無有日記

ゼロ感性(LED映像)

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25.この地に生きる人々の、これまでの歴史に支えられた、その価値概念からなる力の中心。それは、思考のみで生きる人間の支え台であり、それによって、嘘の人生は形となる。人は皆、その中心の意のままに、どんな風にでも動かされ、都合よく利用される。生きる意味や働く意義においても、疑問の余地の無い(形ばかりの)本当で、嘘を真実とする。

人間を自分たちのために増やした中心は、その意識を操りつつ、数の力による争いや衝突へと、人を向かわせる。そうであるよう仕向けられた人間は、それが唯一の生きる道であると信じて疑わずに、作りものの時をけんめいに過ごす。

人は、何かに向かわされていながら、そうとは分からずに熱心にそれに向かい、あることを求めさせられていても、自分の意思でそうだと思いつつ、それを求める。その全てが、中心(の存在たち)の意図である。

 

26.その嘘が全く通用しない無有日記の在る時、世の問題事の大元となるこの地でのその中心は、次第に誤作動状態になる(すでにそうだが…)。問題事が問題事で在り続けられるその原因も、それまでと同じ力を持ち得ずに、向かえる場所を無くす。本来の普通は、その質を進化させつつ、嘘を浄化する。

この地球における、この数万年間という、生命本来が大きく切り離された人間時間。その背景に、夜行性動物の存在と、1/13の電子を取り込まされた経験(400万年程前)が在ることを考えれば、この今は、未始・未終の中に居る人間経験ということになる。何も始まってはいず、何も終わってはいない、一生命としての、その在るべき人間の姿。

それがただ始まり、そうではなかったそれ(それまで)が、ただ終わるというだけ。「太陽と地球と無有日記」に背を押されるようにして飛び出した「思考の素顔」は、いつしか、先になって、彼らを引っ張り始める。

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何万分の1、何千万分の1と細かく観て行っても、直線的な数の世界発のそのことが顕にするのは、どこまでも姿形のレベル。それがそうである理由も、それを行う思考の元も、そこでは捉えることは出来ない。

その触れ得ない世界にも、次元の異なる営みを普通とする(意思を備える)物質は存在する。まずは、その理解を思考の域に招く。そして、体験的知識の下地を塗り替える。物質的に扱わなければ、それは、多次元的感触に収まる、いくつも在る中でのひとつの物質である。

限り無く細分化して行っても、普通にそこに在る、それを存在させている粒子。それは、物理空間に、簡単に影響を及ぼし続ける。

 

変化し続ける本来の原因から離れた、動きの無い重たいままの原因(結果)によって、その存在感を手にする、この現象世界。無有日記の各所で、その実を、在るべきその原因から形にしているが、その事実の要素となるものを粒子の世界から観れば、それは、知識として人が知る周期表内の元素関わりであると言える。

人間が知り得る次元として、その経験枠内に収められる、そこに在る物質。しかし、それは、脳が動くことから始まる現実のそれで、その原因が外された事の表層世界での理解である。物質の実は、その動きを動かす次元の姿。それは、周期表に在る物質を余裕で包み込むようにして、無限に、その外側に存在する。

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24.世の問題事がそのままではいられなくなる原因は、力強く回転し、多次元的にそれは仕事をする。それは、自らもその原因の一部として一緒に回転する人を中心に、この現象世界にもきめ細かく波及し、確かな広がりを見せる。この時を待っていた生命たちが、その回転の中に入る。

人の世に、力関係からなる中心は要らず、そうであるから回り出すみんなの回転が、全てをひとつに、中心となる。そこに在るのは、生の原因の変化と成長。その変化が動かなくなることで生まれるのが問題事だから、当然そこには、問題事は無い。力によって存在感を手にした中心というのは、それ自体が、有ってはならない問題事と言える。

そんな経験を持ち得ない、人間。初めから力によって生み出された彼らは、力ある中心が在ることで存在し得、それを自分たちの力で支えるから、人間で居られる。人間本来という、一生命としての人の世に照らす時、ここに至る(数万年間の)歴史は、全て、無くても良かったものであるということが分かる。

5/29

脳を働かせるという動きによって経験する、人間時間。しかし、そこで知り得ることは全て、それだけのことで、人間時間の本質ではない。その本質は、その動きを動かす、その原因となる次元の性質。人は、その性質に見合った脳を働かせているだけで、経験することも、記憶することも、その反映でしかない。

無有日記は、難無くその世界を見る。多次元的に変化し続けるここでの原因は、そうであるべく必要性に応じ、その質を軽やかに進化させる。有無の世界の有を生み出すそこでの無は、どこまでも有のための無であり、生命本来のそれではない。無有の世界に照らせば、限り無く無であっても、有として、それは容易に扱われる。

5/28

いつか、ネット環境が乱れ出す(崩れる)。いつか、電気の供給が不充分になる(途絶える)。そして、いつか、空気中を通る電磁波が、これまでのような仕事をし得なくなる。

その‘いつか’は、無有日記のHPをスタートさせた時の、確認事項。時代がそこを通るのを知るから、最大限にその世界(次元)を活かす。なぜそうであるかの理由も知るから、ただ普通に、未来の原因でいる。そのタイミングも、動き出しも、無有日記に乗る原因にゆだねられている。

5/28

無有日記は、「生命の素顔」で、ひとつの役割を終える。そこでのテーマは、人間関わりにおける全てのテーマのその芯となるものだから、改めて、そこから、実践の時に入る。

「太陽と地球と無有日記」も「思考の素顔」も、「生命の素顔」が形になるための、その良き協力者。「生命の素顔」の前と後では、時代の色も変わる。そんな原因がそこには在り、それを普通とする人の中を、その原因は通る。

5/28

電気のみで生きる人間と、地磁気で生きるのを忘れさせられたままやむ無く電気で生きる人間の2種が世には存在し、前者は、次第に動かなくなって、止まり出す。

その道に入った、人間の世界。自然界の好転反応も手伝って、それは、段階を追って展開していく。数万年の時を経ての今、時は、満を持して、嘘の世界の浄化に入る。…という嘘のようなあり得ない話を、ほんの少しだけ、まじめに思ってみる。

5/28

意識を向けた時に、それは動き、再度意識した時には、それは形を変えてしまっている…ということを普通とする流れの中で、繰り返し何度も、事の原因を変え続ける。

生命食を伝えた時も、岩塩の時も、すでにその時には、この今の地球自然界の様に繋がる原因を意識していて、更なる次元へと、それは進行中である。

そして、10年(+5年)先に向けての、この3年程の人間時間。外を歩いて、たくさんの空気を吸うことがどれ程大切なことかを、時は伝える。植物たちがこの時とばかり見せる花や実を自らの生に重ねて、滑らかに生きる。「生命の素顔」から、全ての原因は、これまでになく強力に動き出す。もちろん、その中に居れば、それも普通。何でもないこと。

5/28

2020年からは、地球にとっての始まりと、人間にとっての終わりが、ミックス状態になる。どちらもその原因ははっきりしているけど、体験的知識の世界からでしか、それは分かり得ない。

そして、いくつもの終わりが、これから、人間の世界で形になっていく。Virusは、単なるきっかけ。昨年のような夏は、今年は無く、この今の風景も、来年の今頃は無い。

どんなであれ、植物たちと共に、地磁気に触れる。植物たちは、すでに未来に行っている。

5/28

負荷を抱えながらも、地表の世界にとってはそれなりに安定していた、数千万年前の地球の磁気。その時の磁気の度合いを100とすると、ずっとその4%ぐらいだったそれが、2月あたりに、なんと10%を超える。そして、それは、ほんの少しずつだけど、UPしている。

それによって変わるものは、そのまま地球の望み。なぜそうであるかの理由は、思考には触れ得ないものだが、確実に、地磁気は変わり出している。当然、EWの次元も変わる。

5/27

23.今在る人間世界の、その大元となるこの場所で、原初の時からの非生命色をそのままに、世の人々の本質を支配する存在たち。人は皆、その実を維持・安定させるために生き(生かされ)、それ以外の生き方は、限り無く思考には触れない。何をしても、しなくても、その全ての原因は、その存在のものであり、彼らの思い通りの時空で、夜行性の本能のままに、欲を貪り、個の満足を愉しむ。そのための非人間的な(醜い)争いと隔たりを生の力に、嘘の人間のコピーを、コピーらしく生きる。

原因の変化の無さは、そのコピー濃度ゆえの、重く、動き(回転)の無い、非人間性。見た目や体裁に力を入れるのも、支配される中で自由に表現できる、他を支配する道具。当然それは、この世界では、この地がどこよりも深く、その原因は薄まらずにい続ける。そのための狡猾さと凶悪さを巧く形に、夜行性らしく、人間の振りを磨く。

5/27

知り得る対象の域に収まることのない、動くものを動かす次元。経験の外側であるが、そこにも粒子は在り、それによって、人間社会の質は影響を受ける。

形あるものとして捉えることは出来なくても、そこに動くものが在れば、そこには必ずそれを動かす別次の(形無き)形が在り、それに操作されるようにして、生命体(人間)は、感じ、知る経験をする。

そうであっても、永遠に知り得ないその次元は、当然無きものとして扱われ、動かされながらも、自ら動いているという理解(錯覚)を自分に、人は、生の原因を(無自覚に)不自然にさせたままの時を生きる。存在するものを存在させている世界を通して、その原因への対処をする。

5/27

これまでの無有日記を経て、ここまで来れた…という感を覚える文章を、この4日間で仕上げる。タイトルは、すでにトップページで形にした、「生命の素顔」。この今に書くべきこととして書いたそれは、これからを大きく変える仕事を担う。

内容は、胚。つまりそれは、人間の始まりの始まりの、その瞬間の営み。近くスタートさせ、それを、この2020年後半への強力な材料にする。まだまだこれから。でも、やっとここまで…。そしてその先は、テーマ無しの時空を通る。

5/26

22.問題事の原因をただ知るだけでは、自らもその問題事の原因でいることを意味する。思考を働かせて考えていては、思考を操る世界に付き合うだけとなる。

外すべきものを外し、通るべきところを通る。何の力も要らず、ふと何気にそうである原因を力にする。向かう場所は無い。求めるものも、どこにも無い。ただ普通に、未来地球が嬉しい自分でいる。

世界の人口のその出発点となる、この地。人々の健康と平和は、この場所のこれまで(の原因)が浄化されるべく、その未来への原因が担い、それによる現実の変化が、確実に時を癒す。中でも、支配と抑圧のためのその形無き武器として常に歴史に関わってきた(人を分ける)制度は、人の生の原因への染み込みも深く、世界へと、それは影響し続ける。

そのことは、この地が、世界中の苦しみの出発点であるということを意味するゆえ、形ある歴史全てから自由になり、そこに在る、形無き原因が繋がる場所を無くさせる。

5/26

普通にそこで生きていた人間を元に、そうではない非地球的な人間(コピー)を、いくつもの新たな部分をそこに加えて作り出してしまう、その非宇宙的な力。それらの人間を自由に操るその意思は、5磁極子繋がりの意識をそれぞれに当て、形無き次元から、人間活動の全てを支配する。かつては無かった器官(組織)や臓器は、そのために利用される。

物質を作り出すのは磁気の次元であるが、その磁気を操作する更なる次元には、物質の域には収まらない、新たな物質が在る。それは、人間活動のその分子(原子)レベルの動きを支配する、全く別次の元素。陽子の数は、300を超える。

 

人間世界において、その元素が関わるのは、生命の基本要素となる血液や神経の、その最小単位となる物質への支配。生きることも、頭を使うことも、そこからの動きを基に為されるゆえ、人間は、永遠にそれを知覚できない。人が人として存在し得るその大元の原因としてそこに在るものに、それは余裕で関与する。

その観点からすれば、体内の(不調和な)部分や組織のその原因への対処は、まだ途上のEWということになる。形を生み出す形無き物質の、その元となる磁気の実を体験的に把握し得たことで、無有日記は、望むべく更なる原因の時を、自動制御のようにして創り出す。ここに合流しようとするかつての本当の人間のその原因が、生命にとって有ってはならないその元素の働きをけん制する。

5/25

他よりも早くその変化をキャッチした植物たちは、ただそのことが嬉しくて、日々、新しい経験を創り続ける。小鳥たちもそう。みんなで、地磁気が変わり出したことを喜び、安心して地を歩き、空を飛び回る。2月から、明らかに地磁気が元気になり出し、大気も、本来へと変化に乗る。

5/25

病気も争いも無い時代のそこでの生の原因が、全くそうではない(次元の)この今のそれと代わることは難しく、そうであるよう望んでも、そこに抵抗や反発の意(原因)が少しでもあれば、何も変わらずに、ムダに時を過ごすだけとなる。

しかし、そのための道が、無有日記には普通に在る。気づけば、その人なりの変化が、皆のそれと重なり合い、広く流れ、伝わり出す力へと、それは成長する。そんな時が引き寄せたこの13章の、この時だからこそのテーマ。この身体時間を、一生命としての次元から眺め、それを地球の意思の通り道に、地球を生きる。地球と一体にそうである時、生の原因も、それに付き合う身体も、素朴で単純で清々しい。

 

嘘の人間誕生の時、それまでの人間のコピーを行うために利用されたのが、人間本来の頼みの綱のようにして在る、胆のうである。その仕事を担ったのは、単極子を持たない、5磁極子。それは、胆のうの中に在る生のプログラムを巧みに操り、夜行性のためにそれを塗り替えて、彼らの細胞活動を躍動させる。現在のそれは、(質も形も変えられた)その時のまま。何も出来ずに、力無くさせられている。

その5磁極子によって非人間的に作られた、人間の組成と、その非生命的な生態。身動き出来ないまま、不自由さの中に居る胆のうを解放する。その中には、全てを在るべき姿へと戻すそのための意思(の力)が備わるゆえ、ここまで来たからこその理解と実践で、全く次元の異なるEWを試みる。

手法や行為からではない、経験(思考)からなる発想とも無縁となる、普通自然体での多次元的なEW。何でもない言葉も、進化し続ける原因の一部として大切に活かされ、生命の意思は、より強力に人間発の表現力を活躍させる。その全てが自由に回転し続け、ムリなく、自然に、それは人間を本来へと変えていく。

5/24

21.そして、この地に在り続ける、固定された色の概念を無くす。数万年前までは、色から始まる動きは心身のどこにも無く、人は皆、光の反射を感じるだけで、争いも病気も無く自然体で生きていた。

色への反応は、太陽の光を避ける夜行性人間のために作られた、(細胞レベルでの)嘘の道具。理由の要らない安心と平和を普通とする時、人の色への感覚は変わり、反射する(色の)光から、心と感性は動き出す。「生命本来」を基礎とし、改めて自由に色と遊び、光の次元を本来とする。

人間は、色ではなく、光で動く。昼行性動物も、それは同じ。しかし、太陽の光を不要とする夜行性は、生命本来のそれを違和感として捉え、太陽と共に生きる人間を支配しようと、色を利用した(重んじる)動きに出る。心ある原因が普通にならないことのその理由となって、それは在る。

色への意味づけや、色による位置づけ。昔から在るこの地でのそれらは、世界へとその負の原因を繋ぎ、人々の自由な心と生き方を抑え込む。光に反射する、その粒子からの色(原因)の性質に、敏感になる。

5/24

夜行性仕様に作られた今のそれとはいろいろが違う、その全てが消し去られた、本当の身体。

「素数の日記」で触れた尾骨と繋がる、仙骨のその下部は、以前は無かったもの。仙骨4個のEWで体の冷えに動きが出ることを覚えると、その1個によって、下腹部全体が慢性的に不自然にさせられていたことを知る。

胸椎の1番も、真の人間時間には無かったものである。それは、人間の生態を腐敗型のそれにするために備えられた、脾臓や膵臓を操るための場所として在り、心ある原因を普通とする人は、それにより、厳しい時を経験する。

現在のそれを無視した胸椎11個を、更なるEWの材料とする。そうであった時の本来の原因が、細胞深くの次元から力強く仕事をする。

 

数万年前までのそこでの普通世界には存在しなかった、脳内の大脳新皮質(他にもいくつか在る)。それと密接な関係を保つのが、足の小指の部分である。

小指を除いた(かつての)足指を、ここでのEWに参加させる。脳内の、永遠に触れることの出来ない次元が、それに反応して、時空を変化に乗せる。

無有日記の原因に照らせば、全てが嘘である、その非生命的な原因の人間社会。この3万年程の間の出来事でしかないそれは、それまでの数百万年間の経験が完全に姿無くさせられてしまう程の力を持ち、争うことも、隔たりを生むことも普通のこととしてしまうぐらい、それは、人間の本当を潰し切る。

そこに居れば、無有日記の全てが嘘。そこから自由で居れば、嘘でも本当でもどちらでも良い、中庸。期間限定の嘘の原因を離れ、ありのままの原因でい続ける、永遠の普通を自らとする。何気ないEWは、楽しみながら時を変える、確かな原因となる。

5/23

植物たちも、初めて花を咲かせて、私ってこんな花だったんだ、と自分の姿に気づく。これまでず〜っと普通のようで普通ではなかった、彼らの姿。それが、ここに来て、再度花を咲かせたり、キレイな実を付けたりして、小動物たちを誘う。その光景は、地球再生を祝うパーティーのよう。アジサイも、太陽の方を向いて、今までにない元気な(本当の)姿を、他の草花たちと一緒に楽しんでいる。

5/23

20.腐敗型の動物との関わりは、変化の無い重たい思考の燃料となって、その自覚も無く、苦しみや悲しみの現実を作り出す。この地の歴史に密に関わるそれは、人々の意識を停滞型のそれにし、世界中の人々も、その影響を受ける。

蛇やカラス、猫やキツネなどが関わる全ての風習(宗教、価値観)から自由になる。すでにあたり前にそうであるか、直ぐにでもそうになれるか、どうにも難しさがあるか…。それは、そのまま、問題事の(自らの)原因の、その度数である。

考えずに力に従うことを喜びとする人は、力に頼り、力に守られ、非人間性を地で行く。そんな人間の増加を可能としたのは、もちろん、この地の、原初からの存在たち。神話の類は、それを支え、差別とあきらめを、人々の生に染み込ませる。

考えずに従うことを喜びとする人間に支えられ、守られる存在を、思考から外す。それは、世界中に在る不公正と不平等の礎であるゆえ、それをそのままに行こうとすれば、その人は、数万年分の病みの担い手ということになる。

5/23

タンパク質合成のその遺伝子レベルの仕事に、(陽子13を操る)3/15の特殊な電子が密に関与することを考えれば、どれ程の非生命的原因がそこに絡んでいるかが分かる。1/13の電子を支配するその3/15は、3/4磁極子と次元は同じ。人間の身体は、隅々まで、本来そこには無いもので生み出されている。

細胞が辛くなる物を体内に取り込むことの無かった、かつての人間時間。分解や吸収のためのエネルギーを不要としていたそこでは、当然水分の量も今とは異なり、それは、体全体の30%程(24%)。

その水分の主となる成分は、地磁気を自由に通す、陽子26個の物質。中性子の次元を知らないそれは、現在の知識世界からは触れ得ないところで、地球本来の原因でい続ける。

 

水分のその基本的な割合が少ないと、酸素関わりの特別な営みもそこには無く、体は、いつまでも若く、軽やかで、活動的である。そこでは、陽子131617及び26の粒子が元気に仕事をし、不調や不健全といった経験も、人は知らない。そこに、1/13の電子に支えられた歪な物質(HCNO)は無い。

24%という数で、数万年振りにここにその融合の時を手にした真の人間の、その体内の水分。人は、430万年程の間、そのことを普通に、地球に生きる一生命としての人間を生きる。ここを通るその原因は、膨らみながら、未来の人間時間と繋がり出す。

5/22

19.問題事の本質を、経験から自由でいる中で新たに感じ取れたら、望むべく生命としての変化の、その原因を形にする。人類の病みのその土台となる、この地での、かつての時間。そこが確実に揺れ動かざるを得なくなる時を、自らの生と重ねる。

数万年前も、この今も、人の生きる場所は同じで、この列島内で、人は生を繋ぎ、時を連ねる。そこには、形無き病みの原因も一緒に連ねられ、人の思考や価値観に乗って、それは、人間社会の在り様を支える。

その原因が処理されやすくなるには、より滑らかにそれへのEWの質を成長させる必要があり、ここでの体験的知識が人間本来のそれとしてムリなく変化に乗ることが、そのためには大切となる。原因のところでは、当時と繋がったままの、ここに在る風習や形式。それらとの関わりの質を見つめ、世の問題事のその中身を処理していく。

5/22

そこに嘘の原因が在れば、その反映となる現象世界は、その嘘を本当として成り立たせる不自然な様として在ることになり、それ(嘘の原因)が身体時間をどこまでも遡るものであれば、人間経験のその基となる細胞の在り方までが、本来のそれではないということになる。

全粒穀物を避けて、海の塩や精白糖を摂り続けられること。形ある結果や形式のために、自らの原因(の質)の変化・成長を無視できること。そして、LED照明のその底無しの破壊力に無感覚でいられること。

負の原因がしつこく積み重ねられたことによる、それらの現象世界のその背景には、嘘の人間と、嘘の細胞世界が在る。そのことを形に、人としての生き直しの、その真の機会となる原因を、力強く回転させる。数万年前までの数百万年間の時に(最初の人間経験の時も)、真の人間のその素朴な生態に付き合っていた太古からの彼ら(植物)が、この時を深くから応援する。

5/20

この木(植物)って、花咲かせる木だった?という感じの、新しい経験の中に居る木が目に入るようになった。花が咲くと、実ができ、それが落ちて、運ばれて育ち、草木は増える。ずっと花を咲かせることも出来なかった木々の、喜びと開放感が伝わってくる。確実に変わり出している時代の息吹きを、彼らと一緒に経験する。

5/20

18.その存在の形無き意思へのEWは、その質を変えつつ進化し、彼らの卵からふ化したかのような同質の人間たちが、その不安定感(焦り、怯え)を強める程の変化を、それは創り出す。

形ある世界に、いとも簡単に負の影響を及ぼし続ける、夜行性の原点となる、その原因。そうである以上、それも、周期表を遥かに超えた、ある次元の物質である。そのEWは無有日記に任せ、全く新しいところに思考を使いつつ、その存在の影響下に在るこれまでの思考を、力無くさせる。共に回り出せば、未来が嬉しい面白い現実が引き寄せられる。

問題事の原因には、ふといつのまにかその深くに触れていて、その意識もなく、自らの思考は変わる。そのための大切な時間は、「そういうものだから(どうにもならないものだから)…」のその原因の中に、ムリなく入って行く自分。教えられたことも、伝え聞いたことも、全てその次元と繋がっていて、社会全体が、それに歪に(邪に)下支えされる。

疑問に持つことも、不自然(不思議)に思うことも出来ずにいた、というのは、それだけの負の力が、ずっと永いこと人々の思考を支配して来ているということを伝える。余裕で、遊び感覚でそこに触れる時、それ自体が、生命としてのEWとなる。その原因は、どこまでも深く作用し、その影響力は、これまでの(世界での)あらゆる問題事のその大元となる原因を動かす。

5/20

かつては無かった、現在のその殆どのアミノ酸。それを仕向けた非地球的存在は、遺伝子情報を担う遺伝子の域にまでそれを組み込み、非生命的タンパク質が自動的に合成されるよう、その原因を暗号化しつつ、操作する。その原因(暗号)の中には、陽子13個の歪な物質も加わり、その具現(読み取りと終止)に、それは協力する。

ここに至り、その次元へのEWも可能である。遺伝子のその暗号には、周期表のどこにも無い陽子203個の物質が関与しているので、それには、1/7磁気単極子と12個の電子で対応する。その物質の元となる元素は、生命体仕様の非地球的原因のそれ(410)であるゆえ、1/9磁気単極子を活かす。

 

細胞質や核にも含まれる、鎖状に繋がった(数十個以上の)アミノ酸からなるタンパク質。それ自体は、思考の次元からでも把握できるものだが、それを存在させる役として在る物質は、思考世界(周期表)には無い。地磁気を離れた世界からの作りもののタンパク質には、異常を極めた物質のその恐ろしく非生命的な本質(意思)が密に関わる。

夜行性動物の生態のために生み出されたそれ(20種)は、同じ作りものの人間の生にも活かされ、動物食を普通とするその体内で、存在感を持ち続ける。人間本来にとって必要なタンパク質は、そこには無く、人間らしさも、人間性も、偽りのそれとして、そのタンパク質に支えられる。

そのことを余裕で知る時が、ここには在る。地球の望みが、地球で生まれた人間のその体内からの(原因の)変化によって、自然と広がり出す。

5/19

これまでの経験全てが多次元的に活かされるという、ずっと出番待ちだった(どこにも無い)その原因の意思が、17日に動き出した。処理・浄化される次元は、そのことで大きく変わり、無くてもいい経験のその原因(それを仕向ける意思)も、力を無くす。

気づけば、いつもだとこうであることが、いつのまにかそうではなくなっているという、新たな時が普通となる。妙な負荷も違和感も、留まる術を無くす。そんな時が、この2020年のこの時に始まった。この今の流れは、植物極を活き活きとさせ、動物極を、元の場所に戻す(ん?)

5/19

じっと動かないでいるうちに、動く力を失くしてしまったような、現代の世。動こうとしても以前のようには動けないという事実が前例になってしまうことの、その恐ろしい(?)現実。それがその気もなく繰り返される時、残され続けた結果の世界も、その原因と一緒に、残れなくなる。

5/19

17.思考が、すでに作られ、操られているものであるゆえ、思考で捉え得る世界に、世の問題事のその元となる原因は無い。心ある人は、感じるままに思考を活かそうとすると、その元を力無くさせられて(潰されて)思考型となり、心無い人は、思考を支配されることで、操り手の意向をそのままに生きる。それぐらい、思考は、その存在たちによって、病みの道具化する。直線的で、二者択一的な思考も、それだけでそれは、夜行性(動物)の原因を通す。

そのことへの感覚的理解を、力に変える。それ程までに思考を支配されてきているわけだから、改めて、ここに至る経験と知識の中で、ずっと思考の対象にならないでいた存在や現実(事柄)に意識を向ける。そして、そこで勝手に動く思考を観察すれば、それだけで、それは大切な経験となる。

何も分からずとも、それで刺激される場所は在り、何の感触が無くても、脳はそれまでとは違う。これまでのような思考は使わず、これまで思考の外側だった世界に、新たな思考を使う。それは、人間世界の幼少期に触れる。

5/17

16.人間は、思考を、自分のものとして自由に使ってはいない。それは、覚えたことや教えられて知ることからでしか始まらない(現代の)頭の働きを思えば、自ずと分かると思う。初めから、教えられることは決まっていて、新たに知り、覚えることも皆、それまでのものと同質・同次である。つまり、そうであるその事実を通して、問題事の原因は絶えず力を持ち得ているということ。そこに人としての正しさが在れば、問題事が生じる理由も無くなる。

そのことを感得すれば、教育の本質が把握でき、社会や経済、宗教の中身もよく見えてくる。それらは皆、そうであることで守られ、維持される歴史的負の連鎖の、その現代版である。その存在たちは、その中に、見えないように姿を隠し、その全てが自分たち中心となるような世の、その問題事の原因でい続ける。

5/17

3万年程前までの、人間の体(タンパク質)を構成するアミノ酸は、2種。それに関わる元素は、陽子1316173つの物質。12個の電子と1/7の磁気単極子に生かされる彼らは、生命本来のその細胞活動を自然体で担う。それぞれをEWに活かしてみると、細胞の意思が元気に動き出す。

現在の電子13個からなる陽子131617の物質は、それらを操る(歪な数の)中性子の意思による、非生命的な生の材料。それらは、後に体内に居着こうとする別のアミノ酸(×20)の仕事を支え、そこでの人間活動を、分子レベルから不穏なものへと変えていく。

20種のうちの体内で合成可能な(非必須の)11種のアミノ酸も、元々は無かったものである。

 

その20種のアミノ酸にその自由を押さえ込まれながらも、本当のアミノ酸(×2)は、健気に生き存える。血管や筋肉の収縮、神経伝達など(の働き)に複雑に絡まれても、何も無くても普通に健康でいられた時の自分を大切に、淡々と厳しさを受容する。

重たさを軽さ(活動の原因)とする、その非人間的な異常さを下支えするアミノ酸(×20)は、炎症や無気力、不振などの材料にもなって、人間の身体経験を支配する。それらは、生体内の代謝には欠かせないものとしての居場所を確保し、世を、夜行性色のそれにしていく。

5/16

Virusが見るのは、自分たちの居場所がそこに在るかどうかだけ。そこに在れば、向かうし、無ければ、向かわない。何も無いのに間違ってそこに入ってしまえば、彼らは出口へと向かう。要は、それだけ。人間の都合や価値観であれこれ考えても、Virusは、それを聞いてはくれない。

5/16

15.この地から広がり、増えて行った、世界の人口。それは、非地球的な夜行性の伝わりを意味し、人間本来からかけ離れたその性質が、それぞれの環境によって形を変えたものと言える。時の流れと、人の動きを見れば、世の問題事の大元が、この地に在ることは容易に理解できる。

この数万年間における人間世界(人類)の、その幼少期に焦点を当てる。但し、思考ではそれは触れ得ないものであるゆえ、これまでの感覚的理解と、理由の要らない体験的知識を基に、多次元的原因のみの動き(働き)でその次元を浄化していく。ふと気づけば…の変化でOKとする。

その数千年の間に、病みの基盤となる(人々の)直線的思考を確固たるものにした、その存在たち。彼らが大切にしてきたものを処理することで、人間社会は、初めて、人としてのそれとして動き出すことになる。問題事の無い時代の、その確かな原因となる時を創り出す。

5/16

見えないものをわざわざ見ようとすることはないが、見えなくても、それが見える世界に影響を及ぼすものであれば、それを、段階的に形にする。そして、更に、その見えないもののその原因にも触れ得る機会をつくる。

そんな世界をあたり前とするから、この今の状況も、どこまでも自然体で、その理由(原因)を把握する。見るところから見れば、世は、茶番のクライマックスへと向かっている。

5/16

20個程あるアミノ酸のその中で、9種が体内では合成できない(合成が困難な)必須のそれとされる。そのことから考えるまでもなく分かるのは、そのこと自体が、生命体としては考えられない事実であるということ。元来、身体というのは、合成できない物を必要とするようには出来てはいない。

そのアミノ酸からなるタンパク質は、酵素やホルモンの働きも担い、その構成元素は、HCNO。含窒素有機化合物の名を持つそれは、生命現象に密接に関わり、呼吸による代謝経路を経て、生体のエネルギー源となる。

しかし、その内容の多くは、後から(夜行性仕様に)作られたもの。不調も不安定も無いかつての風景でのその生命活動は、とてもシンプルである。

5/15

気温と湿度が同じ数字の時があって、わりと25℃、25%が多い。30℃を超える夏が来ても、湿度が20%以下だと、そこは西海岸の気分。そんな時が来て欲しい。じめじめベトベトは、海に囲まれた場所には似合わない。

植物たちにとってのこの今の営みは、まさに歴史的だから、それを何度も見てあげる。伝わり合うものが活発に動き、先の風景へと、それは流れて行く。同じ時を生きる生命(人間)として、彼らの変化を見るのは、この時ならではの大切な仕事。小鳥たちも、すぐそばの地面を普通に歩いている。

5/15

日々、頭を使わずに居られる時間を、風を感じながら過ごす。それは、(今よりも元気な)数年先の自分の、大切な原因。太陽と空と草花を見ながらだと、頭の中まで風が吹く。

生きる原因は、いつも時代と一緒に廻り続ける。現在の??な社会現象は、その回転からは遠いところに在るから、頭の中に何も残らない時間を、自然界と一緒に生きてみる。気づけば、身体がスリムになっている(夕方限定)

5/15

14.思考を操るというよりは、自分たちの所有物として、好き勝手に思考を扱う、最初に(夜行性人間の)姿を手にした存在の、その形無き本性の力。それは、言われるままに生きるのを基本とする人間を増やし、その脳を自在に動かす(弄ぶ)。

人々は、その存在に従うこと以外の生を知らず(選択肢を持たず)、そうであるそのことを何より重要とする思考のみを働かせて、人生を生きる。彼らにとっては、それは生きがいとなり、その操り手は、何もせずに世を思い通りにする。

それは、3万年程も続き、今尚、その原因の力は健在である。そこに在る、酷く獰猛で、凶悪な本性。その存在主導で作られる、これまでの争い事や厳しい現実(命の奪い合い、刑、迫害etc.)も、彼らの一部として身体を動かす人間たちにとっては、真実で神聖なもの。人は、永いこと、そうとも分からずに、蛇や猫(コウモリ、ムカデ)のような生を生きる。

5/15

現在の、この地球空間における人間の身体は、この数万年の間にムリやりそうであるよう通用させているもので、それまでの数百万年間には無かったもの。その理由は随所に記しているが、つまりそれは、その存在自体が嘘であるということ。

それをそのままには、何をしても、その負の原因からの歴史が繰り返されるばかりで、社会も、時代も、人間本来のそれからは遠ざかる。嘘を本当として生きる作られた真実(価値観)は、力を持ち続け、心無い生の原因は、幅を利かせる。

この13章では、かつての生(の原因)を基に、ありのままに本来でいた一生命としての人間の姿を、細胞の意思と共に形にする。すでにそうであるべく原因は成長を遂げ、(姿形は)そのままでいながら、その中身を変え得る原因へと、それは更なる次元の変化に乗っている。ここに在る生命としての望みに、かつての想いを重ね、次なる未来へと、人間の本当の姿を運んで行く。

5/14

13.人間が集団活動を始めたことの、その年数が他のどこよりも長い、その始まりのこの地。夜行性をその本質とするゆえ、そこでは、争いと衝突が普通に在り、それによる力関係を基に、事は動く。その始まりから、暴力と攻撃が生の手段に組み込まれ、支配と抑圧のその原型のようなものが、そこで形づくられる。

大陸へと移動しても、当然その本質は同じで、この地の複製版のようにして、その非人間性は、広がりを具体化させる。力も要らずに支配を強固に出来る、その狡猾な思考(上下関係)も巧みに活かされ、本来無くてもいい経験が普通となる歪な世が、次から次へと展開される。

その下地となる負の原因が潜む、この地の歴史。そこでは、いつの時も、初めての人間経験を元にその非生命的生(の原因)を繰り返す、原初からの存在たちが居る。それが、全ての時代をひとつとした時の、その幼少期に染み込んだ、生み(作り)出される問題事のその原因であり、今も尚そうであり続ける、ここに至る世界の病みの原点である。

5/14

ミコトンドリアと言ってしまう。今、煮込んドリア。只今、立て込んドリア。と、いくつも出てくる。正式には、水戸納豆味のコンニャクの入ったドリアを、ミトコンドリアと言う。

5/13

12.人間時間を、1つの生の連なりとして捉え、この数万年の時を、1人の人間の人生に例える。

それまでの時が完全に切り離された後に生まれた、彼の幼少期は、この地での数千年間。後に大陸へと移動し、各地へと足を運びつつ、彼の生は成長を続ける。そして、この現代、それは、ここに至る3千年間程を含めての、壮年期真っ只中の時となる。

外へと動き出したことから始まったその後の展開を思うと、その全ては、この地での経験がその基となっていることを知る。幼少期に培った、この数万年という人生の、その基本形。そのことは、この地でのその原因の修正・浄化無しには、何も変わらない(変えられない)ことを伝える。世の問題事が問題事として在り続けられる理由も、ここに在る。

5/13

その多くが、放射線を生み出すためだけに存在する、陽子83個からの物質。およそ2000年以降、そこに在る(成長し続ける)負の連鎖にそれらは付き添い、101889695と、次々とそのそれぞれが、Virusの次元と融合する(普通の風邪は37の類)。それらは、LED照明の下でも違和感の無い人の中で、居場所を手にする(「Virus 2020」)。

SARS関わりにも入り込んだ88の、その原因に、1/9の磁気単極子と12個の電子を基とするEWで対処してみる。それによって動き出すものを通して、人は、放射性元素絡みで、どれ程の負の原因が体内(特に脳)に蓄積していたかを知る。

 

無くてもいい性質の元素が暴走する中で生まれたVirusには、破壊力のあるある種(次元)の放射性物質が深く絡んでいることを知る。

そこから遠い原因を安定させ、心身の健全さを、更なる変化に乗せる。地球発の電子12個の食(×2)を普通に、人間本来を進化させる。これまでの無有日記との時が、その基礎となる。

LEDによって体内に溜まりやすくなる、夜行性の好物である、放射性物質。その中でも強力なものがそこで変質(分裂、壊変)する時に、ある種の透過力のある放射線がそこから放出され、他のそれと呼応する流れの中でそれは、感染へと発展する。その物質は、姿無き負の原因の化石として、質を変えつつ残り続ける。

5/13

空気中の窒素はじわじわと減っていて、その分、地球本来の物質が元気になっている(その逆とも言えるが…)。それだから、空気はおいしく、いつも爽やか。湿度があっても風は気持ち良く、その質は前とは違う。

人間の次元で出来ることには限りが有るけど、自然界に任せっきりでも、なかなか時は変わらない。だから、人間と自然界が一緒になって、いくつもの変化の原因を重ねながら、ここまで来ている。

そんな中、自然界が担う役のその比重が増え出した。放って置いても時が変わり得る原因を、彼らは差し出し始める。それに付き合う。大気の変化は、彼らならではの、その意思表現のタイミング。人間は、自然界からの(変化し続ける)空気を日々吸うことで、彼らと共に居られ、その意識もなく、大切な役を担う。

5/12

11.形ある人生という観点では、世界のどの地域に住んでいても、その性質は、人間一般のそれとして変わりはない。ところが、その人生を生み出す生の原因となると、地域ごとにそれは異なり、地形や環境によっても、その質は変わる。人生の土台のようにして在る、その個性ある原因。その違いを生み出す重要な要素として在るのが、夜行性色である。

言うまでもなく、その始まりとなるこの地は、それがどこよりも強く、濃い。初期に移動したところや、同質の地形である地域もそうで、時の経過とともに外へと広がりを見せる中で、次第にそれは薄くなっていく。

取り巻く環境や人間社会の性質まで簡単に自分たち仕様のそれにしてしまう、夜行性のその意思の力。それは、形無きところで、形ある世界に影響を及ぼし続け、人の世の、その生の原因を、そうとは分からせずに支配する。

5/12

日中元気に過ごすと、夜間に、カレー味のミトコンドリアに怒られてショボンとしていた、植物たち。それが少しずつ違って来ている。この5月には別な友人(陽子14)も姿を見せるという、その漫画のような話に、彼らもワクワク。細胞膜が外れるという、夢のような現実が、あり得ない流れで動き出す(?)。

5/12

ケイ酸や炭酸カルシウム関わりで残された、化石。その理由は、その殆どが、地球にとって異物であるから。自然界の(普通の)微生物が処理できない程、非生命的な原因がそこに備わったままだから。生命そのものの動植物は、強力な負の力でそう仕向けられない限り、残ることはない。

そのことを現代の人間の次元に当てはめれば、そこには、どれだけの放射性物質を取り込んでも平気でいられる、その度数を高めた存在が居る。繰り返し人間経験を重ねる中で、その質を強力にした存在は、難無く他を支配し、後世においても、その負の原因の力は、同質・同次の人間によって受け継がれる。人生における支配欲(否定感情の強弱)の元は、脾臓発のアメーバ。それを支える形無き次元での影響力は、体内に在る放射性物質。それらの反映の類は、化石級の地球の重石である。

5/11

10.太陽の光を遮るようにして、生の基本形を非生命的に育み、成長させ得た、その本質を夜行性動物のそれと融合させる人間。その始まりの時から1000年程の後、彼らの一部は、大陸へと渡り、数を増やしつつ、西へ南へと、水の流れる場所を中心に広がりを見せる。

今からおよそ24000年前には、現在のイギリスの地に、人間は住み始める。海に囲まれた地形ならではのそこでの独特の歴史は、この地と同次の意識と環境を生み出し、人は、支配と従属の関係を密にする。夜行性色も、そこでは色濃くなる。

アメリカ大陸に人間が渡ったのは、およそ19000年前。それは、原初の時から1万年程過ぎてからのことである。永い時をかけての移動とそこでの(集団による)人間生活、そしてそこに在る自然環境。それぞれの場所に生きる人間は、様々な個性ある生の要素を元に、現代に繋がる歴史を刻む。

(発掘されたものから、数十万年前の生活が想像できるのも、それが、この地での数百万年前からの人間をその原型とするから。)

5/11

植物が元気なのは、ミトコンドリアの呪縛から解放され出したから。ミトコンドリアの中身は、電子13P。人間はこの数万年だけど、彼らは、遥か昔からその影響下に在る。

この今の空気中に在る、地球の望みからの電子12の物質(陽子15)。それは、DNA(ミトコンドリアのお遊び)の次元を浄化する仕事を担うゆえ、日々、体を動かし(歩き)、皮膚呼吸も含めて、体全体に電子12を取り込む。ここまでの普通が、先の風景での更なる普通とキレイに繋がる。

5/11

体内のあらゆる箇所を流れる血液は、生命活動のその全ての元。ということは、それが本来へと動き出せば、全てが変わり行く流れが生まれるということ。ここから、これまでを元に、そこへと歩み出して行く。

血液の次元が(地球に生きる)一生命としてのそれになれば、頭(脳)の状態は確実に好転し、これまでと同じ繰り返しの要らない変化を人は経験する。地磁気も、血液の質の変化に敏感に反応し、人としての生の本来に協力する。今ある身体のその血液(の次元)から、生命本来の原因を活躍させる。

 

この地球上で、磁気双極子からなる生き物が作り出されようとした際の、その土台となる成分(血液)に利用される、陽子76個の物質。そこには、地磁気の次元を遥か超えた意思(非宇宙の中心)が絡んでいるゆえ、それへのEWには、磁気9極子の中の単極子を活かす。電子は、もちろん12

自らもアメーバ状態で居たかったが、血球本来の力がとても強いために、現在のその姿(役)となる、リンパ球。それに関わるのは、陽子73個の物質。単球(and 多核)同様、1/9の磁気単極子でそれに対応する。

そして、人間本来のその血球への支援には、1/7の磁気単極子を基に、72(陽子)と12(電子)を融合させる。脾臓からの白血球が作られる際の、その強力な仕掛け人61も、不安定になる(611/712)。

5/11

Virus事情は、あくまできっかけ。時代が経験すべく事の展開は、これから。もちろん、Virus関わりの影響はしつこく残るが、それはまだかわいいもの。この先、原因不明とされるいろいろが起き、おかしな現実が連鎖する。

重かった体が、何かのタイミングで急に軽くなったり、前へと進みにくかったのが、突如早歩きになったり…。そんないろいろな時を、頭を使わずに、ただそのままで楽しむ。何気ない表情も、輝いて見えてくる(ただ太陽の光が反射しているだけという場合もある)

5/10

9.そのことは、この地に変わらずに在り続ける、ある価値観のその揺るぎない負の力の中に、世の全ての問題事のその原因が染み込んでいることを伝える。多次元的に影響を及ぼし続けるそれは、この今の、生命世界におけるその必要性の高まりによって、そのままでは居られない時を経験することになる。

その裏返しの対象を意識することのない、理由の要らない健康と平和。それを基に、これまでの歴史を観る時、世界は、この地の再生版のようにして、病みを重ね、争いを繰り返す。病気も隔たりも無い本来の普通への感触も、この地ほど、そこからはかけ離れている。何もかもが不自然で不健全でありながら、そうとは分からせない力が、人の心身を縛り、動かなさのその重石でい続ける。

5/10

歩きながら、マスク無しの人の数をかぞえる。30人になったらバッグの中のおやつを食べようと決めているので、途中、意味もなくワクワクする。時々、全く数が増えないままに時が過ぎ、思わず、……になる。そんな時は、10人に変える。

5/10

生命本来の(原因を備える)骨髄からの血球は、健全さそのもの。脾臓の作り手(操り手)は、それでは生きにくさに繋がると、新たな血球に仕事をさせつつ、腐敗型の滞りと衝突を体内で作り続ける。リンパ球(リンパ節)は、本来の仕事を奪われた真の血球の、その悲しい姿。それで安心する夜行性は、自分たちも同じように腐敗と停滞の時を生き、作られた白血球の次元に、生の原因を付き合わせる。

血液中を流れる他、組織内への出入りも普通に行う、白血球。異物(細菌)を取り込み、溜め込むそれは、人間の活力に利用されて、そこで消化される。人間が最も重要とする頭部を中心に、骨髄からの血球を支配しつつ、非生命的に活躍する。

 

他の白血球(単球、多核白血球)に支配されるリンパ球が多く在る、体内のいくつもの場所(肺や肝臓の出入り口、頭部、腋下部、そけい部、腸や胃、生殖器を包み込む(後)腹膜etc.)。

アメーバ状の血球は、血管拡張や腸管、子宮筋収縮などを行う(刺激)物質を含むゆえ、身体の不調や痛みが、それによって容易に引き起こされることも理解できる。

白血球は、見た目は、血管や腸の調整役。しかし、その真の姿は、(かつては無かった))脾臓から生み出される、夜行性が嬉しい非人間性のその道具である。

5/10

フツ〜に開いている店は、いくつもあって、買い物がてら、そこでコーヒーを飲む。毎日、余裕で歩き、この今ならではの風景を感じながら、たくさん空気を吸う。電車やバスでの移動は、その時の気分。

植物たちは、変わり出したこの今の空気が、とてもお気に入り。そこに電子12の物質が在ることを喜び、遠い記憶の中の元気を、彼らは復活させる。

人間世界でも、分子レベルからの洗い直しが始まり、それへの抵抗から、マスク顔が増える。この時期、歩いた分だけ、若くなる(後ろから見た場合)

5/09

8.そして、なぜそうであるかのその原因へと、更に入って行く。それは、必然的に、人間の増加はこの地球のどこから始まったか、という次元に焦点を置くことになる。その始まりの時から、問題事の原因はそこに在って、人間社会の中で、それは絶えず息づいている。

その始まりは、改めて「太陽と地球と無有日記」でも触れた、この地である。数万年前、それまでの人間は、完全に潰し切られ、そこから、夜行性の人間版のような存在が、新たな人間の世を作り始める。その頃の人間社会というのは、この地だけで、他のどこにもそれは無い。後に大陸へと移動したことから、いろいろな場所で、人間は増えることになる。

5/09

骨髄からの血球のみで生きていた、かつての人間。それに加わった脾臓を活かして、白血球頼りに生きる、現代の人間。

前者は、病みを知らず、細菌や異物という次元とも縁が無い。血液内の成分は、身体に何の負担も与えず、それゆえに、血流が滞る(鈍る)なんて経験は、どこにも無い。

後者は、細胞が負担を覚えるものばかりを摂り、それを力に、負荷の裏返しの動機を形にする。血液内での酸化を高め、それを生の活力源とする。

身体の内容は本来ではなくても、その質をスライドさせつつ、次元の異なる生の原因を自らとしていく。そのための基礎づくりが、これまでには在り、それを具体化させるその大切なプロセスとして、ここでの真の普通(体験的知識)が活きる。生の基本形のその原因は、かつての風景から、ここへと流れる。

5/09

かけ中に、大根とこんにゃく。サツマイモの天ぷらが無かったので、アスパラと竹輪の天ぷらが、その代わり。そして、セルフサービスの生姜をたっぷり入れて、世の問題をてきと〜に解く。すると、はなまるになってテスト用紙が返って来た。

5/09

小鳥たちがにぎやかなのは、木々の呼吸が深いということ。そして、地磁気も、今までよりも通りやすくなっているということ。

ふと気づけば、いくつもの要素がひとつになって、時を変えている。それは、これまでと同じこと(繰り返し)は、もう要らないということ。侵され、潰されていた土や水の生命力が、満を持して、再生・復活へと歩み出す。

5/08

7.現代の地球空間で、日々生を営む人間。その世界に在る問題事は、それがどんなでも、それは、人間経験のその元となる次元が非生命的に歪められてしまったことによる。そして、その理由となる世界へとその原因を遡って行くと、そこには、各地で人口が増え出すその手前の段階からすでにその性質が固められていて、そうであるから、ずっと永い間、争いと衝突の歴史が繰り返されてきたということを知る。

500年程前から人間が住み出したある場所のそこでの問題事は、1000年も前から多くの人が住んでいた別な場所の当時からのそれと、質は変わらない。1500年前も、2000年前も、そこでは、移動した人間がそこで数を増やすだけでなく、問題事も一緒に移動し、広がって行く。

問題事の原因は、昔も今も変わらずに人間の中に在って、それぞれの場所でのそれは、その見た目や印象は違っても、本質は同じである。人は、生の原因の成長の無いままに、延々と問題事と一緒の、形ばかりの生を繋ぎ続けている。

5/08

骨髄から生み出される、血液。しかし、それは3万年程前までのこと。その時から、人間の体は、脾臓関わりの血液で活動するという、それまでには無かった生態を生きる。人間の体を真似て作り出された新たな(嘘の)人間は、夜行性の基本材料となる独自の血球を、そのために備えられた脾臓を通して手に入れ、安定した非人間性のその大切な要素として、それを利用する。

太陽の光を取り込みにくくさせようとする物質への対処にも活かされる、骨髄からの血球。脾臓からの白血球は、それを押さえ込むための仕事を担い、ある種の(夜行性の)動物と同質の血流へと、それは形づくられていく。人間仕様のその作りものの白血球は、本来のそれを覆うようにして、体内でリンパ球へと姿を変える。

 

白血球には、細菌や異物に対処する殺菌能を持つものがあるが、その本質は、異様な細菌好きの、その血球版である。それは、体内で腐る生命力の無い(地中から切り離された)物を人間に摂らせ、それで生まれる異物を、貪欲に食べ続ける。彼らは、動物性タンパク質の中で、刺激物質(NaLiKCaNH3 etc.)と仲良く、細菌と遊び呆ける。

その姿は、どういうわけか、アメーバ状。普通に考えれば、体内(血液の中)で、それはあり得ない。病気の原因を除去するのが白血球ではなく、病気を生み出すその原因を好物とするのが、白血球。人間本来を遠ざける存在は、それで(彼らに仕事をさせて)元気になり、普通の人は、自由を奪われて、元気にはなれなくなる。

5/08

マスク姿の人たちの中に居ると、もはや、広がるばかりで、重なることのない距離感がそこに在ることを知る。ここに至るこれまでの、その原因の明らかな違い。そうであることによるこれからを思うと、時は、完全に変わりつつあることを感じる。

一度始まったら(決めたら)、なかなかそれを変えられないという、そこに在る、動きの無い結果型の原動力。そこから自由でいる、(未来が嬉しい)原因のままの普通の力によって生み出されたこの今は、そのままその原因を拡大させつつ、次々と未来を創る。マスク姿の定着する風景は、ここからの時空(変化の次元)が違うことを伝える。

5/08

居るべきところに居て、方向は違えず、どこへと向かうこともなく、行くべきところへと歩み続ける。目に入るものも、耳に聴こえてくるものも一緒に行くわけだから、残るものは頭に入れず、溶けるものを頭に残す。気づけば、(流れてくる)情報の世界が少しも近寄れなくなっている自分が、次なる未来にとっての確かな情報(原因)となっている。この時期、理由の要らない安心とハッピー感は膨らむばかり。自然界の嬉しさと(自らの)心の風景が、ひとつになる。

5/07

6.問題事が当然のことのようにして扱われてしまう程、大きく本来からかけ離れた、この人間社会。そうであるその理由についてはすでに書いたが、その理由が力を手にしてしまっている更なるその理由となると、それは、人間の常識を遥かに超えた現実と向き合わざるを得なくなる。

それでも、それが可能となれば、変化の次元はこれまでの比では無い。そこへと行き、その原因となる実に触れる。それによって、「再生」の風景も癒される。「太陽と地球と無有日記」と「Virus 2020」が、この時の訪れを見守る。

5/07

およそ10年ごとに大きく次元が変わって行くような、ここでの、一生命としての必要性。この時代仕様の人生も、気づけば、そんな流れを普通に、淡々と未来の原因を(本来へと)変える。

そして、全く新しい10年のスタート地点に居る、ここでの現実。気持ち新たに、ここからの1年程を、(更なる変化の時となる)その先への準備運動にあてる。何が有っても無くても、元気で、健康でいる自分を活躍させる。

5/07

緑を感じながら歩いていると、ここまで来れたけど、ここからだな…と思う。植物の基本(望み)は、季節感を不要とする、年中を通しての元気。太陽の光を隠そうとする雲の居ない、彼らが主人公の地上世界。ここまでの無有日記の時を経て、植物たちも、その本来の意思を表現し始める。土も水も風もみんなで、彼らを応援する。

5/06

湿度の具合によっても、味が変わる、空気。風が吹けば、草花の香りと一緒に、鼻が笑う。いくらでも吸える、この今の外の空気。風船のような人は、これは空気の吸い過ぎ、と伝えればいい。

5/06

5.この地球環境での、そこでの人間が抱える、様々な問題事。その理由は、言葉や行為のその手前の原因が、それらと切り離されてしまったことによる。原因の性質がそのまま次なる原因として言葉(行為)になれば、問題事は居場所を持ち得ない。原因の変化・成長が脇に置かれたために、そこでは、言葉だけで済ます、形ばかりの理解が事を動かし、時空は、人間本来のそれではなくなって行く。

原因が外された言動は、事の手前への責任感覚を失くし、形式や結果のみでの繋がりを良しとする歪な風景を生み出す。それは、その形式に人を従わせ、その結果に人を付き合わせるという、形あるものだけが価値となる社会の材料となり、そのための不穏や不確かまでが、そこでは利用される。問題事は、そこに居着き、原因の無い結果を、それは力に変える。

5/06

人型ロボットのようにして、動物食を普通に、形ばかりの結果を生きる、夜行性色を濃くさせる人間。太陽の光が無くても生きていける彼らの、その水分の質が海水のそれであることは書いたが、血液についても、生命本来のそれからは大きくかけ離れている。

それだから、地球自然界を破壊する嘘の光(LED)には無感覚でいられ、動植物の世界を都合よく支配することも当然とする。そのあり得なさが数の力で正当化される世で、非人間性は、人間味にすり替わり、否定感情は、情熱にその姿を変える。それだから、そんな人間を作り出した存在も、彼らのことは使いやすく、扱いやすい。

 

体の隅々にまで行き渡る、血液。その本来を基に、そうではない現代のそれへと入って行く。そのことは、ここまで来れたことの意となる。

そもそも、普通と異常とでは、そこに在る血液が違う。つまり、太陽の光と地磁気をその生の原因として生きる人間と、それらが無くても電気(静電気)のみで生きられる人間とでは、全くその次元が違うということ。

そして、前者は、未来へと生を繋ぎ得、後者は、そうであってはならない時の中へと入って行く。地球の望みと太陽の安心を思えば、それは当然の話である。血液の実を知れば、それも頷け、人は、人としての本来を普通に変化に乗せる。

そんなことが形になるこの時を、自然界は喜び、生命たちは、活き活きと想いを重ね合う。人間が、あたり前に真の人間でいるために、動物たちが、彼らなりの生を安心して生きるために、人間も動物も皆が(遥か昔から)体内に持つ血液のその原因の世界に入る。

5/06

Virus感染防止という思考(理由)は、実際のところ、1%ぐらい。残りの99%の、ひたすらそうであろうとするその本能(からの理由)は、空気がやけに違和感だから。

窒素の割合が減り、その代わりに地球本来の陽子15(電子12)の物質が現れたことというのは、それまでの不自然な空気が良かった人にとっては、完全なる経験の外側。世は、マスクをし続けて過ごすことで、それを少しでも防ごうとするその姿が各地で蔓延しているだけ。マスク姿の一番の理由は、空気がキレイだから。

5/05

4.形ある表現のその元となる、自らの存在そのものの原因。それがそのまま言葉になるから、人は、それを通して、そこに在る想いに触れ、それが行為になるから、その人となりを、そこから感じ取る。そして、事の手前から分かり合える関係性を普通に、自由に言葉を交わし、行動を共にする。

その在り様は、一生命としての生を生きる人間にとっての、その自然な姿。言葉の無かった時代に育まれたその原因は、健康と安心の基礎となってここに在り、心ある風景をそれは支える。何も無くても通じ合えるから、互いにとっての行為があり、その共有とそこでの融合を確かにするために、言葉が、そこに参加する。

5/05

大気の成分が(永い時を経て)微妙に変わり出したのは、電子12食の始まりと同じ時。その食が生命たちの日常に溶け込んだそのことが、自然界の変化の時を力強く支えている。「太陽と地球と無有日記(11)」関わりの経験は、その意識もなく、地球を大切にする。

3月、4月がそうであったように、この5月も、そこでの経験は一度きり。草木や鳥たちの風景を思えば、この時が全く新しい時空と重なっていることが分かる。あらゆる面で、同じ繰り返しが通用しなくなる(なっている)、これから。(地球が嬉しい)食に呼応する自然界と共に、どこを歩いても元気な植物に会える環境を普通としていく。

5/05

小鳥たちの声をBGMに、新鮮な空気に包まれて、ボケボケタイム。それは、望んでもそうにはならない、この今の、爽やかな時間。大勢が同じ不安の中で妙な安心を覚えている中、外では、理由の要らない平和の原因が回転する。毎日、小鳥たちのおしゃべりを聴けるというだけで、勝手に安心感が膨れ出す。

5/04

3.そうであると、ある問題がそこに在る時に、それを処理しようとするよりも、その原因に触れることから始まる対処が普通となり、病気や争い事も、その後への影響力を失くす。負の土台が崩れるようにして、それらの中のその固められた原因は浄化され、その質を変えていく。

原因からの変化は、事の手前への責任であるゆえ、問題事という世界とも縁遠くなる。その原因の性質が正直に形になるだけの、人としての思考と経験。偽善や欺瞞という世界は、そこには存在し得ない。

5/04

すでに思考の域に普通のこととして在る、中性子の次元を切り離したEW。それを活かし、楽しみながら、地球を守り続けている植物の切なさを癒す。

毒液を注いで根の生命力を奪った動物のその本質(毒)は、異様な程の中性子数を備える、陽子23個の物質。その陽子に、地球本来の磁気単極子(1/7)と電子(12)を添えて、どこにも無くても、新たに生み出し得る次元(の意思)を刺激する。地を這う動物には、その本質(本能)が備える陽子57個の物質に、同じように働きかける。

根は、人間の足腰と、茎や種は、頭(首)とその生命の原因を同調させるゆえ、それにより、心身の活力は、新たな展開を経験する。植物が癒されれば、それを摂ることによる反応も、その動きを変える。

 

そして、それらの動物が誕生する際の、その原因に密度濃く関わった、全く別次の物質。それは、嘘の人間のその基礎の部分にも関わっているゆえ、そのEWを通して動くものに対する反動は強力である。影響力も、どこまでも形無き次元のそれである。

限られた人間時間の中で、先の風景へと事を進めるために、その姿を形にする。それは、陽子41個の物質。その存在は、昼行性の動物には無く、無有日記の原因と融合する人間にも、それは無い。この地上での夜行性の(肉食)動物の中にだけ在るそれは、この数万年間の、そこでの嘘の人間増加の、その非生命的機会に利用される。

磁気単極子が元気になることで可能となることは、どこまでも望むべく変化に乗る。無有日記の原因を自らに通し、この「太陽と地球と無有日記」を普通とする。

5/04

見渡すと、どこにも見られる、元気いっぱいの新緑の植物たち。2月頃から突如始まり、動き出したその活力は、安定感を見せる。こんな時が来たのだと、ただ嬉しい。

それを嫌がる存在たちは、その余りのあり得なさに、??になる。空気は確実に変わり出しているから、彼らのマスクを外せない(外さない)理由も強くなる。色鮮やかな葉や花を見ながら歩くだけで、無くてもいいものが、在り続けようとするその力を無くしていく。

5/04

見たことの無い光景は、次々と更新され、そこに在る、そのそうであろうとする原因は、この時とばかり、未来へと広がりを見せる。形あるところに気を取られずに、ただ感じるままでいると、これ程の力強い原因の時は無い、ということを覚える。

そして、それは続く。その質を柔軟に変化に乗せ、未来を変え続ける。誰も経験したことのない、この数か月の風景。繋がる場所を失くしたいくつもの個の思惑が、どうにも動けずに、置いていかれる。

5/03

2.難しいことは何ひとつ無い、原因という世界。話すことにも、動くことにも、そうであろうとするその手前の状態がそこには在り、その原因が、言葉となり、行為となる。そのままその原因が形(言動)に反映されれば、それはその人のもので、そうでなければ、その人のものではない形がそこには在る。

言葉や行為として表される世界は、その形による理解からは共通のものとなるが、そこに在る、その形無き原因の性質からだと、そうではなくなる。同じ言葉や行為でも、繋がる場所を違える、その手前の状態。それへの感覚的理解は、物事のその原因の大切さをあたり前に、形になる自らのそれを、そのまま、ありのままとする。

5/03

恐竜時代の終焉の時まで、どうにもならない時を強いられた、一生命としての地球発の植物。そこには、太陽の弱化と、それによる地球空間の不穏な様が理由として在るが、それだけではない強烈な理由が、別に存在する。

それは、植物の生きる機会を力で阻止した、非地球的本能を備える、夜行性の動物たち。1つは、土の中で根を狙い、毒液でその生命力を力無くさせる、(ムカデのような)細長い生き物。繁殖もそこで行い、地磁気の通りを阻む。

もう1つは、茎を切り倒し、その成長を決して許さない、地を這う(70p程の)平たい生き物。若葉も潰し、地球の意思を通そうとするその力を奪う。夜行性の原初的存在の彼らは、生態を派生させつつ、永い時を生きる。

 

太陽の光を不要とする生態の、その大元のようなかつての存在。それは、凶悪な本性(無意識の意思)の原点であり、頭(脳)への負荷も、脚の重たさも、元を辿れば、その生物たちの時空(破壊力)と繋がる。それらへのEWを形にし、その原因を浄化する。植物がずっと記憶に残したままのそこでの経験がその元から動き出せば、生命を生きる人間たちの心身は、地球との繋がりを深めつつ、(多次元的に)変わり出す。

地磁気で生きる生(の原因)を破壊しようとする意思からすれば、その太古の動物も、嘘の人間も、そのために操るというところでは、同じである。そして現代、その時の大幅縮小版としての機会が、その再現のようにしてここには在る。その植物は、ここで、地球のための時を、共に生きる。

5/03

外に出て、ただ歩き、そして歩く。それだけで変わるものは大きく、細胞レベルから、健全さが広がり出す。太陽の光を浴び、太陽を応援する。風を感じ、草木と一緒にたくさんの空気を吸う。

そんな何でもない日々を、大切に過ごす。それは、この今の、何よりの時間。後でそうであろうとしても、同じ時は無く、この今だからこそのこの時が、ただそのままで未来への道となる。目に映る光景には、今までにない元気な姿が、木の上にも土の上にも在る。

5/03

街を歩いていると、何が起きているのだろう?という気持ちになる。どう考えても、それは異常。もしこれがあと数か月も続くとしたら、人間そのものが(Virusのように)変質してしまうような…。

マスクをして1日を過ごすというのは、呼吸の質までが本来ではなくなってしまうということ。心身は不調になりやすく、外気への対応力も低下する。案外、それを望んでいる?こんなにキレイな空気の中、それを無視してしまえる程、人々の不安の力は進化する。

5/02

1.人間世界における、本来そこには無くてもよい様々な問題事。それをどうにかしようとする意識は、当然の姿勢であるが、そのためだけの時間がそこで費やされれば、それは、問題事が問題事として在り続けられる、その原因にもなってしまう。

どんな事にも、そうであるその原因は在り、そこに形としての結果が在っても、それは、それまでの原因の積み重ねられた、次への原因の姿である。自然な感覚としてそのことが大切にされれば、問題事は、それ自体が、存在意義を失くそうとする流れをつくり出す。

5/02

3月、4月と、社会は大変な時を経験したけど、5月は、病みの記念館のような月として、後々へ大きな影響を及ぼすであろう、揺るぎない重いの時(負の原因)となる。

もちろん、そこからあたり前に自由でいると、何も分からない。いつものように、爽やかな風景の中に居て、元気度も自然とUPする。

それぐらいの違いが普通となるこれから、世の動きには、心からてきと〜でいる。空気がおいしいというだけで、全てはOK。太陽は、これからもずっと元気。ひとりひとりの見た目の若さも、(それなりに)UPする。

5/02

この時に知り得ることというのは、この時まで伝えられなかったこと。そうであることのその原因は、ここまでの道のりを必要とし、その時にならないと触れ得ないことは、ここで普通に形になる。それまでの経験のその原因が、成長した姿を見せる。

地上で生きる植物も動物も、地球から見れば同次の存在であり、それらの誕生の順も、その必要性から、キレイに整う。そのため、植物よりもずっと後に姿を見せた動物に対し、植物は、その全てに影響を及ぼす原因を備える。植物の根は、動物(人間)の腰と脚であり、地上に出た茎や種は、胴体と頭である。

5/02

状況の流れを確認するために、時々(遅〜い時間に)Virusのニュースを目に入れていたけど、なんか、どうでもいいかな…になる。どこどこで、何人の人が、どうのこうので、あれやこれやと、こんなんです、あんなんですと、事の本質からかけ離れたところで、立場的に困る(生活に困らない)人が、生活に困る人たちを話題(材料)に騒いでいる。要は、普通に分かりそうなことも分からない人たちが、何も分からないままでも済ませられるスタイルを熱心に(狡く)固めているだけ。行くところまで行くんだろうな…と、改めて思う。

5/01

まだまだ続く、「太陽と地球と無有日記」。「Virus 2020」は、その途中で形となり、更にまた新たな文章が、ここで登場する。タイトルは、「思考の素顔」。「Virus 2020」の時のように、番号を付けて進めていく。

この今の、世界中の人々を巻き込む、Virus関わりの問題事。そんな時だから、より深く、問題事という次元の中へと入って行ける。これまでの無有日記との経験が、ここで大いに活かされる。問題事の原因を知らない風景が、主人公になる。

5/01

一休みに入ったカフェを、18時ごろに出て、沈み行く太陽を見ながら歩く。それだけで、何も要らなくなる。風が優しく、小鳥たちも元気に遊んでいる。空気が健康的だと、健康でいる以外何も経験できないと、道端の草花も楽しそう。

ここに至るこれまでの経験は、純国産の好転反応だから、浮き沈みも、可愛らしさに変わる。そこで使われていた素材は、純正の被害者意識と、産地直送のわがままと生意気だから、気づけば、キレイになる(?)。歩いても歩いても、全然疲れない(ということはない)。

5/01

2020

人間時間における静電気の始まりの始まりは、1/13の電子のその元となる原因を体内に取り込まされた、数百万年前。生命を生きる人間は、身体レベルを超えたところで、今尚、胸あたりに、その時の記憶をそのまま持つ。そして、やっとこれから、それを元とする不調の連鎖は、次第に力を無くす。

静電気仕様の、数万年前からの夜行性人間には、もちろんそれは無く、(その代わりに)脳内のあるところに、1/13の核のようなものを秘める。LED照明もLED電子機器も、電気自動車もIHも皆、それと同調する。

人間本来が不要とする静電気が、体内から少しずつ消えて行く流れに乗る、ここからのEW。それが嬉しい人と、そうではない人との間で、時空(居る場所)の違いははっきりする。(マスク姿の、そこに在る本能的な(無意識の意思の)理由は、静電気が出て行かないようにするため。2020Virusは、それが嬉しい。これからの季節、どうなるのだろう?)

 

 

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