仏陀の心(1)

 

1.縄文時代の終わり頃、インドの地で釈迦牟尼(仏陀)が行をしたのは、立場をはっきりとさせて、身を守るため。その手前(原因)には、時代の価値概念から離れることの必要性を、切に感じていた彼がいた。それだけで充分。当時の時代背景の中、彼は、彼なりの生を生きる。

 思考型の発想をゼロにして、仏陀に触れると、彼にまつわる修行や悟りの世界が、全く違った意味合いで伝わり出す。人として、自他の生命を大事に生きること。彼は、普通の人。その時代は、それだけでも凄いことだった。

 事実が認識へと変わる時、なぜそれがそうであるかの理由が外されたままだと、自由そのものの思考世界に要らない枠が生じ、事実の中の何でもない真実が、作り物のそれ(特別な真実)になってしまう。それを踏まえ、仏陀を知る。そして、彼の中の普通に学び、その普通を実践する。知識世界のどこにも存在しない彼を、経験枠内の思考で捉えることは出来ない。

 

2.仏陀が人々に伝えた話は、説法や説教というものではなく、そのどれも、彼を通る、日常的で自然な理解である。誰に対しても、何の用意もなく、その人にとって大切なことを言葉に出来るのは、聞き手(受け手)が抱える悩み事や問題事の原因が、彼の中には無い、歪で不自然な環境(社会)との関わりの中に在るため。彼はただ、自分の場合の普通を語り、そこに案内する。人は、その普通に触れ、癒され、安心する。

 物事の本質を掴み、道を究めようとする人には、同じ問いでも、100通りの答を用意できる。彼には、求める結果も、残す形も無いので、そうではない人には、今居る場所から出られる道を必要なだけ差し出す。その気が無ければ、何度でも付き合い、そうであれば、温かく放って置く。後者は、すでに仏心となる。

 仏陀の話の中での、喩えや寓話とされるものは、求め、さまよい、頭で分かろうとする人のための、当座の方便の類である。心のままに、自分に正直に生きる人には、それは必要なく、その人には、抽象的な話と、物事の本質そのものとなる言い回し(発想)で、その心を強くさせる。そんな人に、彼も学ぶ。

 

3.仏陀が抱き続けた想いに、時を超えて自らを重ねてみるという、生命の体験。彼を知るのに、それ以外の手段は無い。彼の素朴で真剣な意思を、知識として知っていることで、不自由にさせてはならない。知識から始まる教えがあるとすれば、それは、一生を通して無責任に生きる人の、その体裁(体面)の道具である。

 彼は、行という形を日々修め続ける。それは、その行為が、安全に過ごすためには一番の選択であったから。不穏な存在として力で抑え込まれる対象になることだけは、何としても避けたいがため、修行する姿を通して、世のあらゆる争い事とは無縁である姿勢を貫く。もちろんそれも、彼の本能的な行動である。

 そして徐々に、求道関わりの因習全般から自由になり、自らの中に在るものの、その創造の力に身を任せるに従い、彼は、縁ある人たちの問いに、応え始める。それ自体が、何よりも修行となっていく。

 

4.悟りの境地を仏陀が求めたわけではなく、悟りという世界が、彼に、その真実への理解を求める。人間の世界に、人間が生み出し得るその世界は、どこにも無いこと。それを探し求める思考(感情)自体が、悟りの真を歪めていること。それに気づき、思い出すことを、悟りは、仏陀に促し、そのための手段を講じる手立て(発想、縁の繋がり)を支え、その時(真に感得する時)を待つ。仏陀の悟りへの道は、その世界の、彼への要請である。

 仏陀は、確認作業のようにして、悟りへの修行とされる行為に触れ、そのひとつひとつの本質を見極めるべく、経験と感応を高める。価値判断の域には居ず、心の自由と遊び、そして、そこを離れて、次なる新しい時を創り出す。すでに悟りは、仏陀と重なる。それを、彼は知ることはない。

 悟りは、悟るものではない。悟りは、悟る人が創り出す、何でもない中庸の世界の、その普通の意思との融合(同一)である。

 

5.悟りを、仏陀の生涯と結び付けて捉えようとする時、そこには、そんな気もなく真を外し(真剣に生きようとはせず)、その外れた場所から真を求めるその自らの姿勢に自己満足するという、他者依存の、人任せの自分がいる。何をもって真であり、正しさであるかの、その手前の心持ちに真があれば、正しさが普通であり、その正しさも、大きく真を成長させ得る柔軟さと包容力を備える普通の姿となる。仏陀は、ただそれを実践したに過ぎない。

 その過程では、いくつもの正しいとされる制約の中、何人もの人の心を悲しませ、多くの人の経験の記憶(正しさ、普通)との軋轢を経験する。それでも真を成長させるべく、更なる普通を選び、人の普通をやむ無く退けなければならないその理由の全てを受容した彼。仏陀が真ではなく、真を生きる普通を人生としたのが、仏陀である。

 仏陀が悟りを開いたのではない。悟りの中に居る仏陀が、そのことに気づいただけ。その普通が、他のそれとは余りの違いがあったため、彼の姿は、多くの人たちの辿り着くべく理想の対象となってしまった。そのための、その後の在り様。この今に至る、仏教(宗教全般)の悲しい現実。この無有日記を通して、人としての普通の質を進化させる真の実践(悟りそのものの人生)を、共に具現化させる。それは、仏陀の望み(仏教)である。

 

6.この国の歴史ビル2階の時(「歴史の芯」)、この地に、仏陀の教えとされる仏教が伝わる。その頃には、様々な思惑による解釈や権力による扱い等によって、すでに彼の真意からは程遠いものとなっていたが、それでも、この国に仏教の存在が入り込めたことを、彼の意思は喜ぶ。他の国には無い、中庸の精神が遥か昔から息づいている地。その本質は、仏陀の普通の素顔。どちらでもあって、どちらでもない感覚の中心を通り抜けるようにして形になる真の正しさは、他のどこでもないこの地に伝わったことで、その後、悪用され、歪曲されながらも、心ある人によって受け継がれ、生き存える。

 仏教伝来後、それまでの負の(悪政、悪徳の)蓄積が一気に噴出するかのように、大きく世が乱れた、平安・鎌倉の時代。仏陀の意思は、その時を、未来への重要な原因創造の機会とする。そのためのかけがえのない協力者として、生命源からなる意思に照らしてずっと人間本来を自然体で生きていた生命と、原因の融合とその調整を重ね、その相手より先に、彼は、あの時(釈迦牟尼)以来初めて、人間時間の経験(転生)を選択する。彼は、後に道元となる子の父親としての人生を生きる。

 

7.この国の変革無くして、地球規模の負の連鎖の原因は動かないこと。自分が祖であるとする仏教が、宗教心を欠いたこの国の権力基盤の材料として利用されたこと。この地に生を選択するには、それらの把握だけでも充分であるが、仏陀が最も重要視したのは、信じ難い嘘の力とそれによる苦しみの連鎖(蓄積)が、全く揺るがない程のかたまりとしてそこに在るにも拘らず、そのほんの小さな隙間(ひび割れ)に、光の粒のようにして辛うじて生きる、それ(負の連鎖)を決してそのままにはさせない意思が在ったこと。それは、自然界の生命(動植物)たちの望み。その生命たちと繋がる、心ある人たちの希望。それまでのどの時代においても、一人間が担う(果たす)べく生命としての責任を、当然のごとく表現してきたその存在の意思に、仏陀は、次なる時への更なる原因の経験を託す。彼は、徹底して援護する立場でいて、自らの経験と智恵の全てを、そのまま通し、より力強い原因へとそれを発展させ得る存在(道元)を支え続ける。時代背景的にも、それ以上無い性質のものを、二人は残し(生み出し)、それを未来に放つ。

 

8.釈迦牟尼の人生以来、およそ1500年振りに新たな人間時間を経験することになった(することにした)仏陀であるが、道元の父親としての人生は、子の、心のままの歩みに寄り添い、彼を支えることを主としたため、形ある世界に折り合いを付けつつ、淡々と、確かな原因の供給役(空間創り)を生きる。二人は、思考を働かせずに為し得る形無き交流を密に、あらゆる経験(知識)から自由でいる生の質を強めていく。

 その後、仏教の真から大きくかけ離れて暴走する、他の嘘の教え(教義、信仰)との融合から完全に自由でいるために、仏陀は、かつての経験を活かし、禅の時空へと、道元を送り出す。仏教を本道に戻し、未来に繋ぎ得る要素としてその原因を力強くするための、その時代ならではの連繋の手段が、そこで生まれる。仏陀は、そのことに安堵し、優しく子を見守る。道元は、父の想いに応え、感じるままに、世のあらゆる原因を浄化し続ける。by 無有 9/12 2017

 

 

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