overview column works lab links


18
 古代中国の火星人
Sep/2003
BACKNUMBER>>>

 

9月のコラム18は「家書(家族からの手紙)」と予告しておりましたが、
今年は6万年ぶりの火星大接近ということで、
古代中国の火星の神秘をお贈りすることにしました。
題して「古代中国の火星人」

  中国における天文観測の歴史は非常に古く、周王朝(前1100~前256)に始まる。五惑星(木星・火星・土星・金星・水星)の観測も行われたが、火星は特別な存在として意識されるようになる。地上から肉眼ではっきりと見える火星の赤さが、人々に火星を五星の中でも特殊な惑星、不気味な惑星としての印象を抱かせたのであろう。しかし、より大きな原因は、火星の運行が不規則であり、天体観測に際して予期せぬ動きをすることである。このような理由から、火星は神秘性を付与され、時代が下がるにつれて不気味で不吉な惑星としてのイメージが定着する。
   火星が反乱や戦争、飢饉や疾病や死などをもたらす不吉な惑星であるという火星観は、前漢時代の占星術書からもかなり一般的であったことがわかる。奇しくも、古代中国のこの火星観は、西洋にあってはMarsがローマ神話の軍神であり、古代インドにおいては旱魃や虫害、疫病や飢饉や戦争などの不幸をもたらすと考えられたのと共通する。
  中国の歴史書には火星の観測記録に関して、非常に興味深い記録が山のようにあるのだが、その中のひとつを紹介する。

   ところで、中国では知識人が意図的に作ったと考えられる「民謡」や「童謡」、あるいは「民歌」「児歌」(いずれも意図するところは同じであるため、時代が下がるにつれて「童謡」に一本化する)などが巷で大流行したことが、その歌詞とともに歴史書に記録される。そして、流行していた当初は歌詞の意味がわからなかったのだが、何年か後(時に何十年後)、政治事件が発生したり動乱が勃発したりして初めてその意味が理解されたというのである。まさにそれらは「予言の歌」(「予言」とは言わないが)として、『史記』以下、歴代の正史に記録されている。
   中国では民の意見に真摯に耳を傾けることのできない為政者(リーダー)は、その資格を失うとするのが古来の常識である。したがって、巷で歌われる歌を聴いて民情を察することは為政者の責務である。知識人はこれを逆手にとって、子供が歌いやすいように工夫して童謡を作り、そこに政治的批判を込めて流行らせた。
   また、中国には自然の異変は天が為政者を譴責し、権力の暴走を防ぐ天の意志という考え方がある。為政者が民の声を無視して民心を失えば、天は災異を下して威嚇するのである。火星の異常接近や逆行などは、長雨や干魃、あるいは冷夏や暖冬と同様、天が為政者に反省を促す自然の神秘というわけである。したがって、為政者は子供たちが歌う童謡にも、自然災害や異常気象にも無関心でおれない。

  さて、万物が木・火・土・金・水の五元素から成るとする五行思想では、五行の二は火星、五事の二は言。また陰陽二元論では火も子供も共に「陽」。童謡が火星と結びつくのは、陰陽五行思想からすれば当然の帰結ということになる。そして火星の擬人化が生まれ、火星の精が童児となって地上に舞い降り、天の意志を伝えようとして歌うもの、これが童謡ということになる。しかも、この火星観は2世紀末から3世紀初めにはほぼ定着していた。

呉の孫休の永安三年三月、異様な男児がひとりやって来た。背丈は四尺余り、年ごろは六・七歳、青い着物を着ている。と、子供たちの仲間入りをして遊びだした。子供たちは知らない子なので、「君、ふいに来たけど、どこの子なの?」と口々に聞く。すると、「みんなが楽しそうに遊んでいるので来ちゃった」と答える。よくよく見ると、眼が光って人を射るようだ。子供たちは怖くなって、もういちど同じことを聞いた。すると、「僕のこと、怖い?  僕は人間じゃなくて、火星の精なんだ。君たちに知らせることがあって来たんだ、『三公、司馬に帰さん』とね」と言う。子供たちはびっくりして逃げ、近くにいる大人に知らせた。知らせを聞いた人が飛んで来てその男児を見つめると、「僕、もう行くね」と言うなり身を縮めて躍り上がった。仰ぎ見ると、細長い白い絹が天に登って行くのが見えた。次々と駆けつける大人たちの目にも、次第に天高く舞い上がるのが見え、やがて視界から消えてしまった。当時は呉の国政が苛酷であったため、誰もこのことを表沙汰にはしなかった。が、それから四年後に蜀が亡び、六年たって魏が帝位を廃され、二十一年たって呉が平定された。これぞまさしく、かの火星から来た男児の言った「三公、司馬に帰さん」である。(『搜神記』巻第八)

  これは三国・呉の景帝孫休の永安三年(260)、火星から降りて来た男児が、「三公、司馬に帰さん」と子供達に告げ、再び天に登って行ったという話で、「三公」、すなわち魏・呉・蜀の三国はいずれ司馬氏に帰属するであろうという託宣となっている。この話は歴史書である『晋書』や『宋書』では、「詩妖」として採録されている。

  太古、戦乱や不幸をもたらす不吉の惑星であった火星は、ここに国家の興亡を予言する神秘な惑星となった。しかし、その予言は決して破壊的なものではなく、火星の精が童児を遣わして、時に現実政治を鋭く批判し、時に社会の動向を暗示する童謡である。
  今年は六万年ぶりの火星大接近だということだが、火星の童児は今日の世界を見てどんなメッセージを送っているのであろうか?

なお、火星と童謡について詳細をお知りになりたい方は、拙著『中国古代の「謡」と「予言」』(創文社)第五章をご覧下さい。

▲TOP

最新コラムへ


BACK NUMBER
00 復讐の倫理-あなたの心に「復讐心」はありませんか?
01 中国の家族主義(1)-法と家族
02 「理想的な生活」―男の幸せ・不幸せ
03 法治―名と実の一致
04 過失動機主義と結果主義
05 パーフェクト・ヨーロピアン
06 リーダーシップ
07 復讐の倫理-あなたの心に「復讐心」はありませんか?
08 対の思考
09 権の思想
10 中国の家族主義(2)
11 中国人の歴史観(1)
12 中国人の歴史観(2)
13 カリスマ
14 華夷思想(中華思想)
15 知足(足るを知る)
16 テロリスト群像(1)
17 テロリスト群像(2)