21.21.筋力トレーニングと身体の動きの関係

人間は自分の身体をある程度までコントロールできる。 歩く。座る。物を持つ。触る。ほとんどの人がそういった動きを、日常の中で特に意識せずに行うことができる。

それらを支えているのは筋肉の存在だ。精密な機械を操作して巨大な建造物を建てることも、米粒に俳句を書き込むことも、難易度の差こそあれ、人間の筋肉が行っている。心の動きと比べれば、人がどれほど高い精度で身体を、筋肉を使いこなしているかがわかる。

しかし、たとえコンマ5ミリのネジを正しい強さで締めることができる時計職人といえども、自分の身体を美しく動かしたり、美しい状態に保つことが簡単にできるわけではない。 鍛えぬかれた筋肉を持つスポーツ選手の多くは、たしかに美しい肉体を我々に見せてくれるが、それでも、動きのキレイな人とそうではない人がいる。美しい動きそのものを競う種類のスポーツ、たとえばフィギュア・スケートの選手でも、だれもが本当にキレイに動けているわけではない。

この章では、美しい身のこなしと鍛えられた筋肉について考えてみたい。

自然に鍛えたくなることが大事

筋肉を鍛えることによって身体の動きや姿勢がキレイになると思っている人は非常に多い。
腹筋、お尻の筋肉、背筋、ももの筋肉、これらはたしかに人の姿勢を支える大事な筋肉だ。あなたも雑誌等で、「これらの筋肉を鍛えれば姿勢は良くなる」、といった文章を目にしたことがあるだろう。

だが、筆者の経験からいって、筋力が増すだけでは姿勢は良くならない。
もしあなたが腹筋を二十回くらいやった直後に、何となく姿勢が良くなったような気がするとしたら、上半身がすっきりと伸びたような感覚があるとしたら、それは筋力の増加というよりも、相対的にみて他の部分より腹筋に意識がいくようになったからだと考えるべきだ。抽象的な言い方だが、あなたの意識と腹筋とを繋ぐパイプが、極地的に身体を酷使することによって太くなり、腹筋に意識がアクセスしやすくなったからだ。

身体的美醜のレベルで「筋肉」を有効に使う能力が、一時的に、筋力トレーニングによって身についたからだと言いかえることもできる。おそらく習慣的に筋力増加を図るうちに、身体はその筋肉の状態に慣れてしまうはずだ。意識と腹筋とを繋ぐパイプはその特化性を薄め、意識のいき渡り方はもとの状態に戻ってしまうだろう。どんなに鍛えられていても、その筋肉を「身体を美しく動かすために」効果的に使うことができなくては意味がないのだ。

筋肉はその強さや量よりも「使いこなし方」のほうが大事だ。
あなたが、あなた自身の身体をキレイに動かすためには、どの部分の筋肉を特化させ、重点的に使用すれば良いのかを見極める作業こそが必要とされている。その作業を効率良く進め、発展させ、応用するために鏡を見る。
筋肉を増加させることは、意識とその身体の一部分の繋がりを特化させる有効な手段の一つであることは確かだが、それだけでは不十分なのだ。

もちろん、筋力トレーニングは行った方が良いに決まっている。筆者には筋力トレーニングを否定したい気持ちはまったくない。
ことさらに筋肉の鍛錬を推奨し、それだけで身のこなしが洗練されるかのような情報が有害だと思っているだけだ。筋肉の増加と身体の美醜とを強く結びつけてしまう考え方は効率が悪いと言いたいだけだ。

筋肉を鍛えることの利点はいくらでも上げられる。きちんと続ければ、動作が軽くなるような感覚が出てきて、鏡の前で身体を操作するのがいっそう楽しくなる。動きのキレ、スピードが自然と増してくる。筋肉が関節を動かし、制御していることをより実感できるようになる。先に述べたように意識と筋肉の繋がり方が太く強くなる。動作の精度が増し、イメージと実際の動きの差が減り、自分の身体の存在をはっきり感じることができるようになる。
筋肉を大きくすれば、それだけで身体のラインは変わってくれる。トレーニングを通じて脂肪や贅肉を燃焼させる努力は、最も一般的な身体美への道と言えるだろう。

でも必須事項ではない。王道とはとても言えない。筋トレ嫌いの人が無理をしてまで行うことではない。そのうちにやりたくなる時がくるだろう、くらいに考えていてかまわないと思う。
身体を美しく動かす、という目標に着実に一歩づつ近づくためには、とりあえず不快な要素はできるだけ排除しておくのが正解だ。自分が取り組みやすいことをきちんと続けていくことの方が何倍も意味がある。 そのうちに身体が新しい何かを求め始める。今は苦でしかないものが、快であり、楽であるような価値感の転換が、身体的変化の過程ではわりと頻繁に起こるものだ。

鏡の前で身体を動かし続けてさえいれば、そのうちに、「この筋肉がもう少し強ければもっとうまく動けるのにな」そう思う瞬間があるはずなのだ。 ナルシシズムの温床でもある鏡は、求めるもののレベルを際限なく引き上げる作用を持つ。筋トレは身体が求めた時に始めると、それこそ本当にただただ楽しいものとなる。もうちょっとこの筋肉が素早く反応して、次の動きへと移行できれば自分の身体はキレの良い動作ができるはずだ、といった身体の要求に耳を澄ますのだ。
闇雲に筋力トレーニングをするその前に、「この筋肉に強さがほしい」という欲求がまずありきなのだ。柔軟性についても同じことが言える。この関節がもう少しスムーズに、そして大きく曲がってくれるといいなと思った時に、身体を柔らかくする努力を始めれば良いと思う。

これは大事なことなのだが、鍛えるべき筋肉がわかってくると、身体を痛めつける行為が快感にかわってしまう。急激に筋肉を酷使し過ぎて、大きな故障を引き起こしてしまうことがある。負荷のかけ過ぎには細心の注意を払い、きちんと筋肉の回復時間を持つことを忘れてはいけない。
トレーニングによって酷使された筋肉は24時間から72時間かけて回復する。超回復と呼ばれる、破壊された筋の束が修復されより太くなる作用が起こるまでには、つまり筋力が以前よりも増した状態になるまでには、これくらいの時間がかかるものなのだ。もちろんその時間の長さは、負荷の量や各筋肉によって違う。詳しくは専門書をあたってもらった方が良いのだが、一般にトレーナーが薦める効果的な鍛錬の頻度は週に2・3回だ。それよりも多くなると筋肉が回復する前にさらに疲労が重なるため、オーバー・ワークになってしまう可能性が高い。 身体は絶対に痛めつけてはいけない。筋肉の損傷については注意し過ぎるということはない。

足首を鍛える

さて、筆者なりの、お薦めの筋力トレーニング・メニューもあるにはある。
私の経験から、トレーニングそのものが直接身のこなしをキレイにすると考えられるものをいくつか簡単に紹介したい。

もし、「身のこなしをキレイにするために、最も強化すべき筋肉は身体のどの部分か?」
と聞かれたら、筆者は迷わず「足首のあたり」と答える。 足首を中心とした、ふくらはぎからつま先までの筋肉。これらを鍛えることは、美的動作に直結すると筆者は考えている。
足首が安定することは、間違いなく身体全体に良い影響を与えるからだ。
足首が安定すれば、膝は良く曲がるようになる。膝が十分に曲げられるようになれば、腰が安定しやすくなる。そして腰が安定した状態にあれば、背骨がすっきりと伸びる、と言うように、好ましい連鎖が生まれるのだ。

足首の鍛え方としては、後編第2部の「跳ねる動き」を実践するだけでいい。楽しみながら鍛錬することができるという点も大きなメリットだ。筋トレには拒否反応を起こす読者もぜひ足首だけは鍛えてみてほしい。足首は非常にデリケートで痛めやすい部分なので、ちゃんと準備運動を行うことを忘れないように。

肩甲骨を鍛える

それから、肩甲骨を動かす訓練。
肩甲骨は、あまり知られていないことだが、背中のラインの美醜を操作できる部分だ。意識して鍛えてみる価値のある部分だ。

背中を美しく見せたいと努力しているのだけれど、どうも背骨のラインや首の角度を操作するだけでは限界があるようだ、と感じている人は、肩甲骨を大きく動かせるように意識してみると良いだろう。肩甲骨は後姿の美しさを演出してくれる。
そのためには背中から浮き上がらせる、というイメージが必要かもしれない。
肩甲骨を動かす筋肉を酷使し、結果的にうまく使えるようになることで、背中のラインにアクセントがつく。大事なのは肩甲骨付近の感覚を鋭くし、神経をはりめぐらせるようなつもりで良く動かして、意識とのパイプを太くすることだ。まわりの筋肉を鍛えると言うよりは、意識がアクセスしやすくなることに重点を置いた方が良い。

キレイな後姿の条件、公式といったものを追求していけば、その項目には肩甲骨の使い方が入ってくるはずだ。往々にして、肩甲骨の形がシャツを通してもわかるくらいくっきり浮き出ている人は魅力的な背中をしている。肩幅の狭さとか、背骨の曲がり具合の修正の限界を超えて、肩甲骨がそのラインを美しく引き締めてくれる。肩甲骨にはそういうことができる可能性がある。

首を鍛える

最後に首の筋肉。
前にも述べたように、首は身体の中でも特に不器用な関節なので、さまざまな角度からアプローチして、洗練させる余地が残されている。筋力トレーニングはその一つの方法となりえる。
首が座っていないのは、なにも幼い子供だけの話ではない。最も不安定な場所にあり、重たい頭を支えなくてはならない首の関節。多くの人は首の位置を定められずにいる。使い方を洗練できないままでいる。

首のラインが美しいと思える人も、よくよく観察していくと、それほど多様な使い方はしていないことがわかる。とても狭い範囲で、ただ美しい動きの領域から逸脱しないというだけの人が多い。もちろんそれだけでも、改めて身につけるにはむずかしい身体能力なのだが、本当はもっともっと豊かな動きが可能な部分なのだ。動きの範囲、スピード、方向、頻度、さまざまな観点から工夫を重ねていけば、きっと自分なりの訓練の仕方が明確になってくる。筆者の薦めるこの筋トレも、首の動きを少しでも洗練させる手段としてとらえてほしい。べつに首を太くしなくていい。

首を鍛えるためには、重力を使う方法と、壁や床といった固定した物体に力を込めて押しつける方法の二種類がある。いわゆる有酸素運動と無酸素運動の二つのやり方がある。

腹筋を鍛えるのと同じ要領で、仰向けになって、起こしたり寝かしたりを繰り返して首を鍛える。
首の側面を鍛える場合は、横向きに寝て、肩の方向へ同じように動かす。これが重力を使う方法だ。

また、仰向けに寝た状態で、床の方にぐっと力いっぱい押しつけるようにすれば、後ろ側の筋肉を中心に首を鍛えることができる。重力とは無関係に負荷の大きさを自分で加減することになるので、応用範囲が広い。テレビでも見ながら壁に寄りかかって、同じように首の後ろや側面を押しつけて鍛えることもできる。首が太くなるのは絶対にイヤだという人には向かないが、首に関してはこちらの無酸素運動の方が行いやすいかもしれない。

筋力トレーニングは、身体に変化をもたらすきっかけ作りになるという意味で非常に効果的な手段だ。今までほとんど意識したことのない部分を再認識するためには有効な方法だ。 しかし、あくまで身体訓練の一つと考えるべきだということ。そして、筋肉の疲労、損傷には十分に注意すること。この二点は忘れてはならない。

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