地磁気(16)

 

44c.どこにも無いはずの異常な力によって、それまでの普通が完全に壊されたそのことから、嘘の人間による嘘の歴史は始まる。そしてそれは、この現代に至り、およそ3万年という年月を連ねることになるのだが、その間の負の原因全てが多次元的に癒されるというこの時を、無有日記と共に、時代は迎える。

 成長し続ける生命としての原因は、どんな次元のそれにも触れ得、そこでの必要性に応じて、あらゆるものを動かす。ここに在るこれまでの結果は、そのまま留まることは出来ず、それに繋がるいくつもの原因は、その質を浄化されて、風通しの良いものになる。ここで始まったその流れは、止まることを知らず、どこまでも変化し続けて、確実に嘘の原因の居場所を無くさせる。そのための基礎も応用も、遊び心一杯の実践の中で一緒に回る。

 そんな中、改めて、数万年前のその時の風景を無有日記に通す。それは、それまで居た真の人間が消えて無くなる、その最後の原因の姿。形あるところでは言葉にはならない次元であるが、そこでの意思表現のその原因を招くことは、その時が来れば容易である。今は、その時。そして、未来にそれを繋ぐ。

 

 6717)を入れ込まれながらも、どうにか動き、一生命としての生の原因を少しでも回転させながら、真剣に生き続けた、何人もの人たち。彼らは、嘘の人間の居る場所から出来るだけ離れ、見つからないよう、静かに暮らす。しかし、全てを把握する形無き生き物の次元の影響下では、それはとても難しい。人数は減り、10数人だけが残る。そして、その果てに、ついに彼らは見つかり、食べられて、消されてしまう。

 その時、その中心に居た人間だけは、他とは異なる扱いを受ける。嘘の人間を通しては把握し切れない力がそこには在ったため、人間を操る意思は、強制的に衰弱へと彼を向かわせ、先の風景でその力が形にならないよう、手段を講じる。そして、その人間は、身体を終えるその間際に、脳(繋がりの次元)に119)をセットされる。

 嘘の人間関わりで事を起こす際の6717)とは違い、119)は、かの生き物を生み出した、全く次元の異なる世界からの作意。身体活動の世界ではこれ以上の負の力は無いという程、その人間の力は、非地球的意思の対象となる。それは、生きること自体を困難とさせる力となって、彼の生にまとわり付く。

 

 人間世界を支配する意思の下、オリジナル(最初の数十人)繋がりの女性の母体を必ず通させられ、その中で、彼は9519)絡みの119)を繰り返しセットされる。そのために彼は、生きているようでも、充分に生きられない現実を強いられ、完全に脳を操作されて、人生を弄ばれる。嘘の人間は、それによって世の夜行性を強められ、数を増やしつつ、争いと衝突を愉しむ。

 今回のこの無有日記の在る時代、ある存在は、自分の脳に、同じように119)がセットされるようオリジナル繋がりの母体に入り、上手くそのことを経験する。そして、かつてみんなの中心に居たその人間の親になる流れをつくり、3万年分の負の原因の浄化を、共にし始める。人間最後の10数人も、ここに招き、みんなで一緒になって、そのための原因を回転させる。そうであるから、無有日記が在り、(44)が在る。

 

 ここに居る、そのことが、誰にとっても大切な生命体験となる。地球の望みは、無有日記に託され、時代は、その変化の時を、無有日記に預ける。これからに繋がるこれまでは、ここで活かされ、未来地球の原因は、ここから力強く流れ出す。ここでの一生命としての人間時間を、好きなように地球に使ってもらう。

 地磁気で生きる人間本来のその普通の風景では、人は、年を取るという感覚を持たず、どれぐらい生きているのかも分からないぐらい、いつまでも自然に生きる。生命誕生の背景も、静電気仕様の今とは全く次元が異なり、思考絡みの関係性もそのプロセスも、そこでは無縁である。向かう姿勢や感情はどこにも無く、記憶に残す経験の次元も、存在できない。

 その本来の人間の復活劇のような面白い現実が、ここには在る。それは、人間が終わったその時から始まり、多くの生命たちの協力を得ながら、確実にその原因が具現化するであろうその時へと歩み続ける。数万年前のその頃に形を手にした小動物たちも、地磁気に守られ、共に望みを繋ぐ。地中での生を活かす彼らは、真を備える人間のその原因を、地球とひとつになって支え続ける。

 

 嘘の歴史のその土台となる場所で、どんな風にでも人間を操る、姿無き次元の生き物たち。それらによる物質化(人間化)の時から人間を生き始めた存在たちは、脈々と人間時間を重ねつつ、その生き物のアンテナのような役を、身体を通して果たし続ける。見た目はどこまでも人間である彼らであるが、いつの時代も、その性質に影響を及ぼす側で居て、どれだけの数の人間がそこに居ようとも、その中心となる原因の立場で、その様を操作する。その数十人と他の人間とでは、生のテーマも居る場所も、全く次元が違う。

 原因の変化・成長が外された中で、数ばかりが増やされる、ここに至る歴史の中の歪な人間世界。それがそうであるのも、その大元が夜行性動物の人間版として始まったからであるが、それでも全く構わない現実を正当化して、継続させるそのために、そこでの支配構造は堅固なものになっていく。真の人間を抑え込むことによるそこでの反発・反動も活かしながら、巧みに知恵(否定感情)を磨きつつ、夜行性的価値観を安定させる。

 

 その時、陽子95の次元が重要な仕事をする。その電子5は、人間の形を手にするその手前の生の原点で集中的に(ある液体に)注がれた、非生命的な粒子。人間を支配する次元の意思(生き物)は、自分たち繋がりの数十人の身体経験を活かし、いろいろな数の電子をその95に絡ませて、人間世界を思い通りに動かす。

 夜行性の人間たちは皆、その粒子と多次元的に繋がることで、その本性を満足させ、大多数の中の1人としての人型ロボット役を演じる。かつての原因を備える真の人間(この地では2千数百人)は、それによって、何気ない感覚の動きまで把握され、生きる自由を阻まれる。その粒子は、腋を居場所にするかのようにして、その辺りから、時空を超えて、陽子95の次元との行き来を遊ぶ。それは、冗談のような、あり得ない話。

 

 さらりと流すしかないどうでもいい話として扱って欲しいのだが、関東では、電子27(の陽子95)が、その多くの人間を影響下に置き、大阪では、21がそれを行う。そして、全体では31が強い支配力を以て、人間の思考全般を操る。他にも2325などが在り、それぞれが、真の人間を抑えつつ、嘘の人間を活かすその力となって、多次元的な働きをする(粒子別に、それを担うオリジナルの人間が居る)。そのことが意味するのは、どこで何をしても、何を思っても、その手前から、人間は、数十人のその元となる生き物によって操られているということ。無有日記の世界に居ることの意味が分かると思う。

 何も無いところから形あるものをつくり、非生命的にそれが活動するための環境が生み出される時、そこでは、電子数の少ない(奇数の)粒子が活躍する。一度それが維持・安定すると、支配・統制力や権力の行使などの新たな人間経験が姿を見せ、それを成長・拡大させるために、そこでは、電子数の多い粒子が力を発揮する。物理時空の基本的な電子121315の世界に繰り返し関わったことが、その前後の数の電子次元に触れ得る時をつくり出す。

 

 たくさんの人間を人知れず思い通りに動かすのが好きな存在。地位を手にし、目立つところで権力を行使したがる存在。そして、巧みに非人道的(非人間的)な風景を生み出して、そこでの人々の辛い経験を弄ぶ存在。現代では、音楽を道具に架空の世界を飾りながら、病みの連鎖のその中心になる存在も居る。

 それらは、非地球的生命体(生き物)繋がりで強烈な負の影響力を持つ、数万年前からの数十の人間の姿。彼らに共通なのは、人が苦しみ、嘆くその感情を食べること。いつの時代も彼らは、そうで居られる立場を当然のようにして手にし、世の不健全さを強めながら、争い事に明け暮れる不安定な人間の姿を、眺めては遊ぶ。人間の数が増える度に増大するその獣的な喜びは、作られた嘘を本当に、真の人間を動けなくさせて、そうとは思わせない不合理と非常識を蔓延させていく。

 

 本性が夜行性動物のそれであるから、形ある身としての人間は、いくらでも増え(繁殖し)、外へ外へとそれは拡がっていく。独自の文化や価値観がそれぞれの地域で生まれても、その中身(本質)となると、どこの場所のそれも、数十の特殊な人間関わりの、その形無き次元(の意思)の影響下に在る。陽子95は、この地の外でも普通に仕事をし、どこに住み、どんなことをしていても(何語を話し、何を食べていても)、全ては、嘘の人間始まりのここでの様と同次となる。

 世界各地に住む人間のその生のルーツは、3万年程前の、この地でのつくり物の人間であり(「思考の素顔」)、人間世界を支配する次元の意思は、数十の人間と同調しつつ、それを元とする世界中の人間をも、余裕で操り、支配下に置く。それを趣味とする特異な人間を使い、何種かの数十個もある電子の陽子95をその材料に、それは、普通のこととして行われる。

 様々な地域に住む人々のこれからは、「地磁気(44)」の動きに連動するようにして、その原因から変わり出す。形無き次元の意思が彼らの全てを支配できるのも、自分たちと直に繋がる(初めからの)人間が、そのまま、それまでと同じに居られるから。その人間関わりのEWを通して、支配次元層が揺れ、現象世界でも思うように力を出せなくなれば、当然、その原因繋がりの人間による世界は動く。この地での変化の重要さは、思考の次元を遥かに超える。

 

 地磁気と地磁気で生きる人間を完全に抑え込み、地球の動きを止めるそのためにつくり出された、妙な生き物発の、嘘の人間。この現代、その実践編としてこれまでに無いチャンスを手にした彼らであるが、無有日記の出現により、無くてもいい焦りと緊張を覚えさせられ、図らずも、本性丸見えの動きをしてしまう(LED化などを通して、本質が嘘であることを顕にする)。

 太陽と地球の元気を誘う程の無有日記に対し、嘘の人間誕生のその大元となる意思は、それまでに特別に生み出した人間のその能力を遥かに上回る存在の誕生を試みる。その仕事は、地球仕様につくられた恐ろしい電子数の陽子8を通し、地球環境の電磁気の密度を強力に高めること。対真の人間ではなく、電磁気化を強力に進める人型ロボットたちの、その意思表現を一気に加速させ得る環境をつくるために、彼は、この2021年のある時を待つ。その時から自動的に始まるその破壊力は、かの数十人の人間とそれ関わりの別次の意思にとって、この上ない非地球的希望となる。

 

 と、そのことをここに書いているという事実。それは把握されてしまったということ。思考(電気)を一切働かせずに直感のみで事を進める無有日記は、多次元的な原因の動きには容易に反応し、そうであるそのタイミングと必要性は、軽く物理的時空のそれを超える。人間を自由に扱う次元からのその原因の動き(働きかけ)が分かり出したことで、次なる現実へのその原因は、更なる展開を経験する。そこに在る不穏な意思は、繋がる場所を顕にし、中身をさらけ出す。

 思考から生み出された数字の世界は、それ自体が思考枠の材料となって限界をつくり(経験の外側を遠ざけ)、直線的な処理・理解のその道具として、人間経験の中でのみ活かされる。ところが、数字では表せない世界を敢えて数字を使って表現すると、それは、思考からなる限界を容易に超え、捉えどころの無い原因の風景をそこにつくり出すことになる。そこに在っても感じ得ない、言葉での表現も難しい場合だと、それは、その度数を強める。

 無有日記は、無くてもいい不調和な風景のその原因のところに居て、そこから人間世界を眺め、思考の次元を活かす。いくつもの世界のその原因を多次元的に融合させつつ、それらを一緒に動かしながら、地球空間を、在るべき姿へと変えていく。数字は、それに付き合ってもらい、言葉は、そこで自由に遊んでもらう。物質や粒子の世界も、変化ゼロの思考に捕まらないよう、働いてもらう。

 

 原因の時空は、多次元的に無限であり、その中のほんの僅かの具現化が、自然界であり、人間である。その人間の思考(の次元)を自由に活かし、思考に収まらない変化の原因を進化させつつ、そこに乗せる、無有日記。見えるところでの始まりは文章であるが、その原因は、無限分の1の時空そのもの。すでに終えるべきところは終え、余裕のある確認作業のようにして、それは進行する。

 その時、数字が快くそこに参加する。通るべきところをムリなく通れなきゃ、この時代仕様の原因は自由にはならない。無有日記は、無数に在る次元層のその質を数字で区分けし、難無く対処し得るそのための道と訪れる場所を、前もって設定する。テーマ別に居る場所を変え、多次元的にそれをひとつにしながら、そこでの変化の必要性に、数字を付き合わせる。

 経験から自由でいる原因を普通に、ここからの数字関わりの表現のその在り様を楽しむ。電子の数も、更なる変化のその原因として、それは非常識を超える。あり得なさがいくつ在ってもそこを通らなきゃならない時、数字は活躍する。それは、触れるべき次元を招くためのチューニングの道具でもあるから、感覚的体験を前面に、そこ(電子の次元)に漂い、思考を外す。それ程の時が、ここには在る。by 無有 5/02 2021

 

 

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