無有日記

 

9/00

川が氾濫しやすくなるその理由は、水と一緒に流れてくる土砂や流木が川(川底)に溜まり、水を流れにくくさせるため。その土砂・土石流と流木が発生する原因は、地中にしっかりと根を張ることの出来なくなった木々が、雨で、土砂(土石)と一緒に斜面を滑り落ちるから。

そして、最も重要なのは、なぜ木々がそうなってしまったかということ。その一番の理由が、LED照明とLEDに汚染された雨水。LEDは、木々の内側から、その生命力を奪い、腐らせていく。土や水の質も無生命化し、それまでの状態には戻れなくなる。そう、土砂災害(山崩れ)も川の氾濫も、LED照明がその始まり。原因から見れば、それは普通に分かること。

LED化が強力に進められている東京地区では、亀裂の無い道路(舗道)を見つけるのが難しいくらい、至る所で、沈下や破損、変色や溶け出しが生じている。道路沿いの樹木は、どこもボロボロ。各県の担当者には、ずっと前にその情報(LED被害映像)が伝わっていると言うが…。

 

9/21

LEDによる悪影響に、自然界は待った無しだけど、自然界も、正直にそれに対して動いている。かつて何度か経験した、大幅修正の時。LEDは、自然界の命となる海(水)を破壊するものだから、LEDそのもののような人間で成り立つこの地の浄化には、地球も力が入る(知恵を働かせる)。どんな時も、何事も無く、さらりと時を繋ぐ。

9/21

四季というのは、実のところ、動きの無い人が、その移り変わりに思考を合わせることで動いているように(心があるように)見られるという、そのごまかしの材料となっているだけ、と思ってみる。回転軸(の役割)が整ったら、四季も無くなり、自然界は穏やかになる。行事も形式も、重たい価値観もみ〜んな姿を無くし、普通が元気になる。

9/21

8.くじらたちがそこを通るだけで、全てを生かそうとする地球の意思と重なり得た場所(生命力の湧出口)は、この地(島)の西の海の、あるエリアの海底近く。その場所が本来の仕事をし出すことで、くじらは、それをただ嬉しい。遠くに居ても、それを受け取り、生命たちを生かす喜びを生きる。そこに行ける時がやむ無くずっと先であっても、地球の時が元へと戻り、自然界の原因が修復・浄化されるその時の力になれることに、安心する。

人間という形を持たずして、すべきことは何も出来なかった、地球自然界の負の原因の浄化。人間だからこそ可能とすることを活かさなければ成し得なかった、未来地球への力強い原因の創造。太古の時代をみんなで思い出していた、再度この地で人間を生き始めた頃のことを想う。ふと力が抜ける。

とても大きな変化の時を引き寄せようとするこの時、この地球の今を何より喜んでいる太陽も、それに参加する。彼は、数千の生命たちに感謝し、地球と共に再スタートを切る。銀河では異端児でも、宇宙空間の希望で居続ける、太陽と地球。光の力も変わる。

地球自然界に生きる生命たちは、これまでを切り離して、これからへと新たな原因を生きる。くじらのような生を基本に、皆で、地球の望みに応える普通を楽しんでいく。これまでの数億年を思えば、どれだけかかってもいい。その時が、ここから始まった。くじらが、数万年振りに、笑いながらジャンプした。

9/21

不安や心配事、病気を普通とする(させられる)今の時代環境で、病気知らずの(介護も不要の)100年間は、とても貴重。みんながそうであれば世が大きく変わるその手本のような人生は、時代の、かけがえのない財産。どこにでも自由に遊びに行ける元気な100歳の人が10000人居れば、すでに時代は変わっている。

9/20

太陽が一番楽になれる材料となるのは、一番近いところに居る水星が、一周、200回以上も自転してくれること。そんなことを考え、太陽の切なさを共有する。誰かに思ってもらうなんて一度も無かったから、太陽も嬉しくて、水星をどうにか元気にしてしまうかもしれない

9/20

6.くじらが普通に生きられると、素朴で心ある普通の人たちは生きやすくなる。ところが、そのことで生きにくくなる心無い人たちは、くじらの普通を侵し、心ある人の生を不自由にさせる。人間らしさは、くじらの元気と繋がり、くじらが元気を失くすと、人間らしく振る舞う嘘の人間が活躍する。地球自然界の異物で居続ける、肉食(動物食)を好み、全粒穀物食を避ける人間の本性は、くじらが元気になることだけは何があっても許さない。

地球は海が全てであり、海の水が在るから、地球自然界はそのままでい続ける。その海で、地球を守るようにして哺乳類を生きるくじらは、これまで一度も無かった危機感を抱く。それは、自分たちの脳が不自然にさせられてしまう程、海が壊れてしまっているというもの。その原因が人間発の光(LED)であることも知る彼らは、これまでになくその切なる想いを、この地の生命たちに届ける。

そしてこの時、くじらは、ずっと力無くさせられていた地球生命体の意思との融合を力一杯動かし、太陽の光の力を、この地に誘い込む。それは、ずっと地球を守り続けてきた彼らの、真剣な普通。そうあるべき時に、望むべく新たな変化にその原因の力を乗せる。

 

7.そしてこの時、「再生」のEWは、文章に乗る原因の性質をより強力に高め得る変化を経験し、くじらが地球の意思(生命力)を充分に取り込められなくなってしまった数万年前のその原因に入り込める機会を創り出す。それは、「無有日記」とそこに集う生命たちのその共同作業からなる原因の成長が、くじらを安心の時へといざなえ得る程の力を付けた証。くじらにずっと支えられて来たからこそ経験できたこれまでの変化が、彼らからの支えが途切れてもそのままでいる更なる経験を生み出し、その重なりがくじらを元気にする糸口を見出す。地球と太陽と、そしてくじらと生命たちの原因の糸が、ひとつに結ばれる。

力強く変化に乗り、次なる現実の原因に溶けつつ、新たな未来を引き寄せようとする、そのEW。人間の知が通用しない事がかつてのその原因として在れば、人間の知を一切無くして、地球に生かされる生命としての原因だけで、そこに触れる。ずっとこの時を待っていたから、この今の訪れをどこまでも楽しみ、真剣に、そして余裕と安心を感じながら、さりげなく時を癒す。

くじらが元気になることで、数千の生命たちの原因は、自然界を包み込む程の確かな力となり、それを地球は喜び、くじらはもっと元気になる。「再生」は、どこまでも普通に、地球が安心する生命たちを本来にする。

9/20

人は、病人を減らすことにも、困った人を無くすことにも夢中にはならず、病気を治したり、困った人を助けたりすることに夢中になる。その姿は、まさに(肉食の原因を経ての)人間の退化の象徴。気候がジメジメするはずだ…。

9/20

離婚後、ひとりで子育てをしていた太陽は、突然地球が月を生んだことで、父は誰か!と顔を真っ赤にした。そう言いながら、うさぎ柄の子供服を買ってあげていた。

9/19

3.数千の生命たちは、そのことで、生きる原因の力を削がれ(外され)、厳しく辛い時を過ごすことになるが、生の基本は変わらない。むしろ、より具体化した姿無き凶悪な存在の意思に触れたことで、確かな意思と覚悟を強める。海の仲間からの支援無しで生きることがどれ程の困難を要するかを感じ取れるから、初めてのその経験の時に、彼らは挑む。すべくは、限り無い受容と連繋。そして原因の創造。どこまでもそれに徹する。

くじらの悲しみは大きい。全てを生かすことを生きる基本とする彼らには、その力が弱化することは、恐ろしく厳しい経験であり、中でも、この地で人間を生き続ける生命たちを充分に支えられないことに、酷く辛い想いを抱く。

ただそれも、地球が大きく変わり出すための大切な機会となるべく時へとその質を変えつつ時が流れたからこその厳しさと捉え、決してそれがそのままではないことを、どこかで知る。信じ難い負の原因がそこにあっても、それを大きく包み込む程の新たな原因でその中身を処理・浄化し続けることの意味を知るから、これ程の時の先には全くこれまでと違う時が来るであろうことを、さりげなく望み、次へ行く。地球の哀しみが深くから癒される時の、その材料に、存在そのもので参加する。

 

4.歴史が刻まれ出す頃から、少しずつその密度を濃くする、この国の不穏な様は、蛇系の人間のその非人間性を普通とする本性が次々と形になることで、いつの時も、混乱と腐敗、そして支配と迫害を常とするようになる。その一部が、「歴史の芯」で表現されているが、心ある自分を普通とする人にとってのそれは、余りに辛いものがある。

しかし、苦しみばかりの永い時を経て、この地は、奇跡的に、この現代という、命の奪い合いも、他国への暴力も無い時代を迎えることになる。そこに在る、太陽の光(意思)と地球自然界の修復への望み。そして、その原因を通し得る人間たちの切なる想いと、一生命としての表現。この現代を引き寄せられたことの意味の大きさと、この時にしかし得ない新たな原因の力を知る数千の生命たちは、これまでの全てから自由になる必要性を真剣に処理しつつ、自らの原因の性質を、軽快に、力強くしていく。

永いこと力で押さえ込まれ、それに抗えば、人生を潰され、命を無くすという悲惨な時を経験し続けた生命たち。ただしかし、彼らが、それまでとは異なる環境で、身の危険を覚えずとも生きられる時を過ごすとしたらどんなことが生じるか、ということまでは、心を持たない蛇系の存在たちも、経験の外側である。

それが、この時代に、さりげなく確実に具現化されている。これまでに育んだ人間的知恵は、そのまま生命の意思に活かされ、あり得ないペースでそれは変革の(原因の)力になる。数年で、数十、数百年分の動きの無い原因の土台が崩され得、数十年で、数千、数万年分の理由の分からない負の原因の蓄積が浄化され得る時を生み出す。

それは、生命たちの普通。彼らは、普通感覚で、この現代を、ずっと先の未来にまで届く、力強い生命としての原因にする。

 

5.「再生(1〜5)」の表現を終えた後、くじらの持つ、地球の望みとなる生命源からなる知恵の次元で戯れ、その世界を、この無有日記の原因に招き、融合を重ねて、それによる変化の可能性を遊び心一杯に導き出す。そして誕生へと動き出した、この6章の意思。形(文章)になる度に、くじらの安心は本来の力を思い出す。それに応えるべくEWの質を成長させる。

特別なものは何もなく、ただ生きているだけで全てが浄化される、くじらの海での生。くじらは、地球が生命のお手本として全てを託した、地球そのものの海の生き物。陸の上の生き物たちも、それを基本に、生命としての普通を表現するはずだったが、その原因の重なりは、太古の昔に大きく崩される。

一動物だった人間前の生き物が、そのくじらの普通を完全無視し、歪な(現人間への)進化を遂げてしまう程の負の原因がそこで存在し得てしまったために、この今がある。ここからでも、くじらに倣う。染み込んだままのこれまでの永い時の負の原因を、新たな原因で外す。くじらの生は、地球であり、全ての生命の基本である。哺乳類動物の、その普通で自然な在り様が、そこには在る。

9/19

月が回り出すと、地球も楽になり、月の公転も、地球の自転の変化に合わせて、少し早くなる。その時の地球は、芯から、健康そのもの。どこも優しく、いつも輝いている。その時の人間時間での1年って、何日になるのだろう?ちょっと覗いてみる。

9/19

1.太陽の優しさをそのままに、地球と共に永遠の時を連ねる、くじら。地球が地球でいられるための、その最も重要な海の世界で、太古の昔から生を繋ぎ、生命たち全ての命の源となる水を守り続ける。くじらは、地球という生命体が最も頼りにする存在。彼の普通に、陸の上の生き物たちも安心して生を営み、共に時を重ねる。人間も、くじらを通して、自然体の原因を安定させつつ、そこから伝わる地球の望みを形にする。

地球が永い時をかけて創り出した、生命たちにとっての新たな安定の時。それを知るくじらは、この地(島)の、他には無い地球の意思の具現にも加わり、その時に交わした地球との約束通り、大海を移動しつつ、生き物たちの生命力の繋ぎ手で居続ける。この地で人間再開を果たした生命たちも、その後の生において、くじらの普通に支えられる。

 

2.自然界が経験しなくてもいいはずの、異様で不自然な負荷をかけられても、くじらの普通自然体の生きる力により、それはどうにか処理され、地球も安堵する。太陽の光のその無限の能力を知り、それとの融合を重ねるくじらは、生命たちの生きる意思の中に、永遠に繋がる原因を注ぐ。それは、生きることと生かすことが同一である彼らの、本来の姿。どの時でも不自然さを知らないという自然な原因で、地球の意思(生命力)の通り道となる役を担う。

それがムリなく為されるための、その基礎となる、くじらと地球の意思との同一化。それは、この島近くのある場所の海の中で、彼らしか知らないプロセスを経て、滑らかに密度濃く行われる。

風景としては、ただそこを通るだけ。でもそれが有るから、くじらも自らの分を限り無く実践でき、地球自然界の生き物たちの支え役でいられる。それ程の重要な場所を擁するこの地の、地球規模の原因の力。その営みは、数百万年も続く。

それが、数万年前、ある次元のあり得ない働きかけにより、毎年多くのくじらが生きにくさを覚える経験を強いられ、地球の意思との融合も、力無いものへと変わり出す。それでもどうにかそれまでのままで行こうとする気持ちを形にするが、たくさんの生命たち(人間も含む)の苦しみが伝わる程の水の異変に、そこへと近づきにくくなり、彼らは、他を生かす普通を発揮しにくくなる時を、やむ無く受容せざるを得なくなる。それは、未だ続く。

9/18

7.心ある普通の人は、心がそのまま思考になるが、心を持たない蛇系の人間は、思考をいつも働かせてないと、心ある振りも出来ない。心ある人は、思考が忙しくなると不安になるが、心無い人は、思考を忙しくさせて安心を覚える。

人間の脳を支配した時、それまで蛇の脳を操っていた姿無き存在は、人間の脳の中で思考の動き(使い方)を新たに覚え、人間が思考を動かすその時がその脳を操りやすくなる状態となる方向へと、それまでの蛇絡みの手法を人間仕様に発展させていく。

元々人間の世界には無かった不安や怖れが存在感を持ってしまったのは、蛇の脳と同質の嘘の人間による残忍な行為によって頭(思考)を不要に働かせられてしまうその脳の状態に、その存在たちの本質である怯えの原因が入り込み、染み着いてしまったためである。不安の元となるその原因の姿を知れば、心ある普通の人は元気になり、そうではない人は不機嫌になる。

この「再生」のEWは、思考が忙しくなる脳の状態を解放し、蛇系の無意識の意思による危うい(非生命的な)働きかけから自由になる時を創り出す。蛇色(非人間性)の濃い存在ほど、それまで簡単に出来ていた人の脳への悪辣な行為が上手く行かず、不安定感を覚えて焦り(怯え)出す。心ある人の動きをしつこく止めていた人ほど、動けなくなり、思考(感情)は暴走する。その嘘のような姿に、人は笑うしかなくなる。

 

8.要らない思考を働かせられなくなるのは、心ある自分を見失っていた(見失わされていた)普通の人だけでなく、心無い人も、同様にそれを経験する。その様は、まさに「再生」と「生き直し」。中庸の次元から見れば、その生き直しも、再生のひとつの形である。時代の好転反応も手伝い、多数の人たちのその新たな時は、次なる時代を安心させる。

樹木から蛇へ。蛇から人間へ。そしてそこから現代の大多数へ。その時々の時代の必要性に応え、ひとつひとつの地球の望みを具現化させるべくその道を歩んで来た、数千の生命たち。彼らの想いは、そのままこの無有日記の力強い原因となり、ここと繋がる太陽の光をも本来へとその姿を変える。永過ぎる時代をいくつも連ねて辿り着いた、無有日記のある時代。みんなで、みんなが集うこの今を祝福し、またいつものように歩き続ける。海の仲間も一緒に居る。

人がそれまでのように思考を使えなくなれば、その人の頭の中が読めなくなり、蛇系の人間は、その本性である狡猾さと凶悪さを味わえなくなって、その姿は不安定になる。文字も知識も支配の道具としていたその姿勢(無意識の意思)が空回りすることで、内に固めたままの腐敗の原因は揺れ動き、その芯に潜む怖れと怯えは表へと出始める。世が不安をあたり前としていたから、好き放題思考を武器に嘘を生きられた、彼らの(蛇の巣穴のような)これまでの時代。その終わりの始まりが、一切の思考が通用しないこの「再生」の原因から、力強く動き出す。

「仏陀の心」も「人間」も、そして「太陽の音楽」も皆、「再生」の燃料。それら無しではこの今は無く、この今に、それらは最大限に活かされる。地球の歴史深くの未消化の原因が、人間の歴史に執拗に押さえ込まれて、身動き出来ずに居た、これまで。それが、人間の世界から浄化される時を経て、地球のこれからの歴史に、新たな人間の歴史が連れ添う。生命たちが具現化させたこの「再生」は、地球の望み。太陽も、安心の時を経験する。ここから、地球自然界の本来へと、人間時間における再生が、自らを表現する。

9/18

自分のところで買い物をしているその姿に惹かれた火星は、彼女を家まで送って行こうと、車のエンジンをかけた。太陽に、まだ結婚は早いと言われていた水星は、緊張の余り、自転を狂わせた。

9/17

6.現代に至る、これまでの数万年間、この地で人間らしい人間を生きた人は少なく、多くは、病み続ける時代のその原因に適応させつつ、人間を始め、転生を繰り返す。新たに人間を経験する人も、人と人とが争い、命を奪い合うという重苦しい時代背景の中、その病み世を操る存在の思い通りに、非人間的な人生をその自覚もなく送る。その中で、自由を奪われながらも、心を通わせ生きた、数千の生命たちと、彼らと融合する仲間の存在は、全く新しい世を引き寄せるその原因の力として、貴重なものとなる。

数千年も前から転生を重ねる、奇形(土偶)繋がりの蛇系の人間は、その濃度も濃く、狡賢さと凶悪さをその時々で磨き上げながら、支配する側で居たり、それを利用する立場で居たりする。初めて人間を経験する時が現代に近ければ、その分蛇色はそれ程濃くはなく、ただ与えられ、言われたことに従順に従い、それ以外の選択肢を考えずに、非人間性が力になる蛇系一色の世を熱心に支え続ける。この現代、大多数が心を持たない蛇系であり、人間が、普通に心ある人間として生きている姿は、ほんの僅かと言える。

その事実は、LED照明を通しても明確に分かり出す。あらゆるものを無生命化させて、地球自然界を苦しませるその嘘の光(LED)に、蛇と次元を同じくする脳の持ち主たちは、何の違和感も持たない。その姿は、これまでがいかに酷く非人間的であったかを如実に表す。LED照明に平気でいられるその姿は、自らの本質(正体)が凶暴な蛇と同一であることを意味する。

蛇系の人間は、本性(無意識の意思)が蛇のそれであるため、心ある風景(の原因)は、その本心の忌み嫌う対象となる。心が無いから、危うい本性を顕に出来ないこの現代では、何でも頭で考え、頭で覚えたことだけを頼りに、心ある原因を破壊し続ける。

知識も情報も、肩書きも地位も、蛇系の人間は、まるで滞りと腐敗を生み出す好物の白砂糖のように執着し、それを武器に勝手を生き、争いや衝突の絶えない世を愉しむ。差別心も嫉妬心(優越心)も、蛇系の生きるための大切な道具。皆で、それを元とする物や形を生み出し、心ある風景をどこまでも遠ざける。それが、未来には持っては行けないこの国の病みの、その姿である。

9/17

雨水の当たった場所で、時間が経っても乾かないところは、そのまま変色、破損(溶けだし)へ。溜まったところは、沈下(陥没)へ。

LED汚染度の増す雨水は、降る度に街を汚し、道路(歩道)や建物を壊す。それをきちんと直すことは不可能。本格的なLED照明外しは、今年のうちに。

9/16

5.無有日記を通して、この今にしか出来ないことをするというのは、この地球に住む一生命として、この地球のこれからを、共に生きる生命たちと一緒に支えることでもある。原因の質を高め得るそれは、ずっと永いこと処理し得なかったこれまでの負の連鎖(の原因)を力無くさせ、ずっとこの先への原因を、地球が嬉しいそれにする。向かわず、求めず、ただすべきことを淡々とする。生きる原因が、生命として変化・成長すれば、時代は、面白いくらいにその色を変えていく。

蛇色を濃くさせた人間も、この無有日記で、その体験的知識の中に少しずつ人間らしさの原因を注いでいく。そのためにも、蛇系の生き方を返上し、無有日記の世界を実践する。地球は懐が大きい。地球の望みを具現化するこの無有日記の原因と融合すれば、人としての生き直しも、地球に生きる一生命としての在り方も、この時代が導いてくれる。いつまでも蛇でいることはない。

無有日記が在るこの時代は、時代が無有日記であるということ。そこに在る、変化し続ける原因を拒むことは出来ず、自らも原因を生きずして、次の時代に行くことは出来ない。これまではそれが可能であったとしても、それは、ここに至る原因の必要性のひとつでしかない。正しさも確かさも、頭を働かせる結果の次元には無く、どんな原因が頭を通り、正しさ(確かさ)になるかが、人間本来の普通である。その何でもない真実が、無有日記である。

ただ悲しいことに、蛇系の人間は、そのことが理解できない。思考にも感情にも心(原因)が無いため、経験の質をその手前から変化させることは永遠に難しい。でも、とにかく頭を使わなければ、それなりの人間時間を、この時代の新たな必要性に合わせることが出来る。それだけでも、初めての人間経験。頭を使わず、自らの性質を見つめざるを得ない時を過ごす。時代は、この先、蛇系の人間が住みにくくなる(原因の)時を連ねるから、無有日記を、今から自分と重ねる。

9/16

みんなと一緒に自転していた頃の金星は、とても頼りになる存在で、火星の繁華街にも、よくみんなを連れて行っていた。その金星が止まった時から始まった、地球の筋肉痛。それが、この9月、ほんの少しだけ和らいだ。

9/16

4.地球自然界の動植物たちが哀しんでいる姿を通して、人は、LEDの恐ろしい負の影響力を知る。またそれを無視できる人間を通して、そのことを支える強力な原因の性質を感じ、その奥に、彼らの脳(身体)が満足する、腐敗型の食事(肉食)が在ることに気づかされる。そして、その肉食は、太古の昔の、そこでのあり得ない事実と繋がり得るということを、人は理解する。

人間の時間枠では恐ろしく無限であるその地球時間での、かつてのある時の営み。LED照明という、地球の異物を通して、どこまでも意味不明だった肉食恐竜のその負の原因を、そこに在る意図を大きく包み込む程の新たな意味不明な原因で浄化する。繋がる原因がそこに在れば、段階を追ってどこまでも深く入って行ける、原因の意思世界。その時が、この時代の原因の中に在る。

LED照明は、地球が、地上をリセットすべく必要性を覚えた太古の昔の、その原因と同次元の負の影響力を備える。数千の生命たちも、この時に、かつての経験の記憶を呼び起こし、それを次なる時の原因に重ねて、生命の意思(原因)を増幅させる。この時代に有ってはならない現実は、次々とその土台(原因)から崩れ出し、姿も見えなくなる。

9/15

太陽が望むのは、水星の復活。地球は、金星。どちらも、それぞれにかなりの影響を及ぼし続ける。月が自ら回る時、当然その手前では、彼らのそれまでに無い動きがあり、みんなで、新たな時を遊び呆ける。それが数百万年先であっても、そのための原因が始動したことの意味は大きい。それだけで、その時までのこれからが違う。

9/15

3.この時代が、次の時代へと続き、そのまま数千、数万(数十万)年先へと繋がって行くその原因であることを考えれば、この時の生き方が、地球を安心させるものでなければならないことが分かる。そのことに無感覚・無頓着であるとすれば、それは、蛇系の負の原因を色濃く潜めていることを意味し、その人が思考を働かせるだけで、不健全と不健康のその原因は高まることになる。人間は、責任ある原因を生きる生命。平和も健康も、未来への責任も、思考から始まる結果の次元に、それらは無い。

遥か昔、蛇から人間の脳へとその支配の形(次元)を変えた存在は、それまでに成し得た肉食動物誕生のその強力な負の原因を最大活かして、この現代に、酷く惨たらしい現実を生み出そうとする。増え続ける蛇系の人間のその感性の無さも利用し、非人間的な数の力と、それに守られる未熟な権威を力に、自然界の生命たちが最も辛く悲しくなる状況を、万全な嘘(の原因)で作り上げていく。それが、地球の最大異物、LED照明である。

そこに潜む原因は、地球の生命力(微生物)を潰そうとする、非生命的な意思のそれであり、それに支えられて好き放題我を生きる蛇系の人間たちが皆、LEDの恐ろしさに無感覚であることを武器に、それは(その危うい原因は)、一気に地球環境の自浄力を力無いものにしようとする。

蛇の本性と同質の脳を持つ多数の人間たちは、LEDによって動植物が生命力を無くしても、水や土が異質化(無生命化)しても、何も感じない。道路や建物が壊れても、鉄道や航空機が危うくなっても、それらに、本心は無感覚である。その本性(の遺伝子)に腐敗と破壊の感情(本能)を備える彼らを通して、これ以上無い地球の悲しみが作り出されようとする。

9/14

人生150年が普通となると、生き方そのものが変わる。120歳過ぎても元気な自分でいられるよう、軽く100歳まで、病気も争いも無い(原因の)人生を送るようになる。健康があたり前で、問題事も無いそこでは、生き方ではなく、生きる質が大切にされるので、お金も、所有物も(不安も怖れも)、力を持てない。ず〜っとず〜っと昔は、いつ身体を終えたか分からないくらい、皆、元気に生き、元気に枯れていた。

9/14

1.人の住む世で有ってはならないこと。動物たちが生きる自然の中で有ってはならないこと。そして、地球の将来にとって有ってはならないこと。そのひとつひとつの形や現象は違っても、そこに潜む原因の性質は、皆同じ。そのどれも、地球規模の非生命的な意思が、その密度を変えつつ、有ってはならない形としてこの地上で現実化されているもの。環境により変調されたそれが、人の世であるか、自然界であるかの違いだけ。その全ては、それがどんなであれ、元の質(次元)は同じである。

地球の望みではないはずのものが、この地球に今尚有り続ける時、それがなぜそうであるかの原因を見出し、その性質を浄化できれば、この時代の、人の住む社会も、動物たちの世界も、生命本来という地球感覚のひな型を活躍させる。それまでには無い新たな原因が動き出し、問題事が居場所を確保し得る動きの無い原因は、力を無くす。なぜなら、遥か昔の、地球の異物級の原因(となる出来事)というのが、その非生命的な意思によるものであり、この世のあらゆる負の現実が、その原因深くで、そのことに支えられているからである。

人間世界にも、動物世界にも有ってはならないものの、その負の原因の土台として有り続ける、地球に有ってはならないもの。それが外されれば、地球は変わり、今在る、地球の将来にとって有ってはならないものも、姿を消すことになる。この時代にそれが動き出せば、地球に住む一生命としての自らの分が、意思表示し出す。それに応えることが、人間本来(人間の一生命としての当然の義務)であることを誰もが知る。

 

2.地球にとって有ってはならないものは、地球に、無くてもいい経験をさせ続ける。それがそのまま処理されないで来ているために、その負の原因はしつこく固められ、それを元とする人間の進化と社会(環境)の発展は、地球の安心が退けられた不自然なものになる。

そして、地球のために、その地球に支えられる人間も含めた自然界のために、それを無くすことの大切さを、人は確認する。この時代が、次なる時代の確かな原因となるための選択をし、人としての生き直しをする。動物食(肉食)という、地球自然界の深い悲しみ。それをそのままに、人は、人間を生きることは出来ない。

肉食を普通とする人の脳は、これまで書いてきているように、蛇のそれと思ってよい。当然そこに心は無く、健全な感性(違和感)も初めから持ち合わせない。それだから、そのことで体内の原因を気持ち良く滞らせ、蛇の本性そのままの欲深さで、変化とは無縁の重たい感情を愉しむ。

身を繕い、嘘を本当として生きることを得意とするその姿は、形ばかりの満足で真を外し、人間性を弄ぶ。自然界の生き物は、彼らの本性のその非生命的な原因に侵され、地球に生きていることを忘れさせられる。肉食を当然とする姿勢は、そのまま有ってはならない地球の異物の一部となって、自然界の生命たちの本来を壊していく。

9/13

月が止まった時の衝撃は凄まじかったけど、自身が(凍土期に)今の倍ぐらいの自転周期になった時は、止まってしまうのでは…と、かなり焦った。そこを、他の天体には無い底力でどうにか挽回した、地球。月と遊んでいた頃の自転周期にはまだ戻ってはないけど、そんな頃のことを思い返せる時が来たことを、喜んでいる。太陽も元気なはずだ…。

9/13

8.詰まるところ、シンプルな真実としてそこに在るのは、蛇系の元祖的存在の姿を持つ人間の、その無意識の意思によって生きる自由を抑え込まれた数千の生命たちが、この地上での人間時間を尽く支配されてしまっているために、その結果として、この現代の様が在るということ。その存在たちは、現代も、これまでと同じように、ずっと付きまとってきた人間をそれぞれが徹底マークし、その人間の近くに居て(多くが身内)、世が人間本来をテーマに変わって行くことを阻止し続けているということ。

そのことへの理解は、ここに至る数百万(数十万)年もの間の負の連鎖が、この数千年という僅かの時を経て、根こそぎ処理され得る可能性となるもの。すでに、そのことによる(多次元的な)実践は進行していて、それだからこそ、ここに「再生」が在る。

大多数の生の基礎には、数千の生命たちに張り付くようにして彼らの自由を奪い続ける姿無き存在たちの、その蛇そのものの経験の記憶が在る。変化を嫌うことも、結果(過去)にこだわることも、そのため。動きの無い形を大事に、無責任に停滞の中に居続けるのも、そのため。

本性が蛇のそれだから、原因を生きるという人間らしさを遠ざけ、蛇絡みの神道(神社)と松を重んじる。土器と土偶の真実を隠すその本能の質も、凶悪さを色濃く潜める蛇系の現れ。そうであることの、その原因の世界からの観察と理解は、人間を、普通の(まともな)人間の域へと押し上げていく。

現代、蛇系の人間は、自らの本性に逆らえずに、動物食を普通とし、健全な生命力の原因となる全粒穀物食を避ける。食べ物の調理法までが腐敗型のそれであるその姿は、数の力で腐敗と停滞を支え続ける、狡猾さそのものの非人間的な食の形。今ある形から、その原因を遡れば、それは、数万年前の、獰猛な蛇と同次元の人間が誕生する場所へと辿り着く。つまり、今も、その頃と中身は同じであるということ。

そして、この地での数百万年間は、この数十年の生命表現を通して、地球規模の(負の原因の)浄化を可能とする新たな原因にその姿を変える。数千の生命たちも、約束通り、この辺りで、地球感覚の自由を取り戻す。

9/12

人間がこの地球に誕生した理由は、人間が居なくても平和で健康的な地球であるはずなのが、そうではなくなってしまったから。地球のために、人間にしか出来ないことをする仕事は、現在も続行中。それが始まってから、まだ20000年×10000(ん?)少ししか経過していない。

9/12

7.その原因の性質が、自然界との融合をあたり前とするために、いつ、どこに生まれても、他との違和感としてその存在を把握されてしまう、数千の生命たち。彼らには、くっ付くようにしてそれぞれを徹底的にマークする姿無き存在(の意思)が居て、それらは、どの時代も、その近くで身体を持ちながら、対象とする人間経験を観察しつつ、その人の自由を奪う。

それに対し、生命たちは為す術を持たず、いつの時も、理由の分からない動きにくさを覚えさせられ、それでも、そうである自分に抵抗することなく、その時々で可能とすることを淡々と行う。好きなことを好きなようには決してさせない、それぞれに付いた姿無き存在は、与える負荷の度合いを自由に変えつつ、その(生命の)全ての動きを操る。

それぞれのその存在は、初めからずっと同一。時代時代で姿は違えても、その意思を持つ同一の存在(本体)は、形無きところで、同質の負の力を及ぼし続け、その人の本来を尽く潰す。それは、対象とする人間のその生命の意思を覆うようにして、形ある人生を不本意なものにし、その経験を次々と利用しつつ、どこまでも付きまとい、彼ら生命たちの自由意思と創造の機会を奪う。

その始まりは、その非生命的な存在が蛇の脳を支配した頃で、よりそれが具体化したのは、奇形を経て、人間の姿をその存在が手にした時からである。数千の生命たちは、遥か昔のその時代から、生きる原因を支配され、人間時間における本来の姿を持てずに、心の芯だけで生き存える。

9/11

実に面白い遊び心として、月が回っている、と何気に思ってみる。あり得ないことだけど、そのあり得なさを楽しんでみる。この地球には、月が回っていた時の記憶があるから、そのことを、地球も嬉しい。結果からの固定された観念を取っ払い、原因の中のその中の中に入って、未来に、子供心全開の経験を放つ。地球の気持ちになれば、月は回っている。

9/11

6.争い事に巻き込まれて命を無くした人たちが、別な場所に後に転生しても、初めて人間を経験する人が、ある時多く生まれ出ても、それまでと同じ不穏な世が続くのは、転生する人も、新たに生まれる人も、その殆どが、蛇の本性を基とする生をその気もなく送っているから。皆、その記憶の大元に、蛇だった(蛇を支配した)凶悪な存在が失敗を重ねながら人間になるという、恐ろしく不気味な原因を備えているから。

その負の連鎖の土台は、人の転生が繰り返される度に堅固になり、新しく人間を経験する人が増える度に、厚みを増していく。何も知らずに生まれてくる幼子は、それ以外のことを知らずに蛇系の世界と同調し、母体の中で育んだ(更新した)蛇脳を活躍させる。いつの時代も、自然界を大切にする健全さは忌み嫌われ、人と人とが生かし合う平和な想いは、有ってはならない異物となる。

心ある想いを普通とする生命たちは、そんな中でも、健全な感性を無くすことはなく、何があっても、心(の芯)はそのままである。そのために経験することになる、本来無くてもいいはずの辛い現実。彼らは、ただひたすらそのことを受け止め、そうであってはならない現実のその原因を、さりげなく大切にし続ける。地球時間における、地球の未来のための事(経験)の必要性を知るから、人間時間を余裕で眺めつつ、厳しい時を真剣に生きる。そこからは、蛇系の全てが、病みの(原因の)核を浄化する際のその材料(手の内)として見えているから。

9/10

磁場が磁場であり続けるためには、太陽からの電磁波(電子)が必要で、それが充分に届かなくなると(取り込めなくなると)、天体は生命力を弱め、自転も難しくなる。そして、天体間の均衡も乱れる。水星も金星も、その経験を辿り、それが地球の番に来た時、地球はどうにか持ちこたえたけど、月は、力無く止まってしまった。

それがまるで数十年前の出来事のように思えてしまうのは、それだけ、そのことが、現代に至りこの地球に影響を及ぼし続けているから。月が回りだしたら、地球全体が爽やかになり、何もかもが変わる。

9/10

5.時を経て、紀元前数千年の頃には、蛇系の元祖的存在を中心に、それと同質の人が増え、数千の生命たちも、様々にそれとの関わりを持たされる。それでも本来を失わずに、心をそのままに生きようとするのだが、身近なところに全く人としての感性(心)を持たない人間が多く居ると、それも難しい。そのあり得なさも、そのことへの分からなさと姿形が同じであるということを盾に、それへの違和感が違和感とされて、流されていく。生命たちは、変わり行く風景に何の対処も出来ず、次第に蛇系の空気感に汚染されていく。

自分が利するために、他を利用し、狡く立ち回って、好き勝手に生きる。蛇脳の本性のままに動物を食べ、体内を滞らせて(腐らせて)体調を保つ。陰湿で、風の流れない空間を好み、どんよりと重く、変化の無い生を普通とする。

そんな蛇系の人間と同じには行かない普通の人間は、彼らの嫌悪の対象となり、力で押さえられ、自由を失くす。脳は、その気もなく不自由さを普通とし、いつのまにか蛇系の生き方を馴染ませてしまう人も出てくる。

その時代の非人間的な感情の風景は、現代の不穏な人間社会のその形無き原因の基礎となっている。それを元とする、一見普通に見える人々の多くは、時代背景が異なれば(時代が許せば)、平気で残酷非道なことを行ってしまう凶悪な本性を内に潜めている。

9/09

太陽の黒点の(増減の)周期が、木星の公転周期とほぼ同じであることからも、かつて木星が引き受けさせられてしまった他への影響力が、太陽にも及んでいたということが分かる。その逆もあるが…。そして、今、以前のような姿の黒点が見当たらないと聞く。なのに、太陽は以前より元気。木星も元気だと思う。太陽系関わりのこれまでの知識って、要らないものばかり。

9/09

4.蛇と同質の脳を持つ心無い人間が増え続ける中、数千の生命たちは、何をしてもどうにもならない負の循環の中に陥り、要らない頑張りが常となる厳しい時を生きることになる。そのことを修復すべく術を見出しても、数の力で抑え込まれてその機会は消え、同じ想いを呼応させつつ新たな時を引き寄せようとしても、蛇系(の人間)の想像を超える非道振りに押し潰される。普通に生きることも、難しくなっていく。

普通感覚を持つ素朴な人間たちは、そうなるずっと昔に残した土器と土偶の無事を願い、そのことが持つ可能性に望みを抱く。自分たちが、いつか転生する未来で必ずやそれと再会し、その原因を浄化することを、それぞれが自らに約束する。そこでの太陽に守られた知恵は、光のように、時を突き抜ける。

非人間性を当然とする嘘の人間たちは、形無き原因の世界を全て否定し、形ある物の中に、自分たちに都合の良い妙な形無き存在(結果)をこしらえ、それに力を持たせて、人々を支配する。身体を終えた人間の亡骸や生前の感情(権力)までそれに利用し、蛇系の残忍な本質(正体)となる怯えと怖れの感情を、人間の脳に染み込ませる。当然そこには、蛇(動物)の姿も有り、その原因(心)の無さは、後の、嘘の神々による権力支配のその土台の一部となっていく。

9/08

この地球での生命誕生をテーマとする時、微生物を生き物として捉えれば、30億年以上も前ということになる。地球の核からなる生命の意思(エネルギー)が地表の次元で形になり得た、微生物。その次元に入ってみるという試みは、動物や人間誕生の意味までが、地球目線で分かり出す。30億年前の太陽って、どんなだったのだろう?

9/08

3.数万年前、集中して一気に行われた、人間への移行は、人の住む世界を難無く混乱へと陥らせ、それまでの普通を崩していく。生まれてくる幼児の殆どが人間の本質を持たないため、人間らしさも、人間本来も力無いものになる。そのどうにも処理し得ない重量級の負の原因は、そのままどこまでも残り、非人間性を当然のように潜めた人間たちによって、重苦しくよどんだ歴史が作られていく。

その原因の浄化をテーマに、事の原因から(嘘が本当とされた)事実を眺めた、この国の姿「歴史の芯」。そこでの歴史の時間軸として設けた大和飛鳥は、蛇絡みの原因が大きく具現化した、非人間性の極みのような時代。その土台にこの「再生」の内容が在ることを知れば、人間本来を生きる力も付く。いつの、どの時の出来事も、その殆どは、無くてもいいものばかり。「歴史の芯」にこの「再生」の原因を流し込み、より人間らしい生き方を普通としていく。

生まれてくる子に奇形(土偶の原型)が見られなくなった頃、人間の社会は、それ以前はどこにも無かった、支配や征服の感情表現が姿を見せるようになる。それを普通とする蛇系の人間は増え、心や感性といった、形無き原因の性質は力を無くす。

それは、腐敗と停滞の形が積み重ねられるばかりで、環境の質を調整し得る原因の働きが為されてないということ。この国は、土偶の元となる、様々なたくさんの奇形の出現の時から、自浄力を見失う。自然界も、変化成長とは無縁の、低次の受容を強いられることになる。

9/07

およそ5億年前、地球が、その時の必要性から巨大な変動を起こして、海のある場所に磁極を移動させたから、今の地球と、そこで生きる生命たちの普通がある。その潔い行動に、太陽も感心する。その時に海中心の地球になったことで、ここまで地球は、地球でいられた(もしそうでなかったら、人間は存在しなかった…)。それより遥か前の、そうせざるを得なかった(数億年間の)原因の風景が、ここに遊びに来る。

9/07

2.数千の生命たちが転生する時の、その手前の原因(生命世界)の部分に入り込んだとしても、その意図を覆されて、逆に危うさを覚えさせられてしまうことを怖れ、その存在は、彼らの元に集う新たな人間たちの脳をねらう。それでもその試みは簡単ではなく、何度も不具合が生まれる。それを愉しみ、人間の苦悩を喜ぶ、蛇の脳に住み着いていた存在。その時の悲惨さは、現代にその一部が残る土偶(奇形、母体の異変)の中にも在り、それらの形態が、かつての凄まじさを現す。

母体の中で脳の基本となる部分が形づくられる時に、それとの密な融合を図り、(その身体を活かそうとする)生命の意思を不自由にさせて、操りやすい土台を作る。それまでに傷つけ、恐がらせた時の経験(の性質)の記憶も利用し、そこでの成長過程で育む感性を潰す(外す)。それを延々と続ける中、どこから見ても人間でありながら、中身はそうではない人間が生み出されていく。

その企てが具現化する際、ある蛇が偶然自らに取り込んだ、他の動物が本能的に近づくことのないある物質(異物)の力も作用する。その蛇にかまれ、傷ついた人間のその細胞(遺伝子)レベルの異変は、異常さを普通とするその存在の意思をより強力にし、不自然さ(異質感)の隠された、自然に見える人間の誕生に加担する。数々の異様な姿の幼児(乳児)の時を経て、その存在は、蛇から人間への移行を実現させる。

その果てに繰り広げられる、蛇の特性をそのまま備える形ばかりの人間による、暴力と衝突。この地で、酷く恐ろしい時代が連ねられることになる。

9/06

地表で微生物の形となった、地球生命体の意思(エネルギー)は、何千万年もかけて土をつくり、土となり、後に植物を生み出し、植物になる。そうしてその仕事の次元を変えながら動物(人間)の世界をつくり出した微生物は、この現代、これまでのどの時より厳しい経験の時を迎え、それを楽しむ。微生物は、地表に生きる全ての生命たちの、その生の基本の基本。LED照明は、それを壊す。

9/06

1.人間の姿を欲したというよりは、人間が持つ、その計り知れない原因の力を抑え込むには、それ以外の方法では難しいと理解したから。樹木本来の力を削いだことで同質他の樹木が皆生命力を滞らせた松の木の場合のように、地球に住む一生命としての基本を全く持たない人間が誕生すれば、同じような(非生命的な)人間ばかりが増え、数千の生命たちはどうにも出来なくなると考えたから。そして、蛇の脳を支配した経験が、すでにそこへと向かえる場所に居ると分かったから。

人間へと移行でき、その脳の原因と繋がり得れば、姿形は人間のそれでも、本性(本質)は、残忍さと狡猾さを内に秘める蛇のそれになる。そうなれば、人間の世界は、何もしなくても病んで行くだけ。それに反応する自然界も自浄力を弱め、生き物たちは、辛く苦しい時を普通としていく。そして、地球が地球ではなくなる。

9/05

金星が光っているわけではなく、それだけ力を無くして物化しているから、太陽の光を吸収できないまま、外へとそれを反射させている。自転が公転より長い240日以上(逆回り?)というのを考えても、そこに、あり得ない悲惨な出来事があったことが分かる。金星の輝きは、その時の、辛さと悲しみの姿。いつか、輝きの無い天体に。(金星が普通に自転していた頃、太陽系の繁華街は、地球ではなく、火星だった。ん?

9/05

8.他との融合や協調といった感性を全く持たない蛇の凶悪さは、それが理解できない人間にとって、どうにも対処し難く、知らずうちにその本来は崩されてしまう。その次元の動きがあることは、その手前で覚悟はしていたが、実際のその経験は凄まじい。余計な時間が取られ、その時間の原因が浄化されないまま続くその危うさの中に、更に時間を取られ、自由を失くす。蛇の本性が悪用されたことで、執拗に悪意(支配と破壊)を具現化させようとする別次の意思は、集中的に、数千の生命たちの動き封じを試みる。

その構図の中身は、地球自然界と融合する生命体と、そうではない異生体との主導権争い。それはまた、生命力対非生命力との闘い。地球という生命を潰そうとする、地球の異物であるその恐ろしい凶悪な存在は、自分たちの影響から生まれた蛇を道具に世を病ませ、それを人間へと移行させて、それしか知らない支配欲を形にする。

それに対し、調和と健康の世界しか知らない、自然界の生命(動植物)たち。どんなに病まされても、力無くさせられても(肉食動物へと変質させられても)、彼ら本来の本能は、それがそのままであってはならないことを知る。その(自然界)のために、遥か昔も、今も、ずっと変わらず地球感覚の時を生き続ける、数千の人間(生命)たち。太陽の希望に応えるために動き出した生命は、地球を元気にすることの他は何も知らない。

9/04

雨の予報(雨模様)なのに、太陽が顔を出し、厚い雲の中からフツ〜に光を溢れさせる。その光は、キラキラと輝き、雲に囲まれていても全く動じない元気な姿を見せる。

太陽も地球も元気を失くしていたために、ずっと磁力(磁波)の繋がりが本来ではなかったこれまで。人の脳の働きは、電気。その基は、地球の磁場。面白い変化の時が確実に引き寄せられている。

9/04

7.蛇の、他とは違うその異様な世界を知れば、この地(国)での樹木(松)との絡みの理由も、自ずと頷ける。一生命としての生のサイクルを崩されてしまうことで、病んだ姿をそのままに歪な変化を経験せざるを得なくなる、その切なく哀しい営み。根こそぎその原因から侵されたために、松は、無くてもいい現実を幾重にも連ね、蛇と密に関わることになる。松の不自然な姿は、自然界の植物たちの哀しみの象徴。松から蛇へと移行する破壊の意思は、この地で、改めて地球の意思の抑え込みにかかる。

獰猛さを潜める凶悪な感情で、他を怯ませ、事の主導権を握る蛇は、対象とする生き物を征服することにだけ神経を使い、そのための行動に徹する。相手がどんなであれ、彼らには他の選択は無く、その時に働かせる殺意も、獣のそれを超える。その異常さを普通とする蛇の世界は、自然界を操ろうとする非生命的な存在の意思の、格好の道具。その意思は、蛇の脳と繋がり、その働きを支配する。そして、人間を傷つけ、彼らの経験の記憶の中にしつこく入り込む。

共に生きる動物たちが、無くてもいいはずの蛇への恐怖心を抱き始めたことで、人間は、事の重大さを理解しつつも、それまで以上に、原因の質を変化・成長させる。どんな状況でも、留まることは考えられない。

そんな中、蛇は、隙を見て人間を襲い、人間が取り込んではならない性質(次元)のものを、その傷口から体内に入れ込み、彼らの身体表現の在り様にじわじわと影響を及ぼす。永い間それが続けられる中、そうとも分からず慢性化させた感度のムラが、蛇への違和感を弱化させ、その自覚も無く、それとの不必要な融合を重ねてしまう人間も出てくる。そんな風にして、蛇の脳を支配した存在は、人間の脳へと移行できるその下地づくりを着々と進める。

9/03

電車の中でもカフェでも、人がたくさん居るのに、誰も居ないような気がしたり、何人もの人の話し声が聞こえるのに、静かだったり…、そんな風景が増えている。向かおうとする意識も、上手くやろうとする姿勢も、これまでのようなスタイルは通用しない。否定感情も、身を繕い、体裁を整える嘘も、その燃料となるエリアが力の無さを見せている。

9/03

6.動物たちみんなが、地球に住む一生命としての自らの分を生きていても、自分たちは、それを一切無視して、好き勝手に腐敗型の生を続ける、奇妙な蛇。その理由は、彼らの誕生の経緯が実に陰惨で、奇怪なものであることに尽きるが、それ以外にも、それらが備える、人間の否定感情の源のような醜い本性がある。

元々この地球には存在しなかった蛇は、数千の生命たちが再び人間を始める頃よりずっと昔(およそ2千万年程前)、ある樹木の土の中で、突然変異的にその生の元が始まる。

汚染されて傷つき、辛く苦しい時を生きる樹木は、根が力を無くして本来の仕事が出来なくなっても、それに抗えずに耐え続け、ただそのままでいるしかない中で生を繋ぐ。その根に、不穏な(自然界を病ませる)別次の意思に支えられた腐敗型の生物が突如寄生し、次第に停滞と破壊の本性を強めつつ、それは形を変えていく。それが蛇である。

自然界全体の生命力が弄ばれ、苦しみ喘ぐ動物たちがそれでもけんめいに生きる中で、蛇は、得意気に誕生する。その脳は、始まりから狡猾と残忍さを備え、人間らしくない人間の、その卑劣で狡賢い感情の下地で居続ける。

人間の世界には本来否定感情は存在しないというのは、元々、その元となる蛇の本質が、地球自然界への抵抗であるということから。試しに、蛇絡みの全てから自由になってみる。否定感情と蛇の本性が困り出し、気づけば、太陽の光に照らされ、癒されて、姿を失くしていく。

9/03

次なる時へと繋がるこの今の原因の流れを感じると、この先、LED照明に平気な人は、次第に心身が重くなり、これまでのようには行かなくなるだろうな、と思う。物を腐らせ、空間を滞らせるLED照明。その地球の異物級の原因を処理・浄化しようとする自然界の意思は活動的だから、LED照明(の負の原因)と融合する人の脳は、当然不安定になる。

何処に行っても、誰もが出会す、LEDライトとLEDに汚染された雨水による被害。それに無感覚でいること自体、この今の変化には到底乗れない。もうじわじわとそれは始まっているけど、今のうちに、健康的な従来の光に馴れていた方がいい。人間を生きないと、地球(未来)に嫌われる。

9/02

5.この地から湧き出るようにして、地球感覚の下地を持つ生命体の芯へと流れる、生命力。それは、本来をテーマに事を変え得る原因へと必要なだけ変換され、留まる結果とは無縁のところで、生命世界を支え続ける。島を囲む海繋がりの仲間たちは、地球と一緒に、それを喜ぶ。

この地で人間を生きる生命たちの、その健全さを普通とする感覚は、生命力をいくらでも溢れさせて、地球の意思を通し、生き物たちみんなにその原因を流して、共に調和と健康の時を育む。ところが、蛇の脳が操られ、支配され出した時から、それは少しずつ負荷を覚え、自由な力を落としていく。それでも、形を生み出す形無き原因を鍛え、変化させる人間たちは、全てを受容し、あるがままに変化に乗り、どんな経験も、可能な限り次への原因とする。

このまま地上の隅々にまで地球からの生命力を流されてしまっては、廻り回って肉食動物までが本来の生き方をしてしまうのでは…という、かの存在の、それまでに無い焦り。地上を腐敗へと導こうとするその姿無き不穏な意思は、そのために、変化とは無縁の蛇(の脳)を利用し、停滞そのものの空間を次々と生み出して、人間の生活環境までそこへと引き込んでいく。

現代の、蛇を特別に扱う姿勢は、自然界を尽く不自然にしようとするかつての非生命的な存在の、その凶悪な意思とその原因深くで繋がる。蛇絡みの信仰や神話の世界も、その形無き原因のルーツには、地上には無いはずの醜い腐敗型の経験が在る。

9/02

誰にでも分かる、LED化前には見られなかった、街や地方のそこかしこの道路や木々の悪化。そのLED照明の危うさに気づけないままでいることの危うさは、人間としての情けなさの極み。それに気づかされても無関心を装える姿は、非人間性の極み。LED照明は、どこまでも人間らしさを遠ざける。それをそのままに人間を生きることは、人として、考えられない。

9/02

…というわけで、9月。毎年この時期になると、何かが始まり、何かが終わる、そんな秋の入り口。

四季というのは、地球からすると一種の違和感のようなもので、そこには、ただ現在の公転スタイルに合わせて(合わさせられて)生きている動植物たちが居るだけ、となる。地球は、現在とは異なる本当の公転の風景を懐かしむ。月が自ら回っていた時の地球は、今よりも楽に、健康的に太陽を周っていた。…なんて??なことがなぜここで文章になるのだろう?せっかくだから、冗談にも程があるこのことと遊んでみる。面白さが太陽系発になる。

9/01

4.地球の生命力を粉々に破壊して、他の天体と同じようにそれを完全無生命化させようとする意思は、地球の予想を大きく超えた自浄力と、太陽のしぶとい援護によってそれが思うようには成し得ないことを知り、地球に住む生き物を変質させて、そこから確実に腐敗へと向かわせようとする。数千の生命たちの、その感知しにくい原因の力にジャマされながらも、肉食動物を増やし、獰猛な生き物や毒を持つ植物を生み出したその存在は、地球規模の変動をすり抜けて非生命的な原因を繋ぎ、放って置いても徐々に地球が終わりへと向かう道を安定させる。

ところが、数千の生命が再び人間を生き始めたことで、その腐敗・滅亡への道は、図らずも不安定になる。かつての経験を活かして原因の力を強力に成長させる彼らの普通は、負の原因をどこまでも深く浄化し、固められた停滞の形さえもそのままには置かずに変化させる程の能力を備える。彼らによって地球と太陽が元気になることを怖れ、その存在は、直に操れる動物(蛇)を介して、人間たちのその生きる原因を押さえ込む。そして、蛇系の人間を増やし、彼らの行動の全てを封じる方法を実践する。

9/01

年々(月々)LED被害が増えつつある中、それ関わりの存在たちが何より恐れるのは、決して分からないはずのその負の原因が次々と顕になり、自分たちが病みの実行犯にされてしまうこと。そのために、LEDは害があるという情報とその送り手を力で封じ込めてきた、彼ら。そんなだから、未だ、数の力を正しさとする、不安(怯え)の裏返しのその次元を卒業できない。つまり、人としての心ある原因が無い。彼らは、原因が嘘の分(責任ある原因が無い分)、どこまでも科学的根拠という言葉を(病的に)繰り返す。自然環境を肌で感じる事実認識の世界には、元々そんなもの(作られた都合)は一切通用しない。

あれも、これも、そこも、ここも、LED照明が出回る前には無かった、負の事実。虫でもそれは分かる。今、真剣に非LEDへと動けば、植物も虫も、水も環境も皆元へと戻り出すことは、地球が保証する。(保証書は無いけど…)

9/01

2018

原因の世界というのは、例えれば、時空を容易に透過する、多次元的な地下通路のようなもの。必要に応じその質が変調されれば、(地上に出て)その時々の結果という名のそれまでの原因のかたまりに触れることが出来る。つまり、かつての出来事にも、その原因の世界から入り込めるということ。そこに滞った原因が在れば、一層力強くそれが為されるということ。

それ程、自由で、変化の自在な原因の世界。そこだけに居て、余裕でこの時に居るから、無有日記の全ては普通。思考の次元を包み込むようにして、必要とすべく原因の形(歴史)をムリなく差し出す。

 

8/31

ずっとそれまで無かった危ういことが生じた時、ずっとそこに無かったけど今は在るもののその影響を考える。それは、学ぶとか実証するとかの次元ではなく、ただ普通に、常識人として実践すること。原因無視の専門的な見解の類は、その責任を感じつつ、後からでもいい。

この数年間に起きている、樹木の腐敗も、山枯れも、農作物の溶けだし(酷い不良)も、虫たちの消失も…。そして、道路の亀裂(陥没)も、床や壁(塀)の破損(ひび割れ、変色)も、コンクリート(鉄、タイル)の劣化も、鉄道・航空機のあり得ないトラブルも、ぜ〜んぶ以前には無かったこと。在るのは、LED照明。

それらは、実に分かりやすい事実なのだが、その事実が、実に分かりやすく無視される。人間は、脳をいつ使うのだろう?思考がLED益に汚染されてなければ、どんな専門家(研究者)もそれを知り、どうにかしたいと動き出す。一生命としての本来の感性を無くした(持たない)専門家ほど、災いの原因を生きる存在は居ない。

8/31

3.この国(島)が、なぜそうなのかも分からず微妙な異質感を覚える空気に包まれた時、人間は、転生の間を活かして行われる海の仲間との融合を通して、なぜそれを成し得るかも分からない原因で、そのことをそのままにはさせない働きかけをする。形として固定されなければ、その手前の段において必要とすべく原因の調整が為される、無意識の意思の世界。数千の生命たちは、何もせずに事を動かす原因の力を成長させながら、生き物たちの自然な営みを、その中心に居て回転させる(変化に乗せる)。

そう簡単には病まされない原因をくじらと共に高めつつ、普通の質を変えていく人間。無生命化を企てる姿無き意思は、そこに在る海からの力に直接的に関わることを避け、部分的に細かく動くことを選ぶ。その存在は、ある場所の、ほんの少しの範囲だけを対象として、そこの砂地を徹底的に病ませ、そこに在る樹木を非生命的な原因のそれにすることを試みる。

それにも海の仲間は反応するが、(人間を通して)効果的に対処し得る機会をつくり出せず、そこは不穏な空気を帯びることになる。次第に樹木(松etc.)は不自然な姿を見せ、動きの無い負の原因がいくつもの形を持つことになる。

8/31

2018

地球にとって、最も悲しい経験は、月独自の回転(自転)が止まってしまったこと。そこから始まった現実は、余りに惨く、どこまでも厳しい。自転周期が今の倍近くになる程、地球の生命力はボロボロになり、地球表面は、冷え冷えになる(凍り付く)。

なわけで、8億年振りに、月をぐるぐる回そうキャンペーンが始まった。物化した月が反射させる(させられる)そのキレイ(?)な姿は、その実が悲しみであるゆえ、自然界の生命たちにとっては辛いものがある。この数年の月の光は、「次に行くぞ〜!」の光。そして、いつか、ふつ〜の月をみんなで見る。自転周期も、あの頃のように、11時間ぐらいがいい。

 

 

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