黒川順夫の心療内科  

首のまがり(痙性斜頸)

  心療内科の診察室を訪れる患者の症状はさまざまだ。胃潰瘍や慢性肝炎といった内臓の病気から過換気症候群、皮膚炎、激しい肩凝り、便秘といった症状まで、多種に及んでいる。

 首が右なり、左なり、あるいは前に曲がったままになり、前後左右に自由に動かせない症状がある。
 こんな症状を、「斜頸(しゃけい)」と呼んでいるが、この斜頸の一種で、「感情のもつれ」や感情が激しい刺激を受けてこの症状を呈する「痙性斜頸(けいせいしゃけい)」というのがある。

 ある販売会社に勤める38歳男性がそんな症状で私のところに診察に来た。
 首が曲がったままになる病気の原因は、左右どちらかの筋肉が短かったり、目や耳の病気のためであったりすることもあるが、いろいろと検査をしてみた結果、彼の首には何の異常も見られなかった。そのような症状が現れる以前は普通に生活ができる状態だったが、ある日突然、彼は首を左の方に傾げているような状態に固まってしまったという。

 営業の仕事をしている彼にとっては深刻だった。
 「最初はすぐに元に戻るだろうとタカをくくっていたのですが、3日たっても4日たっても元に戻らない。そんな状態で営業に出かけるわけにいかず、上司に頼んで内勤に回してもらいました。ところが10日たっても変化がない。自分でもこれはおかしいと思っている矢先、上司から”病院に行って来い”と言われて・・」。彼はどことなく神経質そうで短気な感じがした。私は彼に心理テストや性格判断テストをする一方で、カウンセリングを施した。職場でのことを話すうちにひとつ大変気になることをうち明けた。彼は1ヶ月前、上司と大げんかをしたというのだ。

 この会社では上司と大げんかした場合、必ずといっていいぐらい支店に飛ばされるし、出世の見込みはなくなるという。案に違わず、彼には既に転勤命令が出ていた。
 「うちの会社では、それが仕事上のことであっても上司とけんかをすれば、将来は真っ暗になるんですわ」と彼は力なく語った。

 斜頸という病気はいくつかの原因が考えられるのだが、中でも痙性斜頸は「感 情のもつれ」や感情が激しい刺激を受けて発症する、心身症のひとつである。一般的に短気、攻撃的、自己過信といった性格の人に見られがちな症状である。ある事件や環境の変化で、それに順応しきれなくなって、その苦痛から逃れるために、斜頸に逃げ込む場合も多い。

 彼の場合、明らかに上司とのけんかがその原因であると考えられる。私は彼に筋弛緩の投薬を施す一方で、心理面でのストレスを和らげるためのカウンセリングを実施した。併せて自律訓練法という自分白身で首や体をリラックスさせる方法を教えた。

 本来ならば、妻や子供らの家族もこういった症状の患者を癒す大きな役割を果たすのだが、残念なことに、彼は独身だった。何度か治療に通ううち、彼は「会社を辞めて故郷に帰ろうかと思っています」と語った。
 首の状態が快方に向かい始めると、やがて彼は姿を見せなくなり、それから私は彼が会社を辞めたことを風の便りで知った。

次へ 戻る カルテリストへ  ホームへ TOPへ