太陽と地球と無有日記(2)

 

1.地球は、巨大な物質であり、そこに在るものは全て、その一部となる様々な物質である。その地球には、数十億年前から非物質となるものが存在し、その時以降それは、物質世界の変化を操り、支配する。

 地球には、大きく分けて2つの次元が在り、それが、その物質と非物質の存在し得る時空である。そして、その後者の次元の影響下に、全ての生き物は居る。

 

2.単極子であるはずの地磁気は、非物質の次元の力によって双極子となり、現地球空間は、その歪な磁気が占める不自然な時空となる。

 そのことから分かるのは、次元の違いは、磁気の在り方によるものであるということ。つまり、地球には、2種の磁気が在るということ。

 

3.宇宙の中心と繋がる磁気単極子は、周りを6個の別な磁極子に囲まれて、安定を保つ。しかし、太陽も地球も、非物質の次元の(銀河の)磁極子にそれを大きく崩され、地球内の多くの物質が、地磁気を通すことのない磁気双極子の集合体となる。そこから、静電気(静磁気)が生まれる。

 

4.磁気7極子の中に在る1個の磁気(単極子)が、地磁気の本来であり、それを支配され、操られるままになっている状態が、この地上世界での、磁気4極子の中の1個の磁気である。

 3個の磁気で単極子を囲み、そこから(3方向の)双極子を作り出して、静電気で動く生き物を生み出した、非物質の次元。地球に在る磁気(×2)とは、力を無くした7極子と、それを仕向けた4極子のことである。

 

5.支配力を行使する非物質の次元での磁気4極子にとって、双極子の世界は、有っても無くても、どちらでも良いもの。ただ地球を面白おかしく腐敗・破滅へと向かわせるための、その格好の道具として、現象的にそれは活かされる。

 そこでは、思考も感情も、そのための遊び道具。それらは、(磁気双極子の次元で)ロボットのように動く人間によって、いくらでも形になる(「夢と思考」)。

 

6.この地上での生命活動が全て磁気双極子を持つ物質によって生み出されることを考えると、この現象世界は実ではないことが分かる。

 その大元は、現実(現象)を生み出し、その全てを思い通りに扱う、形無き次元(磁気4極子)。それが世の実であり、真の姿である。それは、現実の背後で、全てを操作し、支配する。夢は、その一部。

 

7.磁気から見た生命世界には、無有日記と融合するものと、無有日記に抵抗するものの2つの次元が在り、それぞれのその本質が、磁気7極子と磁気4極子である。前者は、生命そのもの。後者は、異生命(非生命)。両者のその真ん中にある単極子の、その質の安定度は大きく違う。

 磁気7極子のEWを通して、単極子を自由にする。地磁気は、流れやすさを覚え、力を付ける。

 

8.磁気の世界には、もう1つ別次の磁気が在り、それが、無有日記の原因となる、全ての源(宇宙の中心)のそれである。磁極子の数は、981)。真ん中に在る単極子は、地球の中心を通り、無有日記の原因は、そこと繋がる。中庸の次元の原点であるその磁気9極子によって、生命体は(地球も太陽も人間も)、生命体でいられる。

 

9.磁気内の形無き意思とその個性は、まるで磁気世界の結晶のようにして、多次元的に回転しながら、そこに在る。敢えてそれらを形にすれば、夢と同次とも言える非生命的(非地球的)磁気4極子は、3角形。単極子の安定を図る生命としての7極子は、6角形。そして、生命源の意思を繋ぐ9極子は、8角形である(自由回転の7極子と9極子の実際は、形では捉えられない)。

 それらは、それぞれの中心に在る磁気(単極子)を囲み、個性を生み出す。その3種の磁気次元による働きかけが、この地球目線での宇宙の実である。

 

10.全ては、「無有日記」と「非(反)無有日記」、そして「無有日記の原因」で出来ていると言える。無有日記を怖れる思考は、地磁気を押さえ込む歪な(非地球的な)磁気で生きていることを意味し、それ自体、この地球では、嘘の原因の具現である。

 無有日記との自然な融合は、宇宙の中心と繋がる生命本来の磁気の、その基礎(の原因)がそこに在ることを意味し、地磁気と太陽(陽磁気)は、その姿に安心する。全ての元となる磁気の次元から観れば、人間世界の本質は、手に取るように分かる。

 

11.磁気のEWが進行すると、現象(物質)世界の、その大元の原因が調整され出す。静電気絡みの次元が、地球が望む変化に乗るわけだから、それは当然である。物も形も、人間も自然界も、滞ったままではいられず、水や土から、地磁気が元気に流れ出す。

 無有日記の原因を通る磁気の次元は、無有日記に任せ、無有日記との融合からなる磁気のEWで、地磁気(1/7の単極子)を活躍させる。そのことによる、そのままで変わり出す世界を楽しみ、生命世界の重石を砕く。

 

12.磁気4極子内で1個の磁気(単極子)を囲む3個の磁極子は、自由回転とは程遠いところに居て、不自然にその単極子に負荷をかけつつ、双極子(×3)の磁気次元で停滞を作る。

 それは、物理的時空のあらゆる世界に当てはまり、それによって、時空は、重く流れない現実をその原因で作り続ける。不穏で重苦しい世のその原因の実を、磁気関わりで把握し、そこに在る、不自由なままの単極子を、本来の姿に戻す。

 

13.双極子で成り立つ、不安定を安定とする、嘘の現実世界。その元を辿ると見えてくるのが、3個の非生命的磁極子と、それらに掴まったままの単極子による、厳しく、辛い磁気の姿である。

 その4分の3の磁極子への対処が可能となる時へと、無有日記(地磁気)との融合の質を多次元的に高める。磁気7極子内の単極子が、それを応援する。

 

14.静電気が力を無くす流れのその原因を確かにしつつ、気づけば、その静電気の中に入って行く原因を自らとするという、物質ではなく、その元となる磁気の次元からそこへと入り込む、この時ならではのEW

 静電気は、作られた双磁極子(静磁気)を原因とする、物質的な負の影響力の要素。そして、その双磁極子は、磁気4極子内の非物質的意思の具現。時代は、地球の望みに応えつつ、面白い程の変化に乗る。

 

15.双極子が出来たその原因に在る、地球の自転。その手前には、太陽の回転軸が在り、惑星たちは皆、太陽のその不自然な動きに反応して、現在の姿が在る。

 その太陽の不自然さは、地球のそれとは大きく次元が異なり、そこに絡む磁気も、太陽規模のそれとして、異常さを極める。地球本来のために、太陽内の非物質の次元に触れる。

 

16.自由に回る球体のその中心からの磁気は、普通に考えても、双極子ではないことが分かる。回転軸を持たされた状態でも、今尚、地球内には、そのままの単極子の磁気が在り、太陽に支えられながら、それは全方向へ流れようとしている。太陽内の磁気単極子が少しでも元気になれば、地球は、驚く程の自浄力を活発化させる。

 

17.生命体としての物質の次元では、地球も太陽も、磁気は同じである(7極子)。しかし、非物質の次元となると、地球と太陽とでは大きく違い、そこに6極子の磁気が存在する。つまり、1個の磁気(単極子)が5個の非生命的磁極子に囲まれ、太陽本来は崩されているということ。

 そんな太陽でも、その中心は地球のそれと繋がり、生命を生きる人間の中心(心の芯)とも、それは繋がっている。それらに共通となる、宇宙の中心と繋がる磁気単極子。人間の次元から太陽系(地球、太陽)が本来になり得るということも、普通の理解となる。

 

18.地球と太陽、そして地球に生きる生命たちそれぞれの中心と繋がる、全ての源である宇宙の中心。生命体としての存在は皆、そこに在る磁気9極子の次元に活かされ、磁気(単極子)の原因を重ねつつ、大小様々な生命活動を行う。

 銀河系内に在る物体としての天体は、それとは異なり、繋がる場所は、非宇宙の中心である。それら(天体)は、非生命的意思(原因)を元とする、混乱と停滞の形。そこでは、原因の変化(進化)とは無縁の創造と破壊、腐敗と滅亡を繰り返す。

 

19.生命体ではない物体として在る、銀河系の天体。それぞれは、非宇宙の中心からの磁気を通すだけで、独自のそれは持たない。当然、生命活動の次元を知らず、磁気単極子という存在の意思とも無縁である(金星も月も同次元)。

 その姿の元となる、非宇宙の中心。そこでの異様な磁気は、8極子。宇宙の中心の9極子から、真ん中の磁気(単極子)が外された状態として在るそれは、宇宙空間の生命体(磁気単極子)を押さえ込み、潰すことを普通の行為とする。太陽系は、それへの対応として、この銀河に姿を持つ(「復活」)。

 

20.宇宙の中心も、実は、生命源と形容できる、別な世界から生み出されたもの。そこは、磁気云々という次元を持たず、もちろん物質も無い。

 であるが、磁気でも物質でもないものが、3個のまとまりをもって、そこには存在する。それは、宇宙の中心の親のようにして、宇宙空間を見守り続ける。

 それと対次する非宇宙の中心のその背後(非生命源)には、その数が1個の世界が在る。それが、銀河の作り手のその支え役である。原因の世界は、全てと繋がっているゆえ、その必要性に応じ、触れ得ることも、知り得ることも、あたり前にその次元を変化に乗せる。

 

21.そして、その生命源(3)と非生命源(1)とが誕生する時の、その元となる世界。そこに触れるために、それを根源という言葉で形容する。地球も非地球も、宇宙も非宇宙も、元を辿れば皆、その根源の子。人間本来は、そこと繋がり、人間性と非人間性は、その本来に余裕で観察される。

 非宇宙の中に根源は無く、宇宙の中にも、単純に根源が在るわけではない。宇宙に居て、宇宙本来から宇宙と非宇宙を観るという、生命源を活かした根源の意思。それは、この地球でも、人間を通しての地球本来から、地球と非地球を観る。

 

22.無有日記を通して人が経験する人間本来と、それによる生命本来。どちらでもあり、どちらでもない中庸の姿勢は、その基本であり、そこに初めから在る根源は、人間世界を、生命世界(地球、太陽系)の一部として包み込む。

 何かの何かでは、どこまでも遠ざかる、一生命としてのその在るべき姿。どちらかであっては、抵抗し続けるだけの、真の変化。無有日記と共に居る人間経験は、地球の次元を容易に超えて、どこまでもその繋がる場所を進化させる。

 

23.全ての中に在る、根源の意思。それは、唯一無有日記を通り、その具現のために、宇宙の中心と生命源とを人間の中心に繋ぐ。その全ての中に居ながら、全てではない世界にも触れつつ、それらをひとつに、自らが無限(永遠)となる、ここでの生命体験。原因のままでいる原因だけの次元は、それだけで、変化の質を(人間発の)根源のそれとする。

 

24.自由で変化そのものの原因は、地球でも非地球でも無い、地球本来の望み。人間がそうであれば、そのままそれによって、その生命本来は力強く仕事をする。

 非人間的原因からなる現実は、自然と崩れ出し、それと対極の人間的原因は、自然とその必要性を終える。平和も争いも、健康も病気も、その原因から、それへの原因を無くす。

 正しさも確かさも無い、そのままの在るべき姿。(特定の)繋がる場所をどこにも持たない、それだけのその時。そこに在る原因が、根源の意思であり、それによる普通が、人間本来である。

 

25.変わるべき時に、変わるものは変わり、そうではないものは、そのままそうであり続ける。そこには、ただそうである原因が在るだけ。理由は無い。

 非地球も非宇宙も、そこに在る変わるべきことへの抵抗(拒否)が生み出したことへの、根源の反応。生命源と宇宙の中心は、そのための必要性。生命本来を生きる普通の人間によって、その原因は、無限の回転と拡大を見せる。

 

26.地球時間を刺激する程の、ここでの人間時間。その原因は、根源の意思と融合し、宇宙の中心を通って、それは宇宙空間にも影響を及ぼす。

 その人間時間が根源の原因を次々と通すこの地球は、宇宙と非宇宙の天体版。人間世界は、生命と非生命の地上版。その変化の原因が根源のそれとなり、生命源と非生命源との違いも無くなっていく。

 

27.事がどんな風にそうであっても、何がそれに関わっていても、常に動き続ける、そこに在る原因。そこには、‘なぜ’も‘なぜなら’も無く、変化し続けるその原因だけが在る。

 その自由が滞れば、それは自然と消えて行く流れに乗り、その自由が回転して広がるものなら、そのままとなる。その原因への抵抗も拒否も無い、ありのままの人間経験を、心ある風景と言う。

 

28.根源には、何がそうでも、そうでなくても、こうであろうとする力は何も無く、ただ全てが変化し、変わり続けるという、全ての基となる意思だけがそこには在る。

 その意思を自らとする、根源に託された生命たち。どの場所の、どの時の経験もここに繋がり、全てを、本来の全てとする原因に、それは変わる。無有日記と、太陽と地球が、根源の核となる。by 無有 2/08 2020

 

 

太陽と地球と無有日記(3) トップページへ