02.02.身体は「関節」で読み解く

身体の動作を根本的に変えることはむずかしい。

強い意志や決意だけでは、身体に変化は起こらない。身体に関する知識をどれだけ多く集めてみても、そんな情報には触れたこともないような隣人が、やすやすと圧倒的に「華のある動き」を見せることだってある。

「無意識にでも美しい動作が出来る」という人が一方には存在する。もう一方には「すごくむずかしい」という人が存在する。これらの事実は、身体を変えることそのものの困難さを示していると言っていいだろう。

一度身についた身体的な癖を拭い去ることがむずかしいからこそ、このような格差が生まれてしまうことになる。つまり言い換えれば、「美しく動くこと」がむずかしいのではないということだ。美醜という基準を超えて、「身体を変化させること」にむずかしさがある。

では、このむずかしさの理由は何なのだろう。自分の動作を改めるために、出来る限りの努力を行ってもなかなか身体が変わってくれないのはなぜなのだろう。

その最大の理由は、動きを作り出す素材である身体、つまりあなた自身の身体が取り替え不可能だからだ。
そのあたりが料理等の腕を上達させる過程とは大きく異なる。あつかえる素材があなたの身体だけなので、一般化され最大公約数的にまとめられたコツはあまり役に立たない。一つ一つの身体が持つ個別性(つまりあなたの身体が持つ癖、身体に対する認識の仕方の癖)の壁を、他人が見つけたコツでは乗り越えることができない。
あなたは自分でキレイな動きのコツを見つけなくてはならない。

その時に非常に役に立つのが、「関節」という概念だ。

「関節」は身体を細分化して理解するための最小単位だ。
そして本当に小さな、ささいな「関節に対する実感」、「関節に対する洞察」を自分で積み重ねていくことで、あなたは人の身体の見方を洗練させていく。
あなたは自分の身体に語りかけるための言葉をそうやって獲得し、身のこなしを変えていく。筆者の文章はそのためのヒントに過ぎない。

人の身体を冷静に見る能力

自分の身体をキレイにするために、他人の身体をよく見ることはとても有効だ。
真似をするため、模倣するため、ではない。あなたの中にある「身体」についての認識をあらためて見なおすのに非常に役に立つ。

美しい動きとはこういうものだ、というイメージをきっとあなたはすでに持っている。
あなたのまわりにいる美しく動ける人を一人あげて下さい、と言われたら、すぐに思い浮かぶと思う。逆にこういう動きは美しくないなと感じている人も簡単に思い浮かぶのではないだろうか。

これからさまざまな状況の中で人を見る方法を述べていくが、それはすべてあなたの中にあるその「美醜のイメージ」をいったん壊し、再構成していくためだ。「関節」についてよく知り、より細分化された美醜の基準をあなたに持ってもらいたいからだ。

なぜか。

その理由は、「どんなに努力しても、やっぱり自分の身体は綺麗にならない」と思っている人は「美醜のイメージ」が洗練されていないからだ。

思うようにキレイに身体をコントロールできていない人が持っている「美醜のイメージ」は、きっと偏っている。
もしくは大雑把な把握の仕方しかされていない。美しい動きとはこういうものだ、という認識そのものにまず問題があり、それに縛られてしまっているために、なかなか自分の身体を改善できないのだ。

「関節」をきちんと冷静に見る能力を手に入れることが出来れば、もっとずっと細分化されたレベルで「美醜」の判断ができるようになる。
今までは単に「あの人の動きは美しい」、で片付けていた動作の中にも、実はムダな動きがあったり、ブレている関節があったり、逆に思っていた以上にずば抜けて高度な身体能力が表れていたりするのだ、ということに気づくことができる。

私の知人は「動きは関節だ」と言った。 あなたは関節をどれだけ意識的に動かしているだろうか。どれだけ有効に豊かに使っているだろうか。
他人の関節をよく見れば、自然と自分の関節の使い方がうまくなる。いままで自分がそのポテンシャルを十分に使いこなしていなかったことに気がつく。
そして、あなたの中にある「キレイな身のこなし」のイメージは「関節」を通してより具体的な洗練されたものになる。そうなって初めてあなたはそのイメージから何かを学びとることができるようになるのだ。

他人を真似てもキレイにならない

あなたはまわりにいる美しい姿勢の人を見て、その首のライン、足の曲げ方、綺麗な背中のカーブをそのまま自分の姿勢に反映させようとしたことはないだろうか。
私の場合は、そういうことを本当に長い間つづけてきた。彼ら、彼女らの動きをそっくり真似して、それでも、どうしてあの人みたいに姿勢良く立つことができないのだろう、どうしたらあんなふうに魅力的に歩くことができるのだろうとずっと思いつづけてきた。

そして、数年前にこういった方法では自分の身体はキレイにならないという結論に達した。結局のところ、他人の身のこなしの良い所取りはできないのだと。

それから、自分の身体のことをしっかりと鏡に映して観察するようになった。自分の「関節の動き」を客観的に見ることを覚えた。
関節単位で身体の動作を細かく分け、解釈を加え、認識する。そして同じような目で他人を見られるようになった。他人の動作を細かく分析することができるようになった。

どうしてだろう。どうして他人の良いところを真似しても身体は綺麗にならないのだろう。

その理由はたぶん単純なことだ。あの人の綺麗と私の綺麗は違うという、それだけのことだ。そもそもの土台である身体の違いを無視して真似をしてみても、自分の身のこなしが洗練されることはないのだ。

それは、顔の作りのことを考えてみればわかりやすい。
素敵な笑顔が印象的な人物がいるとする。その笑顔の魅力はその人独自のものだ。もし他のだれかがその笑顔を真似して、同じような好印象を与えようと試みたとしても、それが成功する可能性はとても低い。たとえ成功できても、笑顔だけの模倣だ。それも「型」として身につけた笑顔だ。
そんなものにいったいどれほどの価値があるだろう。芸として、モノマネとして、他人の顔をうまく模倣することが上手な人はいるかもしれないが、それは似ているというだけのことであって、その笑顔の魅力を自分のものにしたことにはならない。

私はしつこいくらいに他人の動きを観察することを薦めるが、どうかあなたは「そこにある他人の美しいラインをそのまま自分のものにする」という視点で他者を観察しないでほしい。
それよりは目に映るそのままの「関節」を見て行くことで、自分の中にある「人の身体のイメージ」を豊かにしていってほしい。人の身体のラインを「関節」で理解してほしい。人の身体の美醜がどのポイントで、どのように生じるのかを理解してほしい。

「関節」そのものを見ていく方が、身体を変える方法として確実であり、自分の身体だからこそ表現できる美しさにアプローチすることができる。あなたがあなたのままで美しくなれる。

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