記憶の果て

 

1.透明な太陽が姿を見せるその時よりも数十億年前、太陽と同じような経験をしていた天体(恒星)が他のところには在り、それは、太陽誕生の数億年前に、完全に姿を消す。現在の太陽のその存在としての理由は、消滅するまでの経験全てを記憶する、その天体の望み。非宇宙の力に押し潰されそうになりながらも、宇宙本来をテーマに歪な(双磁極子の)次元を浄化すべく道を探りつつ生きたその彼は、それを体験的知識の原因に収めて、永い天体時間の果ての、この地球での、この時代に、意思表示の機会を手にする。その恒星は、無有日記の中に居る。

 太陽に託された生命たちのその人間経験の中に入り込んだ、太陽を無きものにしようとする意思に支えられる、嘘の人間。彼は、ずっとその時を待っていて、そうであるからこそ生命たちを通して可能となるであろう、銀河宇宙深くまで届く、そこでのそのどこにも無い原因の仕事を支援する。時代(歴史)の流れも、言葉や思考の在り様も、そのためにきめ細かく調整される。

 地球及び太陽系の外側については何度も形にして来たが、本当に大事なところは、この「記憶の果て」まで触れることは出来なかった。非地球的現実は全て、地球を支えるその太陽の力を削ごうとする、銀河宇宙の意思からのもの。太陽を活かしつつ、生命たちの力を借りてそれを浄化しようとする彼(恒星)の、遥か昔の、その経験からなるそこでの記憶を、言葉の在るこの時代に通す。

 

 

2.銀河宇宙の中心には、3つの次元が、居る場所を違えて、1つのところに居る。それぞれは、互いのことは知らず、ただそこに居ることで成し得ることを、独自にするだけ。その姿は、とてもシンプルで、分かりやすい。但しそれは、自らの原因が、多次元的生命のそれとして、そこへと触れ得る場合である。

 突き詰めて今在る原因をどこまでも遡ると、全てはそこと繋がり、そこからの働きかけで、全ては存在できるということになる。この地球に生きる人間にとって、漠然であってもそれを知ることは、生命源からなる人間経験のその重要なひとこまとなる。人間は、いつのどの時も、その中心の意思をそのまま体現するようにして、銀河宇宙の本質のその人間版をこの地球で生きる。

 

 銀河系の無数の天体が、その3つの次元が1つになったところを中心に、周っている。太陽系もその一部として在り、何千万、何億年かかるかも分からない永遠の彼方のような銀河時空を、かなりの速さで公転している。そのことを考えると、それは限り無く遠い世界だが、その中心が想像も出来ない宇宙規模の力を備えているということが分かる。太陽系の惑星たちのその公転軌道を支配する黒点のように、その中心の次元は、数千億個もの天体が皆同じように周るよう仕向け、それを巧く操作する。

 それ程の力を持つ銀河宇宙の中心であるが、力量の差異という形ある(結果の)世界からあたり前に自由でいるここでの原因は、単にその原因の違いでしかない次元として、そこへと難無く入って行ける機会をつくり出す。そのための一切の思考(過程)を省き、そうであるからそう…という風に、すでに多次元的に自由な仕事をしている無有日記の原因と、ここに居る恒星の意思をひとつに、銀河の中心へと遊びに行く。地球空間での人間の時空も、ここでのその原因に包まれていく。

 

 

3.銀河宇宙の中心となる、3つの次元。それらの内容を知ろうとすること自体、完全なる戯言になってしまうぐらい、それは永遠にあり得ない現実だが、そこからの作意によって衰退を余儀なくされたその恒星がそこで経験したことと、ここに無有日記が在ることのその理由となるこの地球での経験は、その原因のところでは、同質・同次のものをそれは備える。形は消滅しても、その原因は永遠に消えることはないという、シンプルな生命の真実。恒星の意思は、無有日記の原因に同調しつつ、自らのそれを、力強く回転させる。そして、3つの次元への、その間口となる道を形にしていく。

 その時に活かされるのは、体験的知識の変化に付き合うようにして、その能力を成長させ得た、数字。段階的に何度となく登場したそれは、その度に思考を外す役を担いつつ、触れる人の感性を高める。その時々のテーマの必要性から、独自の作用を多次元的に生み出す、数字であって数字ではない、その世界。それは、彼(恒星)の記憶の中で遊び、そこで自由に動き回りながら、銀河の中心関わりのその大切な原因を携えて、無有日記を通る。その時から始まることを、太陽と地球は、何より嬉しい。

 

 銀河宇宙の中心に在るその3つの次元を、敢えて、外、中、奥と3つに分け、それぞれを、ABCと設定してみる。その時のAであるが、それは、全ての天体を管理し、ひとつひとつのその衰退と崩壊(消滅)への道を楽しむ。その陽子数は670(電子は13)。数は無限に在り、全てを支配し、全てを自由に操る。

 それを地球版(次元)のそれとして見る時、電気で動くつくり物は、人間でも動物でも、海でも気候でも、そのまま何の問題も無く放って置かれる。それらは皆、衝突と破壊(創造と消滅、停滞と腐敗)という、銀河系の本質をテーマに思い通りの方向へと(非生命的に)向かっているので、全て670の手のひらの上状態と言える。

 しかし、地球内部からの活動と、それと融合する生命たちの姿は、自分たちには無い電気不要の生を基本としているため、670は、どんなことをしてでもそれへの押さえ込みにかかる。(電気不要の)地球内での出来事は、銀河宇宙からだと、超がいくらでも付く違和感。電気(双磁極子)で生まれ、電気で消えていく嘘の生命体(天体)のその監視役のような670は、地球を電気漬けにしようと、あの手この手を試みる。それでもどうにか生き存えて来ているのが、今の地球である。

 

 

4.670という陽子数を持つ、その粒子の力。地球内で最もその数が多いのが188であることを考えれば、その影響力が軽く宇宙規模を超えるということが分かる。それは、中心に居て、数千億個も在る天体を余裕で操る。この銀河に居る限り、全てはその支配下である。

 そうではない状態を頑なに守り続けたことで、破壊の対象となった、ここに居る、その恒星。宇宙本来という、衝突や滅亡とは一切無縁のその原因をそのままに、太陽を誕生させた彼は、その仕事を活動的にし得るこの時を、大いに喜ぶ。彼の経験の記憶の中に在る、670の下で動く物質の、その天体級の非生命力と終わりの無い破壊力。そこでの原因の受容と変化は、太陽によるその再現の時を通して活かされ、現代に至り、それは続く。

 

 3つに分けたその2番目のBであるが、それは、自由にその数を変える電子による影響力を活かし、好きなように、いくらでも天体をつくる。どこにでも、どんな風にでも天体を生み出すそれは、水星と金星の存在にも関わり、それによる太陽と地球への負荷を、面白おかしく演出する。月誕生の異様な過程も、冥王星に付きまとう不気味な衛星の姿も、その粒子の気まぐれのような作品である。

 その陽子数は、これまでに育んだ数字関わりの感性と思考に合わせると、それは29999。ここにその数字が登場したというそのことが、この太陽系にとっては意味が在る。銀河の意思に嫌われる、太陽と地球と、その外側を公転する惑星たち。その粒子に、彼らは、どれだけの厳しさを経験させ続けられているか…。その数は僅か1つなのに、銀河宇宙は、彼のものとして在り、その意に反するという強力な原因が形(無き形)として現れれば、その全てを潰そうと動き出す。

 であるのに、どんな働きかけを以てしても今の太陽系が消えて無くならないことは、その粒子にとって、あり得ない現実。その理由となる背景に何が在るかを、それは知らない。

 

 

5.地球と融合する人間が経験する、理由の分からない不調や痛み。その背景には、自由を蝕まれる地球のその辛さとの同調という部分もあるが、その原因をどこまでも遡って行くと、その一番後ろの方に、29999は居る。非宇宙の具現として在る銀河のつくり手にとって、太陽の磁気に支えられて生きる地球上の生命たちは、どんなことをしてでも押し潰したい存在。彼らに自由を与えないという現実を、それは、銀河の中心で、遊びながらつくり続ける。

 数万年前、この地では、そこでの生命たちのその生命力と表現力に呆れ果てた29999の意によって、嘘の人間が誕生する。自分のためだけの時空にしか興味の無いその粒子の下、自分のためだけに生きる電気仕様の人間がそこでは生み出され、この地球で最も多次元的な力を持つ物質のその磁気が、彼らの身体(脳)を扱う。「記憶の果て」の原稿がこうして進行する中、銀河宇宙の中心は、理由も分からず、微妙に揺れ動く。生命たちの人間経験は、次第にその原因を自由にさせていく。

 

 それまでの真の人間たちが、力によって姿を消さざるを得ない経験をしていく中で、(数十年後の)その最後まで、身を隠しつつ、生の原因を強めていた生命たち。彼らは、無有日記の中に居る恒星の想いに応える、太陽であり、地球である。現代の彼らにとっての「記憶の果て」は、ここで果たされる約束と、これからへの歩み。地球のために生きる以外の生き方を知らない生命たちのその風景の中で、地球が嬉しい全ての原因が解放されていく。

 そして、3つに分けた奥の次元のC。その数は1つ。電子は1。陽子数は数十万×2ぐらいと思ってくれればいい。それが銀河宇宙の中心の中の、中心である。思考が反応してしまうことによるその反動のことを考え、他の2つのような綴りは控えて、先へと行く。無有日記の中の恒星に、あとは任せる。

 

 

6.電気(双磁極子)を持たない生命源からなる原因そのものの粒子が、思い思いに融合を重ねながら、調和を普通に、皆で自由に楽しく生きていた、形あるものが何も無い、宇宙空間。それを違和感とする、3つの次元をひとつに無限の双磁極子を備える意思は、その中でも生命力の強い形無き粒子をその特異な能力を使ってつかまえ、それに対して、天体級の非生命的な磁気を集中的に送り込む。

 それへの抵抗からそこで生み出される物質は、外へ外へと放出され、次第にそれらはまとまった形を持ち始めて、天体として存在することになる。そのことを喜んだ29999は、後のことは670に任せ、天体づくりに興じ出す。自分たちの周りを回り続ける、増え続ける天体。それはまるで、星たちの、回る墓場のよう。

 

 非生命体の集合である銀河宇宙は、単独では存在することは出来ず、そこに取り込んだ恒星レベルのその生命力を封じ、消滅させていく中での、そこでのその非生命的原因をエネルギー源として、それは存在し続ける。変化し続ける原因の回転が押さえ込まれることで生まれる、それとは逆回転のその超強力な負(非生命力)の原因は、形無き生命体に形を持たせ、それを消滅へと向かわせるその過程で、いくつもの電気支配の物質(天体)をそれに生み出させる。それは、他を壊すためなら動く(動ける)、全く動きの無い意思の、その限り無く歪な本質の具現。銀河宇宙は、磁気無き次元の生命力を自分たち仕様に転じて(奪い取って)、ただ動くだけの、変化とは無縁の物の集まりと言える。

 

 その中心に、次元を違わせる3つの粒子は在り、停滞と腐敗(の原因)を自らとするそれは、動くものを止めて、動き、生きるものを封じて、生きる。銀河系とは、そういうもの。それは、生命という世界がそのどこにも無い、宇宙の嘘である。

 

 

7.全てを支配する存在(粒子)がその中心に居る銀河宇宙の様は、その中心に権力者が必要とされる、原因の成長の無い人間世界と、質は全く同じである。生命力溢れる地球空間のその原因に対して、銀河の意思は、いつのまにか、天体と同じように、電気で動く動物や人間をつくり出していたということ。それは、実に分かりやすい、その本質の具現化。

 押し潰される生命体(宇宙本来)の、その抑圧感への反動を利用して創造と破壊を繰り返すという、実に愚かな行為をし続ける、銀河宇宙。それを、深遠で神秘な世界だと、操る人間の脳にそう思わせてしまうぐらいだから、その中心の意思(粒子)は、嘘を生み出す、嘘そのものの次元の、その中心であるとも言える。

 嘘の中身は、恐怖心。それは、支配の力の源。そこでの極度の怯えと恐れの原因は、非生命的現実を簡単につくり出す。無有日記を通して見れば、容易にその質が分かる、人間世界。それは銀河系も同じ。この「記憶の果て」を通して銀河系を見れば、それは、宇宙規模の小心者による、おかしな巨大時空であるということを知る。

 

 無有日記の原因の中に居て、地球を見守り、太陽を応援して来た、真の宇宙に託された恒星。彼の想いは、そのまま無有日記であり、彼の希望により、時代は、この「記憶の果て」を通る。この星のこれからのために、地球と太陽のその目覚めと安心のために、生命たちは、次なる時へと歩み出す。全ては、ここから。この場所を通る、未来への原因から。by 無有 11/05 2021

 

 

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