地球の真意(2)

 

1.地球にとって違和感となるものが、その不安定を力に安定へと拡大する中、それに危機感を覚えた地球は、それまでにそこに在ったものが無くならないよう、微生物の力を借りて、調和ある粒子の結晶化を試みる。他では、それを阻もうとする異様な粒子が地球全体を覆う程であったため、その仕事は太陽と共に急がれる。度重なる地殻変動もそれに活かされ、続く未来の全てを地球は知っていたかのように、天体規模の凍結が酷く広がる前に、その作業は完成する。そのまま現代までそれは残り、時代を突き抜けて、未来へとその原因は繋がり行く。それが岩塩である。

 地表の次元にそれが在ることで、地球は全く病んでなかった自分を忘れずに居られ、どれ程の不調和な粒子(原子・分子)に侵されても、そうではない成分を守り続けられることに望みを重ねる。

 微生物は、地球に応えようと、生物が必要とする基本要素全てを備える岩塩のその原因を力に、植物を生み出し、動物を誕生させて、地球空間への浄化の仕事を担う。そして、そこに人間も参加する。

 生物の細胞活動において、酵素と呼ばれる、そこでの微生物の仕事。その原点は、岩塩の中で元素たちの融合を支えた彼らならではの経験にあり、その独特の磁気によって、地球は助けられ、彼らもそれを嬉しい。アルゴン36の意思(岩塩のその必要性からなる原因)に再び触れた微生物は、「復活」から「地球の真意」へと、その遊び場を広げる。

 

2.現在、海のある場所には、当然初めは水は無く、地球ならではの変動が繰り返されたことと、太陽の光の力による大地と大気のその質の変化によって、およそ348千万年前、そこは海となる。その時から海水に溶け始めた、ナトリウムと様々な性質の物質。もちろんその時のそれは、ナトリウム22。不調和を知らないそこでの水の成分は、大地を潤しながら、地球全体を循環し、後に地球と共に活動することになる微生物たちの、その自由な表現の場(材料)となる。

 その海水に含まれるナトリウムが不安定で非生命的な原因を備えるナトリウム23に変わり出したのは、111700万年程前。そこに至るプロセスには、大気中の酸素の不自然さと、熱圏と呼ばれる層の変質が在り、そこにもアルゴン40が関わる。11億数千万年前、地球自然界は、実に厳しい経験をする。それは、この今の地球環境の重量級の負の枷のようにして、その原因深くに在り続ける。

 地球の海が、外からの不穏な意思の力に侵されることもなく普通であった頃の、そこでの風景。そこに在るその原因の性質は、それまでの普通の連なりのそれであるゆえ、ここに居て、これまでを癒すその大切な材料に、それとの融合を活かす。112000万年前の海水を感じ、そこに自らの原因を重ねて、心身を漂わせる。心ある風景を生み出そうとする体の中の水分が、思いがけず安心を経験する。

 水蒸気となって大気を旅し、山々や草原に降り注ぐ雨となって大地を流れる、水と遊ぶ微生物。海水は、彼らによって運ばれる、地球が嬉しい物質(ミネラルetc.)によりその成分の健康を保ち、風や雨の姿のその健全さを普通とする。海も川も湖も、そこに違いは無い。

 

3.永い時を経て、地球空間は、宇宙線(放射線)の影響もあり、その大気中の構成要素には不調和感が蔓延する。そこに在る歪な物質(粒子)の不安定力が生み出す不穏な安定も普通となり、海の世界は、やむ無くそこに引っ張られるようにして、その質を不自然なものにしていく。

 およそ13500万年前、塩素35とナトリウム23との(イオン化を経ての)結合が地球規模で成され、海に塩水が誕生する。自然界の基本として何億年もの間育んできた海がその姿を大きく変えてしまうそのことで、地球は、その営みの大幅修正を余儀なくされる。海と陸地は、それまでの自然な融合を切り離され、生命たちは皆、それでも生き存える道を探る。雨(雲)も風も不自然さの原因を備えるようになり、地球と太陽の光との自由な繋がりは、次第に不自由なものとなる。

 大気圏の上層の質が崩されて、太陽がそれまでになく負担を覚え始めた時からおよそ10億年以上も経た後の、その海水の変化。その信じ難い様変わりに、地球はただひたすら耐え、それが浄化され得る新たな原因の時を待ち続ける。そして、ここに在る岩塩と、この時の、微生物たちの生の微調整。生命たちは、この「地球の真意」を「復活」と共に自らと重ね、地球の望みのその原因そのものを生きる。

 岩塩と海塩には、自然界の真と偽の現れ程の違いが在る。それぞれに在る塩素とナトリウムの次元の違いも大きい。両者が(人間世界に)同時に在るこの現代の様は、地球にとってはあり得ない現実だが、そうであることをそのままにはしない次元の働きかけにより、その原因は修正される。人間にとっては、永遠を超える1億年もの間の、海と地球のそこでの要らない経験。それは、その次元にも触れ得る生命たちの原因の進化により、(本来の海へと動き出す)次なる未来への、創造の経験の材料となる。

 

4.外からの負の威力によって海がそれまでに無い姿を見せても、地殻の内部までが侵されることはなく、大気が不調和を馴染ませてしまう程になっても、自然界は逞しく、地球と共に生きる。そうであることをそのまま受容することしか知らない動植物たちは、その姿勢が力強い生の原因であることを本能的に知り、その全てを地球に預ける。多次元的な知恵を普通とする地球は、その時々の変化の必要性に余裕で対処し、太陽の光に活かされつつ、創造の時を生きる。

 そのしぶとさとそこに在る強大な変化の力を潰し切ろうとする存在の意思は、非地球的(原因の)物質のみで生み出されて増大した、(元々地球には存在しなかった)腐敗型の蛇を活かし、地球の内部に強力な負の原因を流し込む企てを講じる。それはまるで恐怖漫画のような、それは無いだろうの突飛過ぎる話。ただしかし、その次元の浄化によって変わり得る世界のその重要さに触れる人の中で、それは、経験すべく原因のままの、普通感覚のそれとなる。

 今から290万年程前、静電気が本格的に地中(地殻)に入り込む。それは数限り無く何度も行われ、地球は痛みを覚える。地球のどこにも無かった(地球空間にとって負荷でしかない)それは、地磁気の働きにも影響を与え、地中の生命力の流れを滞らせる。動きを止める、動きの無い(非生命的な)静電気。その通り道となる仕事を担ったのが、非地球の意思を具現化させる動物、蛇であり、彼らの目(の部分)が、そのための凄まじい静磁場として、その能力を発揮する。

 

5.姿無き静電気(静磁気)のその破壊力については「復活」でも触れたが、それが密度濃く本格的に地球内部へと入れ込まれたのが、およそ300万年前で、その時以降、地球は、要らない負荷を覚え続ける。

 そのための重要な仕事を担うためにこの地での生を手にしたような、異様さを普通とする蛇。彼らの体の至るところが停滞と腐敗の役を果たし、目は、静電気を幾層にも無限に溜め込めるという、この地球環境で最も危うい静磁場となる。他者の脳の働きを簡単に不自由にさせるそれは、他のどこにも無い特異な力として、無生命化の意思に利用される。

 地を這う蛇の生態そのものが、地殻の異常(静電気化)を生み出すことになる、そこに在り、そこを通る静電気。同じ地上で生きる動物や人間は、それにより、動きにくさや不自然さを経験することになる。270万年程前のそこでの人間は、蛇絡みの静電気によって、自由な動きを遮られ、脳も身体も、それまでは無かった厳しい時を強いられる。

 地球は、地殻に居場所を確保する静電気(静磁気)のその破壊力を浄化しようと、無数の物質のあらゆる性質を活かして、その放出を計る。熱の力でその威力を弱めようとするその地球ならではの知恵は、そのための唯一の手段として、火山活動を起こす。莫大な静磁気と静電気のその処理作業の一環でもある火山噴火は、地球規模の負の影響力への対応として、繰り返し何度も行われる。

(※それ以前の、静電気(静磁気)の放出とは質の異なる、地殻の変動を伴った火山活動は、主に地球にとって強力な負荷となるある物質の処理のために行われる)

 

6.地球を知る数千の生命たちが人間経験の再開を始めたこの地は、他のどこよりも、静電気を注ぎ込まれる。「再生」では、状況的に触れ得られなかった、その事実。そのことのために、280万年程前、この地では、火山活動が活発化し、いくつもの火山が誕生する。現存する火山も、火山帯という場所も、地磁気が危うさを覚えた300万年程前からの、その静電気(静磁気)への反応の現れである。

 その中でもより巨大な反応を示したのが、後に富士山となる場所の噴火である。不安定な状態を経験しながらも、どうにか今の姿へと落ち着いたのは、260万年程前。それだけの破壊力が地殻内部で蓄積したことによるその活動は、地球の正直な拒否反応。そこには、地球の切ない想いが在る。

 273万年前、この地では、何年もの間太陽の光が遮られ、静電気が蔓延するという、実に恐ろしい非生命空間が作られる。時が止まるような腐敗型の粒子で包まれたそこは、蛇の巣窟のように暗くじめじめとし、人間は、脳をおかしくさせられる。今も尚、細胞深くの次元に在り続けるその時の負の原因を癒す。火山(富士山)の真を知り、真の普通を生きる。

 地殻の原因が動き出した308万年前と、地殻活動(火山)とは縁の無かった310万年前のその2つを、この今と重ねる。細胞の意思は、より細かく、地球の意思と繋がり出す。火山の存在を知らないその頃の人間の、その心優しい普通の原因が、この今を通り抜けて、未来を元気にする。

 

7.人間の世界から、動物たちが普通に備える彼らの能力を知ることは出来ず、自然界での彼らの自然な感覚や、地球(大地)の息吹との共振・融合などにおいては、全く感知し得ないものとなる。住み分けや協調を基本とする動物たちは、(肉食動物を除いて)感覚のままに互いを知ることを普通とし、その意識もなくそれぞれの生を尊重し合う。時に争うことはあっても、それは本意ではなく、共に生き、支え合うことを、彼らは本来とする。

 そんな彼らでも、蛇の世界には、感じることも触れ合う感覚も持てない。争う対象にもなれず、ましてや融合などあり得ない。一生命としての生の基本を備えない蛇のそこでの普通は、動物たちにとっては関わってはならないものとしてあり、それに意識を向けることから被る感覚的苦痛とその回避を、彼らの本能は学ぶ。自分たちと同じ地上に居るはずのないその危うい事実を受容するしかない中で、動物たちは、ただありのままに生命を生きる。

 自然の中では異質の域を遥かに超える、危うさそのものの蛇。その非生命的生を普通とする異常な姿は、人間にとっては、異次・異空のそれとなる。思考で捉えられるのは、形ある動きと食の様だけで、その本質には永遠に触れられない。姿無きその原因の性質が、非地球の意思を具現化するものであるということ。地球だけがそれを知り、それは、地球感覚を普通とする人間に渡され、彼らはその時(仕事)を担う。地球の真意が、こうして形になる。

 蛇から見た時、人間の次元は、彼らの手のひらの上状態で、人間社会の質もそこでの歴史も、彼らは自由に操り、争い事や病気の絶えない時を愉しみながら促していく。そんなことはあり得ないと思考に力が入れば、それは、蛇が嬉しい人間でいることの現れ。その証拠に、病気や不安の無い環境のその原因を生きることはしない。

 支配と暴力、腐敗と停滞、そして嫉妬と怖れ。人間世界に在るそれらのその原因を、恐ろしい程密度濃く潜めるのが蛇である。その全ては、彼らの目を通り、形無き次元でそれは、どんなところにも広がり、浸透する。地球の活動を不自由にさせる程のその負の力(静電気)は、蛇絡みの生を基とする人間のその否定感情(非人間性)を支えつつ、地球の無生命化と破壊を遊ぶ。

 

8.「復活」の次元を楽しみながら通り抜けたことが、この「地球の真意」の時を誘い、ここに居る存在たちそれぞれが備えるその生命の意思を形にへと、新たな流れが動き出す。そこに在るのは、これまでの知識の次元が近づけない、これからを確実に変える別次の知識。それを知ることも、そのことで変わることも、どこまでも普通。普通は、いつの時も変化し続ける永遠の生命世界と繋がっている。無限分の一の原因の世界も、それを支え続ける。

 大気(圏)と海、そして陸(火山)をテーマに、それらの原因が形になったことで、地球空間は、かつての風景での生命活動を呼び醒まされるようにして、それまでにない安心・安定を覚える。地球時間にとってはほんの瞬間の中の瞬間でしかないこの数十年も、その原因全てがこれまでの何億年もの時を経てのものであるゆえ、これからの地球らしい地球時間のその土台に、それは(この時代は)成る。ここでの原因は、面白いぐらいに成長し続け、「復活」での希望も、「地球の真意」での本来も、普通にそこに在る。

 この時代の、人間関わりの全ての負の出来事は、人間の数がほんの少しだった時代の、そこでの不自然で不本意な人間経験のその原因が元となっている。今現在も、その時の記憶は負の原因として残り、それを決して浄化させない妙な(蛇系の)力によって、時代は、どこまでも非生命的な現実を繰り広げる。

 形ある次元で人間が捉えることの出来るその負の土台の中身が、EWと共に文字になったことで、形無き破壊の意思と繋がる蛇(の目)も、それ関わりで素朴な人間たちが経験した脳の静電気化も、この時を何より嬉しい地球と太陽によって癒される。地球時間の、その質の修正・修復が為されるこの時の人間時間を、地球に負けないくらい大いに楽しみ、生命としての原因を大切に生きる。地球の真意は、全てにとっての真の普通。by 無有 1/17 2019

 

 

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