うと、「部長には春の人事異動で、他県に転勤命令が出ていたんです。部長は、ちょうどそのころ、大阪の郊外に新しい家を買ったんです。転勤命令はその直後のことで″困った困った々と言ってました」。
 新しい家を購入したその直後、転勤命令が出た。それも遠隔地にである。彼にしてみれは、ローンをかかえて定年までの数年間、ひと踏ん張りしようと思ったに違いない。そんな矢先の転勤命令。大きなプレッシャーを感じたのだろう。

 部下の話によると、彼はまぶたがふさがっていく病気になったことで、転勤命令が取り消され、転勤しなくてよくなったそうだ。彼は急に明るくなり、目の方もどんどんよくなっていった、という。

 これは明らかに心療内科でいうところの″疾病利得(しっペいりとく)″というものだ。病気になることで利益を得るという概念で、心身症にはよくある概念なのである。

 ″疾病(しっペい)利得”について、さらに詳しく説明しておこう。
 手足のしびれや震え、痙攣(けいれん)、激しい頭痛、腹痛、あるいは視力や聴力などの異常があり、さまざまな検査をしても何ら身体的な異常が見当たらない場合、その疾病の原因には心理的なものがあるのではないか、と心療内科では考える。そして、人は自分の欲求が思うように満たされない場合、心のかっ藤が起こり、このかっ藤を避けるため、発病し、その病気に逃げ込むことがある。病気になることによって心理的苦痛から逃れようとするのである。これは、ある種、病気によって利益を得ているわけで、そのため疾病利得というのだ。

 彼に、両目のまぶたが垂れてきて、ふさがってくる症状が現れたのもそんな背景からだ。彼は家を新築した直後、遠隔地への転勤命令が出たことによって大きなプレッシャーを感じ、発病した。
 まぶたのけいれんは、彼にとって心のかっ藤からの逃げ場だった。この種の症状は心療内科でいうヒステリー性格の人(幼児的、ハデ、大げさ、気が変わりやすいなどの性格)にしばしば見られ、この反応を転換反応と呼ぶ。

 結局、彼の転勤命令は病気を理由に取り消され、それからすぐに病気も治った。病気になった人は周囲から同情され、大切に扱われるが、これもまた患者にとっては疾病利得(第2次の疾病利得という)のひとつである。  このように見てくると、心身症発生のからくりがよく分かる。人間というものがいかにメンタルな存在であるか、理解できるのである。

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