18.18.身体的違和感を受け容れる

ここから先は、身体を変えるためにはどのような考え方が必要なのかを述ようと思う。読者が壁に対峙したときに、実際に役に立つ情報を記述したいと考えている。
「違和感を受け入れる」
「筋力トレーニングの役割」
「発話と身体の関係」
「重心」
この四つが大きなテーマとなる。

変わりにくさを前提にして考えていく

身体を良い方向へ変化させていくことは本当にむずかしいことだ。そのためにはある程度の計画性や、精神的なバランスといったものが必要とされる。
情報を集め、タイミング良く実行し、工夫を重ね、機転をきかし、モチベーションを維持する能力。そして、それらを総合的に束ねる感覚・センスが求められる。

現在、膨大な量の身体関係の情報がすでに存在している。すべてを把握するのは不可能なくらいに。それでもあらゆるメディアが「身体を変えるための情報」を流し続けているのは、あまりにも多くの人が、自分の身体に対する不満を簡単には解消できずにいるからだろう。

改善していく過程には明かに大きな壁がいくつか存在する。あなたはその壁を様々な角度から突き崩し、乗り越えていかなければならない。

人は常に多くの情報にさらされながら生活を送っている。黙っていても情報は向こうから来る。しかし、どのような分野のものであれ、人の生活に強く影響を与え続け、はっきりとした結果をもたらす新たな知識、目が覚めるような情報に出会える確率は非常に低いものだ。そのような体験は稀にしか起こらない。
だからこそ、強く自分と響き合う情報に出会った時、人は興奮し、感動し、ときにはそのすべてを信じ込む。人は心のどこかでそのような、自分の中のシステムが入れ替わるような体験を求めて書籍をあたり、サイトを巡っているところがある。

特に身体に関する情報に対しては、「身体は変わりにくい」という現実があるからこそその傾向が顕著だ。

筆者はここまで、身のこなしをキレイにするための方法論を述べてきたわけだが、それらは客観的に見れはただの知識に過ぎない。どうしようもないことだし、当たり前のことなのだが、このサイトで提供できるものはすべて結局のところ「情報」の域を出ない。実体験としてのワーク・ショップや講座とは違い、一方的な文字情報でしかない。

「情報」の限界とでも言い表したら良いだろうか、一方的であることの欠点は、読者ひとりひとりの現状に適切に対応しきれないところにある。どうしても単なる一般論に終わってしまう可能性の大きさにある。私自身の経験を降り返ってみても、「これはまさに自分のための情報だ」と思えるような身体関係の文章にはなかなか出会うことができなかった。
きっと読者も、身体の状態を改善させるための本や情報誌を丸ごと集中して読んで、それでも何も残るものがなかった、という経験があるだろう。
筆者は、身体を変化させることのむずかしさを考慮に加えた場合、その「情報」の弱い面は致命的かもしれないと感じている。この『身のこなしをキレイにする方法』もまた、読者の中に何の足跡も残せないかもしれないことを、その可能性の存在を、完全には否定できないでいる。

筆者にできることは、私の文章がカバーし得る範囲を拡げることよりもむしろ、少しでも多くの事柄が読者の記憶に残るような記述の仕方を心掛けていくことなのだろう。 私はこのサイトで、読者の中に留まる情報を提供したいと望んでいる。記憶にさえ残れば、あなたの意識に何らかの痕跡を残すことさえできれば、それは姿かたちを変えて、あなたの個別的な身体に対して有用であり続けるだろう。

身体が落ち着かない

鏡の前で行った訓練の成果を、いかにして実生活に反映させるか? ということは非常に大きな問題だ。
あなたはきっと、身体の動かし方を変えようとした時に、何だか落ち着かない感覚を持ったことがあるだろう。今までとは違う、新たな関節の使い方を試みた時に起こる不安定感のようなもの。鏡の前ではうまく行ったのに、部屋を出たとたんに別の身体になってしまったかのように身体コントロールが上手くいかなくなるという経験。いつもより大またで歩いてみたり、あごを引いてほんの少しだけ頭の位置を修正した時に感じる「これで本当にキレイに見えているのだろうか?」といった迷い。身体がふわふわして地に足が着かない感覚。不確実感。

これらはキレイな身体の使い方を身につける際の、最も大きな障害の一つだ。あなたも、この不安定な感覚がなければ、もっと楽に身体を変えていけるのに、と思ったことがあるのではないだろうか。多くの人が、この感覚に押し流されるように、元の身体の使い方に戻ってしまった経験を持っているはずだ。
鏡の前で身体を動かしている時には、この感覚はほとんど起こらない。鏡を離れて、日常の生活の中で、試験的に動きを取り入れた時に感じる感覚。

この感覚はいったい何なのだろう。どのようにして操作し、乗り越えていけば良いのだろう。鏡の前で得た有用な身体の使い方を日常生活に反映させようという段階で、あなたをくじけさせてしまうかもしれないこれら不快感にはどのような対処が可能なのだろう。

身体は変化に対しては過剰なくらいに敏感だ。未知の動きやバランスの崩れを、そう簡単には受け入れてくれない。少しでもいつもと違う何かがあれば、「違和感」としてわれわれに警告を発する。身体は基本的に変化を好まない。

もう少し正確に言うと、身体は未知のものに対しては、とりあえず否定的に反応する。いわば、その働きの結果が違和感として表れてくるのだ。
ある意味ではこの「違和感」があるからこそわれわれは自分なりの動きを、癖を含めた自分独自の動きを、それほど意識し続けなくても維持できるのだろう。常に自分の動きに関心を払っていなくても、「違和感」がない限り、自分がこれまで通りに動けていると安心していられるわけだ。

だから、この違和感とは喧嘩してはいけない。 バランスが決まらない感じや落ち着かない感覚を、無理に打ち消そうとはしない方がいい。それは身体変化には必ずついてまわるものだから。
違和感は起こるものだ。そういう当たり前のものとして、相手にしないのが一番いい。これは本当に大切な認識だ。違和感に反応を返している限り、あなたの身体は変わらないだろうと思う。違和感というものは一種のループ構造を持つ。あなたの努力はその環の中で空回りをすることになる。

読者がすべき唯一のことは、そのとき試みている新しい関節の動きを、きちんと行い続けることだけだ。
違和感に意識が行き過ぎると、本来感じるべきことを見逃してしまう。新しい動作がもたらしてくれる、身体の一部が解放され楽になるような感覚や、自由度が増す感覚を見過ごしてしまう。新しい発見こそが、すでに定着しているあなたの癖を変えてくれる。ループから逃れ、外れる一歩となり得る。

違和感の解消にはどうしてもある程度の時間がかかるだろう。その時間は、変化の良い部分に敏感であればあるほど短くなる。逆に居心地の悪さに関心を向ければ向けるほど長くなる。

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