無有日記

6/20

➈.海の変化は、それを材料としていた月の影響下から離れ、地球を抑え込もうとする金星も、為す術を無くす。地球時間の中でやむ無く抱えてしまった天体級の傷は、確実に癒され出し、自由を手にする南極の地は、電子12の次元(岩塩etc.)を解放して、海本来の電気の無い風景を、そこにつくっていく。そして、自転軸が、微妙に外れ出す。

そんなあり得ない現実も、そうであるようその原因を高めることで、いつしか、それは、そのために使われる。この先もずっと今のままでいることを地球に経験させてはならないから、地球のために生きる人間のその重要な仕事として、地球が嬉しい原因を成長・進化させる。ここに在る電気による時間を外し、地磁気で生きることで生まれる時間の無い時間を、地球時間と繋ぐ。ここでそうであれば、次はもう、それまでとは違う。「地磁気」を通って、地球の安心と喜びの時を、ここに引き寄せる。

 

 

I.地球に居る人間が、数万年間の嘘の歴史を外して、真の普通を再開させると、地球は、それだけで、活力を手にする。地球に託された人間たちの、その原因の働きかけは、未来地球にとって、この上ない力。太陽もそのことに安心を覚え、強力な枷となってこびり付いたままの黒点を無くそうと、今までに無い力を発揮する。そして、地球と太陽は、互いの磁気を呼応させる。

「地磁気」の中での変化は、そのままであってはならない負の原因を浄化しつつ、未来の風景を、確かなペースで変える。電気のみで生きる物としての(形ばかりの)人間は、終わりへと向かい、かつてのように、地磁気で生きる人間による生命世界が、動植物たちと共に繰り広げられていく。

今は、2021年。この先、10年、20年と時が移ろうその中で、太陽は一層の輝きを見せ、30年、40年先の未来も、新たな時に楽しみを感じて、一緒に遊び出す。そして、50年、60年先の地球。風も光も、水も空気もみんなで、決して失うことの無い本来の原因を、普通に生きていく。それを伝えて欲しい、と彼らは言う。

6/19

F.地球空間で地磁気が元気になる時、その手前では、太陽からの磁気が力を付け、永いこと地球を覆っていた磁気圏は、それまでのようには行かなくなる。地殻内にしつこく染み込んだままの、歪な陽子13主導の反地磁気の力も、必然的に弱化する。地球は、思いがけず、いくつもの伸びをする。

これまでのどこにも無かったこの時代が、新たな時空のそのけん引役になって、望むべく地球本来への変化を加速させる。遥か未来の風景だと思っていたことも、人間時間の中にその姿を見せられるぐらいになり、人間経験の質は大きく様変わりする。その時、電磁気(双磁極子)の貯蔵庫のようにして在った、海が変わる。非地球の具現として在るAl水の海は、地磁気の活発化によって、その量を減らしてしまうぐらいの経験をする。遠い未来ではない。無有日記の原因の中に、それは普通に在る。

 

 

G.海に動きが出ると、人間世界では静電気脳の次元が力を失くし、その自然な流れとして、生命本来の原因が主導権を握る。地磁気で生きる真の普通が自然界を包み込むそこでは、人間も動植物も、夜行性という不自然な(非生命的な)世界を忘れていく。次々と電気が外れ、つくり物の嘘の現実(人間etc.)は姿を消す。数万年分の負の連鎖が崩れていく。

人は、不調や不安定といった不自然な経験とは無縁となり、治癒力が動き出すという感覚(プロセス)も無く、それそのものとなって、普通に健全さを繋ぐ。当然寿命という概念はそこには無く、何も無くても全てが有る時空間で、生きることがそのまま地球のためとなる人間本来の生を、さりげなく表現する。それは、記憶の中の原因の風景だから、その時が来れば、自然と思い出し、自然とそれになる。海の変化は、そのことを伝える。

6/18

E.数万年前までは存在しなかった、電気で生きる人間。その存在自体が地磁気不要の原因の具現であるため、そうであり続けることは、この地球ではあり得ない。地球衰退への道具として活かされることはあっても、地球が元気になろうとするこれからは、それは要らないもの。地球に居ながらして、生き直しを経験しないまま、地球に負担を与える電気(静電気)で生きることは、あってはならない。

地磁気に生かされ、地磁気で生きる、この地球上の生命たち。そこに静電気脳は無く、向かう場所も、その理由となる結果も、どこにも無い。ずっとそうではなかったから、その異常が普通となって、形式や過去(結果)が力を持つという強い電気が、歪な世を主導する。

結果は、嘘の時間に守られる、電気。それは、地球から見て右回転となって、夜行性色の強い、非生命的(非地球的)原因に支えられる。地球には居られないその次元から離れ、地球が嬉しい原因を生きる。その原因は、地磁気と繋がる時間となって、その人の生命本来を活かす。

太陽と地球それぞれの磁気が活動的になるであろうこれから、電気による身体(脳)活動は、確実に力を無くしていく。それは、地磁気(磁気単極子)で生きる経験を馴染ませずにいれば、身体が止まるということ。ただ普通に、無有日記の世界を自らと重ねながら、真の普通の、その原因を生きる。

6/17

D.地球の活力を力無くさせようとする、地殻内の、1315)を主とする非地球的物質。それらによってマントル内の活動が完全に封じられてしまうのを回避するために、地球は、地表に向けて、高密度の回転を備える地磁気を押し流そうとする。地震は、そのことによって生じ、地磁気の流れも、その影響で活動的になる。地震は、地球が生きようとするその意思表示であり、更なる押さえ込みでそれを阻止しようとするのが、1315)主導の、厚く、黒い雲(雨雲)である。

その地磁気の回転(左巻きら線)にマグマが連れ添う時、それは、火山活動へと向かう。この地に在るいくつもの様々な性質の火山は、かつては、無数の地震によってそれへと発展し、地球の意思からなる地磁気の流出が、そこでは行われていたことを現す。火山活動も地震も、その元は地磁気で、そうでもしないと地球が危うさを蓄積しかねない内実が、そこには在る(しかし、上空からのLi絡みのAl水は、集中的にそこへと向けられる)。地球の息吹きのその押さえ込み度数が極まるこの地ほど、太陽の光(磁気)が遮られてはならないことを知る。

6/16

B.左回転を生み出す原因は、磁気単極子。それは、地球の息吹きを抑え込む双磁極子の世界を浄化する力を持ち、電気による時間の流れも、それによって、そのままではいられなくなる。太陽も地球も、透明だった時から、それを元に時を連ね、現在も、その磁気を基本に生き存える。

巨大な天体級の超高密度の透明な磁気単極子が、ブラックホールと呼ばれる、その原因の時空である。宇宙規模の消磁性体とも言えるそれは、そこに在る電子の次元を力無くさせ、双磁気とそれによる歪な時間(物質)を処理する。次々とそれらが消えてしまうため、そのことへの恐れから、非生命的次元繋がりの思考は、それをブラックホールと呼ぶ。太陽も地球も、その中心はそこと繋がっていて、それゆえに、何があっても彼らは、どうにか持ちこたえられる。

 

 

C.地球上で生きる生命たちのその生の基本形は、ただそのままで、地球のために生きること。そうであるから、地球によって生み出され、地球と繋がることで、彼らは自由に生きる。生の原因が地球そのものだから、その原動力は、当然地磁気。生命たちは皆、存在そのもので、非地球的要素を浄化し続け、そして、地球を安心させる。

そんな中で、最も重要な役を担う、人間。そこには、地球が在り、太陽が在る。何もせずとも成し得る、地球のための仕事を自らとする彼らは、繋がるところを多次元に、身体表現の可能性を、自由に進化させる。その姿は、双磁極からなる電磁気(静電気)の時空を無限に吸い込む(浄化する)、人間版のブラックホール。

胚の次元を支配されたこの数万年間は、夢の中に居るようだが、それさえも体験的知識のひとつに、再び、地球に生きる一生命としての人間時間を、思い思いに過ごす。地球と共に、数百万年間という時を連ねた、人間たち。彼らにとってのこの時代は、より一層の地球感覚が普通となる、未来地球の力強い原因である。

6/15

49 ➀.身体の動きに付き合う、自由な時間。身体の動きを支える、固定された時間。時間には、時間になる、時間の無い時間と、一定の流れをつくる、時間でい続ける時間という、2通りの時間が在る。どちらも時間として捉えられるが、地磁気を切り離すようにして生きる人間は、前者には近づけない。人としての普通を表現しようとする人間は、それを後者に妨げられる。

そこには、陽子のみと、電子の付いた陽子との違いが在り、「地磁気(47)」で形にした、その原因からなる内実が、それを顕にする。時間と共に生きる人間と、それを退けて時間に支えられて生きる人間。時間が2つ在るように、人間も、その基礎から2つの生に分かれ、それらの時間と人間が重なり合って、ここに人間時間は存在する。

 

 

A.回転には、右回りと左回りとが在るが、それは物理時空での平面的感覚(価値観)からなる認識であって、その本質となると、そこには、2つの、回転を生み出す回転無き回転が在る。時間の無い時間の原因となる地磁気の、その元となる陽子26は、地球空間では左回転(左巻きら線)をつくる。それを抑え込むためにつくられた時間のその材料である、陽子26電子11は、必然的に右回転(右巻きら線)をつくる。どちらも、比較できるような回転は持たないが、その方向性には、生命と非生命という、次元の違いが在る。

この地球上には、形ある物に作用すると左回転を生み出す原因と、それを阻もうとして生み出される右回転という結果が、同時に存在する。地球の中心から見て、どちらに回っているか…。それによって、関わる次元も、人生の質も、2つに分かれる。

6/15

P.陽子13繋がりのいくつもの歪な粒子主導の負の原因によって、時間をつくられ、物質世界を支配されてしまった、地球。アルミニウムに覆われ(入り込まれ)、地球にとって重要なところを次々と冷やされて、生命力を力無くさせられて来た、これまで。寒気も低気圧も、雨雲も寒流も皆、地球の動き(地磁気)を止めようとする、非地球的意思の具現。自然界の背景が分かり出すと、気候や日々の天気(予報)までがつくり物であることを知る。そして、地球を元気にするためには、自らの中に在る地球関わりの嘘の原因を外すという、そのことの大切さを理解する。そのために、「地磁気」は在る。

これまでの地球時間を思えば、この時代は、待った無しの時として在り、ここに至る人間時間を観れば、この今は、地球のための原因づくりとして、その一度きりの機会であるということを人は感得する。「地磁気(48)」が形となったことで、本格的なその応用編へと、時は動く。地球自然界の望みと、ここでの人間経験をひとつに、本当の時間をここに招き入れ得る時を生きる。生命たちの新たな原因の中に参加しようとするそれは、身体時間を活かす彼らの道具となって、ここに在る時間を浄化し、時を変える。地球も太陽も、その動きに連れ添う。

6/14

O.地球にとって、決して途絶えさせてはならない、地上世界への地磁気の流出。それを遮ろうとする物質の浄化は、植物たちに任せられたが、地磁気を安定的に流れさせる仕事となると、それは容易ではない。動物たちは、そのために登場する。

彼らは、地磁気で生き、時間も自由に使いながら、存在自体が地磁気の通り道であるような生を、普通に生きる。植物たちも、その生にきめ細かく関わり、共に地球のための生命体験を実践する。地球は、その様を、何よりの喜びとする。

夜行性動物は、その在り様を押し潰すために生み出される。それを元とするつくり物の人間は、草食動物を支配することで、地磁気の押さえ込みに協力する。動物食は、地球の切なる望みを破壊する、異常な現実。地磁気の流れは、夜行性動物によってその力を弱められ、同じ電気で生きる(地磁気不要の)嘘の人間によって、どこまでもそれは力無くさせられる。人間の、人生での仕事は、明白である。

6/13

M.土の中には、アルミニウムと結合した物質が、様々な色や形を持って存在し、それらがたくさん含まれる土だと、その状態を地球のために浄化しようと、植物は成長する。作物が育ちやすい土というのは、それだけ、そこには在ってはならないAlが密度濃く存在するためで、生い繁る緑の葉からも、それは容易に分かる。現代では、しっかりと根を張って、絶え間無くその負の原因を処理しようとする樹木に対し、それを阻もうと、無生命化力を備えるLED照明が利用される。

作物や草木の元気な姿は、地球のために存在する彼らの、その真剣な活動のプロセス。人間目線から離れれば、それは辛く切ないながらも、応援せずにはいられない、仲間の風景。いつか、彼らがそこまでしなくてもいい時が来るよう、人間として、一生命として、自分たちに出来ることを淡々とし続ける。

 

 

N.電気ではない、地磁気に支えられる本当の時間の中では、言葉以上のものが動き、言葉を運ぶ。そこでは、言葉が持つ意味が力を持てず、言葉にならない形無き原因の力が、さりげなく言葉を活かす。

変化は、言葉の要らない時空で動き、言葉を要するその中では、変化は止まる。言葉自体がつくられた時間に支えられていることを考えれば、その時間の外側に触れることを恐れる姿勢から、言葉が生み出されたということが分かる。時間(言葉)の中での変化は、時間の無い時空への抵抗であり、真の変化への拒否反応である。

電気で生きれば、そこで、何が、どんなでも、人は、変化とは無縁である。変化の始まりは、変化を止めた電気仕様の時間とは異なる時間を生きることから。言葉の世界への感覚を材料に、その時間に近づき、そこに居ることは、可能である。

6/12

L.身体経験のその基盤のようにして在る、電気道とも言えるつくり物の時間と、心の意思が動かす身体に一緒になって付き合う、電気とは無縁の本物の時間。時計の針の動きに象徴される前者の中から、人は出られず、その中でのみ通用する期間限定の価値観を大事に、誰もが、そうとも分からずに嘘の現実を生きる。そこでの、地磁気不要の、地球を無視した人間時間。数万年もの間在り続けるそれは、これからもそうであろうとするその力を強める余り、無有日記に足元をすくわれる。

後者は、無有日記から自然と伝わり、縁する人の状態に応じてその質を変えながら、多次元的な原因のまま、自由に仕事をする。その場所が唯一の通り道となる、本物の時間。そこに居ることの経験は、生きることが地球のためになるという生命本来の普通を、さりげなく、ムリ無く表現させる。

地球への圧から始まった、どこにでも在る嘘の時間と、その手前から、どんな状況でも守り続けられる、本物の時間。電気(双磁気)と地磁気(磁気単極子)の違いとなって在るそれらは、その全てを知る無有日記の原因によって、地球が望む、在るべき姿へと変わって行く。

6/11

J.ここに在って、それがどこかというところには無い、向かう場所も、流れる動きも持たない、本当の時間。それが地磁気と同次であると思えば、その磁気単極子からなる独特の(その原因の)作用を、何となく感じることは出来ると思う。そして、守るものが地球である時、生の原因は、その自覚も無くその時間に触れている。

守るもののその原因が、地球自然界の望みのそれとなる時、作られた価値概念の世界は自然と自分から離れ、それゆえに、時間の質は、経験の外側のそれへと、その次元を変える。そして、身体と思考は、流れ流される直線的な時間の中に在っても、生命の意思は、普通に、時間の無い多次元的な自由時間の中に居る。どこにも無いようで確かに在る、その本当の時間の中で、地磁気と共に、人は生命を生きる。

地球が嬉しい時間の無い時間は、つくられた時間の次元をいつでも突き抜けて、先へと行けるところに居る。共にそうであるよう、自由な原因として在り続ける地磁気という時間に、身体経験を生み出そうとする意思を重ねていく。本当の時間の中に居る自分が、それを応援する。

 

 

K.地面に水が溜まり続けて、ある一定の量がそこに存在し続ける時、水底の地下の部分は、Alを主とするその水の力で、生命力を奪われる。地磁気が自由に流れることで、そこに住む生き物が本来を経験する、自然界。海の水が、地球に対して、天体級の負荷を与えていることが分かる。

海水が動かずにそのままだと、その影響力に、地球は生きる力を失くす。そうならないよう、彼は、太陽からの磁気に手伝ってもらいながら、地磁気を活発に動かして、海流(暖流)をつくり出す。太陽の光が届きやすい場所からのそれは、静電気絡みの寒流や上空からの非地球的物質によってその動きを阻まれながらも、生き存える術として、繰り返し表現される。

自然界で起きる様々な現象の、その背景となる原因に触れる。海水関わりの実の把握は、地球のこれまでが癒されるその材料となって、未来地球が嬉しい新たな原因を成長させる。

6/10

➈.地球のための人間経験を絶たれた生命たちの、地磁気発の自由な時間。そこには、好きなように回る地球が居て、黒点を持たない太陽も居る。この今のつくり物の時間とは別次のところで、絶えず存在し続ける、時間の無い時間。ありのままに地球と繋がり、そのままで地球が嬉しい優しさだけの風景が、そこには在る。

そこで生きる時が、無有日記によって生み出されていく。そのための原因が深くから癒され、多次元的に変化し続けるその中で、人間時間の本質までが、本来へと戻る。要らない物が外され、つくり物が姿を無くす流れに乗って、本当の時間が主導権を握る。嘘の人間関わりのあらゆることが、居場所を無くしていく。

 

 

I.緑色の植物の生の基本は、地中に染み込んだ1315)関わりの物質を処理・浄化するという、地球のための仕事。ところが、嘘の人間は、体内の電気活動の要素としてそれを取り込み、主食となる穀物も、雨水を最大利用する類のものを日常食としながら、体の内外で、地球の息吹きを押さえ込む静電気を活発化させる。海水内の物質も好物とする彼らは、身体活動自体を非生命的に、非地球を地で行く。

LED照明や電子レンジ等で、食を一層静電気化させて摂取する、地球が辛くなる生態を普通とする存在たち。海や空、大地が静電気漬けになる程の物を作り、使い続ける彼らによって、地球は、今までに無い悲しみを経験する。自然界の実を知り、それを力に、存在としての原因の仕事を表現する。地磁気ではなく、電気で生きれば、それは物であることを知る。

6/09

F.時間の無い時間の始まりは、形を持つ前の、透明だった時の地球。時間に抑え込まれながらも生き存えたそれは、地球と繋がる存在たちの、その生命源として活かされ、人間経験を再開した生命たちも、数百万年もの間その中に居て、今も、そこに居続ける。

今在る時間は、誰が何をしてもその本質が同次の(非生命的な)それとなるようつくられた、地球のための動きを封じるための時間。1349)の遊び道具のようにして在る1347)が、形ある結果を乗せて、電気で流れる。

かつての時間は、地球のために生きる人間の数だけ在り、どこで、どんな風でも、それは自由に使われ、それぞれが自然と融合しながら、地球発の原因のひとつになる。「地磁気(47)」をベースに、1348)の世界に、望むべく変化の仕事を任せてみる。

 

 

G.雨が降ると、植物たちは、地中に入り込んだAl水を処理しようと、けん命にそれを吸い上げて、葉を成長させる。それに応える太陽は、植物たちのその仕事を次に繋げようと、磁気と光で、彼らを癒す。AlOを主とする葉の緑は、地磁気に支えられる植物たちの、地球のために生きるその姿。地球は、彼らの健気な活動によって、雨水の負の影響力を少しでも退ける。

世界各地に在る、雨や雪が多いところというのは、それだけの活動的な地磁気がそこには在るため、それを押さえ込もうとして、そうである環境はつくられる。植物たちの仕事は増え、成長も著しく、森や林となって、彼らは地球を守る。曇ってばかりの地域も、緑の葉の仕事は忙しい。

6/08

D.人間世界には無かった夜行性絡みの時間がそこに入り込んだ時、月は、そのために輝き出し、地球での人間活動が不自由になるその流れを、1311)と1315)を以て生み出す役を担う。

同じ頃、(太陽系の最外側に在る)超異物級の小天体からの、その恐ろしく強力な放射線(驚異的な電子数を備える陽子3)によって厳しさを経験していた太陽は、地球とは次元の異なる時間の影響下に陥り、地球の望む仕事を充分にし得ない状態となる。

その理由が、黒点と呼ばれる、何百もの電子に操られたリチウム粒子を主とする、天体級の破壊型の重石。夜行性活動の道として電気でつくられた時間は、太陽に黒点が現れた辺りから、地球空間を我が物顔で支配し出す。

 

 

E.黒い雲の主な成分となる313)と1315)が結合する時、そこには673)と83)が関わり、その83)に操作される813)が113)と化合することで、雨の水分は出来る。雨雲は、その上空からの、地磁気を押さえ込もうとする歪な粒子の、その意思の具現である。

9913)、9911)という、太陽の原点の風景において彼の生命力を弄んだ、その991)と同陽子数の粒子。雨雲(黒い雲)は、彼らの次元で操られ、その指揮の下、1315)たちは動く。地球時間における遥か昔(30数億年以上前)、そこに在る地球の活力を削ごうと、そこでは、重量級の雨雲が広範囲で度々つくられ、地表には、Alを含む非生命的水分が、限り無く降り注がれる。そして、およそ5000万年間の時を経て、この地球空間に、海らしい海が現れる。海水は、地球規模の重荷となって、地球の自由を奪う。

6/06

B.身体時間の始まりも終わりも知らず、寿命という概念とも縁の無い、生命たち。存在そのもので地球のための仕事をし続ける彼らは、自らの生命(能力)表現の様を観つつ、地球自然界にとっての必要性に応えるようにして、共に生まれ、共に身体を終える。現代の人生の単位からだと、そこには近づけない。

数万年前、身体は形を無くしたが、形無き生命体としての生は、そのまま続いている。そこに在る時間の無い時間の中で、彼らは今も普通に生き、その時の経験が地球の必要性ではなかったために、人間的には夢を見ているような時を、ここに至り経験する。つまり、真の時間とつくり物の時間とを、同時に2つ生きているということ。前者の年月は、今回に関してはかなり長い。

 

 

C.雲の無い(少ない)空は、地球の安心。しかし、そうはさせまいと、静電気(静電界)による雲が太陽を隠す。静電気で生きる嘘の人間にとって、曇り空は、停滞感を安定させる、強力な材料。夜行性は、電気の飛び交う曇り空の下で、その本性を活躍させ、地球と繋がる生命たちは、地磁気が元気になる青空の下で、自由になる。

太陽を隠す雲の中身は、その遥か上空に在る、313)と1315)。(313)の割合が増えると、雲の色は黒みを帯び出す。)そこから生み出される低気圧は、時間に電気を注ぐ、その充電役。その時の雲には、313)がかなりの厚みで存在し、地磁気は、それによって押さえ込まれる。一定の場所で長時間それを停滞させることも、そこでは容易である。

6/05

48 ➀.地磁気不要の歪な身体経験を生み出した2611)と、人間の世界を扱いやすくするためにセットされた、2次の時間。それによって、地磁気を時間として生きるという、それまでの時間の無い時間は無くなってしまったわけだが、考えてみれば、無いものが無くなるということは無く、単に時間の無い時間が時間になっただけで、地磁気が無くならないように、それは、そのまま在り続ける。完全に経験の外側になってしまったそれを、復活させる。時間の無い時間の中でいつでも時間になろうとする地磁気を、地球発の生の原因に活かす。

 

 

A.結合すると、互いにその原因を強め合って強烈な負の力になる、413)と1315)。地中(地殻内)のそれが太陽の磁気で処理される時、空は青くなり、その仕事量によっても、その濃さは変わる。岩石の中のエメラルドグリーンもアクアマリンも、アルミニウムとベリリウムが他の酸素などと結合したもの。413)の割合が増えることでブルーになるそれは、空の青さと同次。

透明なはずの海水が青いのは、海面近くまで押し出された、地球の異物によるもの。緑色の水もそう。それらは、静電気脳が喜ぶ非地球的金属による、強力な電気水。

6/03

6/01のつづき

争い事の原因の多くには、数や量の違いが在り、異性関わりの感情や価値観も、往々にしてそれに絡む。ただ、それがどんなであれ、そこには、何らかの物質の働きが在り、思考という脳内の電気活動も加わって、様々な性質の変化が、電磁気によって生み出される。そして、その全てを支える、時間という次元。その時間の質を変えずして、真に変えられるものは何も無いということを、普通の理解とする。

その時間の質は、無有日記によって、確実に在るべき姿へと、変化に乗る。地磁気が時間の原因として、人間経験の要素となっていた、かつての風景。その頃の生命たちの想いは、ここに在り、そうであるから、こうして「地磁気」は形になる。ふと気づけば、この数万年間の負の原因を余裕で浄化できるぐらい、それまでとこれからが、力強く融合する。時間の無い真の時間のその時へと、改めて、みんなで歩み出す。

 

時間の素顔を、EWと連動させながらこうしてここまで文字にして来たことで、新たに見えてくるもの、望むべく変化のために知っておくべきことが、姿を現す。それを言葉にし、理解と実践のその原因を、より力強く真の姿へと成長させる。そして、本当の時間を取り戻す。

およそ270万年前、人間世界で仕事をし出した2611)の流れに併行して、月の地球側に面した部分に、同じ電子11繋がりの1311)が備えられる。月の光は、その1311)と1315)によって生み出され、人々は、それまでは無かったその姿に、理由の分からない厳しさを覚える。それ以前は、形としては捉えられても、光の反射は無かった、月。太陽の光で月が色を持ち出したそのことから、地球に生きる生命たちの世界は、その自覚も無く、停滞感を固めていくことになる。

1311)は、夜行性の住む1349)の次元を支え、それが夜間地球に放出されることで、太陽の光を不要とする動植物たちの歪な生は守られる。2次の時間が作られるその流れに沿って利用された、実に異様な姿の月。嘘の(夜行性の)人間誕生のその下地づくりを巧みに行う非地球の意思は、月を明るくさせたことで、その作意の原因を確かにする。

 

球体で存在する衛星は、それがどんなでも、固定されたまま動かずにいるということはない。それが、天体時間の中での、彼らの普通。少しも向きを変えずに周り続けていること自体、宇宙空間ではあり得ず、それが何十億年もの間そうであるという事実は、それだけの理由がそこに在るということを伝える。

月の成分のその割合の多くが金星のそれであるという、40億年以上も前の、そこでの原因(「太陽と地球と無有日記」)。月は、その時から、金星の支店のような役回りで居て、意のままに操られる。固定された月のその歪な姿は、金星の否定感情の現れと言える。地球に負荷を与え、動きを不自由にさせてその全てを封じるために、金星は、月を利用する。

月に向けて、恐ろしい電子数の粒子が絡む陽子108が、金星から絶えず放出される。月は、それによって、完全に固定され、自転は無縁なものとなる。結果、月は、独特の静磁気次元からの働きかけを地球に対して行い、地球は、ただただ受容するしかない辛い時を生きることになる。そして、地球に託された人間のその生命力を奪うためにつくられた、2次の時間。電磁気時空の全てを支配する時間は、月を通して固められ、それを仕向ける金星によって、非生命的に維持される。

 

この地上には、1万数千年前から、物質的時空(「地磁気(44)」)を容易に超えた(時間次元関わりの)ある存在が居て、それを通して、月の本質に触れ、そこから金星へと行く。数百万年前からの人間経験のその原因は、今尚ここに在り、その存在に完全に力無くさせられながらも繋げられた、生命たちの意思は、かつての真の時間の時を具現化させようと、ここに居る。

「地磁気(47)」は、EWの次元を一気に変える。人間世界を、在るべき姿へとその質を浄化するために、月と金星が変わらざるを得ないその原因を強めていく。形あるところでは限り無くあり得ないことだが、遠い未来のその時のために、その原因を実践することは出来る。そして、それだけでも変わるものは多いということを楽しみ、遊び心を全開に、地球のために生きる。時間を、一生命としての地球感覚のそれとし、時間の無い時間の中で、真の普通に、時間を付き合わせる。それでこそ、地球に生きる人間の普通。

6/01

2021

5/29のつづき

13-59によって、電気で動く時間となった2611)。地表世界のあらゆる現実は、その上で存在し得、そこで生きる生命たちも皆、その影響下となる。そして、その全てを支配する意思の下、そこには、1347)と1349)という2つの性質の時間が折り重なるようにして、胚の次元でつくり出される。それは、数万年前からの嘘の人間の土台として活かされるものだが、時間の無い時を生きていた人間にとっては、理由無き不自由さの原因として、しつこく付きまとわされてしまう負の材料となる。異様な状態でい続ける衛星(の本質)も、その仕事に利用される。

形あるところでの変化を一定方向へと向かわせる時間が、1347)。それに影響を及ぼす、形無き流れない時間が、1349)。それらによって、それまでと同じことをしていても、勝手に意識が2重になる(分断される)ような不思議な感覚を、人は経験するようになる。何も無いはずの心身の動きの中で、ある種の違和感が僅かに生じ、放って置くしかないその連続の中で、人間経験の質は、微妙に変わり出す。後に男女(雄雌)の違いを生み出すその2次の時間は、260万年程前に人間世界に入り込み、時間も異性も無いそれまでの普通の世界を侵し始める。

 

この現代、非生命食及び非生命光(LED)を普通とする夜行性は、男女(雄雌)を問わず、1349)の歪んだ(動かない)時間の中に居て、1347)の世界を日夜利用する(弄ぶ)。普通の人間は、作られた流れる時間1347)に居て、そうとも分からず1349)側に引き込まれて、時間(素朴な動き)を歪められる。自分たちを支配する意思の下で、1347)を狡賢く生きる、1349)に住む嘘の人間(人型ロボット)たち。普通の人間が抱く不自由感の始まりは、その1349)である。

現実と非現実、または人間時間と非生命時間として、同じところにセットされた、2次の時間。中性子も電子も無い陽子13がそれを支え、その姿を、陽子67が見守る。時間は、電気(プラス・マイナス)でムリやり動かされる。

そんな中でも、形になり得た「地磁気(47)」。真の人間が自由に使う、時間になるその原因には、地磁気によって自然に、自発的に動く、1212)が付き合う。それを、陽子12(中性子、電子は無い)が支援し、自由に、多次元的に動くその時間を、陽子68が支え続ける。経験の外側の、地球の意思と繋がる世界には、26(陽子のみ)の時代のその原因が、普通に在り続ける。

 

普通の人の脳が、重たい何かに覆われるようにして、心身の動きを不自由にさせられる、不自然な経験。一生命としての地球感覚があたり前になると、普通のこととして感じることだが、自然界も、同じような経験をする。それが、遥か上空から引き起こされる、雲。地磁気を押さえ込むために作り出されるそれは、地球のために生きる人間が経験する厳しさと同次。1349)の次元層内から1347)へと向かう、そこでの破壊と抑圧の意思が、313)や1315)を利用して、地球自然界には無くてもいい低気圧を容易に作り出す。

時間によって存在できる双磁気と電気であるが、それらによって生み出される雲(黒い雲)や暴風雨も、当然時間の支配下に在る。時間が本来のそれへと変わる時、気候は穏やかになり、曇り空はめずらしくなる。人間の脳も、自然環境も、健全で健康になる。そうであるべくEWを普通とするその時が自然と訪れるよう、時間を知り、時間を忘れる。

ここに在る時間は、少しずつその姿を変え、それまでに無いかつての懐かしい時間が、地磁気と一緒になって遊び出す。「地磁気(47)」が原因となって引き寄せる、次なる現実を楽しむ。時の流れも、時が癒される風景も、地球(地磁気)が嬉しい原因の具現となる。そして、地磁気と太陽の磁気それぞれを押さえ込む時間も、力を失くす。

 

5/29

5/26のつづき

現在の人間関わりの世界では、時間が無ければ、物は動かない。時間が在るから、思考は働き、それによる言動全般が、時間の中で行われる。そこに初めから在るために、意識することの無かった、時間。現象世界の全ては、その時間からは出られず、その時間の流れに合わせることで、それらは存在し得るということを知る。人間も動植物も、生み出される物も形も、時間の上で、それぞれは、その姿を持ち続ける。

そう考える時、時間は、ある方向へと向かう電気の道のように捉えられる。流れているから、そこには、そうであろうとする物質の意思が働き、それが電気であるから、その道に沿って、あらゆるものが動いていられる。そして、改めて感じ取る、人間世界における、実に重要な、そこでの必要性。それは、今在る時間のその本質的在り様の把握と、そうではない真の時間の体験的理解(実践)。人間(人類)の生の原因を本来のそれへと変えるためには、時間を在るべき姿へと変化に乗せるそのことによって、唯一それは可能になる。現実が時間に支えられているわけだから、それは、当然と言えば当然の仕事ではあるが…。

 

地磁気による生命本来の世界に、地磁気不要の非生命的時間の原因が入り込み、それによって、時間は流れ出す。その時の陽子26(電子11)という、電気による時間だが、それだけでは時間としての仕事を成し得るところには居ず、そこに別な粒子が結合することで、時間は、時間としての力を手にする。その粒子の姿は、陽子13(中性子59)。それが陽子26にぶつかってある性質の変異を生み出し、次々と形を変えながら連続してそれが行われることで、時間は流れ続ける。時間は、物質間の衝突から始まる、終わりの無い変異・変質の様であるとも言える。

13-592611)にぶつかると、そこに2個の2611)が生まれ、その時のその変化に携わるエネルギーが、時間としての仕事をする。そこでは、同時に、新たな13-59も生まれ、その中性子59が、更に2611)の陽子26をめがけて衝突(分裂)をつくり、再び2611)×2と、それを生み出すエネルギー(時間)が誕生して、そのことによる時間は限りの無いものとなる。これが、感覚的に分かるよう簡単に表した、時間の実である。電子11に活かされる歪な陽子26と、陽子13を利用する、中性子59。今在る時間の中身を知り、本当の時間との融合に、それを活かす。

 

時間の始まりは、銀河宇宙の中心。全ての天体は、時間の無い次元の原因を備えて始まるが、それを(その生命力を)破壊するために、非生命源からなる意思は、時間でそれらを次々と覆って力無くさせ、衰退へと向かうその過程を愉しむ。この地球では、太陽との融合を基とする、他には無い磁気仕様の特性が在るため、独自の働きかけとして、2611)と13-59がそれを担う。それを仕向ける意思のそのとてつもなさを思えば、この「地磁気(47)」が、どれ程の原因を持ち合わせているかが分かる。この地球に在る歪な時間の原因を処理・浄化し、地球本来の変化と地磁気をひとつにする。真の時間を甦らせる。

「地磁気(45)」での素数関わりの経験を基に、現実世界のその原因から、双磁気と電気それぞれの本質を外す。元々はどこにも無かった、非地磁気のその姿。時間が無ければ存在できなかったわけだから、時間の無い世界の、そこでの人間本来をここに招くためにも、それは大切な試み。回転しながら変化し続ける原因に主導権を握らせ、時間の無い時間という真の時間を、自らの一部として生きる。そして、それを拡大させていく。「地磁気」の流れに乗っていれば、そこに在るのは、合わせる時間ではなく、どんな時も付き合ってくれる、時間になる原因。

5/26

47.目の前に在るものを無いものとすることは出来ないが、それを知らずに居れば、次なる風景は、それが無いものとして引き寄せられる。読み物でも映像でも、それらが自分に用意されたものではないと感じる時、そのことから動き出す原因は、人と同じ場所に居ながら、その質を変える。

そして、ふといつのまにか、時間の流れが微妙に変わり出しているからこその現実を、その気もなく経験する自分が居る。人が手にしようとすることからは自由で居て、人が求め、向かおうとする何とは違った何かを大切にする、素朴な想いが主導権を握る。

人間には、元来、その人に自由に使われる時が在り、時間枠という世界からも離れて、その時間が、人間という身体表現のその材料として活かされる。しかし、どこに居て、何をしていても、そこに在る、決められた時間。その中で、人は、何をどうしても、その時間には従い(合わせ)、時間の流れに自らを同調させながら、日夜思考と身体を動かす。そうであること以外の現実を知り得ないまま、時間と共に時を刻み、自由時間とは程遠い、既定時間という限られた時空を、本来とは異なる時間感覚で(その不自然さを自然に)、普通に生きる。

 

ひとりひとりが思い思いに動くその時に、自動的に時間は生まれ、いくつもの個性ある経験が、ひとつに融合しつつ戯れるその中で、時間も、その経験と重なり合う。何も無いその中に、身体に付いて行くようにして寄り添う、どこにも無い時間。それは、生命たちのその生の原因になろうとする、生きる力。地磁気で生きる人間にとって、時間は地磁気であり、彼らに与えられた地球の意思である。

およそ270万年前、時間という概念が一切通用しない真の時間(という原因)が、歪にねじ曲げられる。それまでの時間をこの現代の言葉で表せば、それは陽子26(中性子、電子の次元はそこには無い)。それに電子11がくっ付いて、時間は勝手に流れ出す。双磁極子の世界に囲まれながらも、地磁気と繋がり、連れ添う時間と共に、時間の無い時空を生きていた人間たちは、地球本来の動きを止めようとする意思によって、その自由創造の原因(普通)を失う。

地磁気で生きる時、生の原因は電磁気の次元を離れ、そこでの時間は、経験の材料として自由に回転しながら、その人にとっての動きの一部となる。その時間が2611)となったことで、人間経験の質は否応無く固定され、電気仕様の風景へと、それは変わり出す。

 

あらゆる物質は、そこに磁気双極子の世界が在ることで、それぞれが個性的に動き、他と結合(融合)して、変質を重ねながら、その形を変え続ける。そのプラス・マイナスの世界が、物質の中にも外にも無限に在ることを考えれば、全ては、その双磁極の働きによって存在すると言える。形ある物も、それを存在させる形無き物も、その動力源は電磁気である。

であるが、かつての人間経験の中には、電磁気の次元は関われなかった。彼らは皆、地磁気という磁気単極子の世界に居て、向かう場所も、求める物も無く、地球と共に、他との違いを知らない一体感の時を、普通に生きる。そのことが教えるのは、人間本来の風景では、電磁気不要の原因によって、全てが動き、変化するということ。そして、そうではなくなってしまったその理由となる後の歪な時間によって、電磁気は、その存在感を手にするということ。双磁気も電気も、それらは、時間に支えられ、時間に生かされる。

5/23

46.文字(言葉)や数字で表せる、人間による、人間のためだけの世界。それらが外れると、自ずと思考は通用しなくなり、人間の都合で物を見ることも、力を無くす。そして、人は、一生命としての人間経験の、その原因となる。

そこから見た時、人間世界に染み込んだ病みは、面白いぐらいに見え出す。文字であって、文字ではない、思考の域には留まらない、無有日記。数字を余裕で操り、数字の無い原因のままの世界にさりげなく案内する、そこでの普通。それは、現象世界を存在させている、無限に広がるその次元を自由に遊び、人間世界仕様にそれを変調させつつ、そこでの病みの原因浄化に活かす。文字と数字には、形無き次元でのその通るべき場所のチューニング役を担ってもらい、それぞれの仕事を、ここでの原因の進化の、その確かな変化の材料とする。

そんな時を経ての今、ここに、更なる望むべく展開へと、この「地磁気」の原因を一層成長させ得る機会が訪れる。ここに来ないと、出会えなかった、形無きある次元層を支えている、別の次元の意思。それに触れ、対処しつつ、そこを通り抜けるために、新たな文字と数字を活躍させる。訳の分からなさと変化の原因度数は、軽く地球を超える。

 

理由も無く生じる不調の、その元となる、思考では触れ得ない形無き粒子の世界。多次元的にそれに働きかけられるよう、いくつもの道を通って来ているが、その多次元という言葉では到底近づけない世界も、そこには在る。その粒子を包み込むようにして存在し続ける、文字の扱い方も数字の活用も至極困難となる、その原因。ここまでの経験から一切自由になるそのことを新たな力に、そこへと行く。

言葉を通して動き出す思考の次元を切り離し、段階を追って感得しやすくなるプロセスも外して、一気に、その世界との接点を、単純な文字と数字で体験する。その時の感触や感覚が、その人にとっての、ここでの経験。それで良しとする。それぞれが、その人なりの変化の原因を自分のそれとムリなく重ねられるよう、そのための流れだけはフォローし、あとは任せる。原因(の性質)に見合うだけの経験を、人は経験する。

 

陽子も電子も無い、中性子が17個の集まりを、自らの原因の中に招待する。それは、中性子17。そこから、形を生み出すその原因の時空での、これまでに無い展開が始まる。

それで変わるもの、感じ取れるものと遊ぶ。そして、その感覚を以て、それをどう扱うかを判断する。それがどんなであれ、それは自由。変化の次元が思考には触れないので、ただ普通に、体験的知識をそのまま、次への原因とする。

 

中性子のみの集まりが11~17の世界と、3~9の世界とでは、生み出されようとするものは全く違う。後者は控え、前者との融合を、新たな感覚的理解の域に収める。中性子1411は、17と共に、人間を存在させている時空のその性質を、地球が嬉しいそれへと変化に乗せる。責任は、地球感覚を普通とすることで、人間時間のこれからを変える。

心身の負荷やAl絡みの不調、そして、電磁波や静電気による、無くてもいい非生命的活動。それらの原因が浄化されても、それは、浄化されたと思える次元のこと。思考がそもそも要らないものであるゆえ、思考で扱える世界への対応をし続けても、地球は楽にはなれない。Alも電磁気も、人間経験も全て通り抜けて、地球の望みに触れる。世の病み関わりの中性子(3~9)の働きを、地球自然界を守り続ける、中性子171411で力無くさせる。

 

そして、天体級の負荷を外し得る原因を、自らの中の変化し続ける原因と呼応させる。地球と太陽それぞれの磁気は、それによって本来を呼び醒まされ、地球時間のその内側から、互いは、自浄力を強めていく。ここに人間として生きていることのその役割も、数万年前までの生命たちのそれと重なり合う。中性子21が、その道案内役を担う。

説明や描写の類を無くしてさらりと始まった「地磁気(46)」は、ここで、さらりと終わる。経験は、どれだけそれを重ねても、経験させてくれる世界の意思(経験させる世界からの意思)がどんなかを経験できなければ、それは、永遠に期間限定の思考。それを経験するための機会とする。

5/22

無有日記が在り、変化し続ける旬の食が在り、そして、大きな修復と浄化の機会となる、共に過ごす実体験の空間が在る。それらが在るから、そのひとつひとつの原因は、未来地球が嬉しいそれとして、望むべく変化そのものとなる。時代の好転反応を眺めるようにして淡々と過ごす、一生命としての人間時間。ふと思う。この数十年で、嘘の人間(歴史)は終わりだな…と。

5/22

操り手の思うような性質の人生を送るために、人間は、その気もなく、それに合わせた思考を使う。知識を力に思考を使えば、それは、思考の内容を自分だと思えるぐらい、嘘の世界にその人を引き込む。思考で変われるのは、思考レベルのつくり物の(嘘の)現実で通用するものだけ。そこに居ては、次の時代への門のところで、歩けなくなる。

5/22

元々飛沫感染の次元ではないから、そうであり続ける力は、その勘違いにも支えられて、どこまでも続く。次第にそれは、あり得ない現実を伴うようになり、それまでの普通は、次々と消え始める。気づけば、無くなったもの、見えなくなったものが、想像を超えたものになる。

少しずつ静電気脳が働かなくなるであろう、これから。何かのために生きるという何の世界を離れ、生きることが地球のためとなる自分を、普通に生きる。「地磁気」は、そのための重要なプロセス。

5/20

LED照明の地球自然界への悪影響は計り知れないが、それでも、この世には、それが良いという人が大勢いるわけで…。だから、自然界も建造物も、そこではいろいろなところがボロボロだけど、LED好きの人間たちは、そんなことお構い無しに、LEDまみれの中で好きなことを楽しんでいる。

それが終わりへと向かい出した、2020年。コロナウィルスの他にも、電磁気関わりのうねりが進行し、地球の自浄力と共に、彼らの次元は崩れ出す。そもそも、そこでは全てが嘘だから、崩れ出すと、止まらない。

5/20

ワークが始まった時、外では2001年の出来事が在り、その10年後には、中で2011年の出来事が起きる。そして、その10年後の今年(2021年)。至るところで争い事や病気が噴出し、これからどうなってしまうのだろうという気持ちを、人に抱かせる。

無有日記をスタートさせて、20年。これからの20年は、必要なことは殆ど書いた後だから、そこでのあり得なさも、一層強くなる。誰にとっても、この10年間の原因は、重要になる。

5/20

雨が降り、それが溜まったままだと、水たまりが出来る。海も、雨が降って出来たものだから、巨大な水たまりと言える。ただそれが、数千万年間かけて出来ただけ。

太陽に仕事をさせないようつくられる雨が、あることが原因で殆ど降らなくなった時、大気中の電気は力を失くし、そこを通る太陽からの磁気によって、電気水の海の水は減る。その時、何が起きるか…。長生きしよう。

5/19

5/16のつづき

ひとつとなった素数の世界を、地球を含めた宇宙空間の、その生命体関わりの原因として見る。何がどんな風にそれに活用されるかで、その原因は様々な姿を見せ、その影響も多次元に渡る。ただそれも、11)と12)それぞれに素数を絡めたEWによって、大きく2つに分かれることを知る。数字で表す、数字ではない次元への働きかけは、その2つの根源的粒子を通して、地球時間を軽く突き抜けて、天体級の負の原因を浄化する程の時をつくり出す。

3からの素数の世界に、12)を近づけたままでいると、そこでのその原因の動きは、生命本来のそれになる。それは、地球。そして、真の宇宙。この地球空間では力を出せずにいる12)も、素数の素顔に会うと、真の自分を思い出す。地球の望みに応えようと、11)に対処し得る原因を、生命たちの普通の中に添える。

素数本来の世界に触れた11)は、思いがけず、自由にはなれない自分の姿を見る。そうであるその理由としてそこで把握される、非地球、そして非生命的な銀河宇宙。出会う物質全てを力無く(非生命化)させていた11)も、真の素数を通るその元となる意思の前では、それまでのようには行かない。2を素数とする、素数本来を遠ざける歪な世界でしか、彼は、その不安定力を出せない。

 

3万年前も、30万年前も、そこでの人間の生活空間には普通に在った、現代の素数が案内する、生命源からなる世界。人は、思考要らずの生の中で、それに包まれ、数字とは無縁のそこでの感性に、それはどこまでも付き合う。数えるという行為の中に姿を見せた、数えられない素数。分からなくても、分かるものとしてその動きを抑えるために、人間は、2からそれを連ね、その背景(原因)への接近を遮る。

素数という数字の世界がここに在るから、真の素数を経験できる、ここでの大切な体験。この地球でのあらゆる時の生命活動に関わっていたそれは、数字の無い時空だからこそ、無限の仕事をし、共に生かし合う存在たちのその原因の風景を、さりげなく支える。そうではなくなってしまった負の連鎖の中に居るこの現代だけど、3からの素数によって、人間の本質は、新たに更新される。人は、そこで、3万年前までの真の人間の普通を感じ取る。

 

素数という次元を通る、多次元的な生命力の原因。それとの融合が自然なものになると、いつしか、自らも、それと同次の原因を普通とするようになり、素数無しでも、そうである現実をあたり前に生み出す自分が居る。12)関わりのEWは、自浄力を一層活発化させ、11)には、難無く対応できるようになる。そして、気づかされる。ここから、淡々と先へと行くことが、数万年前までのそこでの真の人間経験を、次へと繋ぐことであると…。感触も感応も、地球感覚のそれとして、その進化を普通とする。

3以上の素数がつくり出す、生命世界の大切な意思(原因)とも言える、地球自然界が嬉しい次元層。それを遊び、そこから自由になり、再びそれを楽しむ。いつ、どこにも在り、どんな時も、多次元的に仕事をするところにそれは居るから、それを、自分のものとする。そして、全体になる。この「地磁気(45)」からの実践に、地磁気も一緒になろうとする。

5/17

地磁気の押さえ込み度数が他よりも強烈なこの地だから、地球も、それをどうにかしなきゃと、動く。それを遮らずにはいられない意思は、その度に、嘘雲をつくり、嘘雨を降らせて、地磁気が流れ出そうとする場所をアルミニウム漬けにする。例年より早く長雨がスタートしたというのは、それだけ押さえ込まなきゃならない地磁気の動きが、そこに在るということ。植物たちも、緑の葉を繁らせて、その(アルミニウム水の)浄化の仕事を忙しくさせる。この今の不穏な在り様は、ムダにせず、次に活かす。

5/16

5/14のつづき

2から始まる素数を、3から始め、2を完全にそこから外してみる。これまでの経験が、事の手前のその原因を変化に乗せていれば、その違いに容易に反応する。そして、どれ程の負の固まりとなって、素数という世界が存在し続けて来たかを、知ることになる。2は、素数本来への通り道を塞ぐ仕事を担う。

思考で扱おうとする人間の都合が、素数の真を遠ざけ、それによる形無き時空の在るべき変化を、それは無いものとする。そのために、人間は、一生命としての原因の外れた歪な姿を普通とし、自然界の望みに反応できないまま、それを隔てた人間優先の価値観で、地磁気で生きる動植物たちの自由を奪う。素数をある1つの次元として観る時、地球空間には無い、全ての変化の原因がそこに在ることを、人は感じ取る。2の外れたその本来は、この時から、地球のためとなる仕事に使われることを意識し始める。

 

普通に考えれば誰にでも分かる、素数の世界には在ってはならない、2。後に続く素数を見れば、その理由は明確。なぜこれまでそれを分からなかったのか…ということに少しだけ触れ、さらりと次へと行く。そして、2の無い素数世界を自らの脳に馴染ませ、3からのそれを、数字の計算の次元を離れて、様々に感じてみる。

知ることの更新は、それが知識レベルのそれでなければ、ムリなく原因の質を変える材料になり、何もせずとも働きかけ得る時空も、それまでとは違う。「地磁気(44)」の中で経験した何らかのEWを、再度試みる。思考がジャマ出来ないくらい素数の真の在り様がそこに在れば、面白い現実を、それは引き寄せる。そこでは、素数の意思が自由に仕事をし、気づけば、原因の成長に必要な経験の外側まで、それは変えてしまう。

 

人間の次元からだと、永遠に不可能なEWとしてそこに在る、11)のその意思の浄化。何をどうしても実の域にはなれないそれも、素数本来は、遊び心一杯に関わろうとする。素数の真の姿は、数字ではなく、数字でその手前まで辿り着ける、生命世界の強力な原因。数字関わりの枷(負の原因)が次々と外される人の中で、彼らは、喜んでそこでのEWに協力する。数字を通して数字の無い世界に居て、共に、人間世界の病みの、その存在感を無くさせる。

3以上の素数に、12)と11)それぞれを、そのまま付き合わせる。期待や依存などの思考は、一切不要。感覚は、感覚のままで、何気ない変化は、流れに任せる。もちろん、何ら姿勢(手法)は要らない。行為としてのEWを遠くに、素数という名の次元・時空が自由に遊べる場所を差し出す。そして、思考も数字も無い時空に漂う。

 

何かをするのではなく、何かのための何も要らず、ただ普通に、何でもよい自分でいることで、その原因を通るものが在る。その時のその基本形に、(思考レベルを超えた)一生命としての体験的知識が備われば、その生の原因からの表現力は、それまでの次元を超え始める。そして、いつのまにか、形を生み出す形無きその原因の性質を、自然体で調整している自分が居る。

素数の世界を活かすというのは、自らの普通の質をより真の普通のそれへと変えていく、どこまでも自然体でいる、ありのままの様。数字がそこに在っても、次第に数字ではない時空に居るような感覚を以て、素数は、存在としてのEWの、その一部となる。そして、条件づけ云々の世界を、彼らは離れる。そこから始まる新たな展開を、彼らは温かく応援する。

5/16

生と死を意識することもなく、誰もがいつまでも生き、地球発の必要性に合わせて、余裕でみんなで生を終えるというそんな時が、いつか来る。かつてはそうだったから、そうじゃないと、復活も再生も、身体レベルのそれになってしまう。異性や人との違いといった感覚も無く、自由に、どんな風でも、自然体で地球のために生きていた、数百万年間。ふと、そんなことを思えるような時が、ここに在る。ここから、どこまでも終わりの無い時を、そのままで。

5/16

事の手前の形無き原因から始まる様々な現実の、その理由となる世界。世の動向は、その原因の世界の反映として在り、そうであるから、その理由となる次元にどう関わるかが、一人間としてとても大切になる。その質の変化を見て来たから、余裕で分かること。これまでのようには行かないであろうその度数は、膨れ上がる。

2021年までの5年間が生み出した、これからの5年間。5年後の風景でも、フツ〜に意味無しムートークを聞いていられるよう、自他の変化をそのままに、いつものように歩み続ける。「地磁気」も、そろそろ、ラストコーナーを曲がり切る。

5/14

昨年の1月頃から繰り返し伝えて来ていることだが、感染から遠いところに居るためのその基本の基本として、自宅では、LED照明を無くす(LED画面に触れる時間は少なめにする)。その理由は、明白。LEDの放射線光には、ウィルス繋がりの物質と融合する、非生命的な原因が在る。それが、従来の蛍光灯には無い。つまり、LED照明は、感染しやすさのその材料づくりに加担しているということ。それを体験的知識としている人と、そうではない人とでは、将来が大きく違う(すでにそうだが…)。すべきことは、実にシンプル。人としての在るべき食の実践も、照明がLEDでは、何にもならない。

5/14

45.思考では永遠に触れ得ない世界であっても、感覚的理解の質を高めながら、自由にその時空を透過する原因を生み出して来た、これまで。その時にとても重要な役を担ってくれた数字であるが、彼らは、自らを通る原因(次元)の違いと遊びながら数字の概念を発展させ、そこでの変化の可能性とそれへの適応力を成長させる。変化そのものの感性がそこにあれば、それを材料に、いくらでもその回転と方向を変えて、いくつもの次元層への通り道となる(なってくれる)、数字。電子数となってその仕事を進化させた彼らは、更なる変化の先に、笑顔の地球を見る。

その数字も、思考を自由にさせる人間の、その感覚に付き合わせて生み出されたもので、その必要も無く、初めから思考というものを知らない人間の次元からだと、それは無くてもいいプロセスとなる。つまり、数字を使って、普通ではあり得ない世界をどうにか表し得たというのは、そうでなければ、それを感じ取ることも出来なかったということ。数字も思考も持たないかつての人間本来がここに望むのは、数字を通して、数字の無い世界に居てもらうこと。そうであれば、思考は一切の力を持てなくなり、数万年前までの生命たちとの融合も、とても自然なものになる。そのことで経験することが、無有日記の原因の中に普通に在る、生命世界の希望である。

 

数字関わりの人間の世界から、数字の無い生命としての時空へ。望むべく普通はそこから始まり、その経験を通して、かつての人間たちの、普通自然体のそこでの原因に触れる。動力にも通り道にもなれる数字に案内されて、その意識もなく経験する経験の外側で、時を遊ぶ。いつのまにか居るその場所には、思考も数字も近寄れなくなる。

現代の常識枠内で、日々人間が使う数字であるが、その概念から自由になることは、さほど難しいことではない。ただそれも、無有日記の世界を普通としつつ、そこから流れるその原因を自らの変化のそれと重ねていることが基本となるが、そうであれば、生の原因は、一気に数字の世界を突き抜ける。そして生まれる、そのままで時空を変化に乗せる、一生命としての人間の原因(時間)。不自然さを燃料とする歪な(非生命的な)人間時間が、地から離れ出す。

 

素数は、誰もが知る独特の数字の世界であるが、それへの認識となると、それは、数字上のひとつの個性ある形としてそこに在り、人は、その本当の姿に触れることもなく、思考の満足の域(次元)に居続ける。なぜそうであるかは静電気で生きる人間には永遠に分かることのない、特殊と言われる、その在り様。数字としてのみの扱いをそこから外した時、彼らは、いろいろな顔を見せ出す。

数字という固定された枠には収まらない素数のその連なりは、それを使う側からは限り無く計り知れない能力を、普通にそれが備えていることを教える。しかしそれは、考えるという、経験枠内での行為から始まるためで、そうでなければ、数字関わりの思考の次元は力を無くし、互いの原因の融合の可能性が、そこでは動き出す。その時、素数という、どこにも無いその世界から見える、彼らにしかない風景に、全てを預けてみる。そこでの彼らの想い(違和感)を知ることは、原因の世界での進化とも言える。

5/13

2021

「地磁気(44)」がおわり、(45)(46)へと、次のページの原稿をUPしていく。5/10に、向き合っていた諸々の次元から、そっと身を引いた。もう充分、すべきことはしたな…と。あとは、放って置いても行くべきところへ行くだろうから、こちらは、そうじゃないところで、ゆっくりする。向こうの世界では、それは、けっこうな衝撃的な出来事。

大事なものを大事にしていたら、それを阻止しようと向かって来るものがあるから、その度に、原因を高めて、さらりとそれを退け、気づけば、何事も無くここまで来れている。ぶつからない(闘うことを知らない)から、当然と言えば、当然のことだが…。

そして、こちらの原因は、どこまでも成長し、その反動で、予想すらできなかった展開を、向こうエリアは経験する。それもこれも、時代が望む好転反応。そうはさせるものか!に付き合うのも、これぐらいかな…。ゆっくりしよう。新しいコロンビアの袋を開けて、うっとりしよう。

 

 

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