24.24.もう一度きれいな歩き方 A

筆者はほん一時期の間だけれど、毎朝、人のいないサッカー・グラウンドを、目をつぶって歩いていたことがある。
旅先で河原まで軽いジョギングに出たついでに、息を整えるようにグラウンドを数週、目をつぶりながら歩いた。そのときにこの腰の存在の複雑さについて気づいた。
そこで私の感覚が捉えたものを言語化してしまえば、「腰のあたりに身体の重心がくる」という、前章でイメージしてもらったこととまったく同じなのだが、そこには普遍的な身体の有り様、身体をキレイに動かすための大きなヒントが含まれているように思えた。
引き続き、この章でも、腰の本質に触れてみたい。

腰をコントロールする

視覚を伴わない歩行の中、私は神経という神経が研ぎ澄まされるような感覚をもった。

危険なので絶対に真似をしないでほしいのだけれど、目をつぶりながら行ってみると、「歩行」はまさに全身運動なのだとわかった。
左右の足が交互に前に出ていく。腕が自然とそれにならって動く。腹筋や背筋が上体を支える。あらゆる筋肉が、さまざまな大きさと方向へ働き、バランスを保っている。
静かに、足元の芝生の感触を味わいながらのんびりと歩を進めても、身体中の筋肉という筋肉がちゃんとそれぞれに役割をこなしているのがわかる。この肉体の内部で、すべてを把握することは不可能なほどに、複雑で繊細な営みが行われている。

筆者はそのとき、美しく歩くということに全神経を集中して歩いていた。歩き方のトレーニングとして、視神経を遮断し、より自らの美的な動作に敏感であろうと、そう意識していたわけだが、そのうちに、本当に身体が全身で行おうとしていることは、足を前に出すことではないような気がしてきた。「キレイに歩く」という目的を強く意識しながら身体を動かしていると、何と言うか、全身がどこかを庇い、ある一定の状態を維持しようとする動作に自然となっていくのを感じ取った。

言うまでもなく、「歩く」とは足を中心とした行為であり、交互に両足を前方へ出し続けなければ成り立たない、移動を目的と行為なのだけれど、しかし、全身が維持継続しているのはそれだけではないような気がした。むしろ別の、身体の内側にある特定の部分に重点を置いて、すべての筋肉が協力し合っているように思えた。

そうして、腰の役割の重要性とさらにそれを支える全身の働きについて理解した。人が美しく歩こうとする時に、その裏側で、身体の内側で行われていることの本質が見えたと感じた。 それはとてもとても重要なことに思えた。

一言で言えば、各関節の動きは重心を支えとしており、その事実は、重心そのものを安定させるセンス・能力が必要になってくる、ということだ。

腰自体がコントロールされていなければ、美しい動きにはならないということ。すぐに頭に浮かんだのは、「高等な動物ほど、どれほど過激な運動をしていても、その目線の高さを一定に保とうとする」といった内容の一昔前のテレビCMだ。
腰の位置や角度に対して、身体全体が配慮して動いている。全身が、腰を庇っている。歩くことで生じる「揺れ」によって、腰がブレてしまうこと避けようとしている。

「歩く」とはもしかしたら本来、大きくきっちりと足を踏み出しながら、それにともなうバランスの崩れをなんとか全身を使って制御する行為なのではないか。そしてその根底には、腰の役割の保持、というものが含まれているのではないか。
腰の役割とは、身体の重心としてさまざまな動きの起点となる、という意味だ。
たとえば腕を動かす時、とくに素早く強く動かす時、その力は(肩ではなく)腰のあたりを支えにして生まれるということだ。筋肉の力を反射する、まず最初に作用させる場所として腰が使われるという意味だ。それは先ほどの架空のイメージをもう一度思い出していただければ納得してもらえると思う。重力が存在する現実の世界でも、重心の意味はさほど変わらない。

そのように歩行を捉えなおすと、さまざまなことが本質的に理解できた。
腕の動きについて、腰の使い方について。その美醜について。

腕の振りは、言ってみれば、アースのようなものだ。足の動きが生み出した振動やブレを逃がす役目を負っている。そのことはずいぶん前からわかったつもりでいた。しかし、もっと積極的に理解し直すべき事柄に思えた。もう少し、違ったニュアンスで。
腕の振り方には腰という身体の中心、統率の中枢への配慮が含まれていた。
腕と足の振りが左右を違えて行われるのは、つまり右足が前に踏み出されると同時に左手が振られるのは、足の動きよりもむしろ、重心を安定させるためだったのだ。

そのことは腕を振らずに歩けばわかる。このときにブレるのは足の動きではない。まず腰が安定を欠くのだ。

素直な意味で、適切に動く両足は、適切に動く両腕を抜きには考えられない。ある人の足の運びが非常にキレイで魅力的に見えるとしたら、その素晴らしさは足の動きの中にあると同時に、その腕の動きの中にも存在する。
しかし、腕と足の間に腰の存在があった。腕の動きが、腰を適切な位置に安定させ、腰が十分に役割をはたしているからこそ、美しい足の運びが実現するのだ。

腰は本当に複雑な関節だ。上半身と下半身を繋ぐ位置にあり、まさに身体中の力が集中する場所だ。双方からかかる動きの流れを受け止め、吸収する役割もする。柔らかく動くことで、力を逃がすアースの役割だって担うことができる。ベクトルを変換できる関節。

「歩く時、腰をうまく使うにはどうすべきか?」 その問に対する筆者なりの答えとして、前半の方で、腰を軽く回転させる方法について述べた。だが、もう少し別の言い方もできるだろう。

キレイに歩く人を見ていると、彼らは、腰の存在をあまり感じさせないことに気づく。
不思議なことだが、きちん使われている腰ほど、その存在をこちらに意識させない。映画や演劇において、すぐれた音響が、幕開けからラストシーンまでその音楽の存在をことさら観客に気づかせないというのと似ている。
彼らを見ていると、背中からそのまま足がはえているような感じがしないだろうか。
それは、腰をきちんと使っていることで、足の動きの起点が高い位置にあり、適度に回転しながら足の動きと同調し、協力し合って、その存在感を薄めているからだと言える。
そしてまた、腰がすべての動きの中心としてしっかりと機能しているからだとも言える。その結果、腰は無駄な動きを見せない。腰が全体的なシルエットを崩さない。腰をめぐるエネルギーの複雑な流れは適切に処理、相殺され、その結果として、腰が歩行を阻害していない。

腰の安定が身体をより自由にする

腰を安定した状態に保つ全身の働きは、なにも歩行時に限ったことではない。人が美しく動こうとする時、身体が無意識に行うことだ。 ではなぜ、腰のブレを庇おうとするのだろう。

その理由を一言で言ってしまえば、重心のブレが身体の自由度を低くするからだ。
腰を庇うとはつまり、バランス感覚の作用そのものと言ってもいいかもしれない。優れたスポーツ選手やダンサーの動きに共通しているのは、腰の完璧な安定感だ。良く動きながら、かつ無駄に揺れない。
腰がある一定の状態に保たれていること(たとえそのために多少の負担が別の場所にかかるとしても)、ブレずにいることが、動くことを前提とする身体にとっては最もニュートラルな状態なのだ。

腰はニュートラルな状態にしておいた方がいい。楽な状態、リラックスした状態とも少し違う。ニュートラル、と表現するのが一番ぴったりとくる。
一瞬先、一歩先の世界は我々の身体にとって未知のものだ。何が起こるかは完全にはわからない。そのような環境に置かれた身体は、本来完璧にリラックスすることなどありえない。そこには目に見えないくらいの微妙な操作が常に必要とされる。対応できる範囲を、その間口を、少しでも広くしておく必要がある。

身体の重心として、どのような動きにも対応できる態勢。いつでも腰が動きの中心となれる姿勢。そのような状態で在り続けるために、腰はブレはならない。おそらく身体はそのことをどこかで知っているのだろう。人がその能力を十分に発揮するためには、腰が不安定な環境にあってはならないと。だからこそ我々は安定した身体を目にすると感心してしまうのだ。そこに美を感じるのだ。読者の身体もきっと無意識にそのことに気づいているはずだ。
あとはあなた自身がそのような状態を探りだして、意識化し、維持する感覚を身につけるだけだ。

鏡の前で、腰をその空間に固定する、安定させるような動きを試してみれば、その存在の重要さが理解できる。腰が担っている役割の複雑さが実感できるだろう。
パントマイムの、身体のある部分がそこに貼りついてしまったような動きを、腰で行ってみる。
可能な限りその位置や角度を変えないようにしながら手足を動かすだけでいい。

足首と膝を適切に十分に使って、腰が動いてしまうことを防ぐ。
肩や背骨を柔らかく回転させて、腰をその空間に残すようにする。不自然なくらいに、過剰なまでに執拗に腰の位置を安定させようとする。

おそらくこれだけのことで、美しい動きの正体が少しわかるはずだ。
その、鏡に映る動作自体はさほど美しいものではないだろうと思う。しかし、この試験的な動きの向こうに、キレイな身のこなしのヒントが見えてくるはずだ。
腰が全身によってコントロールされている動きは美しいのだ。

腰を十分に使って歩こうとする意識はとても大事だ。しっかりと腰から動きがスタートする身体には勢いがあり、姿勢もキレイに見える。
しかし、読者は腰から始まる動きだけを考えていては不十分だ。
腰という身体の中心部分を庇い、その状態を一定に保つことに対しても意識を払わなくてはならない。

両足は、腰によってその動きをコントロールされている。そして同時に、地面を蹴り、膝や足首を柔らかく曲げる動作の中で、両足が腰の位置やバランスを保つのだ。全身を使って、重心のブレを防ぐこと。動作と重心の関連性に敏感になり、各部位と腰との間でやり取りされるエネルギーを上手に相殺すること。

キレイな歩き方はそのようにして実現するのだ。

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