仏陀の心(10)

 

1.「仏陀の心」を通して、人間本来の基本形が安定し、そのさりげない実践を通して、そうではなかったこれまでの原因が癒され、ここに溶けだすという経験は、その意識もなく変化・成長させていた普通の質が、その原因のところから、自動制御のようにして淡々と生命の仕事をし続けていることを意味する。その場所を通ることで、人は、仏陀の普通のその原因とより活動的に融合することになり、自らの原因は、新たな次元のそれへとその質を進化させ得る時を迎える。それは、「仏陀の心」のその意思表現の共同作業と言える。この時代にそれが為され得るという、奇跡という名のその普通は、現代の道元にとって、とても心強い。

 その時が来たことで、この時なのだと初めてそれを認識することになる、どこにも無かった、無の中の有。どんなものにも意思が在るというその事実の奥深くで、この今に繋がる原因を絶え間なく回転させ、創造の意思を放ち続けた、全てであるひとつのその一つの素顔。これまでの人間経験のどこにも無く、思考の次元のどこを探しても見つからないこの時の普通体験は、その原因を、さらりとその普通の中に溶かす。全ては、自然現象。普通は、そのままで変化に乗り、成長・進化を普通とする。

 

2.様々な場面で登場させ、その時々の役を担わせつつ描写してきた、‘本体’という世界。仏陀の本体に触れ、本体の性質とその背景にも、経験から自由でいる思考を材料に、それへの感覚的理解を促してみた。本体と本人、無意識の意思と意識し得る思考、そして感情の原因と、結果としての感情。元々同一であったそれらは、そうではなくなる不自然な原因の経験を経て切り離され、人としての身体時間は、その自覚もなく不自由さを常としてしまう。

 「歴史の芯」は、それまでの本体の姿を消し、無有日記の原因との密な融合を基に新たな本体を生み出すという、人間が経験し得るそのシンプルな真実の極みとなるところ(次元)にまで辿り着く。もちろんその基本は、「歴史の芯」と「仏陀の心」の、そこに在る普通の表現。普通でいることで、その普通の質を成長させる経験は、そうではない性質の原因を確実に浮き上がらせ、戻ることのない確かな変化を、その人の心に馴染ませる。心は、変化そのもの。その心は、本体の新たな経験を、その力強い原因で支え続ける。

 

3.自分のものであって、自分らしさのそれではないそれまでの本体は、その存在意義を持てない程の新たな時を、この「仏陀の心」で経験する。そして、歴史的負の連鎖のその原因への浄化に自らも(無有日記を通して)参加し得たことで、本体は、無くてもよかった経験(の記憶)の原因と一緒に大きくその質を変え得る意思を、心に伝える。過去が癒され、未来が喜ぶ原因を限り無く高めた心は、この「仏陀の心」をフィルターに、生命本来の足枷となる(心の成長に連れ添えない)これまでの本体を置き去りにし、身体表現のその原因とキレイに重なる新たな本体を創り出す。本体は、歴史上初めて、心と同一となり、その人らしさの原因のそれとなる。

 本体は、本人となり、本人のその経験の性質は、そのまま次なる時のその原因としての本体となる。裏表を知らない心は、自由にその想いを広げ、心の無さとは無縁の思考は、どこまでも生命としてのそれになる。心のままに、心を生きることが普通となり、誰も、心ある自分を意識することがなくなる。その全てが、本体の意思。そのどれもが、本人の普通。無意識の意思も、感情の原因も、そうである時を忘れて心と遊び、そのままそれが言葉になり、行為になるその素朴な経験に、本体は笑顔になる。主人公は、心。そこに、本体も本人も居る。

 

4.仏陀の普通が、その原因のところからその人の心へと流れ出し、形になる時、それまでの思考の枠は外れ、心は感覚的理解(経験)の限界を余裕で超える。そして、ふと訪れる、真の普通。それは、自分にとっての、自分の本体ではなく、本体にとっての、本体の自分という認識。そしてそれが本来の姿であり、生の基本であるという理解。期間限定の価値観も思考による現実も、初めからどこにも無いその本体の次元から始まると、一瞬にして、自らの存在が、そのまま平和となり、友愛と調和となる。それ以外は何も無い。本体とひとつになる本人は、真に生きることを普通感覚とし、そうであることの他は経験の外側となる。それは、生きる原因が仏陀であり、道元であるということ。そこでの普通は、その普通だけが在る。

 それを、生命本来と言う。生命の源である本体が本人(身体)を生き、その二つをひとつに、心を生きるということ。人間は、その時から本当の人生を生きることになり、かつてそうであった時の自分の意思を、心に重ねる。本体発の人間時間が、人としての真の人生である。

 

5.本体と一緒に(同一として)本人を生きる本来の在り様を普通とする時、本人は、そのまま本体の意思表現の姿であるから、何をするにしても、本体の居る多次元的な原因と繋がり得るという、それまで一度も経験することのなかった生命としての本人を、人は自然体で生きることになる。求め、手にする次元ではないそれは、ただそうである自分がそこに居るだけで為される、何でもない普通体験。どんな自分がそれをするかという、事の手前のその原因がすでに本来であれば、本体は、本人の心を中心に原因を重ね(繋ぎ)、本人と共に、その心となる。心は、さりげなく形となり、形は、心ある風景の原因となる。本体の意思は、その全ての原因に乗る。

 そんな時を経て、本体は、本人の感性に合わせて、興味深いことをしようとする。それは、かつての経験の性質を知る本体だからこそ進めようとする、その記憶の浄化。それまでを引き連れなくていられる新たな本体は、右脳に溜まったままの負の原因を、多次元的に浄化する道を探る。細胞たちの悲しみのその根本となる原因である、本体をオカシクさせられていた時の、本人の経験。本体は、「仏陀の心」に‘その時’を委ね、喜んで、そのための仕事を担おうとする。

 

6.人は、心であり(本体と本人がひとつであった時の記憶を心とし)、心に寄り添う本体がそのまま本人となる身体時間を、人間は生きる。その普通から、手に取るように見え出す、そのことへの抵抗と怖れ。それが、仏陀の普通を退けた、平安・鎌倉期を中心とする仏教(教え)であり、道元の人間本来を恐れた、嘘の神々の世界である。そのために、やむ無く引き受け、蓄積させることになる、無くてもいい経験の中での、痛みと苦しみ。生まれ変わった本体は、心を通って、その原因深くに入って行く。辛く切ない時を彼も経験して来ているので、それを、何より嬉しい。

 何度も触れ、そのことに意識を向けた、「私の本体」の時を経て、ここで、「本体の私」を感じてみる。それだけで、他は何も要らない。これまでの体験的知識を活かし、様々にそれを感じ、その世界(次元)に居る感覚を普通としてみる。現代の道元を通して経験し得る、永いこと忘れていた、生命としての普通。仏陀の原因(本体)もそこに居て、この時を歓迎する。そこから始まる、人間の、人間らしい人間時間を、普通に生きる。

 

7.不穏な世のその原因となる世界を、人間の無意識とその本性の遺伝子を中心に段階的に掘り下げ、そこで浮き上がる浄化すべき対象となる存在を多次元的に処理し、そして辿り着いた、これまでの本体の姿を消し得る、「歴史の芯」29章。そのことで、新たな息吹を生じさせた「仏陀の心」は、新しい本体の誕生を支え、その全てを自らと一体化させつつ、生命本来の真の普通を創り出す。生命を生きる人間として要らないものの、その原因を本格的に処理し得る時を楽しむ、新しい本体。「歴史の芯(29)」から、「仏陀の心(10)」へ。新たな時のその原因の始まりは、どこまでもさりげない。

 本体を主に本来を生きる普通は、本人の在り様とその心の性質の成長を、どこまでも優しく見守り、支え続ける。その過程では、未消化の感情(経験)の記憶をも癒し、その原因となっていた存在を通る、ある不穏な性質の本体の様にも対応する。それは、本人が本体であるから容易となること。危うさを備える本体をそのままに、そうではない本人を上手く生きようとする人のその不自然さも、通用しなくなる。「仏陀の心」は、生命本来を普通に生きる人の、その本体の仕事を、いつでも、どこでも応援する。

 

8.本体は、そのままその質を安定させ、本人の人間時間に連れ添う。いつしか、「本体の彼(彼女)」も、「本体の私」も、その違いが無くなる時を迎え、次の生でも、その次の生でも、人は、ありのままに生命を生きる。三千年の時を経て、仏陀の普通は、普通に生命世界の主導権を握り、その間の歪な普通のその原因も、心ある人の本来(本体)によって、余裕で浄化されていく。

 「歴史の芯」の中で厳しく辛い時を生きた心ある素朴な人たちの、その切なる想いは、現代に生きる仏陀と道元二人のその生命の意思をこの無有日記の原因と融合させ、「仏陀の心」を、ここに生み出す。そのことで、時代は安心し、時代の本質のその原因となる本体の次元も、それまでとは異なる風を吹かせる。「仏陀の心」は、みんなの心となり、水や空気のように、全ての生命を生かし、時を癒し続ける。本体は、人としての身体時間を、かつてのように、地球感覚のそれにする。

 「仏陀の心」は、この10章を以て、次なる時代へのその確かな原因づくりの役とする。自由に、思うままに活用して欲しい。内容を知り、実践し、様々な反応を通して、自らの原因を成長させる。それだけでも、地球自然界は安心し、それだからこそ、人としてここに生きている意味がある。この時にここに居ることを大いに楽しみ、みんなで、普通自然体で、生命を生きる。これまでの時代に感謝し、これからの時代を祝福する。by 無有 12/28 2017

 

 

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