直感(1)

 

1.そこへと向かうのではなく、すでにここに在るその時を力強く安定させるという、どこにも過去の無い、原因だけの世界。これまでの身体表現も、そこでの原因の高まりも、ここと繋がっていて、そのままそれは変化に乗り、次なる未来の普通の中で仕事をし続ける。ただそうでいる自分と、そうである風景が呼応し合い、回転し、地球本来は元気になる。

 蛇絡みの原因の深さとその影響は、「再生」や「地球の真意」を通して誰もが認識し、そこでのEWを通して、無くてもいい経験が次々と姿を消していく流れを人は経験する。人間にとっては、それだけで想像を大きく超えた経験となり、そのことで引き寄せられる風景は、確実にそれまでとは違ってくる。心ある想いの具現化は、どこまでも続く。

 であるが、仮に、事が通り過ぎるまでじっと息を潜めて、その所在(本性)を分からなくさせ続ける凄腕級の存在がどこかに居るとする。そんな存在は、どんな時でも、違和感となるような反応は見せず、全てを普通にやり過ごす。無有日記の原因にも(表向きは)抵抗は無く、いつもと変わらず、それとの融合空間の中に居る。

 であれば、無有日記の無い未来空間は、酷く危うい状況を経験する。それをそのままにすることの影響は計り知れない。無有日記のある時代の仕上げ級のEWとなるであろう「直感」は、「地球の真意」を基礎に、それを浮き上がらせ、新たな動きを創る。人間の思考では厳しさでしかない重要な時を、未来のために通り抜ける。

 

2.1千数百万年前に誕生した、現在の猫の前身のような獰猛な動物。蛇の脳に入り込んだ非生命的な破壊の意思は(「再生」)、その動物の本性を簡単に取り込み、蛇と同一化させて、形無き暴力的な感情の威力をそれに身に付けさせる。その凶悪さは、傍らからはそうとは思えない分、蛇以上に醜く、影響はしつこい。

 地球環境が大きく腐敗へと進み行く流れのその土台を安定させたその存在は、よりそれを万全とするために、猫を人間社会の日常に難なく住み込ませる。地球と一体化する海の動物と人間それぞれが自由に能力を発揮することのないよう、蛇絡みの人間の嗜好の世界を巧く利用して、そのことを抑圧と支配の材料とする。

 その本質を隠し通す本能を備えて人間の世界に放り込まれた、猫。仕事は、蛇の代わりに、人間の直ぐ側で腐敗型の原因を増幅させること。人間と猫との同居が一般化した800年程前から、彼らは、上手く身を繕い、嘘を見えなくさせながら、停滞と腐敗の時を生きる。

 猫は、心ある感性を潰すために人に近づき、上手く行けばそこに居て、次第に慢性化する人間の不調を愉しむ。様々な問題事も、その形無きところで密に関わり、人の自由を奪い続ける。蛇系の人間にとっては、猫はとても都合の良い仲間。無意識の意思(本性)を重ね合わせて、そうとは分からせずに、好きなように人の生を操る。その姿に、人は、思考の健全さを無くす。

 

3.その時の異次・異空世界での手法であるが、そこでは、人間時間を生きる生命たちが感知する音の、その基となる粒子の次元が悪用される。地球感覚を普通とする人のその直感(融合)の材料としてそこに在る、クリプトン72。何億年もの間に変質・変異を重ねた分子・原子の世界では、その元素をも驚く程に歪なものにし、そこで極度に不安定となったクリプトン(の原因)を猫は利用する。それは、生命の変化に対する非生命の停滞と破壊の道具として、形無き原因(直感)の次元で仕事をする。

 そこには、蛇や蛇絡みの人間(の原因)が居て、その全てを眺めるようにして気味悪く笑っている存在も居る。生きる自由を奪われ、身動き出来ずに居る生命たちの、その切り離された本来も居る。形を生み出す形無き次元を本質とする生命世界は、嘘と狡さを無限とする猫の、その異常(凶悪)な普通に翻弄される。

 陽が沈んでからの活動を主とすることで嘘を通しやすくさせる猫は、活動を休ませる人間のその頭の中に自由に入り込み、体内のある部分のクリプトンの備蓄所のようなところから、歪で破壊的な直感の原因をそこに流し込んで、その変化を愉しむ。それはある周波数の磁力線のような役割をし、そこに四方から静電気が乗る。歴史上の幾多の悲惨な出来事には、人間の感情に秘めた残虐性を染み込ませる猫が、その原因のどこかに絡んでいて、彼らは、特等席で、何喰わぬ顔でそれらを見物する。

 

4.人は、猫を好きにさせられることはあっても、自分から好みの動物として猫を側に置くことは出来ない(多くは、脳を鈍くさせられて可愛がる)。感覚が健全になればなる程、その不健全さが分かり出す、猫の世界。彼らは、好き放題出来る自分だけの空間として、人の住む場所を狡賢く占領する。

 単純に比べられるものではないが、犬と猫、それぞれの吐く息を感じてみる。自分にすり寄って(懐いて)来る時と、そうではない時の猫のその原因を感じてみるのもいい。そこに、猫の本当の姿が在る。心ある風景が生み出されることを尽く阻止するその本性は、人間世界の真の普通を破壊し、心無い人間を生きやすくさせるために在る。現代における、素朴で柔らかな人の慢性疾患のその殆どは、猫との関わりの中で生まれる。

 人間の住環境で、上手く居場所を手にした猫。普通に考えれば、それはあり得ないこと。彼らは、人間の感情を学び、それを操る術を磨きつつ、大人しさとあどけなさ(気弱さ)を感じさせて、人知れず人間を支配する。心ある直感を押さえ込む非道なそれを人間と繋ぎ、変化とは無縁の、動きの無い世を支え続ける。

 耳の周りで生じる音のシャワーが活動的になったのは、海の仲間との交流が盛んになったことの現れ。それを悔しい猫は、それまでの腐敗と停滞の道具(クリプトン8385)のその原因をふんだんに活かして破壊力を強め、その背後に居る無生命化の意思は、それを強力に支援する。しかし、そのことは返って、彼らの動きが把握しやすくなる流れをつくる。「直感」は、「地球の真意」が終了するその時を待っていた。

 経験を引き連れた思考(頭)が少しでも働けば、猫は、どこまでも猫。でも、そうでなければ、猫は、化け猫よりも恐ろしい非生命の存在。その手腕には、蛇もほれぼれする。

 

5.蛇とその原因のところで密に繋がる猫は、人の住む世界のどこにも居て、人と一緒の家(空間)に住む。その(中身は蛇と暮らしているような)、普通一般の風景。それは、完全に変化が止まっていることを意味し、歴史はそれを物語る。そのことへの違和感の無さは、彼らと一緒に、その気もなく健康と平和を遠ざける。

 人の世に有ってはならないことや、未来には残せないことへの無感覚・無関心振りは、その人の精神が猫と同一化していると考えてよい。本音と建て前を使い分けることも、体裁を整え、身を繕って生きることも皆、猫がその無意識の感情の力で教えてくれたもの。蛇はそれを喜び、生命としての変化を拒む人間も、そのことが嬉しい。猫が生み出す、心ある人間に対する意識(重苦しい原因)の通り道は、彼らの静電気(静磁気)絡みの呪縛や攻撃の材料として活かされる。

 猫は、思い通りになると、嘘に磨きがかかる。そうではないと、焦り、通るものが変わる。人間の内なる部分に癒されないままの不安があれば、猫はそれを余裕で扱い、気づけば、相思相愛の間柄が出来る。そして、人間本来という生の在り様は消えていく。

 ここまで定着してしまっている、猫との風景。その変化無しには、繋がる未来も、これまでのまま。それは、人間の感情の隅々にまで浸透しているゆえ、その変化が促されることで受容することは、これまでの経験の外側。それは、人間が初めて経験する、歴史的負の原因の切り離し作業。厳しいけど、そのこと程、未来が嬉しい原因は無い。感情を動かされずに、ただ次なる風景の原因でいて、変化とは無縁の猫の次元との重なりを外す。

 

6.太陽が嫌いなのに、太陽の光で温められたところに居られるのは、それだけの図太さを備えるから。猫が居た場所を感じてみれば、本当の理由が分かり出す。すぐ側で尻尾を動かしたり、顔(鼻)を近づけたりして愛らしい行動をするのは、人間の好む姿とそれによる感情の動きを熟知しているから。その時と、そうではない時の猫の内面を感じてみれば、猫は驚き、同じようには出来なくなる。

 つまり、全てが嘘。その嘘には人間はかなわないから、融合すれば、当然同質となる。そして、事の表層だけで判断するようになり、健全な違和感や感情の主導権の下地は無くなる。猫は、それを知って、一層可愛くなる。

 猫の目は、蛇と同じ。(夜間の行動では)目に入るものは、自分の所有物(獲物)のようにして、執拗に、残忍に扱う。人間の前ではその変質振りを隠し通せる分、猫の方が人間にとっては手強い。飼い猫という発想も、彼らは利用する。

 猫の舌の不自然さは、蛇に負けじと、他に静電気を流し込むためのもの。その舌に触れられれば、脳は心地良さを覚え、停滞感を安定させる。床や壁は、それによりべとっとした空気感を帯び、猫のものとなる。そして、知らない間に心身の不調の原因は固められ、猫の仕草を何より愛しいと思う。そんな猫が自らの唾液で行う、毛づくろい。密に接することのそれによる影響は、形ある(見た目で感じ取れる)原因を持たない分、しつこく残る。

 睡眠時の猫からの攻撃は強烈で、一緒の家に居なくても(飼ってなくても)、そこに本来の普通があれば、その動きを封じようと、不可思議な働きかけがその次元で行われる。そのことは、人間にとっては全く自覚し得ないものなので、猫はそれを面白がり、愉しむ。猫の無意識(本性)は、滞りと不調の重石のようにして、あらゆるところで、変化の原因を壊し続ける。

 

7.「直感」の文章は、そうであるべきこの時の原因が乗っているゆえ、読み進めるだけでも、動くものは大きい。そして、多数が猫の世界との融合を良しとする次元に居るので(「ねこの日記」)、周りの反応も、これまでとは違うものとして伝わり出す。望むべく変化は、広く、深く、どんなところの原因にも及んでいく。

 そうとは分からせずに病みを生み出し続ける、形ある普通の中の、その歪な負の原因。ここまで来ると(顕になると)、それを仕向けた存在はかなり焦る。永遠に感知されないはずのことが、「再生」以降次々と把握されて、処理し得る対象として浮かび上がらされた事実は、到底信じ難い。それは、その世界で巧く作り上げた意味不明の災いの原因が、それを遥かに上回るここでの意味不明の健全な原因によって余裕で包まれていることを現す。無有日記が在る時代、全ては、無有日記の原因の中に在る。

 そして、遊び心一杯のEWは、その姿無き存在をこの無有日記の次元に引き寄せ(招待し)、融合の主導権の握りごっこを面白おかしく楽しむ時を創り出す。全ての不調和と不自然のその原因となるそれは、一層の意味不明感を覚え、それに支えられていた歪な普通世界は、中から揺れ動く。これ程の楽しさは、どこにも無い。変わるべきものが、変わり出す。

 せっかくなので、猫の嘘を軽〜く突っついてみる。(イメージで)尻尾の根元や後ろ足の付け根のその内側に手を入れたり、後ろ足の太股を両手で掴んだりすると面白い。彼らにとってはそれはあり得ないことだから、「直感」を普通とする人がそれを思うだけで、いろいろと意外な反応が生じる。その背後に居る存在も、どうしていいか分からなくなる。猫絡みのしつこい病みが、じっとしていられなくて動き出す。

 

8.地球が安心する、一生命としての原因を生きる人の何気ない直感(想い)は、同じ地球が安心するくじらのその多次元的な普通の能力と呼応するようにして生じる。

 地球が辛くなる、人間だけの世界で結果を生きる人の直感(思考)は、同じ非生命的な猫のその直線的な感情と同一化するようにして生じる。

 前者は、あたり前に思考を自由にさせる中で訪れる、経験の記憶がジャマ出来ない中での、平和と健康の原因を基とする発想。

 後者は、思考を自由に使う中で導き出す、感情の記憶の中での(そこに結果として在る)、優越や差別を基とする考え。

 直感という言葉が表す世界には、全く次元の異なる2つが在る。それは、地球(安心)と非地球(怯え)の違い。

 くじらは、地球感覚を生きる生命たちとのコミュニケーションを普通とし、人間に対してのそれは、よりきめ細かに、力強く行われる。無有日記によってその間口(感度)を広げた人間たちは、思考による判断の域を余裕で外せるからこその、そこでの通常には無い音(音波)でそれを感知し、自動的にそれに応えている。直感の質は、自ずと地球と繋がる。

 くじらは、いつの時も、地球と共に生きる人間たちを見守り、これからもそうである。そして、現代のその地球規模の重要さを知る彼は、これまで以上にこの時の人間たちを応援し、彼らは、一生命としての人間のその原因を高めることで、くじらとの融合を限り無く活かす。その姿を、地球は微笑ましく思う。

 地球の望みとなる、生命世界に在るべき、本来の変化。そこでの必要性は、確かな変化に乗り、ここに「直感」の時を迎える。これまでに経験した生命としての変化と、そのことが生み出す、自然界の生命たちの望む新たな変化。その全ては、地球との約束。海の仲間たちとの共同作業。それを繋ぎ、成長させ、生命本来の普通で地球を包み込む。そうであることの原因でい続ける今が、時代を乗せて、地球を周る。by 無有 3/13 2019

 

 

直感 トップページへ