地球の目覚め

 

1.元来、肉食の哺乳類が存在してはならない、この地球自然界。その理由はいろいろなところで文字にして来ているが、そもそも地球で生きるというのは、地球発の植物を糧に、ありのままに生を繋ぐことであるので、争いや緊張、暴力を生み出す肉食は、当然、そこではあり得ない。その認識を改めて普通の理解とし、そのことを力強い原因に、この「地球の目覚め」の時を自分のものとする。それが難しい人は、非地球そのものの、異様な存在であることを知る。

 草食動物だけであった動物の世界では、そこに在る生の原点とも言うべき、生命体の核が、全く質の異なる意思に侵され、支配されたことで、そこに肉食哺乳類が現れることになる。草食動物は、植物極という概念が表す、地球との繋がりをその原因とする、自然な生命体。菌の次元からも縁遠いところで、皆で共に支え合い、協力し合いながら生きる。

 肉食動物は、動物極と表される力が、その植物極に寄生するようにして、それを自分のものとして生きる、限り無く不自然な生命体。菌の力もそれに自由に関わり、支配・征服欲を全開に、力をぶつけ合って生きる。

 

 猫科の動物も、元々は、数は多くはないある草食動物の、その生命体の核(植物極)が大きくねじ曲げられたことで誕生する。動物極に覆われて自由を無くした植物極のその生命力は、そのまま夜行性仕様のそれへと質を変えて悪用され、非地球色を強める生態を、その負の原因(の意思)は拡大させていく。

 その時、口になるはずの原口(胚の前段階の最初の活動)は、なんと肛門になるために一度閉じ、その時(閉じる前に)そこに菌(大腸菌)が入れ込まれるという、実に不可解な現実が、肉食動物の原点の風景では行われる。そしてその後に、別なところに口が出来るという、限り無く不気味な、胚の次元での彼らの成長プロセス。植物極を完全支配した動物極からの肉食哺乳類動物は、大腸菌(肛門)の生き物と言える。

 

 

2.数百万年もの間、人間は、植物極に支えられた内胚葉のみの生を生きる。原口はもちろん口になり、草食動物たちと同じように、生命本来の生を共に生きる。

 人間にとっての動物極は、それまでの全てが破壊された、3万年程前から。その時から、人間は皆、夜行性動物とその本質を同一化させた非生命的生態(肉食哺乳類)を普通とするという、外胚葉モードの時を生きる。動物極だけの嘘の人間の増殖が、そこでは行われる。

 植物極の動き(地球と融合する回転)を押さえ込んだ動物極は、その時、植物極とは反対の右巻きら線の動きを活発化させ、それを活力に電気の元を生み出して、外胚葉仕様の電気人間をつくり出していく。彼らの生命力は、植物極を生きていた普通の人間たちの、無くてもいい抑圧の経験。動物極のみの歪な存在たちは、植物極の動きを封じる動物極との繋がりを生の基本に、それを通して人間の在り様をコピーしつつ、人間の振りを経験する。

 

 動物極には、その元となる生命体仕様の働きかけは無く、形ある植物極を支配するそのための非生命的な動機から、それは始動する。つまり、動物極には、そうであるべく原因は無く、植物極を自分たちのものにする意思が、それに対して動物極を生み出したと言える。

 植物極には、それを存在させるべく原因がその元には在り、そこから、地球に生きる生命体としての活動が具現化を経験する。その原因は、粒子(陽子etc.)を持たず、磁気の次元からも、そこには近づけない(その磁気の無さは無限分の一)。それは、どんな時も、植物極の大元のところで生き続ける。

 地球に生きる全ての生命体は、植物極の原因から始まり、その植物極が非生命的意思によって侵されたことで、動物極で生きるという歪な生命体が出現することになる。原因を持たない動物極と、その手前の原因からの植物極。人間世界での植物極の躍動は、地球と共に、生命世界の再編(在るべき姿)を生み出していく。

 

 

3.無有日記によって促される、植物極独自の動きは、それを動物極で支配することで、その生存を可能としていた肉食夜行性の人間にとって、どんなことをしてでも、阻止しなければならない、許し難い現実。しかし、それは確実に進行する。そのためのこれまでの原因が、この「地球の目覚め」を通り、植物極の記憶を備える生命たちの本来を刺激する。動物極は、崩れ出す。

 動物極を秘める、人間の体の中の胸腺辺り。夜行性人間は、動物極だけだが、かつての経験の原因を持つ真の人間は、それと一緒に、植物極の記憶を秘める。生命たち(約15千人)が経験する、胸腺の圧や違和感は、植物極の蘇生型の動き(意思表現)。押さえ込まれたままではいない変化の時を、生命たち(の記憶)は、この時代に具現化させる。

 動物極のみの嘘の人間は、それへの反発・拒否反応から、同様の状態を経験する。植物極と動物極とのせめぎ合いが、多次元的に繰り広げられる。

 

 肉食哺乳類人間の中身は、不自由を強いられる植物極の辛さと、それを封じるための歪な活力。彼らは、植物極の存在無しでは生きられず、植物極が元気になることでも、思うようには生きられなくなる。動物極が植物極をコピーすることで(自分のものとすることで)、それ繋がりで人間の振りが出来る、人としての原因(中身)の無い嘘の人間。彼らの在り様の変化(嘘の浄化)は、想像を超えるものになる。

 今回の時代、植物極を力無くさせ続けるために利用される人間が、植物極の記憶を備える生命たちの周りに、幾層にも渡って居る。その全てを知り、包み込む、生命源からなる力は、無有日記を植物極の代替えに、縁ある動物極のみの人間の生き直しを支援する。それぐらいだからこそ、生命としての人間本来が、そこでは復活を経験する。植物極を覆っていた動物極は、それまでと同じでは居られなくなり、植物極と共に生きて来た生命たちの、地球繋がりの回転は甦る。

 

 

4.地球空間に動物極が入り込んだのは、3億数千万年前。水星と金星がそのために利用され、水星は、動物極の活力源となる15)、金星は、菌次元の全てに関わる139)の粒子供給のための役を担う。

 植物極は、14)と16)が共同でその基礎を支え、地球との融合を基本とする生命本来の粒子を、そこから生み出す。原胚とも形容できる形無き次元から、植物極が、その生命活動を始動させたことから、非地球の意思は、その全てを力無くさせるための動きを取る。

 

 現代に至り、ゾウやキリン、牛や馬が植物極を保持できたのは、猫科の動物のようには、その生命の核を支配されなかったから。動物極からの肉食動物の原動力は、どこまでも電気。それ無しでの生命活動はあり得ないため、(地磁気と繋がる)巨大草食動物と同じような活力源を、植物極をコピーしながら維持するのは困難となる。太陽の磁気の力によっても不自由を覚えた動物極の生き物は、猫科(目)レベルの肉食夜行性の域からは出られない。

 猫科の世界で力無くさせられ続ける、植物極を押さえ込まれたままの、かつての(記憶のままの)草食の動物たち。彼らのためにも、この人間世界から、動物極を外す。猫科仕様の動物極は、数百万年間。しかし、人間は僅か数万年間で、数百万年間の植物極の生を知る生命たちが、ここには居る。

 

 動物極を支配する意思が、自分たちには永遠に無いために、どうにも出来ない、植物極の原点(原因)となる次元。それは、無有日記を通り、地球をも包み込む生命源の力として、自由自在に仕事をするゆえ、その全てを活かす。植物極の記憶を持つ生命たちの、真の力を甦らせる。一生命としての、地球が嬉しい人間経験を、ひとつひとつ元に戻らないそれとして、変化に乗せる。

 植物極の原因の風景から、それを基に生を繋いで来た人間世界を見る時、そこには、中心となる植物極が在り、他のどれよりも強力な負荷の中で、身動き出来ずに居る。「地球の目覚め」のこの時、それを解放する。

 そして、無有日記は、数万年前以降の嘘の人間とそれ関わりの蛇猫の次元を眺める中、動物極の中にも、そこには中心的な存在が居て、それによって、植物極の生命たちが受容し続けるしかなかった厳しい人間経験の時も、把握する。

 そのことは、地球の目覚めの時を引き寄せるその原因へと、姿を変える。植物極が、人間の中で活躍し出す時、ただそれだけで、未来地球は嬉しい。

 

 

5.生命体の核の様を思考で捉えることは不可能だが、それでも、自然発生的に生じるであろう感覚的体験と、そこでの原因の呼応に任せつつ、今在る知識に、そのための間口の仕事をしてもらう。植物極や動物極という表現も、単に思考の手助けのようなものだけど、そんな中でも、言葉を活かし、言葉では触れ得ない次元との融合を試みる。無有日記は、そこに余裕で居るから、思考を最小限に、感覚発の動きと変化をありのままに楽しむ。

 この「地球の目覚め」を通して動くものが、その人の中で新たな現実を生み出すその原因になろうとすれば、それだけでも、この時代に生を持った意味が在る。そして、この時代に居ながら、そこには居ない感覚を以て、時代が望む変化を、地球と共に確かなものとする。その変化は、さりげなく静かで、力強い。

 ここでの経験に抵抗があれば、それは本性(動物極)の拒否反応であり、本来(植物極)への強い嫌悪である。そのことを受容し、思考を外して、そのままで居る。これまでのどこにも無い感覚的体験は、二者択一的判断がそこで一切の仕事をしなければ、望むべく次なる変化の原因になり得るもの。体験的知識のまま、その様の流れを見る。そして、一生命としての生き直しと、この時ならではの人生を、ひとつに重ねる。

 

 「地球の目覚め」は、地球の望みに応えようと、力無くさせられながらも植物極としての生を繋いで来た生命たちのもので、それを阻止しようと植物極の自由を押さえ込んだ、その動物極との繋がりで生きる、動物極のみの人間のためのそれではない。人としての理解がそこに在れば、それは当然過ぎる普通。そんなことにも個人的な否定感情(不安、怖れ、嫉妬、悔しさetc.)が動けば、それは、植物極を押し潰そうとする、動物極の意思の現れ。

 思考は、動物極のみで生きる人間のために作られた、原因の変化を避けるための道具。植物極を応援する。そして、新たな原因に全てを預け、自らも、動物極を外す。

 無有日記は、限り無く中庸そのもの。それは、生命本来の根幹であるゆえ、どんな人も、どんな状況も、そこに在る原因はそのままではいられない。縁ある風景は、縁ある人と共に、その姿を在るべき姿へと変え、未来は、そのことで、地球との繋がりを密にしていく。普通にそこに居て、植物極発の原因を基に、真の人間時間を生きる。

 

 

6.これまで、いくつものテーマで、その時々の必要性から関わって来た、粒子の世界。その度に、新たな展開を生み出すその可能性表現の材料として、それは様々に活かされて来たが、対応する次元のその無限の拡がりと影響力に対して、それなりの完成・完遂度を実感できるという程のところには至れなかった。それはやむを得ないこととして、謙虚に未熟さを認める。文字や数字を多次元的(負の)原因への対処として最大限活用しているようでも、それは簡単ではない。

 それが、「地球の目覚め」の時に辿り着けたというここでの経験から、次第に変わり出す。これまでの原因全てがひとつに溶けて更新される(進化する)ような変化と共に、EWの次元は、新たな成長を普通とする。向かっていては永遠に知り得なかったであろう、どこにも無い道がここには在り、そこを通って、全ての元を、本格的に変えていく。

 

 その道は、地球と融合する全ての生命体が、その植物極の原因として経て来ている、生命誕生への道。後から植物極(の生)を奪い取る動物極にはそれは無く、それゆえに、その原因を以て、植物極を刺激することも、動物極をけん制することも出来る。動物極は揺らつき、植物極は、今までに無い自分を経験する。粒子が無くてもそこに在るその道を通って、生命世界の原点となる場所での、そこでの負の原因を癒す。

 その時、改めて、粒子の世界を活かす。これまでずっと充分なものにはならなかった経験を後方に、植物極のその元となる粒子無き原因から、動物極の粒子15)に対処する。そこから生まれ、動き出すものは、永い生命の歴史の中で一度も無かった、地球の切なる望み。それは、地球の目覚めを呼び起こし、植物極で生きる生命たちを元気にする。何をしてもどうにもならなかった動物極の次元が、未来の風景との繋がりを失くしていく。動物極の中心として存在し続ける、この現代でのある姿を、この「地球の目覚め」に招待する。

 

 

7.単独で生きることの出来ない動物極は、植物極を支配することで、その活動源を手にすることが出来、夜行性色を前面に好き勝手に力を行使しようとする際には、そこに添うようにして存在する139)が、そのための協力をする。原口が出来る前に胚の中に入り込んだ高密度の139)は、後に大腸内の菌と多次元的に繋がり、動物極発のそこでの破壊力を、菌の姿を以て下支えする。

 夜行性仕様の人間にとって、動物極は無限であるが、それを支援する139)は有限である。単独でも仕事をする、姿を消す可能性を持つ139)と、単独では何も出来ないけど、植物極を自分のものにすればどこまでも存在できる、15)。その2つの粒子が一緒になって、非地球的意思を形ある生命体として、彼らは表現する。

 

 数億年前に、139)と共に地球空間に入り込んだ15)。植物極を支配し得た動物極は、初期胚の次元からすでに139)の支援を受け、我が物顔に、生命世界での支配層の立場を生きる。139)の指揮の下、菌と大腸(肛門)との連繋もそこでは生み出され、獰猛で野蛮な性質を備える夜行性肉食動物が増殖することになる。人間は、後にそれに倣う。

 人間の大腸内に密度濃く存在する139)であるが、前頭葉の部分にも常にそれは供給されて、夜行性の脳活動全般を、それは支える。夜行性人間の生きる力と生きる術は、大腸と前頭葉内それぞれの139)と言える。(植物極の原因を持つ人間は、無縁であるはずの139)を体内(腸、脳)に入れ込まれることで、不調を経験する。)

 植物極のその元となる粒子無き次元から人間世界を見る時、そこには、139)の中心的立場で居る人間(×2)が存在する。もちろん本人たちは、それを永遠に知ることはない。核となる139)を備えることで、その意識も無く重要な役を担い続ける、動物極の代表のような存在。そこを通って、真の人間たちの脳に入り込んだ139)を外していく。ここまで来れば、それは難しいことではない。

 

 

8.同じ空間に居る電気のみで生きる人間たちが、そこで同じような反応をするのは、それぞれを包む139)が互いに融合しているから。そこに居ても、居なくても、自分たちに関わる普通の人間を覆うその139)の変化に、焦り出したり、眠気を覚えたりと、普通ではない(人間とは思えない)反応をみんなで見せる。

 139)の中で、それに守られて生きる、動物極の人間。彼らひとりひとりを包むそれは、何mもの幅を持ち、他のそれと重なり合いを持ちながら、無意識の意思を働かせる(思考や記憶の中の関わりでは、距離感は無くなる)。それは、「普通の風景」に在るような現実を、日々非生命的につくり続ける。

 自由に生きようとする様を139)にジャマされながら、厳しさばかりの時を経験する、植物極の記憶を持つ人間。彼らを覆うそれは数十cm程の幅を持ち、重石のような性質のその負の力によって、人は自然体での営みを縁遠くさせられる。それでも、植物極の原因は、彼ら自身のそれとなって、その生命表現を応援する。

 139)は、自由にその中性子数を変え、状況に応じてその影響力を変調させながら、同質・同次の重苦しさを生み出し続ける。その重さは、嘘の(夜行性の)人間にとっては、電気に変換される活力源。本当の人間には、辛い現実。それ無しでは生きられない前者は、みんなと同じことをすることに安心を覚えながら、おかしな(非人間的な)生を送る。彼らは、139)の操り人形状態でい続ける、人間の姿をした、電気で動く物である。

 

 金星には、2億年近くかけて出来た、数千m幅の139)の層が在る。地球空間における生命体関わりの、その負の原因としての仕事を担うために生み出されたそれは、地球をその同次元の粒子で覆い、そのために、3億数千万年前から、地球は、要らない経験を強いられ続ける。

 地球表面を同じようにして覆う139)の中には、そこで生きる生命体に対する別次の139)が在り、細胞レベルでも、それは中性子数関わりで様々に異なる。地磁気で生きる(生きられる)生き物と、電気でしか生きられない生き物との間でも、関わる139)の次元は大きく違う。

 そして、それらがどんなであれ、これからその139)は、植物極の元となるその原因からのEWの対象となり、多次元的に刺激されて、同じ状態のままではいられなくなる変化をそれは経験する。動物極を支えられなくなるぐらいの時へと、次第にそれは進化し、生命世界は、地球本来のそれになる。そこへとその原因が動き出したから、ここに「地球の目覚め」が在る。

 地球と繋がる生命体にとって、139)は限り無く不要なもの。139)が無くなる流れを確かとする中で、それに支えられる動物極15)は、存在感を維持できなくなる。気づけば、動物も人間も、植物極発の生だけが、自然界の風景として、普通にそこには在る。地球は、生命たちと共に、目覚める。

 

 

9.対処すべきその原因として、これまでにも何度か登場した、黒点。何億年も前に太陽の中に入り込んだそれ関わりの粒子は、生命たちの活動と共に表に出るところにまで太陽の反発力によって押し出され、現在に至る。植物極を支配した、動物極関わりのその原因深くに入って行くと、そこには黒点が在る。

 太陽が簡単に自由を奪われる程の負の力となってそこに居着いた黒点であるが、その主となる粒子は、11)。それは、同じ陽子数12)を基本とする太陽内に難無く入り込み、それへの破壊行為を形にする。植物極の元となる原因(根源)は、ここに至り、全くの 別次空間でそのことを仕向けた存在を把握し、そして、9章への流れを生み出す。

 

 太陽が本来を崩されたことで存在することになる、太陽の磁気(光)を不要とする、夜行性動物。太陽が抱える負荷によって力を失くした地球に、反発するようにして生きる、地磁気不要の肉食動物。彼らは皆、動物極発の、電気のみで生きるつくり物の生き物。動物極15)は、太陽を力無くさせた黒点11)から生まれる。

 黒点の原因に触れる度に妙な動きをする、形無き次元での非生命的原因。世間では、そのことに抵抗するようにして、夜行性人間(の生態)を応援する風潮が生まれ、自然界では、地球の息吹きを集中的に押さえ込もうとする、黒く厚い雲(雨雲)が停滞する。その時に活躍するのは、夜行性(動物極)の土台でもある、黒や振動(菌、暗闇etc.)の元となる、139)。当然それも黒点から生み出され、彼らの遊び道具として、好きなだけ使われる。地球空間での非生命的(非人間的)現実は全て、黒点絡みである。

 

 

10.数百万年前から、人間時間を経験する、太陽と地球に望みを託された、生命たち。彼らのこれまでの普通に応えるようにして生み出されたこの現代、その総仕上げのような役を担う生命体(×2)が、初めて人間を経験する。それにより、太陽は一層の輝きを見せ、地球は、今までに無い自由を経験する。みんなで、この時を、どこにも無い確かな原因のそれとして、未来に渡す。

 その1人は、地球上のどこにも無い身体要素を基に、生命本来のままの人間時間を送る。それは(その役割は)、体内のある部分に11)を秘めて、あり得ない現実を生きるというもの。そこからつくり出される、本来無くてもいい139)が大腸内には溜まり、他の(動物極繋がりの)139)との要らない融合と、それによる辛さと痛みを日々(24時間)受容しながら、誰も経験できない厳しい時を過ごす。それは、(別な1人によって)そのことが太陽のために活かされ得るその時まで続けられる。

 身体内の11)への対処は、太陽本来の12)を力強く動かし、地球に注がれる太陽からの磁気も、それまでとは全く違ったものへとその次元を変える。同じ11)の黒点から生み出される139)も、それまでのようには行かず、植物極の原因を通す人たちは、それにより、永い時の枷を外す。電気のみで生きる肉食(夜行性)動物は、地球での異物化を強めていく。

 

 今回の時代に特別にセットされた、生命たちひとりひとりのそこでの役割分担と、さりげない実践。それは、数万年間の負の連鎖を砕きつつ、数百万年間の非地球的原因を浄化する。そして、何億年もの地球と太陽それぞれの天体時間を、次なる変化の時へといざない、彼らの安心を、これからのこの地上での生命体験と繋ぐ。太陽も地球も生命世界も、未来に向けての大きな再スタートの時を共とする。

 草食哺乳類たちが、活力をみなぎらせて自由に生きる時へと、時代は動き続ける。彼らと融合する人間たちも、動きやすさと生きやすさを普通に、自然体で、一生命としての人間時間をどこまでも生きる。どの次元とも繋がるこの人間世界のその原因の中で、11)が浄化され出そうとするこの時、それを主として太陽内12)に住み着いていた黒点も、動かざるを得ない時を迎える。動物極15)による時空も、この地上世界から、自然と姿を消す。みんなで、地球の目覚めの時を通る。by 無有 10/16 2021

 

 

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