無有日記

 

11/03

2016

141.専門職に就く以前から、下劣な悪趣味の世界に居たとしか思えない、植物(作物)本来の営みをLEDの光で操作しようとする人たち。「〜の時のために」と、要らない意味付けと必要性づくりの上手い彼らは、自然を知らない自らの不自然で、生態系の質を悪化させていく。

142.素朴で柔らかな感性を嫌うLEDを好きな、敏感で自分に正直でいる人を嫌う、LEDに好かれる人。蛍光灯の下では分かりにくかった、その本心の危うさと重たい感情。

143.LEDは、簡単に普通の質を低下させ、それを人に馴染ませて、普通ではない生活環境発の異常なものやかたちを作り出す。その典型は、見映え良く、聴こえの良い作り物の愛情と、思うことで良しとする、その原因を持たない優しさ。LEDは、人の心まで喰い潰す。

144.自然環境を大切にする普通を持たない人は、LED照明の余りの悪影響にも何も反応できない程の不自然さの極み(偽善と欺瞞)で自然環境のためとされるLED化を支え、良い人を生きる。という地に落ちたような偽りの人間を生きる。

145.精神異常状態としか思えない、その芯(中心)に生命の意思を持たない不気味な食物(植物)づくり。自然界には在ってはならないLEDの光が当てられれば、それはそのまま、この地上には存在してはならないものとなる。それは、この世で最も悍ましく、最も分かりにくい、経験の外側での生命破壊の手段と言える。

 

10/31

121.この世の珍事、悪事、不祥事の代名詞、LED化。形ばかりのみんなのための正しさをLEDに絡め、みんなにとっての正しさが自分の中に無いことをごまかす人たち。LED化は、無生命・非人間化の具体版である。

122.小動物たちの姿が見えなくなっても、その事実の原因のところに踏み込もうとはせずに、そうである結果と知識(見解)を残して無責任に逃げるから、原因は不明(不確か)にされたまま。人間としての責任をあたり前に覚えれば(備えれば)、どんな人も、LEDという危うい原因に突き当たる。

123.LED照明の電車やバスの走る街。そこでは、人々の脳が健全な代謝をフォローできなくなり、人間らしさを無くしたロボットのような思考と、生気のない不気味な(幽霊のような)精神が広がり出す。空間も関係性も、LED電車のようになる。

124.食物や水を通して人が心身を病むという、決してそうであってはならない状況を平気で作り出すLED。その光を浴びたら、どんな食物(水)も、それまでのままではいられない。LEDは、まるで地球に落とされた、生命破壊物質である。

125.視点や焦点の置き所といった、修正・浄化し得る次元ではなく、その存在は、そうである事実を前にしても、その全てを否定するかのごとく、‘分からない’と言う。そして、強力な大義名分よろしく、得意気に‘省エネだから’と続ける。LED化の茶番劇。それは、恐い程の次元の低い人間像。

10/30

116.直視すると目と脳がヘンになる対向車のLEDライトを避けるようにして運転することで更に危険が増すという状況を避けるために夜でもサングラスをかけて運転せざるを得なくなる、その不可思議な交通事情。LEDの車は、存在自体が要注意となる、走る光の暴走車。

117.‘環境への取り組み’というテーマに比重を置きつつ、LED化を進める、その悪質な偽善振り。

118.この国における、歴史を連ねた最悪の洗脳システムは、そうとは全く分からないところで、誰もが何の疑いもなく正しいこととして受け入れて来ている、神社関わりの神々への理解(傾倒)である。それは、LED化(嘘の具現化)の重要な土台となっている。

119.水質を大事にする蛍光灯。利益優先の汚染機器LEDLED仕様の自販機(の中)は、飲んではならない不調水。

120.危ういLEDへのしつこい鈍さは、危うい人間の形無き恐ろしさ。LED化は、鈍化する人間の偽りの社会像。

10/28

101.LED街灯(防犯灯、照明etc.)の光に照らされると、虫(小動物)は生きられなくなり、逃げられない植物(草木)は、異常な姿を見せて、朽ちる。当然人間にも危うくなるその場所は、非生命化する腐敗空間となり、生命体の自然な営み全てが消滅する。LED街灯がそこに在るだけで、何もかもがオカシクなる。

102.キレイに見せて、実をごまかし、脳に負担をかけて、思考を巧く操る。食品に飲料水に、化粧品に洋服に、プチプチピカピカLED

103.感性が健全であれば、どんな専門家も放って置くことはしない、LED化。専門家という職を手にしただけに過ぎない、凡人にもなれない無責任な存在では悲しい。この国の(特にLED関わりの)専門家は、専門家である前に、血の通った心ある人間であって欲しい。

104.段々と精神は不安定になり、頭も体も重くなるLED照明。それに平気でいられる人の危ない理由と、敏感に反応する人の本来の普通。病気や争いの多くは、LEDの負の原因と融合する存在が無自覚に連れて来る。

105.みんなで結託すれば、恐ろしいものは何も無いLED化。みんなで悪の道を歩けば、悪を善にも出来るLED化。どこまでも嘘をつき通そうとする、本当を生きられない存在たちのLED化。

10/09

2016

86.LEDが誕生したあたりから、「観測史上初〜」や「平均を大きく上回る…」といったフレーズが付き添う自然現象(風、雨、気温etc.)を人は経験し始める。地球の異物は、その原因から処理(浄化)されなければならない。

87.見た目よく、中身をごまかす人にとって、エコという言葉は有り難い。エコという言葉でどこまでも偽善を通せるわけだから、それを使わないわけがない。

88.日本が世界一の病み大国であることを支え続ける、24時間営業のLED照明のコンビニ。

89.LED化は、細胞レベルの異常な働きを安定(慢性化)させていく試み。LED化された街は、その成功例として存在する、異常な(異常に馴れた)人間たちの、虫の住めないニュータウン。そこでは、心が、異物として捨てられていく。

90.植物の細胞は溶け、乾燥し、朽ちる。動物は、脳の神経組織が力を無くし、異常から衰退へと向かう。人間は、感覚器官(神経)の低下から始まり、生命力の最も微細な部分から活力を無くしていく(溶けていく)。(※生命にとって、感覚が鈍るというのは実に恐ろしいものである。LEDの光を浴びたものは摂らず、LED照明のある空間には近づかないことが必須となる)

 

9/28

71.無くてもいいものを無くてはならないものとして人に付き合わせるのは、嘘を本当にして人々に嘘を生きさせてしまうのと同じ。LED化の原因深くには、作り話と嘘の教えが八百万在る。

72.LEDの空間に居ると、野菜や果物のように、人の体も、内側から腐敗する。生来の治癒力でカバーできても限界は来る(老化は加速する)。それが平気な人の体内って?脚の無い腐敗型の生き物の姿が浮かんでくる。

73.自然界の生命たちが連繋の危機を覚える程のLED。その負の力を、食物連鎖のどこにも、ほんの僅かでも入り込ませてはならない。

74.人としての責任感覚を持たない人が責任ある立場でいるために、徐々に腐っていく社会環境。LED化を放って置ける理由と立場に固執する、そうであってはならない場所での、彼らの哀し過ぎる素顔。LEDの真実を捻じ曲げてしまう程の恐怖心で、愚か者を地で行く。

75.責任ある立場で居たがる責任ある原因を持たない人のために、徐々にその密度を増していく、人々の健康被害の下地。LED化を推進する理由と立場に固執する、そうであってはならない状況での、彼らの寒過ぎる(危険過ぎる)思考。LEDの影響に背を向け続ける人間味の無さで、小心者を地で行く。

9/25

59.感じないことを燃料とするLED化。分からないことを言い訳とするLED化。本心の危うさを見えなくさせてくれるLED化。

60.事実を受け入れ、事実から学べば、それは謙虚さを備える自然な科学。事実を無視し、事実を作り上げれば、それは傲慢さが見え隠れする不自然な(作為的な)科学。もちろんLED化は、後者発である。

61.物を冷やし、低温を保ってくれるだけで良かったのに…。購入前に取り外しをお願いする、冷蔵庫内のLED

62.見たくないけど、見なきゃだめ。見れば見ただけ、目(脳)が辛い。近づく度に不安を生み出す、LEDライトの信号機。

63.見えない思惑、見える弊害。見たくない事実、見えてくる無責任。LEDの光は、普通の暮らしの、妨害、光(公)害、闇夜の侵害。

64.心身の力が微妙に失くなり、気持ちも落ち着かなくなる。思考がまとまりにくくなり、要らない感情も動きやすくなる。胸が圧迫され、皮膚に違和感が生じることもある。髪の毛や目の元気が無くなり、空気感が老けた感じになる人は多い。それは、普通の人の、LED電車の中でのこと。

9/19

42.照明がLEDになると、そこは人の住めない街。そのことに鈍感になると、それは人が人でなくなる時。その気もなくそうであることで、街は生命力を無くしていく。

43.人の暮らしと環境のためと、嘘全開のLED。その中身は、暮らしにくさの病気の原因。環境を壊す、動植物たちの嘆き。

44.見ても、心は動かず、聞いても、分かろうともしない。触れても、何も感応はせず、体験しても、責任を覚えるところにはいない。災いをもたらすLEDへの鈍さは、‘世も末’の現代版である。

45.ドアを開ければLED。ドアを閉めてもLED。食べ物の性質を変えるLED冷蔵庫は、料理のジャマをする粗悪品。

46.室内の照明がLEDに変わった時から家族みんなで歩き出す、多種多様で原因不明の、脳疾患への散歩道。

9/15

33.適応度が良い人ほど、本来の人間らしさが無くなっている証となるLED照明。どんな思考の力でも、その原因からなる事実は覆せない。

34.ちょっと一休みの安堵感が焦燥感になり、表情も疲れ顔、老け顔と変わり出した、カフェでの出来事。恐るべきLED。(反応した分、直りも早く、そうではない時、深くに染み込む)

35.おかしな人と思われても、人として決して外せない仕事がある。阻まれ、疎まれ、煙たがられても、未来のために担うべき責任がある。生命を生きる人間として、さりげなく大切にし続ける本来の普通がある。

9/11

26.植物は連鎖的に枯れて行き、LEDの悲劇は、日本全国、富士山にまで及んでいく。それを放って置ける理由を、人は持たない。

27.そこにLEDライト(照明、街灯etc.)があれば、夜間の雨はLED水。土に染み込む、生命を生かせない水によって、植物も生物も、生きる力を無くす。

28.LED照明に馴れると、人間らしい感性が鈍り、決められたことや言われたこと以外の、直感的判断と感覚的対応が難しくなる。それは、事故や問題事の、形無き強力な原因となる。

29.車のLEDメーターにLEDライト。道路のLED街灯にLED信号機。4点セットで自己紹介。

9/08

22.街灯がLEDになった日。健全さを普通としていた人ほど、その時から、心身の乱れは始まり出す。

23.熱心ではなく、見栄と体裁。真剣ではなく、執着と嫉妬。リラックスではなく、惰性と思い込み。蛍光灯とLED照明。

24.虫が教える、生命科学の基本。まずは、病み(負)の原因を作らないこと。そのためにも、LED照明を無くすこと。

25.醜さ、さもしさ、意地汚さ。結局そういうこと。LED照明の送り手の素顔。

9/07

18.LEDライトを作り、広める人。それを支え、得する人。彼らは皆、生命活動(自然界)の異変・異常に快感を覚える人。

19.笑うに笑えない罰ゲーム。乗らざるを得ないLEDの電車(新幹線)は、拷問級の病みだまり。

20.光の奥に隠された、破壊・破滅の負の威力。LED化により、桜も銀杏も元には戻れず、人間の非人間化も加速する。

21.山々の辛さに、海が泣いている。海の涙に、太陽が悲しんでいる。人間は実に恐ろしいもの(LED)を作ってしまった。

9/04

L「電気を減らせば元気も失くす、不調とセットのLED。焦って、ムリして、がまんして、気づけば老け顔、厚化粧」

M「LED街灯、遠ざけないと、順に無くなる、気力と若さと素直な心」

N「何も出来ずに不安は募り、何も買えずに気持ちも沈む。LED化された場所を歩けば、何が起きているのかも分からずに、異様な時間ばかりが過ぎていく」

O「普通だから、普通に反応する、異常なLED。健全だから、感性がそのままの、LEDへの違和感。不調も不快感も、意味不明な動きにくさも、細胞たちの責任と実践」

P「信号待ちとテールランプ(後部LED)、思わず下ろすサンバイザー」

9/03

➈「疲れやすく、老けやすく。ボケやすく、枯れやすく。LED感染の木々の様子は、近い将来の君の姿」

➉「私の家の庭にも届いたLEDの便り。草花も虫たちも、いつか帰ると旅支度」

J「車のLEDヘッドライトが見えたぞ。ぼくら(みかん畑)も、消える時が来た…」

K「LED照明の店の食べ物、食べたら大変、飲んだら大ごと。身も心もじわじわと、溶けて、崩れて、落ち葉のメロディ」

2016

9/01

E「LEDは地球の悲しみ、太陽の失望。取り返しのつかない現実をつまみに、嘘の神々が神社でうたげを開く」

F「なぜLED、いつまでLED。そこまでLED、ほらみろLED

G「自然(環境)保護も動物愛護もみんな嘘。ほら、その証拠に、それ関わりの人たちがLED化を放っている」

 

8/31

➀「LED、視界に入れば事故のもと。浴びれば失くす、生命力。使って得する、鈍気代」

A「LED照明、病みの証明、醜い素顔(本性)のライトアップ」

8/28

どうにもならない状況の中に潜む、何があっても何もしようとはしない存在のその負の原因と融合することはせず、全く別のところで(経験の外側で)、どうにかなり得てしまう原因を選択・実践する。世の不公正や不健全な環境を変えようとするのなら、LED化の原因から離れる(「LED感染」を普通とする)。子供たちの将来を憂うるのなら、LED照明を外す。その理由は、「LED感染1〜7」の中に在り、MEリンクの中にも多々在る。

この世の病みの全ての原因は、LED化の原因と、深く、しつこく絡み合っている。その原因深くから、時代が更新されようとしている。

8/26

動物も植物も、自分たちが安心できる柔らかな心の存在がそこに居なければ、やむ無く経験させられてしまっていることでも、悲しみ嘆く(情けなく思う)自らの姿はどこまでも見せまいと、その切なる意思(本能)に従う。

原因の世界での、形無きコミュニケーション。どんなに思考で繕っても、要らない(無くてもいいはずの)ものを大事にしていれば、その本心(危うさ)は、外へと伝わり出す。LED化による、今までには無かった、生命たちの悲しみとの出会い。その様は、その人の中心に在るものがどんなであるかを分からせ、次へ、更なる次へと歩むことで、あり得ない変化の可能性を引き寄せる。その時は、動植物たち(と呼応する無意識の意思)が主導する。

8/24

LED照明に替えてから体調がへんになった、という体験を元にした自らの状態を言葉にしても、送り手(作り手)は、「そんなことはあり得ない。因果関係も全く不明である」と軽く突っぱねる。そんな光景も、そこに在る嘘を知れば、事は進展する。

LEDは、光の姿を取った、自然破壊兵器と思ってよい。その内実(原因の影響力)は、全く照明とは言えず、どこまで行っても(どんなに改良を加えても)、地球の異物、生命にとっての脅威である。動植物たちも、そのことを喜んで教えてくれる。それが(その嘘が)形になった映像は、まだ始まったばかり。

8/22

細胞(の意思)レベルでの異常な状態を簡単に作り出すLED照明は、まるで、動物らしい動物、人間らしい人間をこの世から無くさせようとする意図を持っているかのように、健全な感性を持たない異常な人間を活躍させ、それに違和感を抱く普通の人たちの本来を遠ざける。どう考えても、普通一般には、生命として決して許されない、LED照明の底無しの負の影響力。生きる原因への責任が獣化している、LED化で世をオカシクさせようとする存在たちは、神社の中にも、ポスターがピンクからブルーに変わった悪徳団体の中にも、腐臭漂わせる巣を持っている。それは、LEDの危うさを知る普通の人たちにとって常識となりつつある。

8/20

たくさんの人の犠牲が強いられる(他国との)熾烈極まる争いのさ中、「これはおかしい。早く止めた方がいい」なんてことを口にすれば、それだけで、その人の人格は否定され(厳しく罰せられ)、人生を潰されてしまった、かつての、未熟さそのままのいくつもの時代。何のために、誰のためにの大義名分も、元を辿れば、非人間的な原因を潜める存在たちの、芝居がかった情けない感情(不安と怖れ、嫉妬と差別)。そんな歴史を繰り返そうとする人たちの下劣な思惑が、それまでと質を同じくする、より高度な破滅型の試みとして、今、LED化を進める。

LED化は実に危うい。早急に止めるべき」という健康的なセリフを言えば、たちまち怪訝な顔をされ、病院行きをすすめられる、この今の恐ろしさ。そんなこんなも、思考世界の原因を牛耳る、仕組まれた計略。その紐解きは、実に簡単。人間として、まともになればいい、

8/18

みんなにとって大切なことを本当にそう思う(そうしたい)のであれば、それをわざわざ言葉にすることはなく、ただ実践。大切なことが大切なことのレベルでは、それは単に、そうではない世界の裏返しの感情と遊んでいるだけ。変化から遠く、人の変化まで止めてしまう人は、大切なことを言葉にし、それで終わる。

実践を、余裕で言葉にする。そこには、揺るぎない確かな想いがある。

8/16

普通に必要なものを手にし、それが自分らしさを応援してくれる、何でもない優しさに包まれる、心ある風景。ふと来てしまっている場所も、いつのまにか話を交わす人も、皆、広がる自分の一部。共に融合を重ね、共に変化に乗る。

LED照明の出現により、その自然な風景が、尽く壊される。必要なものがあっても、それがLED仕様のために余計な神経を使わされ、LED照明によって、空間も時間もオカシクなる。

車や自転車のLEDライトは、自然体で生きる存在たちの普通をどこまでも圧迫し、彼らの生命力を奪う。スーパーや電車のLED照明は、実に信じ難い悪事(罪)である。

このあたりで、この今にしか出来ないことを、未来に放つ。責任ある原因が、責任ある人の中で形になりたがっている。

8/15

どんなに言葉を並べても、分からない(分かりたくない)人には、何も通じない。それでも出会いの質は変わり、縁の風景も流れやすくなっていることを通して気づかされる、いつのまにか成長していた自らの原因。一層頭は働かなくなり、使うべき時に、自由に頭が動き出す。それは、ステージが変わった証。その全てを、時空が教え、ふといつのまにか変わっている自分と出会う。

伝わるもの(原因)が、みんなが安心するものであれば、何を創り出しても、それは未来の喜びとなる。タイミングを感じる思考(後付けの感性)より、タイミングの中に居続ける、そのままの自分。好きなように、自由に行く。後は、どうにかなる。

8/10

植物たちが次々とその辛い姿を見せ始めたのも、それが次へと活かされ、そのままでなくなる時へと繋がり行くことを本能的に(安心して)知ったから。

人間には、人として果たすべき責任以前に、生命としての普通がある。その普通を自らに重ねなければ、どんな教えも、学びも、経験も、全てガラクタとなる。「LED感染(映像)」を無視できる人生を、生命として、人は送ることは出来ない。それは、この時代の意思であり、これまでと、これからの時代の切なる望みである。この時の訪れを他人事に出来る人が引き寄せる未来ほど、自然界が悲しむものはない。

8/09

「環境にやさしいLED照明」という偽りのフレーズを未だ信じて疑わない人は、そんな風にして、かつて、多くの人が辛く苦しい現実を生きていた(生かされていた)時に、それを他人事にしてしまえる身勝手な環境で(都合の良い立場で)、自分のためだけの利を得ていたのだろうな、と何気に思う。この地球で生を営む動植物たちのその連繋の意思にとって、LED照明のあるこの時代は、苦難そのものである。それを知る責任ある人間にとっても、これ程の悲しい現実は無い。

この国の、流れない価値観の奥底で息づいていた恐ろしく残酷な感情が、実に巧妙な手口で具体化したLED化。LED感染(7)」)それは、この地球の歴史では初めての、自然環境全てを巻き込む、生命のサイクルへの破壊行為と言える。

8/08

エコという言葉ほど、嘘の上塗りが繰り返されるものはない。自然環境のためではなく、‘自然環境のため’と思う個人のためのものであるため、動植物たちは嘆く。

エコや省エネという言葉を前面にものやかたちを手にさせようとする送り手ほど、中身は酷い。エコは、そのための余計な(個人的な)思考を使わないことから始まる、動植物たちとの自然な融合を元に、自然に、その意識もなく行われるものである。主人公は自然。人間の頭ではない。

LED化がエコではないことは、心ある感性を持っていれば、考えるまでもなく分かること。考えても分からない人は、それだけ、エゴが思考に馴染んでしまっている現れ)

8/07

2016

LED化の進む破壊ゾーンでは、すでに紅葉のシーズン。あちらこちらで葉は色を変え、落葉し、哀しげな表情を見せる。次節に繋ぐ生命力は衰え、その意思は次第に無くなっていく。

そんな姿が在っても、LED化が進められてしまう、この国の低劣な政治、経済界の不穏な事情。それは、人間とは思えないと言うより、人間ではない不気味な存在たちの悪巧み。停滞と腐敗(退化)の象徴である蛇が祀られるという、人間本来であれば決してあり得ないことがまかり通ってしまうその理由を生きる、LED化に執拗にこだわる存在たちの獰猛な本性。心柔らかな人たちの理由の分からない息苦しさも、身体(脚)の重たさも、そこと繋がっている。

 

7/23

直接光が当たってなくても、LED照明のスーパーに置いてある物全てが大小様々に負の影響を受けてしまうように、LED街灯やLEDの車、自転車(バス、電車etc.)によって地域空間がLEDに包まれると(侵されると)、近くにLEDの設備が無くても、木々や作物は、じわじわと本来の力を無くしていく。LEDの不自然さ(危うさ)に無感覚な人がそこに居れば、敏感な動植物たちの要らないはずの緊張と疲労は、どうにもならない状態へと向かっていく。

LED化が進むと、自然環境は、街も、農村も、山々も皆、オカシクなっていく。(すでに進行中であるが…)各地の山の色や木々の色が変わりつつある今、人間も、そのうち、変色してしまうのだろうか? 

(何十年とそこに在った大木は、土の中の仕事も含めて、たくさんの微生物たちと共生しながら、自然界の調和を保っている。それが、人間のエゴ仕様のエコによって崩され、木の肌の色に異常が現れる程、状況(時代)は、実に大変なことになっている)

7/17

繋ぐことに必死だったこれまでから解放され、希望を手にし、もうムリはしなくてもいい(ありのままでいい)のだと、その異常な状態をそのまま伝え始めた、多くの植物たち。ずっと前から分かっていても、ひたすら耐え、この時を待ち続けていた彼らのその意思は力強い。この今だから力を抜ける、安堵感。自然界のシンプルな望みと融合し得る人たちの、この今の変化と責任。タイミングはここに集まり、みんなで、連繋の意思を高める。

地球自然界にとって余りに恐ろしく残酷なLEDに、1000人に1人しか反応できない状況であれば(その状況へと巧く仕向けられてしまったのであれば)、1人で1000人分の未来に望むべく影響を及ぼせる程の確かな原因を創り出す。いつのまにか、人間らしさ(人としての健全な感性)が無くなってしまった、この世の自然界と人間社会。その理由を浄化し得る原因でいて、ここから、改めて、生命を生き、人間をやる。

7/11

生命体の芯の部分の働きを崩し、生命のリズムを狂わせるLED。生命体(生命力)の中心は、生命源と繋がる、心の意思。そう、実に単純明快。LED照明に全く平気でいられる人は、その心が無い、ということ。心(魂)が無いから、LEDの光を浴び続けても何でもない。心が無いから、LEDの光で困っている人の気持ちが分からない。LEDは、その人の存在の本質を容易にオープンにする。面白いくらい、それは外へと分かり出す。

7/10

人のため、世のためとポーズばかりで、その原因を自らの中に一切持たない存在たちが熱心に広めようとしている、この今のLED化。見た目だけで良しとする中身の無い人を増やせば、その分自分たちのその腹黒さも見えなくなるからと、あの場所もこの場所もLED照明にして、心ある人たちの感性をオカシクさせる。

この先、LED照明を使用してはならない理由が、ぐんぐん力を付けることになる。LED化の世界のその原因の嘘は、人間らしい人間が本来を取り戻す流れの中で、隠しようのない状況へと向かっていく。心があるから人間である。人間であれば、LED照明を世に送り出すことはしない。この国の危うさ。自治体や、電鉄、食品業界のその病みづくりの実態は、まさに歴史的である。

7/09

未来への責任ある原因をテーマに、人間にとって何よりも大切な生命世界の意思と繋がる知識を手にした時、そのままでいることはあり得ない。LEDの事実(真実)を知ったら、普通人間は、それまでの無自覚の無責任さを自分から外す。LEDの本当の姿を無視することも、放って置くことも、人間には出来ない。もしそうであれば、その人の本性の遺伝子は、「この国の病みの始まり」の強力な支援者級ということになる。そのことが意味するもの、それが引き寄せる次なる現実。そのままでは、異常な程にボロボロになると思う。

7/07

LED感染」を恐がり、「LED感染(映像)」に背を向ける、世にも珍しい蛇のような存在たち。彼らが最も嫌うのは、その原因からの健全さと、そのままありのままの平和。彼らの身体は、栄養の無いもの(白いうどん、白いパン、白い米etc.)が栄養になり、その頭は、不安を燃料とする価値観を、生きるための糧にする。だから、LED照明という、細胞や微生物たちが最も辛くなるものにも全く平気で、それを広めて、自分たちの健康のために、不健康な社会を作り出す。それはまるで、合戦場での蛇たちの笑顔。カラスとのお見合いも忘れない。

7/03

ゆっくりしようと思って入ったカフェの窓から、外のLED照明(ライト)が目に入ると、じわじわと何かが壊れ出す。細胞が反応し、珈琲の味も??になる。LED照明は、その責任を取る人がどこにも居ない、どうにも止められなくなってしまっている、世界規模の公害(負の連鎖)。それは、人間の愚かさの象徴的作品。なぜ、人間は、それを放って置けるのか?自然界の嘆きは、増すばかり。

7/01

2016

LED仕様の機器がトラブルを招きやすいのは、それ自体がトラブルだから。存在しなくてもいいものをムリに送り出そうとする世界では、生命の尊さも、連繋の大切さも、何処にも無い。望むべく生命の変化・成長を止めてしまうLED。少しずつ、その巨大な(凶悪な)原因のかたまりは崩れ出す。

 

6/30

看板の外枠や、玄関あたりに使われている、妙なプチプチLED。その品性の無さは、カラスのアイシャドウのよう。何の店かはどうでもよくなる。即、その場所を離れる。

6/29

ある人が事実を知ろうとネットでLEDのことを調べた時、そこにLED被害の映像がいくつも出てくると、それだけで、そのひとつひとつは、たくさんの人たちの安心と健康を支えることになる。心ある原因の無い存在は、いつも心ある振りの結果から始まる。LED関連の映像は、そんな人たちの嘘とごまかしを、より鮮明に浮き上がらせる。ただ、本来の普通を、あたり前に実践する。

6/27

みかん1つで、どれ程LEDが危ないかは、人間であればフルーツに分かる。「オレン家の病みの中〜♪」と、LEDを浴びたゴローも歌う。オレンジカウンティから、「Built To Last〜♪」が聴こえてくる。

6/26

LEDって何のこと?」「それはね、見た目は人間でも、中身はそうではない恐い人たちの本当の姿が直ぐに分かることになる嘘の光のこと。動物や植物のことをあたり前に大切にする人間であれば、LED照明は絶対に使用出来ないものだから」

6/25

直接的に害を被ったという自覚を持たせない度数は、他に類を見ない、歴史的にも魔術級の病みづくり。だから、厳しく、深く、細かく行く。食物も植物も、健全な自然環境(地球)を未来に繋ぐために、タイミングは逃さない。LED照明は、破滅型の意思を持つ、実に不気味な物体である。

6/22

「今年のみかんは不味かったね〜」「あっ、それ、LEDのせい」「イチゴも味がヘンだったね〜」「あっ、それも、LEDのせい」「もしかして、野菜の内側が腐りやすいのもそう?」「あっ、それは、LEDもいいかげんにせい!」

6/20

「体に優しい蛍光灯の電気スタンドが欲しいのですが…」「LEDしかないよ。うちは、体に優しい蛍光灯はジャマダ電気だから」

6/19

LED照明って、そんなに恐いの?」「いや、‘そんなに’の100倍だね。なんせ、普通の人や動植物たちが普通に生きられなくなるわけだから…」

6/17

健全な人の脳を溶かす前段階の練習に、イチゴを溶かし、ハーブを溶かし、レタスや白菜の芯を溶かし続ける、LEDイエロー、LEDブルー、LEDレッド、3人揃って、LEDプチプチ溶かし戦隊、なんか溶解じゃ〜!

6/15

人が病気になると、お金が動く。だから、LED化で人を病ませ(食物も環境も)、たくさんのお金を動かそうと、企業は躍起になる。LEDは、病気づくりの基礎工事。LEDの悪影響に全く無感覚な存在たちが、それを利用して、世をオカシクさせる。

6/12

LED街灯の近くで、落ち葉を集めて芋を焼いている縄文ブラザーズに出会した。なのだが、どこか悲しげ。そうか……。ないバートハモンド譲が、ミミズたちと「落ち葉のコンチェルト♪」と演奏し始めた。

6/10

顔が崩れやすく、見た目は老けやすく、そして品性が欠けやすくなる、LED照明。この頃のお肌の曲がり角は、20代そこそこ。LED照明を浴びて過ごせば、半年ほどで、カラフルな装いもオバケに見えてくる。電車やバスの中では、人間離れした化けの粧が増殖中。

6/07

「このところ、交通事故が増えたね」「あっ、それ、LEDのせい」「電車関わりの事故も多いね」「あっ、それもLEDのせい」「今の彼女とは、雪山で事故に遭った時に出会ったんだ」「あっ、それ、雪の精」

6/06

最近流行の、LED弁当。LEDライトの工場で作られ、LEDライトのコンビ二で売られ、ハンバーグもパスタも卵焼きも皆、LED漬けの保証付き。食べ続ければ、体の中から溶け始め、怪奇映画の出演依頼が舞い込んでくる。一躍、話題の映画スターだね!

6/05

2016

「昨日、街で、縄文土器子に会ったよ」「どんな風だった?」「LED街灯の電柱を次々と蹴り倒していた。すごい力だったよ」「そういや彼女、歌手とダンサーの他に、岩を持ち上げる大会のチャンピオンだった」

 

5/29

全体発の文章(に乗った原因)は、感覚的判断力の基礎が崩れてしまった人のそれを本来へと修正・修復するためのものにはなるが、元々それさえも持ち合わせていない、危うさを秘める存在には、やむ無く、次の段階での対応が要される。それは、現象としての、そこに在る原因への反応を促すというもの。

人間本来の基本を著しく欠いた存在というのは、世を病ませるLED照明を力づくでも広め、使わせようとする。しかし、人間性の無い(人間味のある振りの上手い)彼らであっても、また文章に乗った原因を簡単に無視できるお粗末な感性の持ち主であっても、現象としてのありのままの姿に背を向けるという、動物にも劣る行為は選択できない(と願っている)。LED関わりの文章の仕事は、ゆったりモードに入る。たぶん。すでに次のステージが始まっている。

5/28

冷酷で残忍な化け物の目のようなLEDの光に何の違和感も覚えずに普通でい続けられる人というのは、それと同質の感情をその本心の中に溶け込ませて生きていることを証明しているようなもの。彼らの内面に触れてみると、それはよく分かる。ポーズは人のためでも、本性は全くその逆。人が困っていたり、苦しんでいたりすると、がぜん活動的になるのも、そのため。

LEDの光で苦しむ純粋な生命たちのその姿を無意識に作り出す、異常(変質)としか言いようの無い存在たち。彼らは、色(味)が変わっても、元気が無くなっても、トラブルが増えても、平然とその原因を無視する。

5/27

照明は、みんなのために作られ、安心してみんなに使われて、その役を担う。しかし、LED照明は、ある存在たちの利益のために作られ、「みんなのために」がそこに後付けされて、本来在るべき照明の姿は壊される。

LED化が進められて行く分、人間は、愚かさを拡大させていく。そのことで利益を得る存在たちの邪な本性が、本来を潰そうと獣になる。LED照明は、心ある人たちの悲しみ(災い)の種である。

5/26

どれだけ不自由な脳であっただろう、と思う。自分の心に正直でいることが出来なかったわけだから、それは実に耐え難い現実。それもこれも、元凶は、弥生期の非人間振りと、邪馬台国の嘘。脳が、その時以来、やっと本来の普通になれば、考えるまでもなく感得できるこれまでの歪な原因の性質が、次々と居場所を無くす。その元凶の番犬だった存在たちの恐ろしい顔も崩れ出す。

嘘は、そのことで利する存在の力に抗えない人たちがそれを支えてしまえば、いつのまにか正しいこととなる。それが人の脳や在り方に影響を及ぼすものである時、その負の原因は、軽く数百年は力を持ち得てしまう。その嘘度数が邪馬台国の125倍にもなる、現代のLED化。このままだと、アベの森の怯え寝冷えぶ〜が、ゾウリ虫に変身してしまう。

5/24

社会環境を健全なものにしたいのであれば、真っ先に、LED照明を無くすこと。健全さは、その原因となる心の健全さから生じ、自然に広がって行くもの。その要素を全く持たないLED照明をそのままに何かをしても、何にもならない。

LED照明を使用するということは、健全さを求めながら、本心は全くその逆であることを意味する。つまり、LED化を進める人たちは、社会環境をしつこく病ませようとしているということ。

そこに、どんな性質の原因があるか? LED化は、人間本来から最も遠いところにいる存在たちの、悪質で、残酷な芝居である。→「LED感染(7)」

5/23

無くてもいい経験の代表は、病気であり、事故である。どちらも、食や仕事などによる生活スタイルが健全で、健康的な価値観が馴染んでいれば、縁遠いものだが、LED照明が有る今、そうも行かない。知らずうちに病気の下地は固められ、その気もなく、事故へと引き寄せられる。実に嘆かわしいことである。

LED照明に辛さを覚えると、病院をすすめられ、LEDライト仕様の機器に反応すると、過敏だと言われる。情けない。世界に誇る、この国発の恥ずかしきLED化。まずは、堂々と違和感を形にする。

5/22

健康で柔らかな感性を持つ普通の人ほど、LED電車(バス)に乗る度に、病院行きが近づいていく。LED電車は、限り無く恐ろしい。心優しい人の脳は、自由な働きを失くし、素朴な人は、いつのまにか攻撃的(暴力的)になる。不健全を地で行く人は、人を病ませる無意識を拡大させて、LEDのような人生を生きる。

LED電車(バス)に乗らざるを得ない状況は、この世のワースト50に入る、罰ゲームである。「うぐいすパンとカレーパンとソーセージパンを50個食べなさい」の罰ゲームなら嬉しいのだが…。

5/21

温もりと安心のある従来の照明を使い続けることをせず、なぜ、冷たく、不安を抱かせるLED照明に換えさせようとするのだろう?と、良識ある人は言う。微生物の働きを阻害し、人間の脳からも健全さを奪うその悪影響の大きさを考えても、その存在自体が、異常と言える。

自然界に生きる生命たちを生きにくくさせて、自然環境のためと、嘘を言う。省エネと謳い、重く、流れない腐敗スペースを作り、その真逆の状況へと巧く人を向かわせる。そこに、真を生きる姿勢(原因)は無い。これほどの欺瞞は、後世にまでずっと残るほどである。

5/20

LED病が流行っている。目の異常に皮膚の荒れ。イライラ、カリカリ、ボ〜。衝突が起きやすく、ミスも、各地でコンテストができるほど。脳は次第にヘンになる。

今まで無かった不調や問題事があれば、大小強弱様々に、今まで無かったLEDがその原因に絡んでいると思ってよい。対処法は、簡単で単純。悪化する前に、LED照明を無くす。ただそれだけ。「冬が来る前に〜もう一度あの人に〜♪」会う頃には、顔も髪の毛も、目も心臓も、病気になってしまう。

5/19

心も愛情も人間味も無い人の病んだ感性にフィットするLED照明は、そんな性質を備える子供たちを好み、他を隔てる感情を彼らに強めさせる姿勢(価値観)を持つ学校で、そのための好都合の物として活用される。

心優しい、柔らかな感性を持つ子供たちが理由の分からない停滞感を抱かされるLED照明。将来へのその影響を思う時、学校でのLED化は、現代の、恐ろしさの極みのひとつである。それに無感覚でいられる存在が主導するその姿は、自然界の恐怖である。

5/18

若葉の緑の風景を眺めていると、そこに太陽があり、この地球が地球である限り、この季節、いろいろな場所で、ずっと変わりなくその営みが続けられているんだな…と、何気に思う。目が楽になり、心が軽くなる。シンプルな生命の真実を、共に重ね合う。

時々聴きたくなる、「若葉のころ♪」。ふと、力が抜ける。自然の色は、自然の光の中で、全ての心を繋ぐ。その光は、これまでのように、これからもずっと自然であり続ける。この地球にとって、嘘の光(LED)ほど迷惑なものはない。

5/17

使い手の意識が散漫になり、思いがけないミスを起こしやすくなる、LED仕様の機器。それによって悲しい出来事(事故)が生じても、誰も責任は取らない。「原因が分かりにくい…」という、作り手(送り手)の逃げ道。LEDによって、どれだけ多くの人生(命)が、経験しなくてもいい経験をしてしまうことだろう?

その背景の原因の事実は、「LED感染(7)」で、誰もが観察できるように記す。もちろん、(2)も(4)も(6)も、全てLEDの原因そのままである。

人の生きる自由を奪ってはならない。動植物たちの意思を抑え込んではならない。LEDの危うさに鈍感でい続けるというのは、犯罪の下支えをすることである。

5/16

問題事の原因から離れている生活は、人間の、普通自然体の姿なのだが、それに対して、問題事が無いと生きている実感のない(仕事にならない)困った人たちが困ってしまうため、その普通は、彼らの異常な世界に何かとジャマされることになる。という実に不思議で低次の世界に生きる(生かされる)、ありのままに普通を大切にする人たち。そこで使われるLED照明の性質は、問題事が起きやすくなるための、バイ菌光の一種である。

5/15

「おまけ(2)」が「LED感染・番外編」になると知った鉄面皮軍団の面々が、蛇化を加速させ、化け物に変身し出した。その姿が余りに醜いので、それは無し、と伝えると、彼らは人間の姿に戻った。なのだが、上手く戻れず、脚が7本あったり、胴がなが〜いままだったりする存在もいて、実におぞましい。

あっ、そうだ! 縄文土器子のお父さんを呼ぼう! 彼なら、百変化の蛇人たちの秘密を知っているはず…。

5/12

自然の風景を見ながら(視界に入れながら)運転していて、ふと車内のメーターや各種表示を見ると、そこに使われているLEDの光が、瞬間的にその不自然さを脳に与え、それが繰り返されることで、確実に、いつもの判断力は低下してしまう。そして、事故に遭う。対向車のヘッドライトも、道路上の案内表示版も、それがLEDであると、事故の原因に、それらは染み込んでいく。敏感で健康的な人ほど、その害を被る。

LED化により、事故や故障は増える。ミスしやすく、不注意も生じやすく、多くの尊い命(人生)が失われることになる。実に悲しい、LEDの負の影響力。それを使用しないことは、生命としての人間の、常識である。

5/11

創価学会(公明党)のポスターとLEDの光は、どちらも、みんなの未来への責任感覚がゼロであるところで、相性が良い。作り物の心(魂)で満足に浸る親鸞系やこの国のキリスト教も、それに加わろうとする。→「人間本来」「地球の良心」

どこから、どんな風に、どんな自分がそれを観るか? 良い人でいようとするそうではない人がそう思われる光景は、しつこいぐらいの病みを連れて来る。それをより強力に演出する、尻尾丸見えのLED照明。分かり過ぎるぐらいの負の連鎖そのものであるLED化に、心の無さが引き寄せられ、蛇の隠し芸のようなかたまりを作る。

5/10

LEDにより、よりその度合いを増した、この国の病み度。食べ物は、LED照明により、次々と健康な人が食べられないLED品となり、人々は、健康・健全の原因を無くしたまま、LED漬けの電車やバスで移動する。街灯のLEDは、病気国の象徴。その嘘のような気味の悪さの君の悪さに、人は元気を忘れる。車や自転車のLEDライトは、まるでゾンビの徘徊のよう。毎日、怪奇映画を観ているようで、健康って何のこと?になる。

よし、こうなったら、ロバートプラントとイアンギランのツインボーカルでLED PURPLE シャドウズを結成してもらい、「食べちゃダメよダメダメ小さなLEDスナック」を歌ってもらおう!

5/09

体の内と表面の微生物(細菌)たちがいつもの仕事が出来なくなって、心身の不調(脳の疲労、免疫力の低下)の原因を蓄積させてしまうことになるLED照明に当たると、体の内と表面の微生物(細菌)たちがいつもの仕事が出来なくなって、気づけば、心身の不調(脳の疲労、免疫力の低下)の原因を蓄積させてしまうことになる。(ん?)

5/08

「レストランフロアーのあの店でバイキングを食べよう!」「あっ、それ、バイキンぐ。LEDになったから」「そうか…」

 

4/29

頭で考えることより、心で感じることの方が大切なことは、人間であれば、誰もが知ること。お金よりも、みんなの健康の方が大切なのもそう。ところが、それをあたり前に実践するという基本を持たない、人間のようで、そうではない性質の存在がいる。

LED照明は、それを支えることで、嘘を生き、嘘を繋ぐ彼らの姿を分かりやすくさせるもの。それは、人間の退化の象徴なのだが、見方を換えれば、そうではない、真の普通による本来の成長・進化をより明確に、力強くさせる機会でもあると言える。なぜ、柔らかな感性を潰すLED化なのか?そこには、あらゆる知識の次元を超えた、実に易しく、簡素な知識がある。そう、人間は、嘘の原因を知らない。

4/28

心に顔を持たない能面のような人が増え、凶悪な感情を隠し持つ野蛮な精神の人が力を持ち得ていく、LED照明の街。LED照明のスタジアム(施設)でのスポーツやライブの中継は、観ることが出来ない。もちろんそこは、行ってはならない場所。人間らしく生きる基本として、決して支えてはならない世界がある。

4/27

「自然との健全な触れ合いを大切にしているはずのアウトドアの店が、自然界の生命たちが悲しむLED照明を使っているって、どういうこと?」「そこの経営者にとっては‘自然買い’だから、自然のことなどどうでもよくて、頭の中は、お金儲けのことだけなのかも…」「なるほど」

4/26

LED照明の電車に乗ると、普通の人はイライラモードになる。気力を奪われ、生命力も低下し、それへの抵抗から、心身は様々に反応する。

全くそのことに無感覚でいる人が主導権を握るその世界では、理由が見えにくいことを良いことに、理由の分からないキツサの原因を人に与え続ける。精神を病み、脳を不健全にさせている(させられている)人たちが支える、LED照明。その電車は、まさに心疾患用の走る病棟。その責任者の頭は、LEDの原因(7)たっぷりの低次頭着である。

4/25

「蛍光灯のシーリングライトを欲しいのですが…」「うちにはLEDしかないよ」「えっ?LEDのせいだとは知らずに多くの敏感で柔らかい人たちがいつのまにか心身を病んでしまって大変なことになっても図々しく知らん顔でいるあの病原菌のような不気味なLEDしか置いてないのですか?」「えっ!…はい、すみません」

4/24

「なぜ、気持ちのわるいLED照明を浴びなければならないの?」「それは、政治や経済界の腹黒い有力者を代表とする気持ちわるい社会を好む人たちが気持ち良いからです」「え!?」「私もその1人です。ほら、心と顔が無いのが分かるでしょ?」

4/23

心の性質をごまかすこともなく(その理由も術も知らず)オープンでいる人は、LEDの原因の風景が思考世界に浮き上がるにつれ、どんどん楽になり、本来が元気になる。そうではない、思考で心の危うさ(心の無さ)をごまかしていた人は、それを抑え込めずに、その全ては次々と顕になる。

LEDの原因の世界には、上質の嘘があり、偽りがある。心の有る振り名人たちの、類稀な残虐さと能面の冷たさがある。「LED感染(7)」は、それを分かりやすく実感できるもの。それは、人間であれば誰もが必要とする、未来が喜ぶ体験的知識のひとつである。

4/22

LED照明がしんどいんですけど…」「じゃあ、病院に行ったら」「え!私って病気?」「いや。それは健康な証拠だから、病院の世話になって病気扱いされれば、LEDの悪影響にも鈍感になれるかと思って…」

4/21

LED照明の冷たさは、脳の冷え性を患っている人には心地良い。LED照明の気味の悪さは、本心の危うさを隠し続ける人には何でもない。不健全な人が健全に見え、異常な人が普通と思われる歪な風景を作り出すLED。現象世界の原因の風景からその姿を観る時、それは、まるで妖怪たちのお遊戯のよう。その世界には、LED漬け丼のような目をした、実に恐ろしい顔の存在が居る。

4/20

LED照明の店の食品って、買いにくいですね」「はい。私も、実は売りにくいんです。照明が全く当たってないものを一緒に探しましょうか」「えっ!…(ある自然食の店で)

4/19

「今日、電車に乗っただけですごく疲れた…」「あっ、それ、LEDのせい」「今日、スーパーで体に良くないものばかり買っちゃった」「あっ、それ、LEDのせい」「今日、彼女の顔が恐かった」「あっ、それ、LEDのせいじゃないよ!」

4/18

ステキな店が開店したからと思って行ってみたら、内も外もLEDライトに照らされていて、そこには近寄れなかった、という人は多い。健全で、健康的な人ほど、その不気味な違和感は、心身に強烈に伝わり出す。人の感性と環境をどこまでオカシクさせていくのだろう、とLEDライトの影響に全く無頓着な人が経営する店に出会すと、ぞっとする。病気そのものの、この国の今の社会環境。LED照明は、その吹き出物である。

4/17

夕日が沈む頃にその異質振りが際立つLED街灯に聞いてみた。「どうしてそうなの?」「……」

朝日が昇る頃にその異質振りが際立つLED街灯に聞いてみた。「どうしてそうなの?」「……」「どうして?」「…こうしていれば、弥生蛇子に会えると思って…」

4/16

悪質で惨い本性を潜める存在は、それがそのまま通用する動きの無い価値世界を秘かに支え、その非道な無意識の意思で柔らかな感性を持つ人の健全な脳の働きを妨げながら、お金や立場の力で、自分とは性質の異なる人の心の自由を奪い、巧く、狡く、良い人(と思われる人生)を生きる。

それは、言葉を一切必要とせずに人を思うままに操る、他者への洗脳の類と思ってよい。その証拠に、そんな存在が事の本質や生命の意思に触れさせられると、その重く流れない感情発の思考で、「洗脳されている」と相手を非難する。自らの本性が顕になってそのままでいることが通用しなくなることを恐れ、「宗教だ」と声を荒げる。

「では、真の宗教って何?」「洗脳ってどういうこと?」と聞いてみると、全く低劣な発想と、幼稚で陳腐な見解が姿を見せる。彼は、大事にしている(都合の良い)価値観が脅かされると、即座に「洗脳」や「宗教」の言葉が思考に生じる程、根っからの怯え人の種である。

4/15

「この国の歴史って、どれくらい古いの?」「1年に1円ずつ貯金して、CD1枚が買える分ぐらいの古さかな…」「けっこうすぐだね!」

4/14

「隊長!LED街路灯の原因不明の故障が相次いでいます!」「それはまずい。欠陥に気づかれないよう、夜間の使用は控えよう!」「…」

4/13

(7)を書き始めたら、「ちょっとお待ち〜!」と、縄文クッキーを差し出す、それは可愛い、上品で清楚な縄文婆ちゃんが現れた。

「もしかして、あの時の縄文カフェでオムライスを作ってくれた…」「はい、縄文土器子の母です。‘縄文サンバ’を踊ります」「え!ダンサー?」「いえ、縄文土器子の母です」

4/12

この自然界ではあってはならないことをしようとしているわけだから、当然LED関係の様々な企画・進行が上手く行くはずはないのだが、それを国や大学の機関が後押しするという、普通ではあり得ない愚の骨頂計画があるため、ますますこの国の責任ある立場の存在たちの心の無さと低次振りが顕になるというお粗末な状況が、そこかしこで形になりつつある。

この3000年程の病み化の集大成のような、この今のLED化。タイミングは正直である。そこに在るあらゆる問題事の原因は、繋がる場所を持たず、そのどれもが送り手(作り手)の世界に戻る。

4/11

デパート地下の食品売り場を歩くと、床にプチプチが映り、プチプチかそうでないかがよく分かる。そして、プチプチじゃないケースの中のものを買う。蛍光管と同じ形をしたものの中にプチプチが隠されているものもあり、スーパーやコンビ二、電車などに使われている。体が反応する。やむを得ない時は、照明が当たってないところのものを手にし、そうでない時は、即店を出る。

体の中で健全な仕事をしないものを製造・販売しているメーカーのショーケースや冷蔵庫ほど、プチプチが使われている。スーパーもデパートも、そのことで、食の安全や健康に対する姿勢が分かり出す。LEDライトは、照らされた分、細胞の意思はボロボロになる。そのうち、形を変え、そうとは分からないよう、ブチブチやプチュプチュになるのだろうか。要注意である。

4/10

街灯や看板、案内灯などに使われるLEDにより、少しずつ生きる力を奪われる人や動物たち。それを喜ぶカラスの本能は活動的になり、ヘビと繋がりの深い存在たちの血は騒ぐ。どこまで行っても心ある風景の原因にはなれない異物(LED)の出現により、人の感性は一層健全さを失くし、そのことで満足を手にする存在と、彼らに連れ添う妙な(腐敗を好む)動物は元気になる。LEDの嘘の光に心地良さを覚える人の感情はヘビのそれであり、感性は、カラスと同質である。

4/09

「朝からプチプチケーキの食べ放題、昼はメガ盛りカツ丼×2、夜にはシュークリーム&チップス三昧、LEDレッド、LEDイエロー、LEDブルー、3人揃ってLED肥満隊、プチプチボタンはじけんジャー!」

4/08

「何を読まれているのですか?」「無有日記というサイトのプリントです」「どんなことが書いてあるのですか?」「え〜っと、そのつまり…何と言いましょうか、かいつまんで言うと、けっきょくあの〜、いろいろと、そんなこんながありまして…それがこうであると言っても、ほんとうはそうではなくて、でも、そのようになってしまっているから、そうもいかなくて…だから、やはりこうで、そうなんです」「よく分かります…(ある日ののぞみのDE席で)

4/07

「縄文時代って、どれくらい昔なの?」「1年に1円ずつ貯金して、15000円貯まった時の長さぐらいの昔かな…」「けっこうすぐだね!」

4/06

「隊長!人々が冷たいLEDを避けて温もりのある蛍光灯を選び始めています!」「それはまずい。僕もみんなみたいに蛍光灯に換えてもらおう! あっ、まちがえた…

4/05

LED感染」も(6)で終わりかな…と思っていたら、「ちょっと、待った〜!」と、花束(7)を抱えた、それは愛らしい、キュートでお茶目な縄文娘が突如現れた。

「もしかして、あの時の‘縄文ミスコン’で大人気だった人?」「はい、縄文土器子です。‘縄文から愛を込めて’を歌います」「え!歌手?」「いえ、縄文土器子です」

4/03

解散する前にこの2曲を残してくれていて良かった〜と、30年程前の「緑の日々」と「君住む街へ」を久しぶりに聴いてみる。ちょっと天然炭酸水タイム。そして、次へ。ムーの髪も、紫芋からグリーン豆へ。今日も頭の中はミミズ晴れ。

4/01

2016

「環境に優しい」は、「環境に優しいわけではありません」か、「環境に優しいと思うのだけど、生命(人体)には厳しいです」と、その実を書いてくれれば良いのだが、嘘を信じ込ませて(本当にして)商売しようとする会社は、蛇にランドセルを背負わせるぐらい、正直が難しいようだ。

特に、私営鉄道グループは、化けの粧そのもの。省エネや環境のためと、平気で真を外し、実をごまかす。電車も同系列のお店も、ぞっとするぐらい不気味で気持ち悪く、人間が居られない病み空間となる。そうか、彼らは人間ではないということを、LED照明が証明したということか…。

 

3/28

「太陽が沈んだら起き、LED街灯を頼りに夜道をはいかいする、LEDレッド、LEDイエロー、LEDブルー、3人揃ってLED老人戦隊プチプチ夜菌ジャー!」

3/27

「この頃、体が不調で、気持ちも沈みがちで…」「自宅の照明は何?」「エコだとかで、2ヶ月程前にLEDに換えたけど…。あっ、体調がヘンになり出したのって、その頃からだ!」「元に戻したら?」「うん、元気が出てきた!」(ある井戸端で)

 

「この頃、顔がくずれやすくて、人に会うのも嫌で…」「自宅の照明は何?」「環境に優しいとかで、少し前にLEDに換えたばかり…。あっ、美人じゃなくなったのって、その頃からだ!」「元に戻したら?」「うん、そう思っただけで、美しくなり出した!(コンパクトを見ながら)」(ある井戸端で)

3/26

知らない街で、「LEDは一切使用していません」という表示のスーパーがあると、安心して入る気になる。「この果物は、LEDを使用していない産地からの直送です」なんて表示があると、嬉しくてたくさん買ってしまうかも。「LEDなんて、出始めた頃からヘンだと思っていた」と言う人がいると、思わず胸キュンになる。

3/25

「隊長!人々がLEDの恐さに気づき出して大変なことになっています!」「それはまずい。彼らの脳を効率良くオカシクさせるために、アベの森の怯え寝冷えぶ〜にLEDプチプチセブンに変身してもらおう!」

3/24

ゲームに夢中になって視力が低下してしまった子供に対し、普通の親(大人)は、ゲーム機やPCに向かう時間を大幅に減らして視力回復を試みる生活スタイルを子供と協力し合いながら実践することを選択する。異常な親は、視力が低下した目でもそれまでと同じように好きなようにゲームが出来るよう眼鏡屋さんに子供を連れて行き、眼鏡無しでは生活できなくなる人生を早くに固める。現在では、画面はLED。子供は無くてもいい不自由さを一層強めることになる。

3/23

「この頃、昼間によくお会いしますね」「はい。夕方になると、LEDの街灯や車に出会すので…」「あら…(お年寄りの散歩道で)

3/22

その肌の荒れも、目の疲れ(視力低下)も、頭の重たさも、み〜んなLED照明のせいなのに、頭を忙しくさせる人は、そんなことはあり得ないと、その場しのぎの対処で、病みの原因を深くに染み込ませる。歳を重ねた人は、生命の危険にもなる程の、LED照明のそうとは分かりにくい(分からせない)負の影響力。その肌の荒れも、目の疲れも、頭の重たさも、み〜んな照明を以前のものに換えれば、本来の状態に戻ろうと、細胞の意思は活動的になる。悪化する前に(どうにもならなくなる前に)、まずは、蛍光灯(白熱灯)。普通の人にとって、目の不調や疲れの抜けにくさは、すでに危険信号点滅である。

3/21

LEDの光は、肌に良いのですか?」「肌にLEDが良いのではなく、LEDに肌が良いのです」「??…」「LEDが人間の肌を好むのです」

 

LEDの光は、環境にやさしいのですか?」「環境にLEDがやさしいのではなく、LEDに環境がやさしいのです」「??…」「LEDは環境が好物なのです」

3/20

全粒粉のパンと国産無調整豆乳を好むキングギドラがいたら、LEDの街灯全てを破壊するだろうなと思う。小麦と小豆の品質を大切にするジャムおじさんが学校の給食を担当したら、収穫・配送全ての場所で、LEDは使わせないだろうなと思う。太陽を本部とする地球警察ができたら、LED化推進の有力者の多くが即逮捕され、地球から落とされてしまうだろうなと思う。

3/19

LED少年少女合併症状団による、‘LEDの賛歌’「あなたの〜荒れた手で あたしを〜抱きしめて ただLEDだけで〜生きて 痛いの〜♪」

3/18

学校内のLED化は、人間の良心と、人としての健全な感性が完全に消滅したことを意味する。そこにどんな理由があっても決してそうであってはならない学校のLED照明は、まさに、取り返しのつかない破壊の原因。その形無き悪影響の恐ろしさに、人としての心を持つ普通の人は、悲しみに暮れる。

そこに在る、細胞たちの苦しみの原因を思う時、軽く数百年は非道で非情な価値観から抜け出せなくなるであろう、この国の未来。それに無責任でいる責任は大きい。ただただ、生命を生き、人間をやる。未来に繋ぐ想い無くして、人は生きられない。

3/17

もてすぎて困っている女性は、プチプチLEDライト近くのプチプチ化粧品を使用してください。次第に魅力が無力となり、必ずや、男性は引きます。それでも側に居てくれる人は、かけがえのない男性です。大切にしましょう。

3/16

「哀しみのマンディ」も「悲しみのアンジー」も軽くしのぐ、この時代最大のヒット「悲しみのLED」。作詞作曲は、あべの森の怯え寝冷えぶー。編曲は。腹黒ポスター鉄面皮学会楽団。次回作は、バラード風の「悲しみの病院送り」が決定している。

3/15

LED菌の厄介なところは、人の心を簡単に押え込み、その人から安心と余裕を奪ってしまうというもの。だから、イライラしたり、怒りっぽくなったりと、LED怪人たちが好む問題事の原因が、心ある人の中で次々と生じる。

例えれば、それは、たくさんのカラスに囲まれ、蛇とチェスをしているようなもの。まともではいられない。LED照明のもとでは、普通の人が人間らしく生きることは不可能である。

3/14

人知れず病気を作り出すLED照明の原因深くに入っていくと、人が健全で、自分に正直でいることを何より嫌がる(恐れる)、この国の嘘の親分、神道(神社)の蛇頭たちが姿を見せる。人(の心)を支配するための神づくりを趣味とする、LED好きな蛇系の存在たち。彼らはそのうち、LED神社なんてものを造ってしまうのだろうか。

3/13

「この店の明かり、安らぎますね…」「ありがとうございます。木洩れ日みたいな明かりが好きなんです」「実は私、名前が‘あかり’なんですよ」「えっ!僕は‘らいと’です」「♥…×2

3/12

ヘッドライトをLEDに換えたスピードワゴンであったが、ライブでは、アンプが故障するわ、ギターのチューニングが勝手に狂うわで、散々な目に。全く走らなくなった。それで、元のREOに戻したら、音質もバランスも、30年以上も前のように甦り、‘KEEP ON LOVING YOU〜♪’となった。めでたし、めでたし。

3/11

LEDの光が目に入らないような生活を数日でも過ごしてみると、この時とばかり、細胞たちは本来に戻ろうと活動的になる。そして、LEDへの反応も健全(敏感)なものになり、溜め込まされようとする負の原因を自動的に浄化する力も身に付いていく。

言い切ってしまえば、あらゆる病みの原因は、LEDの原因と繋がっている。体験すれば、誰もがそれを認識する。心身を大事にする。健康と平和の原因を成長させる。

3/10

「善を滅ぼし、弱者を見捨てる不正の味方、LEDレッド、LEDイエロー、LEDブルー、LED戦隊プチプチ菌ジャー!」

3/09

街に出たLEDシスターズは、人目を引こうと、大ちゃん作のピンクのリボンを購入。しかし、いつまで経っても相手が見つからない。足が無いのがその理由だと気づいた彼女らは、考え直して鉄を購入し、街路灯に変身。そして、お気に入りの男性の脳の中に毎夜毎夜忍び入り、赤い舌の伝説を語りかける。赤い糸の伝説を口ずさんでしまったら大変だ…。

3/08

「誰が白熱灯に〜換えるものか 望む気持ちとうらはら 今は〜ただLEDを手でおさえ 今日の生き恥をかく〜♪」と‘春のからっ風’。そういや、‘LEDの部屋’にも、「君に出来ることは LED漬けとそうじ だけど充ち足りていた〜♪」という歌詞があったな。どちらもLED歌唱大賞にノミネートされていた。

3/07

人のことなどどうでもよく、自分の幸せのためだけに頭を使いたい人の心身にLEDのライトスタンドの明かりがフィットするのは、LEDも自分も、その本質が、格差や差別環境の接着剤のような原因であるから。学び(勉強)は、自己完結のものであってはならない。自分を通して、縁ある人のために、その縁ある人の先の風景のために自然と広がり、流れ行く材料(経験)でなければ、その意味さえ無くなってしまう。LEDライトスタンドの存在自体、人間本来の成長を大きく妨げるものである。

3/06

LEDは、Lion , Elephant & Dinosaurの略。ELPELOと同じ時代に活躍した、ヘビメタボバンド。ヒット曲は、「ブルーライト横浜のプチプチ娘」。久々の新譜は、「LEDおんなの嘘」。こう、ご期待!

3/05

LED照明のカフェ(や電車)で、スマホのLED画面を見続けるスタイルに何の違和感も覚えない人は、異常な性質の人を除いて、早いうちに老け、早いうちにボケ、早いうちに人生を終える。そんなコースを歩む人は増えていて、まだ若いだろうに、どこかどんより、どこかぼんやり、まるでお化け屋敷の従業員のような、どこかげんなり型の人に出会すことは多い。恐るべきLED。若さは、次々と吸い取られていく。

3/03

2016

「ダウンタウンボーイ」を歌いながら歩いていたら、LEDボーイに出会した。彼は、「Someday」も「Rock & Roll Night」も知らない。「Someday」を歌って聴かせたら、彼は、「寒いで〜♪」と覚えてしまった。そうか、彼の自転車も自宅もLEDだった。

 

2/29

生意気で、怒りっぽく、強情で、負けん気が強いのも、み〜んなLED(の原因)のせい。ためしに、LED照明から離れた生活を送ってみる。すると、いつのまにか謙虚で、上品で、繊細で、かわいくなる。  たぶん。

2/29

疲れやすく、気持ちが後ろ向きになるのは、LED照明の効能のひとつ。皮膚が荒れ、目が不調になるのもそう。LEDの癒し効果は、脳の健全な働きを尽く鈍くさせることだから、それを望む(それを仕向ける)人にとっては最良のグッズとなる。

子どもの時からLED照明に囲まれた生活を送ると、早いうちに視野の狭さと攻撃的な精神を手にできる。それは、他を隔て、自分のためだけに生きる力となるもの。LEDは、実に優れものである。どんな人も好きなように病気になれ、望み通り生きることにも無責任になれる。

2/28

「趣味は何ですか?」「楽器演奏とスポーツ全般と旅行と映画とファッションです」「うわ〜っ、理想的!で、家の照明は?」「もちろんLEDです」「私を忘れてください」(あるお見合いパーティで)

 

「お仕事は?」「電気関係です」「もしかして、LEDの設備とかの…?」「いえ、蛍光灯専門です」「結婚してください!」(あるお見合いパーティで)

2/27

1万年以上も前に、人々が少しずつ慢性化させていった心身の動きにくさと(「連繋の意思」)、現代の、柔らかな人たちの生きにくさの原因には、同質のものが流れている。だから、ここに繋がるかつての想いをきめ細かく形にし、具現化する。「LED感染」に至る順番もキレイに整っている。縄文土器を作るようにして、繰り返し確かな原因を、何気ない表現に乗せる。

2/26

LED新感染が走ると、それは通常と異なる速さの移動となるため、車両内は自ずと特殊空間となり、2時間程で、即席LED漬け丼(人間)が出来上がる。髪の毛が、目が、皮膚が??になり、人への思いやりも優しさも、置いてきぼりになる。

LED新感染の到着駅では、皆いつもと違う別人となり、再会する人も、その姿に新鮮さを覚える。いつもときめき、その都度ドキッとしたい人は、相手に、LED新感染を利用して会いに来てもらう。

2/25

嘘明かりのプチプチは、LEDランド産の蛇の卵。大事に育てれば、次回は抽選で蛇になれる。プチプチ電車に乗り続ければ、仕草も表情も、憧れの蛇化を経験できる。

2/23

2016

ショーケースの中の飲料水やサンドイッチ、ケーキ類を照らす、プチプチLED。プチプチLEDは、生命を削る毒創丸。そこに在るものは皆、食べちゃダメヨダメダメ品。病み世を照らす(好む)プチプチLED菌は、姿・形を変幻させて増殖する、この世の(生命たちにとっての)一番の嫌われもの。

 

 

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