無有日記

10/25

空間にも意思がある…というフレーズを書いたのは、15年以上前。今では普通のそれも、時の経過と共にその質は変化し、空間に案内されることも、空間に守られることもあたり前となる。自分の空間、みんなとの空間、そしてこの時代に居ることの、地球自然界の生命たちとの空間。そのどれもが、それぞれの意思を持って同時に動いていることも、今では、普通の感覚的理解となる。

10/24

常に頭を使わないと生きては行けない環境が繰り返し固められて来た、これまで。それを思えば、世のどんな問題事も、それをその原因から変えて行くには、頭を使ってはならないということが分かる。頭を使って何かを変えたと思っても、そうであるうちは、元は動かない。病気も争い事も、不安も怖れも、その始まりは、頭。無有日記に触れ続ける意味が、容易に理解できると思う。

10/23

分からないでいられることの真意は、大切なことはあたり前に分かっているということ。無くてもいい危うさとの接点も、本当はそれを良く分かっているから。分かっている人にしか出来ない、分からないでいられる自分。そんな存在によって、異常さも異質さも、確実に力を無くしていく。

10/21

基本(その無意識の意思で)強弱様々に人を病ませることしか出来ない人の集まりがこの世だとすれば、そうにはならない(そうはさせない)原因を強める動きは、社会全体の災いの元となる。なんせ、それがそうだと、誰も病むことがなくなる(病めなくなる)から、人々は、生きる力を失くす。だから、そ〜っと何ともぶつからずに、人を病ませる力が何も出来なくなるその原因を形にしていく。

10/20

目に入る行為がどんなであれ、それとは別の意思が、形無きところで勝手に仕事をする。情を動かされても、何かに感動しても、それとは全く違う意図が、無意識のところで働き出す。

形あるところからの経験のその殆どは、その質を決して変えさせないための、単なる形。原因の世界(真の普通)から見れば、その(原因の)変化・成長無しには、意味ある経験などひとつも無いことが分かる。

10/20

デビッドクロスビーの空気感が面白くて、バーズの時代から、時々触れている。グラハムナッシュとの間もいい。デビッドギルモアが喜んだのも、頷ける。

10/19

人としての本来を守り続けるという、どこからも変化しているようには見えない変化がある。本来無くてもいいこと(もの)をつくり続けるという、次々と変化の様を感じさせる変化がある。本当の変化は、見えにくく、嘘の変化は、誰もが分かる。思考に触れる変化からは、変化そのものの次元は見えない。

10/16

 

思考を働かせて、あれこれと考えている時、それによって生の原因が変わる(成長する)ことはないから、人間を思い通りに支配する次元の意思は、その様を放って置く。むしろ、思考が活躍できるよう応援する。

その存在が恐れるのは、理由も目的も無く感じるままに動く人間の、その自由な姿。それは一生命としての変化の原因(の動き)だから、そうならないようその人の頭に負荷をかけて(思考を刺激して)、その全てを壊そうとする。

動かずに、人を動かし、作らずに、人に作らせることから始まった、他を隔てる身勝手な思考。人間は、永いこと、本当という名の嘘の世界を生きている。もちろん、その嘘は、少しずつ少しずつ、確実に消えて行く。

10/15

地球(地磁気)が元気になることで、静電気脳が力を無くすのではなく、静電気脳が通用しなくなることで、地球は元気になる。でないと、その原因は残ったままで、同じことが繰り返される。

電気のみで生きる生命体(人間)の姿は、そのまま、地磁気を押さえ込む力。それを浄化するのは、地球と共に生きる人間本来の仕事。地磁気で生きるその原因(記憶)を備える生命たちは、この時代を、約束の時とする。

10/14

人間には、誰もが病むことのない日々を過ごすその風景の原因で居たいという欲がある。他の欲は、それに繋がるものだけでいい。

10/14

外で、昔ながらのオムライスをサラダと一緒に食べられたら、10日間はハッピーでいられる。そんな店が数軒在ったら(もちろん照明は蛍光灯)、その街に引っ越したい。

10/13

自然界の望みが自然と具現化していくそのための前段階として、ここで為されるべきこと。それは、脳への枷(支配)が外れること。脳は、永いことそのことで不自由を強いられているため、(支配されることで在り続けられる存在による)無くてもいい負の歴史は続けられる。

人間が人間を生きる上で何より大切な、人間本来の脳活動。その作り手によって操られたままのその姿が変わることで経験できることの中には、自然界の(草食の)生命たちが安心を覚えるという、地球にとってのかけがえのない現実がある。

10/12

元来、自然界には、紅葉や枯葉の季節は無く、寒い間じっと耐え続けるという時空も、植物たちは知らない。この時期になると思考を全開に作り出される、妙な秋色の風景。それは、植物の本来からは遠く離れた世界だから、彼らも、新芽を増やして、新たな時代(真の普通)の原因をつくり出そうとする。

10/11

夜行性色の世界では、怒りは、電波。それに言葉が後から付いて、悔しさや暴力性のある感情へとその電波は増大する。表に出る怒りよりずっと強力な、内なる怒り。それを浴びれば(それが生じれば)、頭は不自由になり、心身は負荷を覚える。その電波が力無くなるよう、思考(電気)から始まる動きを外す。

10/11

何かへの違和感を覚える時、それを変える力(になれる原因)が自分に無ければ、互いは融合を密にするだけだから、その経験は無い方がいい。違和感を覚えるだけなら、自らも、同質の違和感の対象。違和感を言葉(力)にするタイミングは、その原因への責任そのもの。

10/09

自分が選んだ人生。しかし見方を換えれば、それを選ばされたという自分も居る。そして、そのことさえも受容するというここでの人生を選んだ自分も居る。つまり、人は、それがどんなであれ、自分の人生を生きているということ。人生に理由は無く、いくつものその原因からの理由が、人生の中には溶けている。

10/09

この曲も彼の曲だったのか…と、改めて感心させられる、アルバートハモンド。映画「マネキン」のテーマ曲も、レオセイヤーのヒット曲も、彼。シカゴも、彼から曲をもらってファンを増やした。その他いろいろ。現在も、彼はステージで歌う。‘落ち葉のコンツェルト♪’は、何度も聴いた。

10/08

自分に違和感を覚えた人の、その中の負の原因がそのままではいられずに力を無くす。自分はいつもと変わらず、淡々と自らの分を生きる。そんなあたり前に平和で健康でいる原因が育まれていれば、人生における仕事の90%は、すでに終えている。

10/08

人間らしさをかもし出す言動がそこにあったとしても、無有日記の世界との融合を避ける姿がその人の中にあれば、その全てが、嘘の原因による演出と思って良い。ロボットに、心ある原因の選択は無い。その操り手は、理由の要らないハッピー感や、不安や争いの無い世を、何より恐れている。

10/06

嘘と分かっていても、付き合ってあげる余裕。嘘がバレていても、平気で付き合わせる余裕。2つの質の異なる余裕が、日々対峙する。

10/04

思考が忙しくなる状態というのは、脳のある場所の電気の働きが、そこに在る記憶のその原因を刺激するため。夜行性(人型ロボット)にとってのそれは、とても大切な生の原動力。そうではない普通の人には、限り無く要らないもの。その電気が鈍くなったら、どうなるのだろう?過去に居座る知識や経験が使えなくなり、見た目を繕えなくなる。

10/04

金木犀の匂いが、風に乗って、部屋の中にまで入って来る。道を歩けば、そこかしこに在り、ホェ〜っとなる。古い歌の中に、‘金木犀の咲く道を〜♪’の歌詞があった。あれから40年以上。(雨が降って)水に溶ければ、金木水。

10/02

2020

爽やかで優しい天気の中では、よりその不自然さが際立つ、色(色彩)の無い装いで外を歩く人たち。この10年、色が有っても、伝わるその質感は全く違った(異質な)ものになっていて、赤でも茶でも緑でも、この地特有の動きの無い重たさが、それと重なっている。感性の無さがそのままの、この地での、(自然界に抵抗するような)人々のファッション(?)。それは、こちらとあちらの、その中身の違いでもある。

 

9/30

9月のラストの今日、部屋の温度は25℃、湿度は27%12時頃)。そういや、4年前の10月ぐらいから時は動き出したな…と、その頃を思う。ずっと重苦しかった空(天気)にやっと変化が生まれたその時の、それまでには無かった原因の動き。「LED感染」「仏陀の心」「再生」と、いくつものゲートをくぐり抜けるようにして、それは進行する。そして、202010月へ。ふと気づけば…の変化が、あちらでも、こちらでも…。

9/30

身体活動の次元に存在する不安と、無意識の意思に入り込む不安。どちらも、それぞれにそれ関わりの物が在り、当然、ある性質の物質が、その働きを担う。

不安や怖れのカラクリ。海の水をかき回して地球のシャツを洗うような気分で、それを刺激する。洗剤は、エアリアル3粒。

9/27

夢の背後に出て、思い通りに人間の世を操ろうとする意思を、ひとつひとつ眺める。ある時のそこでの感覚と、この今は、どこかが同じ。風景は様々でも、その原因の質は、すでに把握ズミ。どんなに不穏な時が作り出されようとしても、ここに引き寄せられるものは、「夢と思考」の原因が余裕で主導する。

9/26

凍らせた熟したバナナをカットし、それに冷凍のブルーベリーと冷凍のカットマンゴーを細かく切ったものを添えて、(てんさい糖で少し甘くした)豆乳ヨーグルトに入れて食べる。それだけなのに、幸せな時間。アイスクリームがそれに加わると、言葉を失う。この夏は、甘く冷たいバナナとマンゴーで乗り切ったようなもの。

9/25

脳は、心臓が動かし、脳の状態に、心臓は影響を受ける。心臓を、脳が動かすことは出来ず、その心臓の絶え間ない動きによって、脳は活動し得、体内の組織も、それによって調和を保つ。

では、心臓は何で動いているのか…?人間本来のそれは、もちろん地磁気であるが、(夜行性色に染まる)静電気脳人間の場合は、限り無くそうではない。では、それは何か?その実を体験的知識として知ると、けっこう笑える。そんなところに来た。

9/25

コロナと聞いて、すぐに浮かぶのは(?)、コロネ。よく食べた。食べ方も工夫して、楽しいコロネとの時間。いつも反対から食べていたから、それはネロコ。別に意味は無い。

9/23

時々流れてくる、懐かしのBeeGees。それがロビンがメインボーカルの歌だと、なぜか嬉しくなる。モーリスは持ち歌は少ないけど、彼が歌うと、自然と優しさが伝わる。ロビンが戻れたのも、モーリスがそこに居たから。その頃(離れていた時)に生まれた‘想い出を胸に♪’は、2人の想いを乗せて、時を超える。

9/20

今ここに居ることは、いつの日か、かつて在ったこととなり、そうであったことがそこに在ったからこその今を生きている自分が、そこには居る。そして、そのことは、この今も、少し先の今も同じで、居る場所が普通本来であるから繋がり、経験できるひとつの時を、人は生きる。

未来の自分のために生きるなんて発想は要らず、淡々と自らの分を生きるそのことが、この今とひとつになろうとする未来の(今の)自分を生きることになる。人は、いつの時も、かつての今と未来の今をこの今に融合させつつ、今を生きる。

9/20

コーヒーを飲む時、カップを手にした時から、すでに口元がコーヒーを飲んでいる格好になる。他の飲み物の時には、そうはならない。コーヒーは、飲む前に、然るべき原因が動き出す。…なんてことは無く、単におかしいだけ。

9/18

生命本来の、その原因が普通である風景へと人生は動き出し、その材料に無有日記を活かしつつ歩み続ける中、時は今、2020年の9月を迎えている。確かなペースで加速するこれからの、形無き、形を生み出す次元の変化。ここまでは、準備運動。「地磁気1〜8」も、生命たちは、さらりと通り抜ける。

9/18

外を歩いていて、上り坂に出会すと、嬉しさの余り早歩きになる。その理由のルーツは、父親の名前「登」と、母親の旧姓「坂道子」。 なわけがない。

9/15

数十億年前の金星との接触から生まれた、月。その多くが金星の物質であることから、月は、金星のミニ版とも言える。違うのは、内部に、その1/6程の地球(の物質)が閉じ込められているということ。地磁気って、奥が深い。地磁気繋がりの物質が、中心からの磁気を持たない(静磁気のみの)金星の分身に捕まったままでいる。月は、ただ地球の周りを廻っているのではなく、地磁気を不自由にさせようとして、中で地球を押さえ込みつつ付きまとっているということ。

9/14

コロナと聞いて、直ぐに浮かぶのが、コロナビール。コロナというタイトルの歌もある。そういや、以前使っていたファンヒーターは、コロナだった。反対に言うと、ナロコ。別に意味は無い。

9/14

ジェームスブラウンのライブに、BBキングが居て、客席に居たマイケルも、そのステージにちょっとだけ参加する。そんな時が、かつて在った。BBキングは若く、マイケルも、ソロになって間もない頃。年を重ねたBBキングの後のステージでは、リッチーサンボラが緊張ぎみにギターを弾く。嬉しくてたまらない気持ちが、みんなから伝わってくる。

9/13

デラウェアを食べる時、右手で口に入れて、左手で皮を出す。その時にすでに右手指は次の粒をつまんでいて、左手で皮を出すのと同時に、右手が口に向かう。そのスピード感がたまらない。デラウェアを前にすると、人が変わる。

9/12

コロナと聞いて、直ぐに浮かぶのが、コロナマークU。ベレットもギャランも良かった。それって、いつ頃(コロ)な?

9/12

2020

地磁気のことを、時々まちがって地軸と言ってしまうけど、「お好きなパン1個とサラダとコーヒーのセットで680円」のプレートを前にして話をしている時、思わず、イチジクと言ってしまった(パンに入っていた)。甘めの地磁気が体内に染み入った。

 

 

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