無有日記

 

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6.人間の脳は、記憶の中の音楽のその原因が変わることで、生まれ変わるような喜びと変化の時を経験する。そして、余裕を手にしたその中心(核)の意思は、かつての生で脳に染み込ませた音(音楽)の、その原因関わりのいくつもの経験の記憶(の原因の性質)をここに引き寄せ、それらを浄化する。

それを為し得ることで、周りはそれに連動するようにして動き、そして初めて、未来が真に変わる原因のその普通の時を実感する。音楽を通してのその変化は、「太陽の音楽」の神髄である。

太陽の光の音は、この今も、それとの融合を普通とする人の脳の、その中枢(の次元)の生命の意思に届く。変化の、その本来の働きかけである形無き原因の動きは、そのことで次第に活動的になり、何もせずに何かが変わり得る流れを生み出す生命本来の力も、余裕を取り戻す。

遥か遠い昔の音の風景も、この時を喜び、安心してそこに居てくれる。いつでも遊びに行ける場所として、太陽の光がこの今との間を繋ぎ、共に、未来を訪れる。その未来も、この時の音の風景に安心する。

7/27

・ある文章がある力に利用される時、人は、その文章に力を感じる。しかし、その利用する力を必要とはしない世界へとある文章がいざなおうとする時、人は、そこに在る何かを感じにくく、誰もそれを利用することは出来ない。文章の真の力は、力そのものの質(次元)を変える。

・自らの危うさに謙虚にならないと癒されない経験の記憶がある。そうなることで経験できる、新たな自分がいる。変わらなさがしつこいのは、それだけ無意識の意思が手強いから。その無意識は、かつての危うい経験が支える。

・力強く個性的な表現力を備える人ほど、より強力な負荷をかけ得る存在に徹底マークされ(多くが身内)、その背後に居る更なる重量級の存在によって、それは固められる。いつの時代も、その存在たちの姿無き別次の意思に押さえ込まれ、自由に動くことも経験の外側だった、素朴で純粋な生命たち。こんな風にして、かつての風景をここに案内できる時がここに在る。

7/26

5.そこに潜む停滞の原因が音楽という形を通して世に流れることで、人の脳の働きが、そうであることも分からずに容易に病まされることになる、古風で古式に則る、昔からの動きの無い音と曲。太陽の音楽は、この地上で人間が人間らしく生きるために、その停滞の原因の蓄積を、ムリなく処理し、浄化していく。そうでなければ、この時は無い。悲しみと諦めの連鎖ほど、人として切ないものはない。

太陽の光の音は、ある意味、負の原因の働きかけの逆噴射のような状態を生み出し、それを遊ぶ。重く、流れない停滞を心地良さと感じる存在たちのその脳は、太陽の自然な姿(力)を嫌悪するという非生命的な負の共通項を持つゆえ、彼らが好むそれ系の音楽のその形無き意思の土台に、その音を流し込む。

そのことを遊び心一杯に自由自在に行うのが、「太陽の音楽」で本来を取り戻した人の、その脳である。その中心(のある部分)を通って脳全体を元気にしようとする、変化し続ける生命の意思の力は、ただそのままでいて、これまで誰も変えられなかった歪な風景のその原因を、普通で、自然なものにする。太陽の光の音との時を心待ちしていた人たちは、そうではない人たちの思考の質(力)まで変化に乗せ、自らの心の芯を、未来の自分と繋ぐ。それに連れ添う音楽も元気になる。

7/26

・文章が自身そのものとなると、そうではない作り物の文章(本)が読めなくなる。それでOK。自分(の本質)とかけ離れた文章がそこに在れば、それは、未だ物語や夢の世界で嘘を生きている証。書くことのその何気ないプロセスに、責任と真剣さを重ねる。どれだけ本を読んでも、真を体験するのは、自らが書く文章の性質から。

・永い間、他へと流れ行くことなくこの地に留まる(囲われる)、蛇の息のような松の樹脂由来の気体。この数十年の、異常とも思える気象(猛暑、豪雨・豪雪etc.)の元であるそれは、蛇系の重要な頼り所。それも、これも、太陽が力を取り戻してきているということ。

・恒星(太陽)の中心で生み出される炭素は、この地球という生命体の生の根源。生き物たちの本来の力を奪う完全無生命化の意思も、それに抗う力は無い。地球の核である鉄成分との融合を普通とする、この地上に生きる、心ある素朴な生命たち。彼らのために、太陽は、忘れかけていた本来(生来)の光を注ぎ出す。奇跡という名の普通が、大きく更新される。

7/24

4.動きの無い原因からなる音楽(音)は、そのままそれに停滞と収縮(鈍麻と自壊)の意思が乗り、脳にその音が記憶されることで、そこに在る原因は、脳の働き全般に負の影響を及ぼす。その類(次元)の音楽が繰り返し耳に入ると、脳の深くまでそれは染み入り、人としての感覚的理解の力や自由意思は削がれていく。次第に脳は、その中心から健康・健全の原因を生み出すことが出来なくなり、その人の人生は、人間本来からかけ離れてしまうことになる。

他者の変化を止める動きの無い原因の音楽には、その負の要素として、犠牲を強いられた敏感な動物たちの、その地には還れない辛さ(皮膚、骨)が様々に利用され、そのことに感応する(悲嘆する)普通の人たちの自分たちへの恐怖心を煽るためのものとして、それは(その音は)、服従と忍耐を絶対とする力の象徴へとその姿(音調、音色)を変えていく。人の悲しみや苦しみの場で、重く流れない音楽を奏でる(音を出す)ことで、それは執拗に人の脳に居座ることになり、心無い存在たちは、思い通りに事を動かし、難なく人の人生を支配することになる。

(変化の原因を備えない存在たちが生み出した、蛇が地を這うような曲調や、雷雲の怒り、亡者の恨みなどを模した音(音色)は、心ある人の脳の中で、重量級の重石となる)

7/24

・ふいに動き出す否定的な思考が教える、もう一人の自分の焦り。それを燃料にでもしないと居場所を確保できない不安を、図らずも伝えてしまっている。無くてもいい別の自分が居れば、それが本当の自分。無くなれば、それが本当の自分。

・土を離れ、太陽の光を遮る中で生み出される仲間の姿に、植物たちは、今まで経験したことのない悲しみを覚える。それが良しとされる人間の世界に、自然界は、望みを抱く力を失くさせられる。

・空間の湿気と人間の陰湿さを難無く生み出す、蛇絡みの樹木(松)。空気中に念の乗りやすい成分を漂わせて(この国での)太陽の働きかけを不自然にするそれは、呪術関わりの材料(蝋、印肉etc.)として、その威力を発揮する。心ある人たちの理由の分からない心身の重たさも、それで固められて来ている。

・言葉にならない想いを言葉にしようとするから、嘘を止められず、本当を隠そうとするから、言葉で想いを伝えるのが上手くなる。子供心とセットの心ある想いは、その質を変化させつつ成長する(活躍する)、ありのままの何でもない言葉しか知らない。

7/23

・変わらないから書ける内容もあれば、変わり続けるから書けない内容もある。不自然な世界と同調しているから、知っていることを違和感らしく書ける文章もあれば、そこに居ないから、違和感がそのまま言葉になる文章もある。

・どんな人に読まれてもOKな自分がそこに居ないと、その気が無くても、親しい知人・友人間の内輪文になる。つまり、変化の原因とは無縁。本心が変化を拒む言葉(文章)ほど、自他の変化を止める道具は無い。

・植物たちの普通を支え、彼らの望みに応える。それは、人として基本となる、生きる原因。動物(人間)は、植物で成り立ち、そしていつの日か、植物たちの栄養になる。

松の、その他には無い不自然さと、繋がり、派生するその原因の異様さに触れたら、人は誰も、それが健康でいる普通と、公平・公正の心持ちを妨げるものであることを知る。永い年月の中で、重苦しく不健全な風土を支え続けた松は、蛇系の意識(本性)の源のようなもの。健康も平和も、なぜそれが普通ではないかのその理由が、そこには在る。

・怯えは、他を隔てる物や形を力に、安心を潰す。怖れは、醜い感情を嘘で固めて、平和を壊す。世の争い事の原因は皆、(力ある)人間の内に秘めた怯えと怖れから。

・そんなことばかり言ってるとバチが当たるぞ!と言われてから長〜い年月が…。まだ足りないのか、バチが当たりに来ない。早く見てみたい。

7/23

3.心ある風景を忌み嫌う存在たちの脳は、その中心となる形無き原因(次元)のところに、動きの無い停滞の意思を潜める。そして、脳全体にその性質を元とする流れを生み出し、思考も、言動も、変化とは無縁の状況を作り出すためのそれとする。

その本性と相容れない性質と出会せば、彼らは、争い事や衝突を利用し、苦しみや痛みの経験を記憶に残させて、事の動きを止める。健全な違和感を持つ人の生きる自由(命)を奪うことは、その脳の普通である。太陽の光を尽く阻むその脳の中枢(となる原因の意思)は、手段を選ばず他を支配する、真っ黒な感情である。

その存在たちは、自分たちが好き放題出来る状況を安定させるためには、素朴で柔らかな感性を持つ人たちのその脳を尽く不自由にさせることであると考え、彼らの脳の中心(核)から外へと流れ出すその人間本来の原因の動きを完全に押さえ込む手段を講じる。そのための道具が音(音楽)である。

7/21

・誰もが普通でいる自然界で、特別を生かされる植物は哀しい。虫も動物も気軽に近寄ってくれず、同じ仲間たちも離れてしまう。それを生み出す人間の思考は、未だ子供心(本来)を知らない。

・不安や困り事の世界からなかなか抜け出せない状況というのは、それらの本質を処理し得る原因の中に自分が居るということ。そうである経験も、そうでなくなる経験も、必ずや、未来が喜ぶ、本来の普通の支え役になる。

・太陽の光の力を抑え込んでいた、この国特有の炎の中身。蛇も絡み、非人間性もその燃料となるその形無き不穏な原因(企み)が、生まれ変わる太陽の光で燃える。作られた自然環境の基本が動き出す。

・同じ繰り返しと心ある原因(子供心)の無さが守られる、印という奇妙な世界。それと同調する人が守り続ける、変化とは無縁の権威と支配。その姿無き背景に在る意思は、封殺と呪詛。動きにくさの原因の深みで、粘り気の強い油(松脂)のように、心ある人の生きる自由を奪う。

・普通じゃない状況が普通へと変わり得るであろうその原因を言葉(文章)にする時、責任は、軽く時を超える。その原因は、そう簡単には言葉にならず、やっと言葉になったとしても、その力が無かったり、足らなかったり…。責任ある原因が言葉という形になる時、そのプロセスは常に真剣なかけひきとなり、そのことを普通とする自分が居る。

7/20

2.その人間本来が違和感となるような生を普通とする存在が、この地上で同じように人間時間を経験するようになった頃から、人々の生活環境は少しずつ揺れ動き、不穏な空気感を帯びる(「歴史の芯」)。その背景に在るのが、彼らの脳(の原因)特有のそこに在る非生命的な意思であり、姿形は同じでも、そこに至る原因が普通ではない(次元の)その働きかけで、人の心は力無いものになる。

空は、黒く厚い雲で覆われ、地上は、どんよりと重苦しくべとっとした(じめっとした)様を日常としていく。流れにくいこと、動かしにくいことが増えるようになり、それまで経験したことの無い負荷を心身に染み込ませつつ、その意識もなくそれを受容し、人は生きる。

人間の身体表現の質によって大きく影響を受ける自然界は、心ある普通の人たちの脳が本来の力を無くしたことで、その後、永い間、人間の思考の内実同様、不自然なものになる。それは、太陽が、地上の生き物たちの生に、きめ細かく付き合えなくなるということ。それ程のことを、人間本来を受け付けない存在たちは行ってしまう。

7/18

その成分が鉄である地球の核と、太陽の中心で生み出されるある物質との関わりが、その原因のところで(原始から)密であるからこそ成り立つ、人間(動物)の骨と血液。太陽の光が届きやすくなるという、新たな時の始まりに、その光の音と融合する生命たちの細胞は、力強さを普通とする。それを嬉しい太陽も、懐かしい色を見せる。

思いがけない発想の連続の中で、凶悪な意思を持ち合わせているかのようなかの黒雲の、その異様さの理由が身動きを始める。その必要性を眺める子供心は、同時に、松の木の素顔も見ることになる。

・その存在からすれば、地球は鉄くず。人間も、彼らには遊び道具。だからこれまでの地球と、人類の歴史。けど、遊ばれ過ぎたことで、太陽も生命たちも知恵を身に付ける。姿無き巨大な単細胞が罠にかかる…というあり得ない話。

・植物の生育を不自然にさせて、人を動物食へと傾かせ、土の本来を壊して、腐敗型の生き方を強める。全粒穀物食から切り離されてしまっている現実は、人間本来の普通が押さえ込まれた上での嘘を、人々が生きているということ。この国では、人間らしい人間を見つけるのが難しい。

7/18

1.脳には、脳の全てが形づくられる(時の)その原因となる形無き創造の意思がその中心には在り、人間経験の質の変化・成長において、それはとても重要な役を担う。その意思は、その中心(核)から全方向へと絶えず流れる動きを取り、脳全体の隅々にまでそれが行き渡る状態を安定させつつ、脳内の活動のバランスを保ち続ける。つまり、脳の形無き核となるその原因の性質が人間本来のそれであれば、人は病むことも、争いや衝突を生み出すことも無いということである。

元来、人間の脳は、その意思が一切の不自然な原因を知らないため、当然病気や争い事は経験の外側で、仮に何かの要因でそのような状況になったとしても、そうではない普通によってそうとも分からず処理されて、居場所を無くす。その普通は、太陽の光との融合、そして自然界の調和との繋がり。人としての人間の生は、脳のある部分(次元)から湧き出るようにして広がり出すその意思により、常に人間本来の原因でい続ける。

7/15

8.太陽の音楽の世界が、大切な分身のようにして内なる世界で自由に仕事をするようになると、当然と言えば当然なのだが、「人間らしさって、このこと?」と思えるぐらい、今までどうにもそうにはなれなかったことにさらりと出会すようになる。そして、どんな人が、どんな性質の原因を曲(歌)に乗せて演奏し歌っているかという、音楽の本質への観察を普通とし、ただそこに居るだけで(関わりを持つだけで)災いとなるような特殊世界が音楽には存在することも、体験的に知る。

心身がその意識もなく本来の動きになれば、音楽との関わりそのものが変わる。音楽によって何かが変わるのではなく、記憶の中の音楽が変わることで、周りの風景がそれに呼応するようにして変わり出す、真の普通。人は、音楽が無くてもいられる暮らしの中で、内なる変化とその影響という、とても大切な経験を創る。

そして、そんな時に出会す、記憶(過去)に留まらず変化し続ける何でもない音楽を通して、いつのまにか音楽が音楽ではなくなり、そこに在る原因(次元)の性質との要・不要の融合体験を遊び心で行う自分が居る。連れ添う音楽、身を引く音楽、そして次なる時を待つ音楽。それは様々である。

音楽は無くてもいいもの、と捉え、有ってもいい音楽となる存在の、その原因の変化に付き合ってみる。音楽によって真に変わることは何も無い、という理解を普通に、変化し続ける自分に真に連れ添える音楽を応援する。太陽の音楽は、変化とは無縁の音楽の世界とは無縁の、ごく普通の変化の音楽であるから。

7/15

・動植物やあらゆる物質に害を及ぼすLEDという毒とキレイに同調する脳を持つ人間によって、しっかりとそれ(LED照明)が支えられているという恐ろしい現実。無生命化の威力を持つその毒で、地球自然界の歴史に大きな穴が開こうとしている。

・歩み続ける自分を守り通すための表現を変化・成長させる。それは、時代に望まれ、全体に守られる力強い原因。向かわずに居るその原因の中で、歩みは、未来を動かす。

・力を失くしていた地球の普通が動き出す。同時に、子供心の世界にみんなが集まる。太陽の光が山々に声をかけ、月が海の水を守る。

・自分の中に在るべきものが無いために、頭を働かせて有るように生き、そして、在る人の動きを止める。心ある原因という在るべきものを持たない人は、無い人として、謙虚に、正直に生きることから。

・誰もがあたり前に普通だから、出来ることの個性で、ムリなく分担が生まれる。人の社会とはそういうもの。

・嘘で固めた権威と力有るごまかしによって、動く(変わる)こともなくどっしりと重石化する、無くてもいいはずの不安と差別心。それは、伝統とされる武芸(競技)や芸能(雅楽)、お祭りや祈願(祈祷)等のその不健全な原因を力に、揺るぎない異物として、人の心に居座り続ける。

人としての責任を生きる時、人間は、自ずと、この国の伝統から自由になる。守るべきものを守るために、意味無く(非生命的に)守らされているものを外す。そこから始まる、この地での人間本来。永い時を経て、人としての人間時間が再開する。

・土の上で生きる人間は、土の中に在る成分を吸収しやすい栄養に変えてくれる植物を摂ることで人間でいられ、他の生命たちとその原因を融合させつつ生きることで、土に還る。原因を重くさせるばかりのそうではない生き方は、形無きところで自然の変化を止め、地球の異物の次元で、腐敗を固めていく。

・どちらでもない中での体験的知識は、新たに分かることの質を確かにする。そのことが大切にされる心ある風景では、分からないことを理由に分かるべきことが退けられることはない。

・植物は、人間も含めた動物たちみんなが必要とする栄養分を分担して作り出し、食べてもらうことで、生き存える。だから、植物の数だけ生き物が存在し、廻り回って生命たちは生かし合う。地球生命にとってのその普通は、人間の、生命としての普通。

・姿無き不穏な原因が初めてこの地上で現実化した時のその出来事から入り、地上の歴史の再スタートの時を自由に創り出してみる。恐竜時代の生命たちの悲しみ。そこでの異変と変異。ずっと変わらない土と植物と太陽の光が、それを教えてくれる。

・変化を嫌い合う人たちによって成り立つ、覚えたことだけで生きられる(生きようとする)心の無い世界。地球の望みに包まれる新たな原因の時、当然それは崩れ出す。

・動物が摂り込んだ植物(地中)からの栄養分を、その動物を食べることで自らに取り込もうとすること自体、異常事態である。その非生命的な停滞と腐敗の形。そうである人間から、脳内の異変が始まる。

・この地上では、植物を食べるのが、哺乳類動物の元来。そのことで自然界の調和を支えるのが、彼らの元々の本能。それが壊されてしまっているだけ。そのことを知るだけでも、遠い記憶の中の怖れが姿を消す。

7/14

7.音楽の多くは、心ある普通の人の素朴な生き方をじゃまし、世の成長を阻もうとする人のためにある。その世界に関わる人は、そのために徒党を組み、したい放題人の心を弄ぶ。申し合わせたように同じ発想と行為を繰り返し、聴き手の人生を巻き込んで、彼らの変化を止める。世を憂い、はかなみ、それを変えて良くしようと、歌でポーズを取り、偽善を生きる。

その全ては、形無き怖れと嫉妬から始まり、人の世に不安の輪を繋ぐ。それらは皆、何の発展性も無い模倣の世界。真似に色を付け、嘘(時流)を包装し、そして好きなように作り出した歌を、お金に換える。この現代ほど、劣悪で中身の無い音楽がはびこる時は無い。

ただしかし、そうであるからこそ為し得る面白い体験がある。太陽の光の音が勢いよく流れ出せば、それは、世の音楽の病みの原因深くにまで響き出す。心ある人たちのその生きる原因の変化は、その道を照らし、新しい未来を引き寄せる。

7/14

・太陽の光が本来ではなくなってから、数億年の時がこの地球時間に流れる。この時を待っていたのは、太陽だけではない。彼の望みに応えようとしていた存在たちも、この今を嬉しい。

・変わろうとする気持ちより、なぜ変わらないでいたかの理由を無くすこと。がんばらずに共有できなきゃ、大切なことが、大切に思うことになってしまう。

・どんな生き物も、この地球で生きるひとつの生命。それは太古の昔の恐竜も同じ。彼らも皆、時を超えて繋がる生命の仲間。そこでの平和が崩されるというあり得ない負の奇跡となる原因は、地球に残ったまま。

・理由の要らない喜びは、実感を伴う次元を超えているため、人としての責任も、そのまま生命としてのそれになる。心の性質が身体時間(経験)を包み込むそれは、時代の、かけがえのない財産である。

・太陽と地球は、肉食動物を決して生み出さず、それらが存在することも望まない。地球大自然にとっての動物というのは、地中(地球)からの植物を食べて生命のサイクルを健全に守る草食動物のことで、そのことを拒む肉食動物は、脳をおかしくさせて(させられて)本来に戻れなくなっている、その異常な姿を言う。

・どんな自分がそこに居て、どんな風景と繋がり、どんな未来を引き寄せようとしているか?形ある行為の手前のその原因から責任が動く時、何をしても、どこに行っても、自然界が嬉しい現実が創られていく。

7/12

・海の中にも価値観がある。それは不安を残さないということ。凶暴な海の生き物は、陸の上の肉食動物同様、仕組まれた異変。

・睡眠中、妙な異質感を背負い続けるだけのような重苦しい場所にいつのまにか居て、ずっとそこに居続けた後、ふと夢の流れを感じた辺りに、どうにかそこから抜け出る。そこが、蛇系の巣穴のような、停滞と腐敗(残酷と支配)の原因の場所。純粋な人間は、永い間そこに捕まり、その次元に付き合わされて、人としての普通を生きられないで来ている。

「太陽の音楽(7)」で力を手にした子供心は、そのことを怖れるその場所を遊び場にする。睡眠を取る度に固めてしまった脳の不自由さを、その度にその全てが生命らしさのそれとなる自由に変え、脳を元気にする。根本・根源が変わらなきゃと、子供心が太陽の音楽を奏でる。

・やっと気づけたから今までとは違うということを伝えられるより、その姿から今までとは違うということを気づかされたい。子供心の普通の望み。

・一個人としての正しさは、全体にとっての正しさに厳しく観察され、その正しさも、未来の風景から見るという、時を超えて通用する正しさに観察される。その時を超えて通用する正しさの中に居れば、何をしてもいい。

・陸は、海の記憶を持つ。海は、陸のことをよく知る。その次元から見れば、生命が病むことは永遠の奇跡。

・不安が消える。無いはずのものが有っただけのことだから、それは当然のこと。怖れも隔たりも消える。どこにも繋がるものを持たないものだから、それも当然のこと。地球から見たら、一瞬のまばたきのようなものだけど…。

7/12

6.嘘の音楽は、文字通り、そこに本当の自分が居ない音楽。歌う時だけ特別になる、普通を置き忘れた不自然な歌。そして、独特の心情を作り出して聴く人をその気にさせる(感動に引き込む)、偽りの歌。

人の脳への影響を考えれば、嘘の音楽は、形(証拠)の無い犯罪と言える。その素質を持ち合わせる作詞・作曲家は、本性のままに嘘の歌を作り、人の世で、本当を力無いものにしていく。音楽を通して、変化しにくさが、そうとも分からずに安定していく。

その嘘の音楽は、それとはけた違いの狡猾さと残忍さを秘める別の嘘の音楽に支えられている。つまり、世の音楽の殆どは、その重量級の嘘の音楽の原因を様々に絡めつつ生み出されているということ。そうであるから、人は、音楽に親しむ分、その気もなく、その隠された病み溜まりの世界に陥ることになる。

その恐ろしい醜悪な本性を原因とする音楽が、昔から尊いものとして受け継がれる、芸能絡みの音楽である。そこでの極上の嘘は、優雅さや厳かさを弄び、他を隔てる権威と独善の下支えをする。動きを無くし(抑え)、リズムを打ち消し、そして収縮と停滞を生み出して広がり(変化)を避けるそこでの音楽は、格式や威儀を基にその嘘を本当とし、人知れず、未熟さの現れでもある優越心や差別心の燃料でい続ける。それは、太陽の音楽からは最も遠い、生命世界の異物と言える。

7/11

・そんなつもりもなく伝わって来るものから、怯えと逃げ(焦り)の姿勢を見る。LED照明絡みで鉄道や飛行機のトラブルが続いても、廻り回って土砂崩れや川の氾濫へと波及しても、何もせず動こうとはしない(動けない)その恐怖心。純粋な子供時代の自分に戻ればいいだけのこと。

・子供心は、生きる責任の姿。形ばかりの(嘘の)責任を放棄するという無責任さを楽しみながら、その意味も知らずに、責任そのものを生きる。

・安心の時空が回り出せば、安心だけの世界が生まれる。そこに行くために決して戻ることのない道を確実に創り続ける。その場所にもすでに太陽の光の音は響いている。

・子供にとって学ぶ次元には無い、優しさと思いやり。それらを学ばせる環境を作り出す大人は、大人を続けてはならない。

・海に住む哺乳類の人間を見る目は、とても厳しく、そして優しい。そのことを知る人間の生きる姿を、彼らはずっと応援し続ける。

・これまで一度も経験したことのない、未来への責任という恐怖。無有日記が分からないのではなく、分かることが恐いだけ。

7/10

・そうとは見せないきらびやかな衣装で、辛く悲しい気持ちの歌を熱唱する、不健康(の原因)そのものの歌い手。健康な人が増えない理由は、テレビからも流れて来る。

・人間がこの地上で生きることを許されたのも、海に住む哺乳類のおかげ。人間の連帯保証人である彼らに心配をかけないよう、太陽の光で元気に遊ぶ。

・歌を聴いても、歌っても、変わるのは気分だけ。なぜ気分が落ちていたかの理由までは変わらない。だから、軽く、浅くたくさん聴いて、悲しみや辛さのその理由深くへと入って行ける力を付けた。

・病気は、普通ではなくなるということ。そうなる異常な原因がその人の周りにあるということ。病気の人が大勢いるというのは、社会が、人を健康にさせないぐらい酷く病んでいるということ。

・お願いごとをするのが意味のあることとすり込まれ、その気もなくきれい事や他人事の世界で良い人を演じる。子供は、子供時代に人間(子供)らしく生きられないよう、妙な力で依存心(ご利益心)を植え付けられる。

・気づけば、どこに居ても、ただそのままで平和を感じ、優しさに包まれる。人間も動物も植物も皆、地球に抱かれ、太陽の心を生きる。じめじめとした空間やどんよりとした空気はどこにも無い。空は青く、雲は白く、海は限り無く元気に生命たちを癒す。風は季節を運び、水は廻りながら全てを生かす。地球で生きる全ての生命たちが、同じ仲間として、同じ時を戯れる。そう。ずっとそうだったように、何もかもが普通になる。

7/10

5.蛇絡みの価値概念の世界は、太陽の光を避けるようにして、非生命的な現実のその動きの無い原因を作り続ける。つまり、この国の大多数は、それ関わりの教えや風習を基とした生活空間を通して、信じ難い程の負の経験の蓄積を脳に染み込ませているということ。

それを考えれば、本心が変化を嫌う人たちのその体裁や建て前の内側で、想像以上の洗い直し(自浄作用)が為されるであろうことが分かる。その連なりが、他のそれと呼応するようにして引き起こす、時代の好転反応。そのことを把握し、自らの原因を変えていく。

この地上で生きる生命にとって、その原因が危うさ(狡さと欲深さ)でしかない、形式や権威と結び付く音楽は、心ある素朴な人の自然体で生きる力を奪う。無意識の意思(本性)がそうである人に守られるその世界では、太陽や月までが所有物のように扱われ、動きの無い異様な音で、生命世界の活力を抑え込む。その不気味さに何の違和感も覚えられない程脳をしつこく病まされた(上手く操られた)人たちの、その鈍った感性は、太陽の光の音の届く場所(次元)から動き出す。

7/08

・太陽と水と空気。土や木々はそれだけで元気に育ち、動物たちも好きなだけ自らの分を生きる。人間も同じ。健康とか病気とかの世界って、そもそも要らないもの。

・人をおだてて祭り上げる嘘(ごまかし)から始まった祭り。その変化させない度数の高さに、子供たちはひたすら防戦する。

・良いことをしようとする気持ちを大事にする子供は、小さいうちから(そうではない)本心を見えなくさせて、良い子でい続ける。子供心は、自分に正直でいて、みんなをあたり前に大事にする。その普通は、良い悪いの世界をすでに超えている。

・他者と競った記憶が無い。競える相手も居ない。競う意味が、競わせる力を持てない。競って生まれるものは、競わずに生まれるものの足元にも近づけない。

・病気が無くなると、話す話題も無くなる人たち。皆、気分良く話すために、仲良く病気になる。

・地球の意思活動を不自由にさせて自然界の自浄力を抑え込む(破壊する)試みも、それを本格化させようとしたこの現代に、大きく頓挫し、全ての負の力を無くす。この地を中心に始めたことも、そうでなければならなかったことも、太陽の光の音を通してそれは子供心の芯に伝わっていた。この国(のある場所)が深くから変わることで、地球自然界は、かつてのように地球のものになる。

7/08

弱肉強食という世界(次元)は、この地球には元々どこにも無く、蛇絡みの原因を染み込ませた動物が同じ仲間である他の動物を食べたことから、それは始まる。肉食動物は、この地上には不似合いの蛇系。休息時(睡眠時)に彼らに襲われた経験から、草食動物は、本来自分たちには無い怖れと緊張を本能に残してしまう。同質の(蛇系の)人間は、自分たちが人間を襲うことと、肉を(人間も)食べることを正当化するために、肉食動物の存在を巧く利用する。

現代ではあたり前とされる肉食も、元を辿れば、蛇の脳(を操る意思)を通して始まり、伝わった、この地球自然界には在ってはならない蛇系の動物と人間による、永い時をかけての、凶悪で腐敗型の悪巧みである。そろそろ、みんなで地球人になる。

7/07

・嘘の涙は、停滞感の共有から。歌もドラマもそれに協力し、変化しなさを正当化する。

・どんな時でも、どんな場所でも楽しさを覚え、誰と居ても、一人でも、面白さを見つける。子供の時のそんな普通の中で、どちらでもない(どちらでもある)想いの確かさは育まれていく。

・太陽を隠そうとする雲も、べとっとした空気も、LEDの原因と同じように元々はどこにも無かったもの。子供心を存分に輝かせ、そこに太陽の光を誘う。

・言葉を殆ど無視して声の奥に入って行くような聞(聴)き方をしていたら、姿形とは全く印象の異なるその人の別な姿を見る。恐怖映画の類がコメディになる。

・この国に住んでいると、病気にならないと冷たくされる。病気になれば得する人がたくさん居るから、病気の人が優しくされる。健康でいるって、孤独なもの。

・ある樹木へ。樹木から蛇へ。蛇から人間へ。どんよりと重く動きの無い風土のその病みのルーツが、太陽の光の音と子供心で崩れ出す。不自然を知らない生命たちが、止まったままの時を再び回し出す。

7/07

4.「太陽の音楽」は、原因の嘘を面白いくらいに外していく。それだけ太陽の光の音との融合は、心強く、頼もしい力になる。理由も理屈も何も要らず、思考の働きも寄せ付けない、これまでの経験枠の次元を超えた、新たな普通体験。元居た場所に帰るようなそれは、ここに至る無くてもいいはずの経験の記憶(の原因)を深くから浄化する。

質を伴いながら変化し続ける脳の仕事は、可能性を次第に更新し、自動制御のようにして時を癒していく。もちろんそれは、自然界に生きる一生命としてのその本来の在り様をテーマとする、内なる変化。気づけば、(人間観における)面白さの質が変わる。心の嘘を普通としていた人は、それを隠せなくなる。

人の意識が、不思議と自分に集まるような状況が生じ、表情を辛くさせる人や焦った動きを見せる人が増える。眠気に抗えずに動きが止まったり、嫌悪の態度を取りつつ背を向けたりする人もいる。まるで挙動不審とも思える行動をする人や、すかさず距離を置こうとする人の姿に、思わず可笑しさを覚えてしまうこともある。

それらは皆、右に倣い、力に従うことで身を守り、隠し続けられた嘘が、脳の中心に在る本性の基を刺激されたことで、思い通りにはならなくなったため。多くの場合、頭の働きが鈍り、どうにもならなさを経験する。

7/06

・ずっと先の未来まで任せられているような気分になった時、この国に居る意味を確認する。この場所の地球規模の事情。彼(地球)の元気は太陽の元気。

・あたり前に健康でいると、病院が縁遠くなる。病院が、病気にならない原因を大切にしているとも思えない。病院が、人が病気になるのを望んでいることは、子供にも分かる。

・言われる度にその理由が分からなかった、「ちゃんとしなさい!」

・決められたことをきちんと守っているという自分をけんめいに生きることだけを大事にしている大人のために、決まり事が無くても調和を普通とする子供心は緊張を覚えさせられる。子供は、なぜそうであるかの世界を何より知りたい。

・言い争いをしても何もならないことを教えるための言い争いなら、子供は歓迎する。争わなくても言えることを大切にして欲しい。

・楽しく健康的に…は、スポーツの基本。‘道’の付く競技にはそれが無い。

7/06

人間の次元には無かった非人間性が、蛇系というその本質に生命本来の意思を持たない形ばかりの人間によって具現化され出した時(5千年程前)のその未来が、その後の歴史であり(「歴史の芯」)、現代でも、大多数の意識深くにそれは潜む。地球自然界にとって無くてもいいものがなぜそうであるかの原因をどこまでも可能な限り遡り、浄化し得るEWを終えられたからこそ、改めて入り込める、人間の、人間らしくない脳(意識)の世界。普通の質の原因が自然界の自然な姿を遠ざけるものであれば、当然太陽が元気になるこの今の流れで、その不穏な自由は外される。非人間性と否定感情からなる不自然さに支えられた脳は、動かなくなる。

7/05

・人の意識への病気のすり込み。子供の時からそうだから、子供のうちから人は病気になりやすくなる。人がみんな健康になると困る人が力を持つ構図は、この国の病巣。

・その人が何を大事にしているかを顕にするLED。健康よりもお金、真実よりも嘘を選ぶ人がLED照明を使いたがる。子供にとって実に厄介な大人たちである。

・「競技だったら、お尻、隠して欲しいよね」「たしかに…」

・人の迷惑にならないようにと言われても、迷惑に思わなくてもいいようなことにまで迷惑だと思われたら、どうしていいか分からなくなる。

・差別心の具体化の始まりは、覚えることの量とその速さで他と差をつけたがる子の、その子供心の無さ。子供心の本気は決してその世界には染まらない。

・伝わる人には伝わってしまうことを怖れる人の文章と、伝わる人には伝わることを望む人の文章。それは、そこにある原因が止まっているか、回転しているかの違い。何でもない抽象的な言葉(の選び方)から、子供時代の姿がオープンになる。

7/05

3.これまでの理解が一切通用しない変化を通して、人は、永い歴史においてどれ程の負の影響を音楽によって被ってきたかを知る。そしてその変化が、停滞と不自由さの象徴であるようなその(異様な)音楽に馴れ親しんだ(馴れ親しまされた)人の脳に、何もせずに新たな動きを生じさせてしまうことも。

それは、蛇の本性とキレイに同調する部分を脳(の中心)に備える人のその負の威力によって、どうにもならない病みの融合を繰り返し重ねてしまった(重ねさせられてしまった)、人として基本となる脳内の中心(核)の個所が、太陽の光の音によって浄化され、以前より元気になったから。その微妙で、自覚もしにくい脳の変化は、思いがけない心身の変化を次々と生じさせ、そしていくつものあり得ない周りの変化を普通のこととして創り出していく。誰もその波及を阻むことは出来ない。

それもこれも、永いこと人間の知の世界には無かっただけの真の普通が、その本来をあたり前に表現しただけ。人間の脳のその中枢の部分の滞りからの解放は、重苦しくじめじめとした世界を良しとする人の脳の、同じその中枢を変えてしまう。それは、普通で、自然なこと。ただ異常な状態が、そのままではいられなくなっただけ。

7/04

蛇の悪趣味から始まった嘘の病気は、偽善を力に影響力(存在感)を強め、支配する側の道具として、非道な歴史の病み色を濃くする材料となる。その病気から生まれた、(人を欺く)祈願・祈祷の類。そこから生まれた、神社と神官(神主)。偉い人の無事のためにたくさんの人が病気になっても(戦死しても)平気な意識が、神社文化の元。神社(神道)の素顔は、子供心には見え見え。

7/04

・左手で遊ぶ子供心が、一生を通してずっと子供で居られた遠い昔の記憶のドアを開ける。大人と子供の違いも無かったあの頃の太陽が顔を見せる。

・いつまで続けるの?その軽薄さは、人として何も持たないことの現れ。口を開けば、人のわる口とうわさ話。子供はうんざり。

・そうであることをそうではないように隠し、嘘を生きるのが、この国の人間の気質。それを唯一癒すことの出来る子供心は、その嘘を表に出し、本当を中に流し込む。時代は、確実に人間らしさを帯びていく。

・子供の時にみんなで力強くする、支え合い助け合うことの普通。特別に人を支える(助ける)側でいようとその普通から外れる子は、自分が子供であったことも忘れて、支え合う普通を力で遠ざける。

・神格化された人の顔と声は、子供にとっては悪夢のよう。子供心はなぜそうであるかのその理由に反応し、感性を無くした大人たちを可哀想に思う。

・不安が無いと、不安のかたまりに強烈に反応する。怖れが無いと、恐ろしく怯える存在の意思に動きを鈍くさせられる。緊張を楽しみ、焦りと遊び、その手の内を見る。そしてサヨナラホームランアイスクリーム。

7/03

理由も無くあたり前に平和で健康でいる原因のその分母が増大する中で次第に見え出すのが、元々そこには無かった、原因の無さの原因。人間本来の普通を忌み嫌うそれは、時を経て、有ってはならない非人間的な歪な普通を常識としてしまう。

そして、どんな原因にも中心があるように、その原因の無さの原因にも中心がある。それは、大多数の形無き原因の真ん中で、誰からも普通に見える在り様で、人知れず、人間の姿を生きる。誰も知らない(知り得ない)その存在は、蛇から人間へと移り出した頃の記憶を誰よりも持つ。だからこそのこれまでと同じ現在の役。「無有日記」を知らなくても、この今のEWに反応せざるを得ないその原因の無さの原因を、ここに案内する。

人間の姿を手にした時の右脚(足)の、その嘘のような別次の都合。それは、これまでも、これからも同じ。その、この世には無くてもいい不気味な事実を、みんなで楽しむ。体験すれば、それもこれも普通。その遊び心一杯の普通で、異常な普通を包み込む。

7/03

・残したくないこと、残されたくないことは皆遊びに変えてしまう。意味の無い時間を面白おかしく楽しみ、どんな大変な事もささいな事にしてしまう。ごまかしでもすり替えでもないその瞬間芸は、子供心の真剣さ。

・自分の可能性を高める意味でのがんばりはあっても、誰かに負けまいとか、人の何かを押さえ込もうとかの感情は、子供心は知らない。簡単にその世界に行ける子の大人目線のがんばりで、無くてもいい不健全さは広がり出す。

・目に見える人の姿にはいろいろな変化があっても、目に見えない人の内側には全く変化しない部分があることを知る。本当と嘘とが表裏の関係ではないことも知り、子供でばかり居られなくなる。

・自然環境のことを大切に思うのであれば、思うだけで満足する嘘を外し、LED照明を外す。動物も植物(農作物)も、無生命化の意思を備えるLEDに悲鳴をあげている。

・怖れと怯えが極上だから、何もしないでいられる地位にしがみ付き、何も出来ないから、力ある名前(身分、地位)で人に平伏させる。虚構の原点であるそのコピー(繋がり)を手にしようと、子供心を持たない人が我を忘れる。

・子供心を持つ大人は、子供たちがそのまま子供でいられる環境を支えるだけ。子供たちの世話をしたがる嘘の大人の姿も見えなくなる。

7/02

作られた嘘の真実に洗脳されていることを知らされても、聞く耳を持たずにその話を洗脳されていると突っぱねる、そのままであって欲しい人たち。そうやってずっと永い間まかり通ってきた嘘を本当に、人は、文化を築き、そこからの教え(価値観)を尊び、人としての成長も無く歴史を繰り返す。「人間」と「太陽の音楽」で、子供心を取り戻す。この数千年、人は、まだ人間を生きてはいない。

7/02

2.「太陽の音楽」から流れる太陽の光の音を心に馴染ませた人の、それまでには無かった内なる(脳の)変化により、その音楽とは言えない危うい音楽の負の土台が揺れ動く。そして次々と亀裂を生じさせ、崩れ出し、ずっと永いことそうにはなれなかった人間らしさのその感性を取り戻す。それも、自然に、あるがままに…。

いつの時も、心ある想いを押し潰され、生きる自由を奪われた普通の人たちのその背景には、細胞が辛くなる音(音楽)を巧妙に生み出す非道な存在たちのその脳がある。彼らの脳は、蛇絡みの本性を基本とする程の時を経ているため、活発に働かせているのは生きるための基本(核)となる部分だけで、人間が調和と友愛をテーマに成長・進化させてきているそれ以外の脳(大脳etc.)は、付け添えのようなものとして扱う。時代背景が異なれば平気で人の命(人生)を奪える性分もそのためで、人としての心ある知恵も、原因の世界への理解も、彼らには無い。短絡的で、単純で、個人を優先させるのも、脳全体の方向性が変化とは無縁であるからである。

そこから生み出された音楽は、当然動きは無く、人の変化を止める。それに乗った原因は、生きにくさへの受容を促し、世を暗く、不穏なものにする。「太陽の音楽」はその中に入って行く。

7/02

LEDに汚染された水(雨水)は、どんなものでも腐らせ、溶かす。地中では、建物の基礎まで劣化させ、沈下(陥没)や崩壊を招く。道路の亀裂とコンクリートの溶けだし(ひび割れ)。山々の崩れやすさと海中の悲劇。それは、この地に生まれたひとりの人間として見たくはなかった光景。音も光も物も皆優しかった子供時代を知るから、これからに責任を覚える(取る)。

・その時、この時にしかない感覚。その気もなく大事にし、ふといつのまにかそれを形にする瞬間。それは、経験(彼)が道を見失わない明かりとなる。

・楽しい気持ちは、そのままで空間を変え、人へと伝わる。その大切さを楽しめたら、外の景色(周りの風景)を楽しまずに乗り物に乗るなんて考えられない。

・自分じゃない自分を演じている人の姿が喜ばれるのを見て、演技の嘘の恐さを見る。結局それって、子供心が触れてはならない、だまし合いとさもしい感動ごっこ。演劇(俳優)の世界に腹の黒いタヌキたちが居た。

・神霊を慰めたり、祈願したりと、コミカルな雑用の多い神主。それを有り難がる、悪趣味で厚顔な人たち。神社は、人間が本当の姿(嘘つき)に変身する場所。

・何でも分かってしまう。でも分からなくてもいいことは何も分からない。言葉が無かったとした時に何より大事にする(される)ことからそれは始まったから、分かることは無限。

7/01

・見えない世界(次元)で自由に遊び呆けられる感覚は、放って置かれた負の原因の道筋とこれからの風景を容易に把握する。いつまでも子供のままのその感性は、嫌という程LED照明の危うい原因を見てしまった。

・向き不向きや得手不得手がそのままきれいに役割分担となる世界を、子供心は嬉しい。何かをする手前から、そこには平和がある。

怯えの裏返しの酷く醜い背景がその意味として潜む、いくつもの漢字。癒されないままの悲しみの風景は、漢字を使う人の子供心に触れたがっている。

・困った人を助けようとするばかりで、困った人を無くそうとはしない、そのキレイ事が幼く見える妙な姿は、なに事?子供心を無視する教会の中身に、子供らしさが崩される。

・神社に神さまが居ると言うので、「それって本物?」と、嘘と分かってて聞いてみた。嫌な顔をされた。

・がんばろうとする姿勢で責任を取らなくても済む、向かう計画。さりげなく真剣な姿勢で責任を実践する、向かわない計画。夏休みに、子供はそれを実感する。

7/01

2018

1.生命のリズムを押さえ込むような、重く流れない音楽の存在。この地上に在ってはならないそれは、その原因に、非人間性からなる悪辣な感情を潜める。哀しいかな、それは、この国の歴史的遺産として存在感を持ち続ける。

心身が普通自然体のそれであれば、細胞は、音楽の性質に正直に反応する。そうではない時、それは、反応しないという反応を以て、異常な状態を普通とする。人の世ではそれはあり得ないことなのだが、永い年月での(不穏な音の)染み込み作業により、人のその状態は安定・維持される。そこに、生かし生かされる生命の姿は無い。

音楽は、育み続ける感性がそれとの時空を演出し、様々な感覚を自然に動かしつつ、形無き変化の原因の融合とその高まりを経験するもの。それは、どんなもの(曲)でも、思考(左脳)で触れるものではなく、どんな状況であっても、作為的な静寂や躍動(高揚)が不自然に生み出されるものでもない。

音楽の普通は、変化の原因が、力強くしなやかにそこで息づいていること。その普通が打ち消されたまま受け継がれる妙な音楽により、心ある人の感性は、人間(本来)のそれではなくなってしまっている。

 

6/30

・子供心は、事の手前の原因からありのままを実践する。だから、LED照明が生み出す悲しみも、ずっと前から知っている。そしてその悲しみが地球規模になることも…。でも、それを知るから、そうではない時へと子供心を活躍させる。そのための原因を、地球自然界も応援する。

・人としての(子供にとっての)生命活動の常識、全粒穀物食。その大切さを頑なに遠ざけようとする世間の常識が皆嘘から始まっていることを知る。

・思うことからでしか始まれないから、覚えていることから自由になれない。感じるままの体験が伴わなければ、覚えたことも思うことも皆ガラクタ。

・泣き方が上手な人のその基礎は、子供の時の子供らしくない悔しさ。大人になってもそれに触れられると、恐い子供になる。

・あり得ない経験が続いてもそのまま流していたら、流れて行く場所にもっとあり得ない経験が在った。その経験が重なり回転し出した時、時空の中に道を見た。その道を歩いて来ている。

・みんなの象徴だと教えられる。でも子供の本能は、それが差別の象徴であることをあたり前に知る。

6/29

・生きる力の源であるはずの水を、生き物たちの生命力を削ぐ凶器に変え、土の本来を壊して、動植物や道路、建物などの普通を潰す。LED照明の危うさは、子供心とは無縁の腐敗と破壊。どこまで行く?その凶悪さ…。

・思っていることと行うことの差は、子供には無い。その差をいつのまにか大きくする子のそのあり得ない嘘の生き方で、子供らしい子は子供のうちから生きにくさを覚える。

・言葉にする想いに壊される言葉になる想いを守り続けていたら、言葉の凄さを見た。言葉に頭は使ってはならないことの大切さを知る。

・辛く悲しいままの記憶は子供心には無い。それはそう思うだけで何も変えなかった人の記憶の中にだけ在る。

・不自由の中の自由。不公平の中の公平。これでもかというぐらい経験させられれば、子供はその重たい下地の元(張本人)を否でも知ってしまう。

・うわさ話をするのも聞くのも、差別心を正当化してくれる力ある人のおかげ。作られた感動話で涙するのも、心を持たない偉い人のおかげ。子供心ほどジャマなものはない。

6/29

8.太陽は、この地球の生みの親であり、そこで生きる生命たちの姿を、彼は愛しさと無限の優しさで支え続ける。太陽の光は、人間も含めた全ての生命たちの生きる力。それは、生命力の源泉。自然界の一部として生きるそれぞれの分の基礎はそこに在り、脳の中枢は、その光の多次元的な要素を以て、健全に体の活動を運ぶ。太陽の光は、地球自然界の生の根源である。

太陽の光の音は、全ての生き物の生命本来という形無き生の中心に流れ、音無き音として、生命活動のその意思の原因に響く。人間は、彼らと繋がる心の芯にその音を通し、遥か昔から育む原始脳とも言われる(生の基本である)部分のその原因にそれを響かせる。太陽の光の音は、太陽の意思と繋がる証であり、生命たち皆が経験する、全てであるひとつの共有である。

そして太陽の音楽。それは、この現代では、その太陽の光の音との融合体験を呼び醒ます、太陽の望みを乗せた生命の音楽である。

太陽の光とその音。そして太陽の音楽。人は、今の世でも、かつての時と同じように、何も無くても必要なもの全てが有り、何が有ってもそのどれもが全てであるひとつと繋がる、そのままで平和で健康の時を経験する。それは、ここに流れる、太陽の光の音の意思。「太陽の音楽」は、その音を増幅させ、その心ある風景の原因を力強いものにする。好きなだけ、人間を生きる。太陽も、好きなだけ太陽を生きている。

6/28

・人としてすべきことは、言われなくてもする。人としてしてはならないことは、言われてもしない。これって、子供の時に覚えるもの。人として、LED照明を使えるはずがない。

みんなにとっての約束事の枠を外れた決まり事は、それを不要とする普通が抑え込まれたことで力を付ける。嘘同然の(神々絡みの)昔からの決まり事を守る姿は、子供心の強敵である。

・記憶に無い記憶として在る、なぜそうなったかも、なぜそうでいるかも分からない恐さの恐さ。それを消すための香り入りの消しゴムはいくらでもある。

・哀しさや切なさの中に居たとすれば、それは(子供の時から)ずる賢く人を利用して生きた証。子供はその世界に居続けることは出来ない。

大人が聞かれたくない質問は、子供が大切に感じている是非知りたいこと。大人がどうにもならなく感じていることの原因は、子供にとっては切実である。

・共に生きる地球の仲間たちが嬉しいのは、人間の世界から結果が消えること。そのために割り当てられた準備運動は、子供の時に終えている。

6/24

ひとつだけこれまでと違うのは、生きられるということ。そのことを最大限に活かし、染み込んだままのどうにもならなさの原因を最短距離で浄化する。遥か昔の風景と繋がれば、経験の全てが白紙となって心は躍動する。

持つべきものは全て持ち、すべきことも全て心は知っている。ここに触れたら、何も出来なかった時のことは忘れ、自由に生き、自らの発想を活躍させる。無有日記がどこまでも守るから、感覚を自由に、想いを遊ばせる。そう生きる姿を、そのことの計り知れない意味が喜ぶ。

6/23

・子供の時から分かっていたことだから驚かない。普通に生きる(生きられる)人間が居ないこと。その理由を支え合う人間が、恐ろしく危険なLED照明を使い続けること。事実は確認、そしてそうではない未来へ。

・手本になるはずの人が力を無くしていたから、代わりに遊び相手になってもらう。そして一緒に手本になる。

・自分だけが得して楽して好きなようにしたいだけ。感情に付き合わされる度に、そのずるさを見る。

・大人によって作られる、「そういうものだから…」の枠。疑問を抱いても、感情が動いても、その枠の主によって子供は自由を封じられる。大人は、自分たちが怯えの中に居ることも分からなくなっている。

・話し言葉に使われる文字(漢字)は自然に覚えたけど、それ以外は出来るだけ無視した。すると、何気に書く文章が生き物に変身した。文章の中にも自分が居るようになる。

・温かな心の形である感情は、温かな心の風景で自然に育まれる。辛いことも悲しいことも感情は違和感だから、子供はただそのままで感情を健全にする。

・平和のために願うこと(の嘘)を子供心は嫌う。それよりも、自分の全てがそうであるような平和を生きること。平和のためにはそれが何より大切なことを、子供心は知る。

心ある人の責任ある感性を抑え込んだことで拡大、安定した、利害絡みの関係重視。元々日本人気質には心が無かったということ。

・責任って?もちろん未来への責任。それだけ。子供心の遊び心は常に全開!

6/21

・子供心は、遊び心という時空に浮かぶ心(光)の球のよう。言葉を育てる責任も、言葉になろうとする想いも、そこで安心して時を過ごす。

・分からない中での分かることを教えて欲しい。分かってないのに分かった気になっていることは忘れて欲しい。

・面白おかしく好きなように話すのを楽しむ子供たちが気軽に口に出来ない人。みんながそうだから自分もそうなってしまい、何でもない違和感でさえも(わる口もジョークも)自由に言葉にすることを許されない人。この国って一体何だ?

・押さえ付けようとする人にそうはさせない工夫を楽しんだ。子供としての責任は、自由にさせてくれる大人から学ぶ。

・強い人に守られて過ごす平和しか知らない人は、強い人の人格や精神性は一切無視。それが子供に伝わることの悪影響は計り知れない。

・泣いても、怒っても、感情はそこまで。何も変えられない。泣かなくても怒らなくてもいい経験を大事にする子供心は、悲しみの風景を無くそうとする本物の感情を携えて行く。

6/20

7.人間の脳の中には、生きることの質を変化・成長させようとする、一生命としての意思が備わっている。そうであろうとする動きを力で封じ込めることの出来たかつての時とは時代背景が大きく異なる現代、ここでは、音楽がそのために利用される。つまり、この時代、人は、その音楽の形無き影響力を処理する「太陽の音楽」を通して、初めて脳が変わり得る経験をするということ。音楽の負の原因を外すというのは、人間にとって、この上ない責任と希望の実践となる。

もちろんその準備段階として「歴史の芯」と「仏陀の心」があり、力強い生き直しの機会として「人間」がある。そしてこの「太陽の音楽」の時、反応はどんなであれ、それを機に、人は自らの生命の本質(意思)を知り得、ここに居るからこその然るべき変化の時を経験する。そこに善悪や正否といった人間世界特有の未熟な価値概念は無い。あらゆる宗教観も人間観(世界観)も通用しない。人間が人間でいる時、その原因の変化・成長の姿はどんなであるか…。それだけである。そして、その違いの全てを無有日記は包み込む。

6/20

・今の自分の中に、子供時代の全てがある。その頃の生き方は、そのどれもがこの今に繋がっている。今も子供。ずっと昔から大人。

・何も分からないところから始まると、思いがけなさが連発する。その変化の楽しさに、話すための話も要らなくなる。

・辛い気持ちの元は、自分かわいさ。そのために利用される感情は、平気で人を傷つける。子供の時の妙な大人びた生き方がその土台となる。

・大人と子供が繋がる道、子供心。次に続く人も、先に行く人も皆、その道を共に歩く。時代は子供心で繋がっている。

・中身は黒いのに、それを分厚い白で隠して人の上に居る、子供には気味の悪さでしかない、人間が作った神々の世界。

・どんなに重くされても回転して必ずそれを処理する、自分の中の生きる責任。頼もしい奴だ。

・何をしてもどこに行ってもずっと先まで続く、子供の安心の風景。不安な人が求める安心で壊されたくない。

・始めた時も、その場所も関わりも皆約束通りだから、人生に予定は無し。太陽の光と子供心が元気に遊び、思い通りが人生を引き連れていく。

・みんなにとって大切なことがあたり前に大切にされない理由の中に入って行くと、そこには、ひろ〜い敷地を専有するせま〜い心持ちの人間が居る。それを大人に言ったら、困った顔をした。みんなそう思っている。

6/19

・育まれ、成長する感情は、刺激されても感動には変身しない。子供心は、体験的に、真剣にそれを学ぶ。

・子供は、自分が病気になることも、病気の人を見ることも経験したくない。それは、病気の無い社会の力強い燃料。

・伝えたことが伝えただけで終わる人には、伝わることだけにして、何も伝えずてきと〜になる。そんな時の嫌われやすさを楽しむ日々が、歩む道を確かにする。

6/19

6.繰り返し何度でも、太陽の光の音との融合を重ね、自らの中の真に、その想いを存分に具現化させる。何はともあれ、今はその時。この今の生命の機会(チャンス)を充分に活かし、心を輝かせる。

感度を停滞させる嘘の音楽と、それに支えられた歪な普通世界のその意図は、心ある風景へと動き出す自然な変化を尽く遮ること。そのために被ったかつてのいくつもの辛く厳しい時を心は知るから、出来ることを、好きなように、好きなだけ行う。それを喜ぶ太陽は、元気さを増し、その光の音も、それまでの人間の知を超えた仕事を余裕で行う。太陽と共に、地球自然界に響き渡る生命の音(音楽)を奏で続ける。

いつしか(という時間幅も無いのだが…)、太陽の光の音との融合を普通とする人は、縁あるどんな人の脳も、人間本来を基に難無く変化に乗せてしまう。そこに在る違和感の原因が自動的に処理されることで、次へと動き出す人、変化を拒み留まる人と反応は様々であるが、自然界にとって嬉しいその原因の連なりは、さらりと生み出されていく。

6/18

・子供の時に遊んだ場所。景色は違っても今もそこに在る。記憶の遠くに在っても、自分の中で今も生き続ける。

・熱っぽくて睡眠の質が不安定な時に決まって連れて行かれる不思議な世界。帰り道は無かった。意識が体とほんの僅かでも重なり出した時、暴れ、走り回り、時空を駆け抜ける。形無き意思世界の異様な次元を知る。

・変わらないのは、繰り返すことの質を問わないから。そんな大人たちが神棚につかまっていた。

6/18

5.そして今、太陽の音楽よりも先に、太陽の光の音が、この時をずっと待ち望んでいた人たちのその心の芯に届く。そして、生命本来という人間の普通が動き出す。

「太陽の音楽」の原稿になろうとして何度もこの場所を通り抜けたその原因は、永い間脳を不自由にされて、自分らしく生きる力を無くしてしまっていた人の、その真の姿を見通せる程の時を生み出す。ずっとそれを見えなくさせていた闇と、ずっと動けなくさせていた重石を外し、本当はそうではないのに、そうなってしまっていた危うさと不確かさの理由を砕く。誰よりも縁遠かった太陽の光の音が、実は自分こそそれとの融合を欲し、それを可能とする原因が、心の中に在ったということ。その時が、ここに在る。

自然界が安心する生命としての人間の音(音楽)が押し潰されて以来、現代まで、不本意そのものの(異常とも思える)生を繰り返し生きることになる(生きさせられる)、心ある普通の人たち。「太陽の音楽」は、彼らの心の芯をたぐり寄せる。そして、時代との約束通り、生命世界の希望になる。

6/17

・生きることがそのまま貴い役である子供たちが、永遠の希望(普通)を託される。あの頃の太陽の光の道は、ここに繋がっている。

・「何度言えば分かるの?」「何度言えば何度言っても分からないということが分かるの?」

・見えないところを感じるばかりでいたら、いつのまにか何も無いところから何かに向かう道が見え出す。原因の世界の住民票をもらった気分。

6/17

2018

4.これまで縁したことの無い(原因を備える)音楽を聴くことでの変化は、単に形ばかりの(実の無い)変化と理解する。それよりも、今居るこの自然界が嬉しいことをし、動植物たちの生きる自由を守る。そこに生命たちの哀しみがあれば、その原因を浄化し、ずっとそのままであろうとする海や山がその意思を抑えられていれば、その理由を外す。そして自然に離れて行こうとする不自然な曲(歌)を遠くに、音感を人間本来のそれにする。

太陽の音楽は、そんなところに届く。ふと気づけば、それとの出会いを引き寄せ、何気にそうである自分でいて、それを自然なこととする。自らの原因の変化・成長は、そのための大切なプロセス。時代への責任を普通に、生命たちが嬉しい未来の原因を実践する。あれこれ考えている時間も、好みの音楽に酔っている空間も要らない。「太陽の音楽」と「人間」で、変化の原因に力を与える。

 

 

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