直感(4)

 

1.地球に住む、地球から生まれた動物たち。彼らは皆、太陽に生かされる地球のその原因を自らに流し、地球と共に、生命の変化に乗る。地球に居る以上、どんな動物も、その活力源は太陽の光。生命本来の全ての原因を持つ太陽の光によって、動物たちは、自然にムリなく生を繋ぐ。そこに、不自然さは生まれない。

 そのことが教えるのは、太陽の光を避けて生きる動物が存在すること自体、この地球にはあり得ないということ。そうなってしまっているその現実が、地球自然界にとっては実に危うい原因であるということ。そのことを思考の基本に組み入れる。それを普通とすることで自然に為し得ることは、一生命としての、地球のための仕事となる。

 蛇や猫、コウモリなどを通して知り得るそのことが原因となって、動き出すもの、浄化され出すもの。そこに在るのは、夜行性動物が秘める、その姿無き本性の性質(意思)からなる破壊力(カラスも本質は同じ)。太陽の光を浴びながら普通に生命を生きる動物たちは、彼らの非地球の意思によって侵され、負担を覚えながら、無くてもいい神経を働かせて生きる。

 その夜行性(夜に脳を活発化させる)動物の始まりは、およそ2億年前のある海棲動物から。その後、数千万年前に、彼らの生命の意思の力添えもあって、陸上での動物世界に、同質の本能を備える他の動物が誕生する。そのどれも、中身は、停滞と破壊を本分とする、異様な生態の持ち主。地球の無生命化を企てる存在は、動物の次元から、地球自然界の混乱と衰退を生み出していく。

 

2.人間世界のそこでの生の原因が、地球(生命)本来を基に変化・成長していくことの、その地球規模の重要さ。形ある全てのその元となる形無き原因の世界は、ありのままの事の本質であり、その変化無しには、何をしても、それは何も変わることの無い何かでしかない。そこに動植物たちの不自然さや、人間の心身の不調・不健全があれば、それらに共通する原因を遡り、それを確実に浄化することで、地球も人間も、そのままでいられる。しかしながら、夜行性動物関わりのその独特の次元が、それを阻もうとする。

 現在の人間の意識が触れ得るところでは、とどのその本質の危うさを、理解の域に収める(他にもその次元の存在は居るが…)。彼らは、発する意識(超音波)に異常な重たさを乗せ、海の中の風景を、非生命の原因で染める。くじらとは対極の停滞型の粒子となるそれは、対象の動きを容易に鈍らせ、彼らはその混乱振りを愉しみ、獲物とする。水銀の類も平気で取り込み、その異常能力の材料にそれを活かす。地上の夜行性動物は、彼らの保護下に居るとも言える。

 地上に生きる人間の多くは、心ある原因からは程遠い、形ばかりの結果人間。そんな中でも地球が嬉しい原因そのものを生きる人間は、とどに、異質感の対象として難なくマークされ、不自由さを強いられる。とどは、超音波を活かして、同質の存在(動物、人間)と意を合わせて、心ある人間のその形無き想いの具現を潰す。蛇もカラスも、蛇系の人間も、とどの意識と仲が良い。

 とどは、遥か昔から、この地での人間経験を実践する生命たちの動きを把握する。人間世界に接近した蛇も、ねずみも猫も、そこには、彼らの意思が絡む。無有日記の在るこの時代、夜行性の元祖的存在とも言える彼らの悔しさは、かなりのものである。

 

3.日没後に、脳の働きを元気に、活動的になる、夜行性動物。それだけを見れば、それは個性として捉えられるが、彼らには、普通に生きる人間や動物にとってとても脅威となるものが有る。そこには、水銀の原因となる次元も絡み、夜行性動物がいかに非生命的な本質を備えているかを、それは現す。

 夜行性動物全般には有って、そうではない動物には無い、回虫。太陽の光を生の活力源とする動物(人間)は、それが体の中に入り込んでも、健全さを基本とする細胞がそれを外へ出そうとする。ところが、夜行性の動物(人間)にはその必要性が無く、その回虫を体の中に大事に飼う。そして、その回虫が、人間の理解を大きく超えた、漫画のような負の威力を発揮する。

 事の表層の理解とその材料でしかない知識や情報を増やし、動き(変化)の無い形式やきまりの中でそれらを反復活用するばかりの日々を良しとする、そこで生きる人間の、妙な価値認識。状況的にやむを得ない事実として受容すべきこともあるが、全く違和感も無く当然のようにその様を馴染ませているとすれば、その人は、夜行性の本質を備えていると言える。彼は、昼間は、頭(思考)と本心を切り離し、形ばかりの生を、脳本来を眠らせるようにして生きる。夜は、抑え込んでいた感情を前面に、それに思考を付き合わせるようにして、自己満足の時を過ごす。夜行性人間の典型である。

 蛇の本性と一体化するような価値観(宗教観)に支えられる、この地の社会環境。そこでの数の力は、蛇と同質の夜行性人間のためのそれとなり、太陽を避け、あたり前に健康でいる平和な原因を力無くさせる。彼らと共に生きる回虫が、それを支持する。

 

4.その異様で、思考が全く及ばない生き物は、そんな人間の中に住みつつ、他との融合(交流)を強め、自分たちだけの世界を築く。彼らは、体内に同じものを持たない人間を瞬時に感知し、どんよりと重く非生命色の強い(粒子を乗せた)超音波をそこへと流し込み、攻撃する。静電気脳も彼らの道具として使われ、人間の無意識の意思は、彼らと同一化する。夜行性の人間は、回虫がその人となり、その人が、回虫となる。

 人知れず心ある人の生きる原因を破壊し続ける人間は、人間という姿のロボットを操る回虫が一緒にそこに居て、その全てを、彼らが好き放題行っていると思ってよい…と、読んでいて誰もが感じる、その嘘八百円相当の奇想天外振りの内容。当然である。あり得ない話にも程がある。

 しかし、形無き原因の世界でのみ把握し得る、形ある世界のその実となる事実という事実がある。それが限り無く意味不明なだけ。(これまでの無有日記の原因と融合している人は)手のひらを立てて、回虫のEWを自由に遊んでみる。周りのそれらがざわめき出す。ロボット(人間)も、それに違和感を覚えずには居られなくなる。気づけば、どこかが動き、本来へと変わり出す。

 回虫は、夜行性の中の夜行性。太陽の光が嬉しい生命たちのそこでの普通は、全て忌み嫌うもの。人間にも、健康・健全の原因は望まない。細胞が辛くなるはずの精白された穀物(米、小麦etc.)も動物食も、海塩も白砂糖も、彼らには何より嬉しい腐敗型の食物。夜行性の人間の普通は、回虫の思惑通りに、生命としての異常をそれとする。

 

5.数百万年前、この地で人間経験を再開した生命たちは(「再生」)、くじらを通して、そこに非地球の意思を持つ海棲哺乳類動物が存在することは把握していて、その不穏な威力によって様々に影響を被ることも承知で、生命としての人間を表現する。だからこそ、ここに新たに通るべき道があり、地球自然界のその本来の在り様のために、生命たちは、この「直感」の次元を大いに活かす。それは、くじらとの約束。

 とどにももちろん回虫の類は居て、それは、彼らの破壊力のある超音波と共に独特の次元を生み出し、陸上での回虫の営みを把握するようにして、腐敗型の空間を色濃くさせていく。

 生命たちは、それぞれがとどの次元にマークされるようにして、遥か昔から、停滞を生み出す重たい超音波を注がれ続ける。そして現代、彼らに向けられるその超音波に誘われるようにして、同質の人間が彼らひとりひとりにまとわりつき、そこでの回虫の威力の活躍により、生命たちの心ある動きは封じられる。その流れの中に、この今は在る。その超音波による枷と、回虫関わりの負の原因を外し得る時を、無有日記は創り出す。

 災いをもたらす蛇系の人間たちも、回虫繋がりでとどから支援され、陸上での夜行性動物との融合も密に行われる。そこには、水銀の原因(意思)同士の共振も為され、結果と形式を重視する夜行性の彼らは、無意識の凶悪さをそれで強め、攻撃・支配欲を具現化させる。心ある柔らかな人は、理由も分からずに痛みを覚え、要らない頑張りと不自由さを余儀なくされる。

 太陽の光の力をこの上なく大切にする人。それを尽くどこまでも拒否する人。そのどちらの世界にも居るとどを、EWの風に乗せて宙に浮かす。空飛ぶくじらが、雲の上でうたた寝をする。

 

6.太陽の光と仲良く、地球と共に自然体の生を生きる人。日没後に動き出す不自然さを普通に、太陽を遠ざけて生きる人。この世には、二通りの基本生態があり、それは人間の世界でもそう。この時代には環境的に難しいものがあるが、元々人間は、昼普通に元気に動き、日没と共に、健やかに脳を休めることを本来とする。

 昼間に体を動かしているようでも、中身は人間本来のそれではない、夜行性の人間。その影響の強い環境の中に居ても、生の基本は、生命として大切にする。機械的に知識を増やすことや、画一的な言動を連ねることは、脳の不健全さ(脳眠中)の現れであるゆえ、そのことを知り、その原因を変えていく。地球本来は、そこを通らないと、何も見えては来ない。

 そして、「直感」で新たに触れ得た次元とそこでのEWを通して実感の域となった、回虫への体験的な認識。太陽を基とするとそれは分かるように、この地上には、回虫を自分の分身のようにして体内で育てる人間と、そのことから全く縁遠いところに居る人間がいる。

 前者は、数万年前まではこの地球には存在しなかった生命。それ以前には無かったものを体内に潜めて、彼らは、嘘の人間を生き始める。その数の増え方と、そこでの生の潰し合いは、まさに蛇譲りの本性の所以である。

 後者は、地球感覚の生をありのままに生きる、遠い昔からの人間と、彼らと融合する人たち。彼らは、人として、生命としての原因を変化に乗せて、太陽の光をそれに重ねる。くじらたちの友である。

 本心が太陽を嫌う回虫の持ち主たちは、虫のように怯えの中に居て、それゆえの敏感さと凶暴さを力に、支配欲を強める。夜行性特有の非生命力で人の心を抑え込み、不安と怖れでそれを囲い込む。

 太陽の心のような人間は、この「直感」の時を通り抜けて、これまでのままではない未来へと時を繋ぐ。この地球に本来は在ってはならない夜行性動物(人間)の、その異常過ぎる負の原因を楽しみながら癒す。回虫たちをぐるぐる回して、結び目をいくつも作って遊ぶ。

 

7.体内に自分と同じ姿のもの(仲間)を持たない人間の、その生きる自由を押し潰そうとする、回虫。備える本性も摂る物も非生命のそれである人間の中に住み続ける、その体の主のような彼らは、他には無い破壊と征服の意思を際限無く通し、人間の無意識を操りつつ、その威力を発揮する。回虫とは無縁の心ある人は、無自覚に脳を病まされ、胃腸を侵されて、鼻や目に不調を抱かされる。この世では、回虫の凶悪さとその負の力は、全く別次元のそれとして捉える。

 そこに関わる、地球本来からかけ離れた不安定な水銀。回虫は、その原因を取り込み、他のところに居る同質・同類のそれと交信(交流)しながら、網の目のように超音波を発し、時空を我が物顔で支配する。どんな生き物であっても、辛い現実へと向かわされてしまう、水銀199202207)。それを活かした彼らの、そのあり得ない負の作用は、どうにも浄化できない危うい現実のその土台でい続ける。

 回虫を備える人間は、回虫と一体化したその奇妙な感覚により、健全・健康の原因を大切に生きる人間の、その自然な動きを簡単に感知する。そこから始まる、静電気脳の活動と、融合の主導権からなる、相手の原因(生命力)の押さえ込み。そのために、素朴な感性を備える人間は、何をしても、どうにもならない厳しい時を過ごす。

 それが、無有日記との融合の時を経て、その風景は一変する。形ある結果や動きの無い形式を大事に、身を繕い、良い人を演じていた人間の、その嘘の原因に人は難なく反応するようになり、ここに来て、自らの原因も力強くしなやかに成長して、入り込まれ易かった隙間も、ひとつひとつ無くしていく。知ることが原因の変化に繋がる程、そこでの体験的知識は、生命本来のそれになる。

 そして、回虫関わりのEWを可能とする時を、ここに迎える。「復活」「地球の真意」の後に「直感」が続いても、この4章が来るまでは扱うタイミングも無かった、回虫。理由の分からない不調や痛みの原因を更に深く浄化し、それらを外す。地球自然界も、必ずやそれに連動する。

 

8.太陽の光から遠いところで生きる夜行性動物を主に、それと質を同じくする人間や他の動物の中にも居る、回虫。猫や蛇、コウモリはそうで、他にもたくさん居る。

 それらに共通するのは、生の基本形が非地球であるということ。彼らによって、自然界はその調和を乱され、人間世界も、歪な生を生きる回虫人間によって、不健全さが蔓延する。

 回虫と融合する無意識の意思に支えられた脳の働きを思えば、ご利益や依存(到達や願望実現)関わりの、その個人枠の次元で活躍する直感の類は、全て非生命のそれということが分かる。占いや祈祷などに長けた人の直感も、実に危うい回虫型。回虫が潜める(破壊型の)能力を存分に発揮できるというその凶悪さが他のそれを抑え、好き勝手に、自分に都合の良い空間を生み出していく。事の原因を無視できる人間も、皆回虫大好きの人間と思ってよい。

 …と何度も回虫の言葉に触れていると、気持ち悪さも不快感も無く、どこか可笑しさの有る、間抜けな生き物のように思えてくる。それぐらいで行く。世は、回虫だらけ。回虫が猫や人間の体をかぶって歩いている。回虫ビームで、健全な感性を持つ人のその原因を壊そうとしている。たまには、鼻や口から出て来い、と呼び掛けてみる。出て来れたら、岩塩スープをお腹一杯飲んでもらおう。by 無有 4/09 2019

 

 

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