復活(9)

 

1.生命表現の、その根源となる次元と繋がる原因(経験)が、人間の世界を包み込むようにして形となった、「太陽系の外側」と8章。その原因は、自動的に地球の外側とこの今を行き来し、どこまでも続く永遠の変化の時を、この無有日記に注ぐ。そしてその永遠は、‘存在の質’という、全ての基となる次元のその性質に触れ得る必要性をここに導き出す。

(※ここでの内容は、感じ取る次元さえも寄せ付けない、どこにでも在る物質(生命)のその元となる原因の形であるので、意味不明のままで良しとする)

 地球が自転する(回る)ことで生まれる、時間。その時間の流れを重要な要素とする、あらゆる物のその具現(具体)への原因。宇宙に在る炭素は、この地球では、地球の自転というその時間の中で、水と空気(酸素)と微生物と合わさり、形ある物となる。時間が無ければ、当然人間も居ない。

 太陽から生まれた地球は、太陽の中心からの純粋な炭素を、その生命力の起源として形をつくり、生命たちは、それを基に形を持ち、時間の流れに乗って、変化を経験する。つまり、地球とそこでの生命たちは、同じ炭素でも、太陽の炭素という、太陽と地球との密な関係の中でのそれによって存在しているということ。太陽の光は、その独自の繋がりを最大限に活かす。

 

2.ところが、不思議なことに、この地球には、その太陽関わりの太陽の炭素とは大きく質(次元)の異なるそれによって自らを成り立たせている存在が居る。そのあり得なさが、地球が辛くなるLEDに何の違和感も覚えない人間である。(肉食を普通とする動物もそれに当たる)。彼らを通して地球が病まされていくその事実は、太陽系の脅威となる。

 その明らかな現れとなるのが、原因の変化を望まない彼らの本質。どこにも無いはずの結果の世界で、思考ばかりを使い、時間の流れさえも、心底必要とはしていない。時間を創り続ける地球に居ながらして、重く流れない停滞感(変化の無さ)を良しとし、動きの無い腐敗と衝突(到達と差別化)の原因を格好の材料に生きる。細胞は、地球からの栄養(植物)を必要とはせず、蛇のように、他の動物の苦しみを食べる。

 その存在たちの姿は、全てが人間のそれであっても、その質(原因)の全ては、人間のそれではない。そこに、永遠に分かり得ない程の炭素の違いが在る。彼らには、変化し続ける原因の安定は無く、地球人としての基本(地球感覚)も、受け入れ難い異物となる。

 LEDの、その時間を壊す程の負の原因を取り込む人間(の無意識)によって、その自覚もなく心身を病まされてきた、普通の人たち。「復活」は、地球のために、そこに在るその異質な炭素(とその原因)の次元にまで働きかける。病まされていることも知らない人たちの復活は、自然界を活き活きとさせ、地球をどこまでも元気にする。この9章での普通体験を、一生命としての人間を生きる上での、永遠の原因とする。

 

3.自由に変化に乗る蘇生型の炭素ばかりの地球に、そうではない停滞と腐敗を基とする炭素が、ある時登場する。それそのものとなる生き物としてそれがこの地上でうごめき出したのが、肉食を普通とする動物の世界(次元)で(その手前には毒性を備えた植物がある)、後に蛇、そして現代に近づき、奇形(土偶の原型)を経て増殖した、嘘の人間へとそれは繋がる。それらは、それまでの生命たちと限り無く同じであっても、その大元となる原因は、どこまでも異なる。

 この地球には無いはずの異質な炭素が存在し得てしまった原因のその背景には、月の哀しみの姿が在る。自転が止まってしまうその時まで、月は、(地球から生まれた時のまま)太陽からの炭素を自らの本質として生きていたが、あり得ない負の力でそうではなくなる流れに巻き込まれた時、生命力の源となる太陽との繋がりは途絶え、その炭素に異変が生じる。

 それは、形を成す要素でいながら、変化を拒み(止め)、仕事は同じでも、その中身(方向性)は全くそれまでのものではなくなるというもの。その信じ難い現実も、月が止まってしまう程の(天体規模の)災いを引き起こす原因の力がそこには絡んでいるため、恐ろしく危険な負の奇跡として、その事実は先行する。停滞しつつ安定を維持するという、実に不自然極まりない本質を備えるその物質は、地球を無生命化させようとする意思によって、月の次元から、この地球に持ち込まれる。

 

4.生命体も含めたあらゆる物質が形づくられる時の、その重要な役を担う炭素。その炭素の質が本来とは異なるために生まれた、不自然・不調和な原因を普通とする存在たちは、初めからそうであるために、そのことへの違和感は一切無い。自然界は、それを理由に、どこまでも病み続ける。

 その割合は、地球全体では1%程であるが、元々この地球には無かったことを考えれば、その事実そのものが危うい。そして、その割合の内実に含まれる、一生命としての原因(心)を持たない人間の増加と、彼らによって生み出される、非生命的な物や形。そのことは、この先、地球全体が他の天体や月のように変わってしまうという、その地球仕様(版)の負の連鎖がより強力になることを意味する。太陽からの炭素が減少し、月からのそれが増えるというその負の原因は、確実に衰退の時を引き寄せる。

 本来を外れた月からの炭素は、その不穏な性質の働きを、同質の別の炭素によって支えられ(に支えさせ)、安定感を維持する。物体としての形ある次元には無いその炭素は、重苦しい黒い雲や湿気を自由に作り出し(特にこの地で)、隔たりや滞り(変化への抵抗)を本心とする人間の、その生きやすさの燃料で居続ける。

 

5.どんな性質の物質にも、そうであり続けるためのその作用となる原因があり、当然この地球に在ってはならないその月からの炭素にも、その独特の原因がある。その炭素を基とする動物も人間も皆、脳や内臓を持ち、同じ生き物として生を営む姿がそこに在ることを考えれば、その原因は、生命力のその元となる次元のそれであることが分かる。つまり、同じ人間(動物)でも、生の大元が違うということ。この太陽系では、それがどんな生であっても、そこには(その原因には)物質が在る。

 その物質が、ヘリウムである。それは、生き物が何によって生きている(生きられる)かというその生の根源となる次元のもので、人間の心臓も、それによって(その中心核を通る意思の力と融合して)動き続ける。形あるものが創り出される時のその重要な原因に参加し、その後退いて、それがそうであり続けるための仕事を担うヘリウム(の原子核)は、この地球を含めた宇宙空間で、創造と生命力の基礎を創り続ける。

 地球感覚を持たずに非人間性を生きる人や獰猛な動物たちは、その性質(次元)が変異したヘリウムで生きていると考えてよい。そしてその物質が、天体たちが物化して行ったその原因の力であり、それは、この地球で、「再生」にあるような非生命的な現実を平気で作り出す。その天体規模の異常な存在(歪なヘリウム)が、ここまで書いてきている破壊と腐敗の意思の、その正体の一部とも言える姿である。

 

6.その次元のEWをさらりと表現するそのために迎えた、この時代と「復活」。この地球を本来へと戻すために姿を手にしたのが人間だから、任された以上、確実に責任を果たす。それも遊び心で。

 無有日記は、そのための必要とすべく原因を言葉に乗せ、その意識もなく為し得る表現の質を高めていく。そして、これまでの全てが新たな原因に変わるための、その原因に自らがなろうとする生命たちの存在そのもの(多次元的な本質)を力強くする。ふといつのまにか、炭素やヘリウムの次元の浄化を楽しむ普通の人間が、そこに居る。

 物質の歪さは、他との融合を退ける、その内なる不穏な意思。化学的作用を同じくしても、物理的負の影響力を潜める、その質(質量)の危うさ。水素や酸素、窒素と共に形を生み出すまでは、その違いは分からないが、その後に続く生命体験の質を通して、それは分かり出す。

 ところが、その機会をも容易に潰す意思がそこには在ったため、地球の外側へと伸ばし得る原因を、この人間時間で育み(呼び醒まし)、太陽時間との融合の時を思い出し得る機会を、ここで手にする。EWは、いつ、どんな時も、普通で、自然。気づけば、太陽系の生命(天体)たちが伸びをする。大きな始まりの時に、これまでの終わりを共に迎える。

 

7.地上(大気中)での異常なヘリウムの割合は、驚く程僅かであるが、その負の原因の仕事は、恐ろしく際限が無い。その存在の元となる破壊と支配の意思は、それにより生命体が形成されることで水素や酸素が不自然さを普通とすることを活かし、人間に、地球には無い(無くてもいい)ものばかりを作らせ、停滞感を拡大させる。支配下の彼らは、自分たちには何でもない、栄養価の無いものや不健康なものを摂り込み、身体細胞の次元から、腐敗の原因を強めていく。

 そのヘリウムの次元にまで辿り着けた、無有日記の原因。ずっとそうであることが初めからそこには在ったから、さりげなく普通に、そこで遊ぶ。人間社会の歪な普通を刺激しながら、その元となる、生命世界のその原因の異常さを修正する。

 本質は不安・不安定であるのに、安定感を手にした、不安定そのものの歪なヘリウムや炭素(水素、酸素)。その手法は、状態を維持するためにいくらでもその原因が自然界から補われる安定の世界(次元)を不安定にさせて、その無くてもいいはずの負の経験の原因を、融合の主導権を握りつつ自らに取り込み、そして不安定をそのままに安定して(させて)しまうというもの。

 それは、生命たちの住む地球への措置として取られた、これ以上無い方法。つまりそれは、人が苦しみ、動植物たちが辛い状況に居ることで、安心して生きる(生きられる)ということ。それが破壊の道具として際立ったのが、(LEDのある)この現代である。

 だから、健康と平和の原因で、病気や争いの負の原因を力無くさせていく。不安・心配や問題事を材料とする価値概念から離れ、理由も目的も要らない安心そのものの空間を創り続ける。捕らわれる必要の無くなったありのままの安定は、不安定の原因を存在させることはしない。

 

8.石灰石を基礎に、4つの物質(8章)のその純粋な能力を活躍させ、炭素とヘリウムの地球次元での本来を安定させる。そのことを地球は喜び、その安心に活かされて(守られて)、生命たちの脳は負荷を外す。生きることがそのまま喜びとなる時を普通に、共に生かし合う地球(感覚)を生きる。それまで在った滞りや衝突は、居場所を持てずに、その姿を無くしていく。

 そのことを遊び心一杯に、楽しみながら表現する生命たち。彼らはただ好きなように生きて、時を癒し、ありのままで居て、健康と平和の原因を広げていく。自然界もそのことに反応し、再生の時を経て復活へと動き出す地球の姿に、皆の心は熱くなる。水も空気も光も、太陽の笑顔を映す。

 その全ては、この無有日記に集う人間たちを中心に躍動し、この時を待っていた仲間たちも、次々とそれと融合して、回り出す。その自然で、滑らかな流れの中、何もしなくても何かが変わるその原因は強く大きくなり、余裕と安心が時を包む。地球から発信される人間発の変革の力は、太陽系の仲間たち(天体)まで届く。

 いつしか、復活の次元は普通のこととなり、人間も、この地球での仕事を終える。その時の地球は、そこに居る(居られる)人間と共に、自然で優しい風景を繋ぐ原因そのものになる。どこにでも行けて、どこでも、どこまでも生きられる、健康と平和だけの世界。太陽はいつもそこに居て、月も元気に回っている。そんな未来の原因が確かなものとなるこの時に、みんなが居る。by 無有 12/02 2018

 

 

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