黒川順夫の心療内科  

過換気症候群

 心療内科で治療を行う「心身症」の中で、ノイローゼに属さないで、心理的なものが原因となっている身体疾患のひとつに″過換気症候群″という呼吸器系のものがある。病名が示すとおり、換気が過ぎることによって起こる様々な症状を指している。

 人間は呼吸をして生命を維持しているが、これは肺の中に酸素を取り入れ、それを心臓に送り、炭酸ガスと交換して、身体のすみずみまで酸素を送るという生理的機能を持つ。

 普通、血液中の酸素と炭酸ガスは中和された状態にあるのだが、不安に陥った場合などに激しい胸式呼吸(ハァハァと激しく吐く呼吸)したとき、血液中の酸素の量が増え、血液の成分が変わり、頭をボーッとさせたりする。
 過換気症候群の症状としては「息苦しい」、「顔や手足のしびれとけいれん」、「頭がボーッとする」といったものが挙げられる。息苦しいという症状は、血液中の酸素の量が増大するので、脳から「そんなに呼吸をする必要はない」という指令が出されるためではないかと思われる。

 不安や悩みが原因で、何らかのきっかけが引き金になり過換気症候群の症状に見舞われることがある。大手化学メーカーに勤めるる50歳男性は、1年ほど前に奥さんをガンで亡くしたが、亡くなったその日、過換気症候群の症状になったという。奥さんを亡くしたことによって不安感が増大したのだろう。それが始まりで、以後、仕事や子供のことで悩みや不安が増すと発作的に症状が出るようになり、私のところへ治療に訪れるようになった。

 息苦しさ、顔や手足のしびれやけいれん、頭がボーッとするといった過換気症候群の症状は、不安や悩みなどの心理的なものが原因とされている。だが、同じ息苦しさでも肺の機能不全などによって起こる過呼吸症候群などもあり、違いを知っておく必要がある。
 肺機能が低下した場合は、呼吸ができず酸素が不足するので、きわめて危険で死亡する場合もあり、酸素吸入などの処置を行う。
 ところが、過換気症候群の場合は、酸素の量が増大することによって起こる息苦しさなので、死ぬようなことはない。
 息苦しくて今にも死にそうでも、しばらく安静にしているか、ナイロン袋の中に呼吸をさせる(吐いて吸わせる)かをすれば治まる。吐いた呼気を吸うことによって、血液中の成分を中和させることになるからである。また、原因となる不安を取り除く抗不安剤を投与することも治療法のひとつである。

 息苦しさが過換気症候群なのか、あるいは肺機能の低下によるものかを見分けるには、動脈血を採取し、血液中の酸素と炭酸ガスの量を測定し、その結果によって判断する。
 過換気症候群は最近急増しているが、実は何十年も前からある。最近の特徴としては、この過換気症候群に「パニック障害」という症状が合併して発現している。
 パニック障害というのは、高速道路に乗り入れたり、特急電車に乗ったりすると、過換気症候群の息苦しさや動悸(き)などが発作的に襲ってくるのではないか、との不安にかられ、怖くて仕方がないという症状である。車をすぐに停められる一般道や各駅停車の電車などではそんなことは起こらない。このパニック障害も最近急増している。

 過換気症候群には「予期不安」という傾向がしばしば伴う。これは、一度過換気症候群になると「また発作に見舞われるのではないか?」という心配や不安感があり、この病気にありがちな側面である。
 降り口の少ない高速道路に車を乗り入れたり、新幹線などに乗ると怖くて仕方がないというパニック障害と同様、心理的なものが原因になっている。実際、初めて過換気症候群になった時と同じような状況になり、発作に襲われたという患者も少なくない。

 また、40歳の男性は、頭がボーッとし、息苦しいという過換気症候群の症状に見舞われ、私の病院に通うようになった。初めて発作が出たとき、職場の上司から裏切られたことと、書類提出のプレッシャーが重なり、悩んでいたという。
 夜中に発作が起こることもあったが、最近では「先生のところで診察日の予約をするだけで気分がスカッとして、発作に対する不安もなくなり、薬を飲む必要もなくなりました」と言うようになった。不安やストレスが原因となって起こる過換気症候群の症状が、病院の診察を受けることが決まっただけで治った例である。

 さらに、私のところへ通う30歳の男性会社員だが、この人は会社勤めをする前は父親の家業を手伝っていた。過換気症候群の症状が出たのはこの家業を手伝っていた時だ。仕事のことで父親から厳しく言われたりすると、息苦しくなり、時には顔や手足がしびれたり、けいれんを起こしたりすることがあるという。治療に通ううちにBさんは、自分の意思で家業を手伝うことをやめ、会社勤めをするようになった。

 このように、この病気は不安や心理的負担などが原因になって起こるので、その不安を取り除くことが何よりも必要である。この病気は男性の症例を紹介したが、女性に多い病気であることを付記しておく。

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