黒川順夫の心療内科  

うつ状態 症例2.仮面うつ病

 心療内科で扱う病気は気管支ぜんそく、胃十二指腸潰瘍、慢性関節リウマチといった比較的症状が重い疾患や、手の震え、首が曲がる斜頸(しゃけい)、まぶたのけいれんなどがあるが、そういった特異なケースだけではない。
 見た目に明らかに症状に現れていなくとも、日常生活の中でどうも体がすっきりしない、気分がすぐれない、何事もする気がおこらないといった状態が続き、病院を訪れることがある。

 身体的な病状としては「寝付きが悪い」「肩こりがひどい」「頭重感がとれない」「食欲不振」「性欲が減退」「冷や汗が出る」「耳鳴り、立ちくらみがする」といったものが挙げられる。こんな場合、精神的に「うつ状態」にあると指摘される。身体的な症状にうつ状態が隠されるので「仮面うつ病」とも呼ばれる。

 広告代理店の部長である50歳男性が、ちょうどそんな症状の患者だった。
 「どうも夜の寝付きが悪い。そのくせ朝は早く目が覚め、いつも熟睡したという感覚がない。食欲もなく食べるとすぐ下痢をしてしまう。体がスキッとせずいつもだるいんです。」
 彼は初めて私のところにやって来たとき、そう訴えた。
 私は、彼に様々な身体的な検査をすると同時に、SDSといううつ状態の有無を調べる心理テストをした。SDSは主として心身症の診断・治療を行う心療内科でよく使われるテストである。その結果、身体的な検査では何ら異常が見られなかったのに、SDSの結果で「うつ状態」にあることが判明した。
 彼に仕事の状態や家庭での様子を聞いてみると、次のような答えが返ってきた。「仕事は年中、時間とノルマに追われています。責任者であるため、部下のやっていることを見ると、イライラしています。家庭は寝に帰るだけです。」
 当初、彼が、訴えてきたのは「寝付きが悪い割に早朝に目覚め、再び眠れない」(早朝覚醒)「肩凝りがひどい」「「あまり食欲がなく、食べると下痢してしまう」といった身体的側面の自覚症状である。ところがこういった症状の裏側にはストレスが原因となった「全然、何もする気がしない」「気分が滅入って仕方ない」「人と会うのもイヤだ」「考えがまとまらず、決断しにくい」というような心理状態が隠されている場合がある。患者自身もそういった心理的側面をあまり自覚していないので、診察の際には身体の症状を主として訴えがちである。しかし、SDSをしたり、問診の際、職場や家庭での本人の状況などを聞いてみる、そういった心理状態が浮かび上がってくることがあり、身体の不調の原因に「うつ状態」があることがわかる。

 このように身体的な症状にうつ状態が隠されていることを心身医学では「仮面うつ病」と呼んでいる。最近の傾向として、この仮面うつ病の人はかなり多く、年々増加している。 少なく見積もっても一般診療科では患者総数の3~5%を占め、心療内科では10~20%に達するものと思われる。うつ状態に陥りやすい人は、性格的に几帳面で真面目、融通がきかず、職場では仕事一途で、仕事を離れるとこれといった趣味もなく、酒もたばこもやらないという人に見られがちである。真面目人間であるため、責任感も強く、上司と部下との板挟みになって思い悩む場合が多い。彼の場合がまさにそうだった。エゴグラムという、人の性格を分析するテストでは、「自分の気持ちを抑えて、人に合わせようとする」性格であることが判った。私は抗うつ薬を投与するとともに、カウンセリングを実施した。

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