19.19.違和感の正体

違和感に対して、「この不安定な感覚はとてもじゃないが耐えがたい」という人もいるだろうと思う。違和感と共に生活するのは、『何かがどこかで間違っている』、そう身体にささやかれ続けているようなものだから、確かに非常につらい部分がある。
実際、人の身体がなかなか変わりにくいのはこの違和感のせいだ。身体を変えないための身体の反応なのだから、当然のことと言えば当然だ。

この違和感とのつき合い方がうまくいけば(基本的には、とにかく無視することができれば)、あなたの身体はもっと思うように、意識した通りに変わっていってくれるだろう。そのために、この違和感のメカニズムのようなものをもう少しだけ説明しよう。相手の正体がわかれば、読者それぞれが、自分なりの対応の仕方を考えることが可能になると思うから。

「バランス」と「呼吸」の乱れ

筆者は、違和感の正体は、「バランス感覚」と「呼吸」、この二つに集約できると考えている。
きっと他にもあるのだろうが、主に身体の「バランス」の崩れと、「呼吸」の変化が、あなたの肉体にいつもとは違う落ち着きのなさを生み出しているのだと理解している。

「バランス感覚」の方は、そのほとんどの部分を「10・身体は繋がっている」の章で述べた。
身体の各関節は独立して機能しているのではなく、密接に関節同士が連携しながら動き、その位置を定めている。そこに何らかの新しい修正が加えられると、身体全体がその変化に対して反応する。総体的なバランスの再構築が始まってしまう。
自分としては背骨だけを変化させたつもりなのに、腰の動きや足の運びが何となくちぐはぐになってしまうといった現象は、これら身体のバランスが、意識しないところで修正されるからだ。
もっと小さなバランスの変化でもそれは同じことで、たとえば、椅子に座る時に普段とは逆の方の足を上にして組んでも、買ったばかりの靴を履いて歩いても、違和感は起こるものだ。いつもとは違う位置で、方法で、身体が使われた時、われわれはそこにはっきりと違和感を感じ取る。また、新しい軸や方向性が取り入れられた時にも違和感は起こる。

「呼吸」については詳しい説明が必要だろう。
本来なら、「呼吸」と言わずに「内臓」と表すべきかもしれない。
胴体の内部に収まり、骨と筋肉に包まれた臓器。
これらが、身体変化に対して何らかの反応を示さないはずがないと私は考えている。姿勢が変わり、各関節の位置関係が変わり、動かし方が変わった時に、多々ある臓器がもとの状態の方へ引き戻そうとアクションを起こしているに違いないと考える。それが、違和感の正体の一部なのではないかと。

このことは、普段猫背の人が、意識して上体をまっすぐにした時のことを考えればわかりやすいだろう。または、ある人が今までよりも腰の軸を意識し、大きく身体を回転させるようになった場合を想像してほしい。その内部でどのようなことが起こるかを考えてほしい。身のこなしの変化が内臓に影響を与えないはずがないのだ。

数々ある臓器の中でも「呼吸」、つまり「肺」に注目した理由は、何となくわかってもらえると思う。
肺はいくつかの筋肉によって収縮させられている。肺自体が大きくなったり小さくなったりしているわけではなく、横隔膜が上下することで、結果的に空気を取り込んだり、押し出したりしている。
腹筋が使われることもあるし、胸の筋肉が使われることもある。それらの動きが、それこそ絶え間なく繰り返されて、「呼吸」は成立しているわけだ。

肺の機能が生命に密接に関わっていることはわざわざ述べるまでもないだろうし、息の吐き方・吸い方ひとつで、精神状態に大きな変化があることも良く知られている。リラックスするためのテクニックについての書物の中には必ず呼吸法が含まれているし、瞑想について書かれた文章の中にも「呼吸」による操作はたいてい載っている。
このように複雑な筋肉の動き、生命維持や精神状態との密接な関係を考えると、「呼吸」は身体的変化の過程で無視できない存在と言っても良いだろう。

筆者は長年の間、ついつい何をしていても丸まってしまう背中を修正しようと努力してきたのだが、「呼吸」が違和感に関係していると気づけたことは、非常に大きいと感じている。

背筋をまっすぐに伸ばした時の落ち着かない気分。猫背になった方が安心する感覚。まさに身体的な違和感がいつもつきまとっていた。そして私はこういった感覚の原因を、ただ単に背筋や腹筋が弱いだけなのだと思っていた。それらを鍛えさえすれば何とかなるはずだと思い込んでいた。身体を支える筋肉の弱さばかり意識していた。

しかし、どうもそれは違うのではないか。筋力の問題として考えるのは間違いなのではないか。普段の何気ない動き、たとえば、あぐらをかいたり、横にある物を身体をひねって取ったりといった動きをしているうちに、いつの間にかもとの、背中を曲げた姿勢に戻ってしまうのは、他の力、重力とは次元の違う何らかの力が働いていて、その力に対処する方法を知らないからなのかもしれない。そう考えるようにになった。

「呼吸が問題なのだ」と、ふとした瞬間に理解したのを覚えている。
背骨を伸ばし、胸を開くという意識的な作業が、慣れない呼吸の環境を作りだしている。
肺呼吸は繰り返し繰り返し行われる。その肺を取り巻く筋肉の連続した動きが、少しずつ少しずつ、背骨をもとの形に(肺呼吸にとって安定した・慣れた状態に)戻していたのだと気づいた。

それ以後は身体的な違和感を感じることが少なくなったように思える。必要以上に気にしなくなった。理解の範疇にあるものとして適当に処理できるようになった。鏡の前で思い切り息を吸って胸を張り、その状態で身体をひねったり揺さぶったりしたことも良かったように思える。

確信が持てるまで

違和感とは、身体感覚の働きの一部だ。筋肉や骨に負荷がかかり過ぎないために、そしてある範疇から自分の動きが逸脱しないために、身体を制御する非常に重要な機能だ。視点を変えてみれば、違和感とは、行儀が悪かったり品がなかったりといった、意図しない印象を他者に与えないために、あなたが自ら身につけた統制の機能なのだ。

じっくりと時間をかけて、身体が新しい動きを受け入れ慣れてくれば、違和感は消える。あなたはその意味ある試みを続けさえすれば良い。結果はついてくる。
きっと、鏡があなたの助けとなってくれるはずだ。前にも述べたことだが、鏡は、リアルタイムでその変化の結果を示してくれる。鏡は少なくとも即座に、その場で自分の姿を見せてくれる道具だ。鏡の存在は、違和感の解消にかかる時間を短くしてくれる。

自分の姿を自分なりの見方できちんと認識し、「この関節の動かし方は何も間違ってはいない」と感じる作業は、確実に身体的な違和感を薄めてくれるはずだ。何の問題も危険もないことを、心と身体に意識的に示すことができるのは鏡だけだ。

筆者の方法論を支えているのは鏡なのだ。とにかく鏡を見ること。読者はいつでも鏡を有効に使うことを考えるべきだ。
鏡の前で身体を動かし、新しく変化していく身体を見続けること。認めること。良い方向へ変わっていると感じること。
そのうちに、鏡のない場所で「今、自分はかつての自分よりも適切に動けている」と確信できる瞬間がおとずれるはずだ。そのときに、本当の意味で違和感は解消する。

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