復活(7)

 

1.生きることが、そのまま地球のためになる原因として無限の仕事をし続けるような、そんな普通を力強く安定させる。生きる基本を、自然界が安心する生命本来のそれとし、地球が嬉しい地球感覚を、その意識もなくあたり前に表現する。その材料となる無有日記。そうであるからここに居る、それぞれの生命の意思。人間は、求めず探さず、ただありのままでいるその原因の変化により、人間にしか出来ないことを、自然界と共に自然に行い続ける。

 地球は、人間が地球規模の働きかけを可能とするその原因の成長のプロセスを全て把握していて、そのための材料となる経験と発想をきめ細かく支え、必要とすべくものを差し出し、重要な機会と形を演出する。地球のために始動させた、生命たちの人間時間。地球もそれに参加し、絶え間なく、その姿を支援し続ける。

 石灰石は、そのための基礎となるもの。「再生」の時を経ての今だからこそ、それは更なる変化の時へと、ここで無有日記のEWと繋がる。石灰石との融合経験は、心の基本形を本来へと活躍させる。

 

2.地球感覚を変化に乗せ、それを原因として自らの表現とその形無き影響力を成長させる時、知識レベルの経験は姿を消し、その原因が地球の望みと繋がる生命としての知識(の次元)だけが、その体験を担うようになる。無有日記を通して、人は、その気もなくその世界に居て、ふといつのまにか、「復活」の次元を楽しむ。気づけばそうである変化は、そのままで確かな原因となる。

 そして、当然の認識としてそこに在るのは、この現代においては、大多数に支えられるそこでの価値観は、その殆どがこの地球のためには無くてもいいものであるということ。その理由は「再生」にも在るが、動植物たちの普通と地球自然界の本来が抑え込まれたままこの今に至る、これまでを元とする価値観は、考えるまでもなく未来には持っては行けない。そこから自由になり、そこを離れたところでの普通を、地球は応援する。人間を生きるというのは、そういうこと。

 その時地球は、人間が一生命としてより地球と融合し、その生命の意思を地球と一体化させるべく原因の創造に、更なる材料を差し出す。地球を通して、天体規模の動きを生み出し、太陽系をかつてのように調和あるものへとその変化の原因を新たにするために、世の常識を超える知識が意思表示し出す。当然と言えば当然のことなのだが、それは、大多数の次元を切り離す。ずっと何億年もこの時を待っていた地球が、人間を生きる生命たちに、これまでどこにも無かった(ずっと地球が守り続けてきた)新たな原因の力を与える。

 

3.地球に託された数千の生命たちが再びこの地で人間を始めた時(「再生」)、そこには、すでに地球が創り出してくれていたそのためのいくつもの要素が在り、石灰石はそのひとつとなる。その他にもこの地(列島)には在り、それらは皆、地球規模の、人間発の変革の原因となるよう、彼らが人間を再開するまでの間に、(いくつもの変動を起こして)地球が用意する。

 そのことは、この地が、太陽系の在り方にとってとても重要な場所であることを意味し、生命たちにとっても、彼らはそこに、無限の可能性を観る。地球の他の地域では成し得ない、生命としての原因の仕事。彼らにしか出来ない、天体規模のその原因の変化(進化)と創造。地球は、生命たちの実践と共に居て、ひとつとなり、その質を共に成長させていく。

 無有日記の在るこの現代、その原因の意思は、どこまでも自由に、多次元的に時を透過し、時代の必要性を余裕で眺めつつ、対処し得る次元の質を変化に乗せる。そして、この時の訪れを機に、地球の望みと繋がる、形無きその原因の意思の反映となる形(知識)をここに案内する。それを以て、生命たちは、地球感覚の原因の力をより微細で力強いものへと変換させ、この地球でのこれまでの全ての出来事の、その原因の元となるところへとEWを伸ばし、それを普通とする。それに、太陽系も(月も金星も)反応する。

 

4、地球が、人間という生命を地上に招き入れた時、彼ら生命たちの中には、地球の意思(望み)を具現化させるあらゆる原因の通り道が在り、それを以て彼らは、地球を無生命化させようとする存在の動きに柔軟に対応し、その原因を変調(進化)させつつ、太陽系の中で地球が担う天体規模の責任と実践に、人間として付き合う。そのための全ての要素が整い、地球時間の(次元の)動きからその時の訪れを感得した生命たちは、この今に至る数万年という時代の総仕上げのような経験を経て、自らの中に在る、地球と一体化した無限能力のその普通の原因を、自然な形で動かし始める。

 「再生」から「復活」へとEWが進む中、地球における必要性の次元は一気に高まり、生命たちは、後に多数となる歪な人間の世界から自由となって、地球の望みそのものとなる、記憶の中の生命の意思に主導権を握らせる。「復活」(6)と(7)は、その原因が形になる場所。経験が自由に歩み出し、身体は余裕でそれに連れ添う。

 非生命的な原因を潜める存在たちの、その真を持たない感情に永いこと身体時間を付き合わせてきたことで、これからのために持つべきものと、外すべきものが容易に経験の域に収め得られる、現代。そのことで変わり出す未来へのこの時代の原因が、天体規模の原因を引き連れて行くことになる、この今の生命世界の揺り戻し。思考の次元を一切不要とする、人間本来のその姿無き原因の活力は、地球に託され、太陽系に見守られる生命たちの中で、普通感覚で具現化する。「復活」の基礎の部分から、外へ、上へと広がる時。

 

5.人間は地球。体内には、地球の全ての原因と繋がる多次元的な融合の通り道が在り、身体時間の源となる地球の意思と心を重ねつつ、人は、この地で人間を生きる。地球の構成要素のあらゆる原因を元とするそこでの(人間仕様の)経験は、どこに居ても、どんな風でも、そのままで地球となる。

 但し、それは地球自然界の自然な姿(変化)を大切にするという、その生きる基本形を動植物たちと共にあたり前とする人間にとってのもので、そうではない人間には当然それは当てはまらない。そのあり得ない負の事実が有るために、変化を滞らせて病むという、無くてもいい経験を手にする生命たち。やむ無くそうであるためのその負の原因の反映として、これまでの地球の歴史があり、「再生」の次元がある。そして、この「復活」の時、人間がより地球そのものとなるための経験のその原因が増幅する。人間がこの地上に居ることの意味は、そのことで限り無く広がり出す。

 「復活」の世界に理由もなく安心を覚え、次なる未来地球への期待と希望がその感覚と重なる時、テルルという言葉のその原因を自らとする。それは地球感覚の芯を通る、地球の意思(生命力)のそのひとつの形。生命食(全粒穀物食etc.)を普通に原因で居続けてきたこれまでをその土台に、新たな人間時間の材料として、それは仕事をする。

 地球感覚を永遠に知ることのない存在たちによってこの数千年の間に生み出された、それまでには無かった、様々な非生命的な感情と心無い出来事。その要らない経験の中で染み込まされたそれらの(記憶の)原因を、テルルの本質は中和し、切り離す。不安も差別心も、病気も支配欲も、この地球には異物。石灰石を基とするその物質の原因の力により、地球と共に生きる生命たちは、本来を力強くする。その理由はどこにも無い。ただそうである事実を普通とする存在たちの中で生まれるその理由が、好きなだけ活躍する。

 

6.生命としての原因を高めるために必要なものは、全粒穀物食や無有日記との融合を通してすでに揃っている。石灰石への理解は、ここに居ることの意味を確かに原因を生きるという、その実践の質の確認作業であり、その全てに支えられて、形あるもののその原因の次元を修正・浄化するのがテルルである。ここまで来たから満を持して動き出した、この数千年間の重石を外そうとする地球の意思。そのための流れは完璧である。

 テルルを通る原因の働きは、地球のためとなる生き方を普通とする人のためであり、そうではない人にとってのそれは、どうにも耐え難いものとなる。太陽を退け、水や土の生命力を奪う、無生命化の光(LED)に無頓着な多数は、その本質が元々この地球のそれではないため、それにより、これまでにない厳しさを経験する。地球が安心を覚え、太陽系が本来へと動き出そうとする時、それを阻もうとする意思と繋がる不穏な存在たちのその原因は、居場所を無くす。

 遊び心と限り無い知恵を持つ太陽と地球は、この「復活」に乗る天体規模の原因をどこまでも応援し続ける。生命のチャンスとなるこの時代の、この時に、思考の域に姿を見せた、石灰石とテルルの原因。優しさも愛情も無く、身勝手な(非生命的な)存在感をかもし出し続ける金の次元が、確実に浄化され出す。

 

7.現在、地球にとっても最も辛い経験となるのは、動植物たちの生きる自由と、水と土と空気が壊される、LED。それがこの現代に生み出されるという、そのあり得なさは、地球も太陽も承知で、他の天体も、その様子を見守る。そこに在る、万全で完璧な破壊の意思。その原因深くに、太陽系を病ませた存在は居る。

 生命たちにとってこれ以上無い危機状況である現代は、地球を物化させようとする力も巨大で、この数千年の間に、よりそれは具体化する。しかし、その全ては把握されていて、それだからこそ、こうしてここに無有日記が在る。全ては無有日記の原因を中心に回り、その中に、地球の生命力と密に繋がる知恵もある。かつて各天体と意識体を重ねた生命たちもここに居て、その時の経験をここで活かす。

 LEDの原因が浄化され出すことで、大きく動き出すもの。そこから始まる、地球発の原因の働きかけ。重く、動きの無い生(原因)を本質とする存在たちが、多数の力で地球の無生命化に協力するLEDの世界は、数の力を不要とする次元のその原因の変化により、確実に力を無くす。

 地球自然界にとって存在してはならないその世界の原因(を支えるこれまで)に付き合ってきた生命たちは、二度と通らなくてもいい道を歩んで来ているゆえ、今回のこの今の経験を以て、地球の望みに期待以上に応える。地球は、自転も公転も(その姿も)本来となるべく変化に乗り、月を癒し、金星と水星を元気にする。他の天体も、地球によって、自力を呼び覚まされ、生命たちは、新たな時のそれらへと再び足を運び、遊ぶ。太陽系全体が活力を取り戻し、少し膨らみ出す。

 地球に居る以上、その流れに逆らえないことを知る人は、大多数の歪な次元を離れ、まともな人間を生きる。自らの本質を知り、そこから、本来という原因を着実に自らと重ねていく。そうであれば、皆仲間。「人間」や「仏陀の心」の世界が日常の普通となり、人間時間における新たな性質の時を、共に生きる。地球の中で、「復活」が勢い良く回転し出し、太陽も安心して、太陽時間を更新する。

 

8.考えて分かることの世界には、考えなければ分からない原因がしつこく留まるゆえ、感じるままに心ある風景を創り、それを普通に支えるという、地球感覚と繋がる人としての原因は、そのどこにも無い。事の良し悪しも、状況による価値判断も、全て知る知らないの経験枠内でのことであるため、そこでは、その意識もなく非生命的な現実が生み出され、自覚の無い非人間性が力を持つ。それは、この数千年の間に(この地の)人間が作り出した、地球の異物となる、不穏で不自然な負の(病みの)原因である。

 人間は、元々思考を取るに足らない次元のものとして、形ある知識や経験の世界を遠くに、自らが生きる知識となり、生命としての経験となって、互いにそれらが行き交うという関係性を普通とする。その普通が基礎にあれば、そこには隔たりも不安も支配も無いため、人は病むことを知らず、争いも衝突も経験の外側となる。つまり、あらゆる性質の病みは、思考からなるものであるということになる。

 その人間の基本を持ち合わせながらも、それを活躍させることの出来なかった人たちのために、無有日記は在り、彼らによって成され得る地球規模の癒しのために、この「復活」が在る。思考が元となる病みは、廻り回って自然界に負荷をかけ、地球の姿を不自然にする。それがそのままでいる原因が蓄積すれば、天体規模の不調和の原因ともそれは繋がり得てしまう。

 力強く微細な原因を変化に乗せ、その分母を大きくすることで可能となる、病みの逆噴射のような、ここでのEW。「復活」の次なる風景には、そのことで、これまでの負の原因全てが付いては行けず、地球は地球らしく、そこでの人間は人間らしくなる。時代の必要性も、その質を変調させ、次なる時代(未来)の必要性と軽快に重なり出す。時の流れが、変化し続ける永遠の、その生命の次元へと旅をする。by 無有 11/17 2018

 

 

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