太陽の音楽(7)

 

1.遊んでばかりの日々は、何で遊んだかも覚えてないぐらい遊び呆けた。残っているものは何も無いけど、残り得ないものの大きさに包まれていた。その時の誰も今は居ないけど、みんなで膨らませた遊び心が、今もずっとある。その時に作った道は、今もじゃまされずに歩けている。

 

2.ボール1つあれば、一日中遊べた。自転車に乗れば、帰ることも忘れて、行き先も知らない旅に出る。アイスクリームを食べて、缶をけって、砂ぼこりが顔の汗について。くつ下はいつも汚れていた。

 

3.大きい子に遊んでもらえる時、怒られないようしっかりと付いていって、可愛がられて、嬉しくて、いつになく素直になっていた。小さい子と遊んであげる時、泣かせないよう大事にしていて、楽しそうに笑ってくれて、知らないうちに優しくなっていた。

 

4.風の強い日には、風の音に呼びかける、「どうしてそうなの?」。どしゃ降りの日は、雨の音に話しかける、「それでいいの?」。だから、悪天候でも、必ず散歩に出かけた。

 

5.言うことを聞かないのも、好きなことをするのも、自分勝手な行為ではなく、子供の信念である。なんてことを思うから、白い目で見られる。

 

6.子供時代は、子供の時代。大人の真似をしても、大人の歌を歌っても、その時は子供。それは、大人になっても、子供だったことを決して忘れちゃいけない子供時代。忘れないから、大人になれる。

 

7.こづかいをためて買ったプラモデルの箱の中を見ながら歩いていたら、走ってきたバイクとぶつかって、飛ばされた。飛び散ったプラモデルを拾い集めて、箱に入れて、そのまま帰った。

 

8.太陽が沈む時が、夜の始まり。晩ご飯を食べて、風呂に入って、そして寝る。太陽が昇り出したら、一日の始まり。遊んで、学んで、遊んで、遊ぶ。

 

9.叱っても叱りがいが無い子と言われ、しっかり反省しようとつとめた。けど、反省の仕方が分からなかった。だから、なぜ叱るのかときちんと聞いてみた。そしたら、もっと叱られた。

 

10.そこにある物が遊び道具になり、どんな風にでも遊べた。小石も木も草も、輪ゴムも毛糸もビー玉も、自由に役を変え、みんなをひとつにまとめる。時々、風も水もそれに参加する。

 

11.大きな木を見たら、登れるかどうかを見る。登れたら、一休み出来る場所を探す。自分が、知っている自分じゃなくなるひと時。

 

12.そのつもりもなく、気づけば、作りかけ。そうじゃいけないとがんばったのに、また作りかけ。今度こそはと、気持ちを入れ替えたのに、またまた作りかけ。それでいいや…。

 

13.架空の話ほど面白いものはなく、空想と未知が、体を元気に動かす。宇宙人もお化けもよく遊びに来てた。

 

14.「友だちのところで食べた」と言ったら、「お礼を言わなきゃ…」と言われ、「気分がわるい」と言ったら、体温計で熱を測られ、早く寝させられた。お菓子を食べ過ぎて晩ご飯が入らない時の嘘は難しい。

 

15.その時が全て。この人が全て。このことが全て。どれ程そう思ったことか…。そう思えたことで、確実に未来は動いていた。

 

16.どんなスポーツでも、上手くなりつつある時の熱中度数は高い。鉄棒での連続前(後)回りと逆上がりは、その中でも熱かった。

 

17.秘密の場所に、秘密の時間、そこで一緒の秘密の仲間。大人たちからは絶対に見えない、子供の世界。秘密を守るために、嫌だけど、大人しくなることも、良い子になることもする。服に付いた土や草は、よく払って帰宅する。

 

18.みんなに心配されながら保健室に連れて行ってもらえる子がなぜだか羨ましかった。倒れてみたくて、炎天下に居たけど、ますます元気になってしまった。

 

19.困らせられることが分かる時は、先に困らせ、逃げる。その判断は、大人には難しい。子供の時にそれを身に付けた人は、決して人を困らせない。

 

20.食べ終わる時が給食の終了ではなく、この時まで食べ終わらないと遊ぶ時間が無くなってしまうその時が終了の時間。カバンの中は干からびたパンばかりになる。

 

21.心配されると、重くなり、心配させられると、動きが鈍る。不安の始まりは大人の心配から。

 

22.なかなか覚えられないことは、時間が無くなるから無視する。すると、覚えようとしなくても覚えられることが次々とやって来て、思わずそれを言葉にしたくなる。でもうるさいと言われるのが分かるから、じっとがまんする。

 

23.太陽の光は、生きる原因の力。心臓が何で動いているかの理由も、そこに在る。何があってもめげない自分の理由にもなってもらう。

 

24.治りかけのかさぶたをはがすタイミングを見計らうのが面白かった。だいたい決まって早すぎた。

 

25.かき氷とイカ焼きとラーメンとアイスキャンディをたくさん食べた夏休み前の日曜日。始まりは次の朝。どこにも行けずにそれだけで一日が終わる。

 

26.飼い犬が家の前を通る見知らぬ女性に吠えた。ふだんはそんなことをしないのに、別の日もその同じ人に吠えた。そう、彼は知っている。思わず一緒に吠えた。

 

27.顔を洗うことも、道具を揃えることも難しく感じ始めた6歳の頃、何か大きなことが始まった。頭に何も入らなくても、そのまま頭を使わずに先へと行く。

 

28.へんじゃないのにへんな子と言われる友人をかばうために、自分がもっとへんになる任務があった。実に簡単だった。

 

29.同じ絵、同じ写真なのに何度見ても飽きない本は、おもちゃ屋さんに居るかのようにその度に夢中になり、満足する。子供心の自由を包んでくれる。

 

30.どうしてそうなのかも、どうすればいいのかも分からないから、動きにくいことも忘れて少しでも動き、その楽しみで、そのまま引っ張られてしまうであろう世界を経験せずに行く。原因という世界が勝手に広がり出す。

 

31.子供にとって、無くなることは、大事に出来なくなること。無くなる時が、その時であるということ。残そうとすることからではない残り方が子供には普通だから、ずっとあるはずのものが姿を消しても、寂しさを残さない。

 

32.気づいた時にはすでに遅く、嫌〜な目でにらまれる。その理由は、先にその人をにらんだから。理由も無く目で追ってしまう人に出会すと、どういうわけか止まらなくなる。

 

33.訳も分からずあたり前にそうであったために忘れていた子供の頃のその訳が、やっとここで姿を現す。あの頃の生き方が、人の動きにくさの理由を、ここで砕く。

 

34.反抗でも反発でもなくただ思っていることを言葉にし、感じるままに行動する。後が違う。

 

35.子供の世界は、要るものを探すのが難しいぐらい何も要らない。それでいて何でもあり、無いものは何も無い。それは平和の基本形。ただそれだけ。

 

36.イライラすると言われ、謝った。ところが、その謝り方にイライラすると言われた。じゃあさっきのは無しにしますと言ったら、びっくりするぐらい怒られた。

 

37.気持ちがそのまま言葉になる子供は、言葉で気持ちを伝えるのが苦手。その苦手感が、大人になっても自分に正直でいられる自分を支えている。

 

38.新しい教科書を手にすると、「よし、やるぞ〜!」とやる気がみなぎった。そう思えただけだった。

 

39.見なくても済むものを見えなくさせ、見るべきものをはっきりと見せる太陽の光は、そのために頭を使わせない。子供の時はそのままそのもの。太陽の光と一緒の時を好きなだけ過ごす。

 

40.表向きは普通にしてても中身がヘンな人のその嘘に反応してしまう子供に大人が付ける、ヘンな子。ヘンな大人はヘンな子が恐い。

 

41.変わって行くことの大切さを守るために、始まりと終わりを繰り返す。ずっと続いて行くものがそこにはあるから、欲しいものが変わり、要らないものも変わる。それは、子供が皆大切にしていること。

 

42.何か文句あるのか!と言われたって、文句を言ってるのは自分の方じゃん…。

 

43.子供の頃の風景は、そのどれもが太陽の音楽のよう。太陽と一緒に、時が経つのも忘れてみんなを歌う。光と風と水と青空が、その伴奏をする。

 

44.腕時計はペンで書いたレシーバー付きの高性能。アンテナが中指の先まで伸びていた。至急という文字をこの時覚える。

 

45.直感やひらめきの言葉も知らなかった子供の頃。それらの言葉は今もよく分からない。分からないから、今もそのままが形になる。

 

46.帰る家とご飯があれば何も要らない子供の生活。動物や植物と仲良くなれるわけだ…。

 

47.カリカリしている人が居ると、す〜っと近づいてしまう。怒った大きな声を耳にすると、いつのまにかその近くに居る。子供にとって無くてもいいことは、有ってはならないこと。代わりに怒られてあげたくなる。

 

48.時間が過ぎるのも忘れてしまう子供の遊びに、忘れないで!と時間が後から付いていく。子供にとっての時間は、ふと振り返った時にそこに在るもの。

 

49.夢からなかなか出られなくなることが続いてからは、恐いものが無くなった。作り物の恐さが逃げた。

 

50.2人の会話、3人での散策、4人で行う遊び、5人みんなで走り回る一緒の時間。子供は仲間外れを知らない。

 

51.いいかげんにしろ!と言われると、いつもどれくらいのかげんなのか考えた。

 

52.作った人の気持ちまで食べることになる食事の時間。残さず食べなさいと言う前にすることが…。

 

53.映画でもTV番組でも、背景ばかり見てた。いつのまにか本からも作者の居る風景を見るようになる。

 

54.落ち着きの無い子が落ち着いてしまう理由をいくらでも持っている。落ち着きの無い子は皆落ち着いてはいられない自分を表現しているだけ。

 

55.話し上手に聞き上手。その実な〜んにも分かっていない。そんな大人に出会すと、子供は、子供なりにひどく打ちひしがれる。

 

56.その時にならないと分からないから、計画は難しい。その時になってもよく分からないから、将来のことなど考えられない。でも、みんなの未来はそれを嬉しい。

 

57.本当か嘘かの世界にある病気。嘘でも本当でもいい世界にある健康。病気は、嘘じゃない嘘でその力を無くす。子供心はそれを普通とする。

 

58.耳に入り、気になったから聞いただけ。「子供は黙ってなさい」はひどく傷つく。

 

59.食事はいつ怒られてもおかしくない中で食べた。し〜んとしていると音を立てたくなる。

 

60.子供時代に心が子供そのものを生きることで手にする光の音(原因)がある。その音を持たない人にはよく分からないそこから生まれる生きた言葉は、人に敬遠されながらも、時代を本来へと変え得る力を持つ。

 

61.行く手を阻む力は可笑しなくらい強力で、ある時、どうにも走る力が出なくなる。記憶に残さない走りを覚える。

 

62.頭に当たったのは、バットに鉄棒に素手にアスファルト。何かの拍子に人の頭とぶつかった時は、決まって相手が倒れ、大変なことになった。「僕も痛いんだけど…」とひとり言。

 

63.言葉からなる良し悪しや正否の判断が一切通用しない、子供の中の正直さ。昔話の多くは、子供にとって冗談にもならないつまらないものになる。

 

64.怖がらせようとする人が可笑しく見えてくると、普通にしているのに中身がすご〜く恐い人が近づき出す。その始まりが早かったから、形の無い世界をよく学べた。

 

65.あることをしようと思っていたのに、他のことがふとしたくなり、あるところへ行こうとしていたのに、別のところへ行きたくなる。まとまりが無いようでもそれで上手く行き、人や物がキレイにそれに付き合う。予定通り行かないことが、充実感を連れて来る。

 

66.読書感想文はいつも本を読まずに書いた。「主人公の純粋さと、どこまでも真剣に生きようとするその姿勢に心を打たれた。自分もそうでありたい」みたいなことを書いて提出すると、マルだった。見つかっていたと思う。

 

67.止まらないように走り続け、駆け登って転がって、回って飛び上がって遊んでいたら、じっとしてても中心が回転するようになる。いつのまにか止まらなくなる。

 

68.伝わる悲しみの奥に在るものを感じるそのことで、ただ一緒に居てあげることの大切さを経験する。訳も無く楽しい時間で悲しみをぶっ飛ばせ!

 

69.感じるものや分かることが違えば、夢の質(次元)も皆が違う。見た夢で隠された見えない夢の世界はその人だけのもの。そこでも普通に生きていることを覚える。

 

70.朝学校の門のところまで付いて来る犬の寝床は、ひろ〜い縁の下。ある時、付いて来ない日が数日続き、その後しばらくして彼は縁の下から姿を消した。最後の場所を見つけに行っていたことを後で知る。

 

71.お礼を言いなさいと言われても、言えば良いというものでもないし…。とりあえず言うけど、なんかヘン。

 

72.元気で楽しい気持ちに付いて行く体は、いつまでもそうでありたい姿を子供心に記憶させる。その記憶が力を取り戻す太陽の音楽。快活と楽脳がそうではなかった時の経験を切り離す。

 

73.LED照明を見た時、そこに在るものを言葉(文章)にするのと、その影響を写真に収めて動き出すタイミングを直ぐにキャッチ出来たのは、子供心が動植物たちの涙を見たから。子供心を育んでくれた彼らの悲しみを放って置くことはしない。

 

74.勉強と関係の無い話をしてくれる時間が楽しくて、その後はしっかりと勉強に集中できた。のはみんなで、話してくれた世界から出られなくなった。

 

75.子供にとって嬉しい大人は、逆らいがいのある大人。叱られても何も残らないから、つい言いたいことを言って気持ち良く叱られる。そんな大人を通して、子供は希望を捨てずに生きていく。

 

76.夢の中の自分が、作られる夢をかき分けて大切なことを夢に残す役を喜んで担う。子供の時の感じるままの世界の成長は、夢の中の自分を活躍させる。

 

77.泣いている子に声をかけなかったら、冷たい人と言われた。その子のために、みんなの時間が止まっている。

 

78.子供は、言葉ばかりが大事にされる言葉だけの世界を知らない。だから本を読んでもなかなか言葉(文字)が入らない。人は、子供時代にすでにどれだけ本を読んでも経験できないことを体験的に学んでいる。

 

79.嬉しい気持ちは、それを嬉しい人の喜びとなり、その喜びに笑顔になる人の優しさになる。それだけでいい。言葉はじゃまになるだけ。

 

80.何を覚えるかではなく、どこを通れば良いか…。子供の時のその感覚的判断は、一生の財産である。そこには、生命としての思考(知恵)だけがある。

 

81.体の中で太陽の光の音(意思)が動き出した時から、生きるペースを太陽に預けた。生きるテーマは、友との合流と協力、原因の変化と連繋。そのための人生は、彼(太陽)が案内する。

 

82.大切なことを考えずに話していたら、みんなが何も言えなくなってしまった。それからは大切な時には呼ばれなくなった。

 

83.子供は、嫌なことを忘れるのではなく、そこから離れる力を持つ。いつまでも忘れられないことが続いても、もうそれが続くことが無くなれば、そこから離れる。子供なりの原因の力。

 

84.学んでも、人の悲しみや辛い現実がそれで変わることは無いことを知ってからは、学んだ振りで過ごす。振りだから、いつまでも通用しなかった。でも、人の悲しみや辛さのその元を知るには最短距離だった。

 

85.受け取ったものは、みんなのための自分のものとする。そして共に変化に乗り、その原因をさらりと次へと繋ぐ。みんなそうして、この時代に子供を経験している。

 

86.放っては置けない理由が動き出すと、遊び心が全開になる。意味もなくしゃべり、あてもなく歩き回り、その理由が小さくなるまで遊び呆ける。

 

87.見た目を大事にする人から嫌われるのは得意だった。そんな人から伝わる印象を壊すのを面白がった。

 

88.言葉や文字を使う時のその手前の世界を好きなように膨らませられることを覚えたら、そのことを嬉しい言葉(文字)だけが一緒に歩き、他は姿を見せなくなる。言葉にならない世界に付き合わされる言葉はいつも大変そう。

 

89.話す気もなく黙っている時間が何気に増えただけで、それまでとのギャップが大きい分とても真面目に思われた。なのだが、ギャップの無い真面目な子との間に冷たい風が吹く。直ぐに止めた。

 

90.大事なことは、自分の中の大事にしたいことが人との間で育まれながら大事なことになる。本からはそれは学べない。

 

91.大人になった子供心は、そのままには出来ないことを遊び心で変えていく。子供心は、責任ある大人の中で真剣さと余裕を育み続ける。

 

92.人が話すリズムと抑揚の雰囲気に体が動き、それを楽しんで、面白がって、怒られて、逃げた。暗い話は可笑しくて反応も強かった。

 

93.降り積もるようにして増える負荷は、子供心への怖れの現れ。頭を使わず、何も考えず、それでも進み行ける原因だけになる。

 

94.興味のあることが終わるのは、それに飽きたのではなく、いくつもの経験の中の一つとしてその役を終えた興味がそこに在るから。どんなことでも、興味を抱いたら夢中になる。その幅と量は、子供時代ならではの貴い宝物。

 

95.言葉や表情から始まる見た目づくりは分かりやすく、直ぐにその嘘をくすぐりたくなる。

 

96.子供向けに定期的に上映される映画。観る度に泣く子が居た。それを見て笑う自分が居た。観る振りをしていると、重〜い空気が漂って来るのがよく分かり出す。

 

97.生きることがそのまま貴い役である子供たちが、永遠の希望(普通)を託される。あの頃の太陽の光の道は、ここに繋がっている。

 

98.「何度言えば分かるの?」「何度言えば何度言っても分からないということが分かるの?」

 

99.見えないところを感じるばかりでいたら、いつのまにか何も無いところから何かに向かう道が見え出す。原因の世界の住民票をもらった気分。

 

100.子供の時に遊んだ場所。景色は違っても今もそこに在る。記憶の遠くに在っても、自分の中で今も生き続ける。

 

101.熱っぽくて睡眠の質が不安定な時に決まって連れて行かれる不思議な世界。帰り道は無かった。意識が体とほんの僅かでも重なり出した時、暴れ、走り回り、時空を駆け抜ける。形無き意思世界の異様な次元を知る。

 

102.変わらないのは、繰り返すことの質を問わないから。そんな大人たちが神棚につかまっていた。

 

103.育まれ、成長する感情は、刺激されても感動には変身しない。子供心は、体験的に、真剣にそれを学ぶ。

 

104.子供は、自分が病気になることも、病気の人を見ることも経験したくない。それは、病気の無い社会の力強い燃料。

 

105.伝えたことが伝えただけで終わる人には、伝わることだけにして、何も伝えずてきと〜になる。そんな時の嫌われやすさを楽しむ日々が、歩む道を確かにする。

 

106.今の自分の中に、子供時代の全てがある。その頃の生き方は、そのどれもがこの今に繋がっている。今も子供。ずっと昔から大人。

 

107.何も分からないところから始まると、思いがけなさが連発する。その変化の楽しさに、話すための話も要らなくなる。

 

108.辛い気持ちの元は、自分かわいさ。そのために利用される感情は、平気で人を傷つける。子供の時の妙な大人びた生き方がその土台となる。

 

109.大人と子供が繋がる道、子供心。次に続く人も、先に行く人も皆、その道を共に歩く。時代は子供心で繋がっている。

 

110.中身は黒いのに、それを分厚い白で隠して人の上に居る、子供には気味の悪さでしかない、人間が作った神々の世界。

 

111.どんなに重くされても回転して必ずそれを処理する、自分の中の生きる責任。頼もしい奴だ。

 

112.何をしてもどこに行ってもずっと先まで続く、子供の安心の風景。不安な人が求める安心で壊されたくない。

 

113.始めた時も、その場所も関わりも皆約束通りだから、人生に予定は無し。太陽の光と子供心が元気に遊び、思い通りが人生を引き連れていく。

 

114.みんなにとって大切なことがあたり前に大切にされない理由の中に入って行くと、そこには、ひろ〜い敷地を専有するせま〜い心持ちの人間が居る。それを大人に言ったら、困った顔をした。みんなそう思っている。

 

115.子供心は、遊び心という時空に浮かぶ心(光)の球のよう。言葉を育てる責任も、言葉になろうとする想いも、そこで安心して時を過ごす。

 

116.分からない中での分かることを教えて欲しい。分かってないのに分かった気になっていることは忘れて欲しい。

 

117.面白おかしく好きなように話すのを楽しむ子供たちが気軽に口に出来ない人。みんながそうだから自分もそうなってしまい、何でもない違和感でさえも(わる口もジョークも)自由に言葉にすることを許されない人。この国って一体何だ?

 

118.押さえ付けようとする人にそうはさせない工夫を楽しんだ。子供としての責任は、自由にさせてくれる大人から学ぶ。

 

119.強い人に守られて過ごす平和しか知らない人は、強い人の人格や精神性は一切無視。それが子供に伝わることの悪影響は計り知れない。

 

120.泣いても、怒っても、感情はそこまで。何も変えられない。泣かなくても怒らなくてもいい経験を大事にする子供心は、悲しみの風景を無くそうとする本物の感情を携えて行く。

 

121.子供の時から分かっていたことだから驚かない。普通に生きる(生きられる)人間が居ないこと。その理由を支え合う人間が、恐ろしく危険なLED照明を使い続けること。事実は確認、そしてそうではない未来へ。

 

122.手本になるはずの人が力を無くしていたから、代わりに遊び相手になってもらう。そして一緒に手本になる。

 

123.自分だけが得して楽して好きなようにしたいだけ。感情に付き合わされる度に、そのずるさを見る。

 

124.大人によって作られる、「そういうものだから…」の枠。疑問を抱いても、感情が動いても、その枠の主によって子供は自由を封じられる。大人は、自分たちが怯えの中に居ることも分からなくなっている。

 

125.話し言葉に使われる文字(漢字)は自然に覚えたけど、それ以外は出来るだけ無視した。すると、何気に書く文章が生き物に変身した。文章の中にも自分が居るようになる。

 

126.温かな心の形である感情は、温かな心の風景で自然に育まれる。辛いことも悲しいことも感情は違和感だから、子供はただそのままで感情を健全にする。

 

127.平和のために願うこと(の嘘)を子供心は嫌う。それよりも、自分の全てがそうであるような平和を生きること。平和のためにはそれが何より大切なことを、子供心は知る。

 

128.心ある人の責任ある感性を抑え込んだことで拡大、安定した、利害絡みの関係重視。元々日本人気質には心が無かったということ。

 

129.責任って?もちろん未来への責任。それだけ。子供心の遊び心は常に全開!

 

130.人としてすべきことは、言われなくてもする。人としてしてはならないことは、言われてもしない。これって、子供の時に覚えるもの。人として、LED照明を使えるはずがない。

 

131.みんなにとっての約束事の枠を外れた決まり事は、それを不要とする普通が抑え込まれたことで力を付ける。嘘同然の(神々絡みの)昔からの決まり事を守る姿は、子供心の強敵である。

 

132.記憶に無い記憶として在る、なぜそうなったかも、なぜそうでいるかも分からない恐さの恐さ。それを消すための香り入りの消しゴムはいくらでもある。

 

133.哀しさや切なさの中に居たとすれば、それは(子供の時から)ずる賢く人を利用して生きた証。子供はその世界に居続けることは出来ない。

 

134.大人が聞かれたくない質問は、子供が大切に感じている是非知りたいこと。大人がどうにもならなく感じていることの原因は、子供にとっては切実である。

 

135.共に生きる地球の仲間たちが嬉しいのは、人間の世界から結果が消えること。そのために割り当てられた準備運動は、子供の時に終えている。

 

136.生きる力の源であるはずの水を、生き物たちの生命力を削ぐ凶器に変え、土の本来を壊して、動植物や道路、建物などの普通を潰す。LED照明の危うさは、子供心とは無縁の腐敗と破壊。どこまで行く?その凶悪さ…。

 

137.思っていることと行うことの差は、子供には無い。その差をいつのまにか大きくする子のそのあり得ない嘘の生き方で、子供らしい子は子供のうちから生きにくさを覚える。

 

138.言葉にする想いに壊される言葉になる想いを守り続けていたら、言葉の凄さを見た。言葉に頭は使ってはならないことの大切さを知る。

 

139.辛く悲しいままの記憶は子供心には無い。それはそう思うだけで何も変えなかった人の記憶の中にだけ在る。

 

140.不自由の中の自由。不公平の中の公平。これでもかというぐらい経験させられれば、子供はその重たい下地の元(張本人)を否でも知ってしまう。

 

141.うわさ話をするのも聞くのも、差別心を正当化してくれる力ある人のおかげ。作られた感動話で涙するのも、心を持たない偉い人のおかげ。子供心ほどジャマなものはない。

 

142.子供心は、事の手前の原因からありのままを実践する。だから、LED照明が生み出す悲しみも、ずっと前から知っている。そしてその悲しみが地球規模になることも…。でも、それを知るから、そうではない時へと子供心を活躍させる。そのための原因を、地球自然界も応援する。

 

143.人としての(子供にとっての)生命活動の常識、全粒穀物食。その大切さを頑なに遠ざけようとする世間の常識が皆嘘から始まっていることを知る。

 

144.思うことからでしか始まれないから、覚えていることから自由になれない。感じるままの体験が伴わなければ、覚えたことも思うことも皆ガラクタ。

 

145.泣き方が上手な人のその基礎は、子供の時の子供らしくない悔しさ。大人になってもそれに触れられると、恐い子供になる。

 

146.あり得ない経験が続いてもそのまま流していたら、流れて行く場所にもっとあり得ない経験が在った。その経験が重なり回転し出した時、時空の中に道を見た。その道を歩いて来ている。

 

147.みんなの象徴だと教えられる。でも子供の本能は、それが差別の象徴であることをあたり前に知る。

 

148.見えない世界(次元)で自由に遊び呆けられる感覚は、放って置かれた負の原因の道筋とこれからの風景を容易に把握する。いつまでも子供のままのその感性は、嫌という程LED照明の危うい原因を見てしまった。

 

149.向き不向きや得手不得手がそのままきれいに役割分担となる世界を、子供心は嬉しい。何かをする手前から、そこには平和がある。

 

150.怯えの裏返しの酷く醜い背景がその意味として潜む、いくつもの漢字。癒されないままの悲しみの風景は、漢字を使う人の子供心に触れたがっている。

 

151.困った人を助けようとするばかりで、困った人を無くそうとはしない、そのキレイ事が幼く見える妙な姿は、なに事?子供心を無視する教会の中身に、子供らしさが崩される。

 

152.神社に神さまが居ると言うので、「それって本物?」と、嘘と分かってて聞いてみた。嫌な顔をされた。

 

153.がんばろうとする姿勢で責任を取らなくても済む、向かう計画。さりげなく真剣な姿勢で責任を実践する、向かわない計画。夏休みに、子供はそれを実感する。

 

154.LEDに汚染された水(雨水)は、どんなものでも腐らせ、溶かす。地中では、建物の基礎まで劣化させ、沈下(陥没)や崩壊を招く。道路の亀裂とコンクリートの溶けだし(ひび割れ)。山々の崩れやすさと海中の悲劇。それは、この地に生まれたひとりの人間として見たくはなかった光景。音も光も物も皆優しかった子供時代を知るから、これからに責任を覚える(取る)。

 

155.その時、この時にしかない感覚。その気もなく大事にし、ふといつのまにかそれを形にする瞬間。それは、経験(彼)が道を見失わない明かりとなる。

 

156.楽しい気持ちは、そのままで空間を変え、人へと伝わる。その大切さを楽しめたら、外の景色(周りの風景)を楽しまずに乗り物に乗るなんて考えられない。

 

157.自分じゃない自分を演じている人の姿が喜ばれるのを見て、演技の嘘の恐さを見る。結局それって、子供心が触れてはならない、だまし合いとさもしい感動ごっこ。演劇(俳優)の世界に腹の黒いタヌキたちが居た。

 

158.神霊を慰めたり、祈願したりと、コミカルな雑用の多い神主。それを有り難がる、悪趣味で厚顔な人たち。神社は、人間が本当の姿(嘘つき)に変身する場所。

 

159.何でも分かってしまう。でも分からなくてもいいことは何も分からない。言葉が無かったとした時に何より大事にする(される)ことからそれは始まったから、分かることは無限。

 

160.残したくないこと、残されたくないことは皆遊びに変えてしまう。意味の無い時間を面白おかしく楽しみ、どんな大変な事もささいな事にしてしまう。ごまかしでもすり替えでもないその瞬間芸は、子供心の真剣さ。

 

161.自分の可能性を高める意味でのがんばりはあっても、誰かに負けまいとか、人の何かを押さえ込もうとかの感情は、子供心は知らない。簡単にその世界に行ける子の大人目線のがんばりで、無くてもいい不健全さは広がり出す。

 

162.目に見える人の姿にはいろいろな変化があっても、目に見えない人の内側には全く変化しない部分があることを知る。本当と嘘とが表裏の関係ではないことも知り、子供でばかり居られなくなる。

 

163.自然環境のことを大切に思うのであれば、思うだけで満足する嘘を外し、LED照明を外す。動物も植物(農作物)も、無生命化の意思を備えるLEDに悲鳴をあげている。

 

164.怖れと怯えが極上だから、何もしないでいられる地位にしがみ付き、何も出来ないから、力ある名前(身分、地位)で人に平伏させる。虚構の原点であるそのコピー(繋がり)を手にしようと、子供心を持たない人が我を忘れる。

 

165.子供心を持つ大人は、子供たちがそのまま子供でいられる環境を支えるだけ。子供たちの世話をしたがる嘘の大人の姿も見えなくなる。

 

166.左手で遊ぶ子供心が、一生を通してずっと子供で居られた遠い昔の記憶のドアを開ける。大人と子供の違いも無かったあの頃の太陽が顔を見せる。

 

167.いつまで続けるの?その軽薄さは、人として何も持たないことの現れ。口を開けば、人のわる口とうわさ話。子供はうんざり。

 

168.そうであることをそうではないように隠し、嘘を生きるのが、この国の人間の気質。それを唯一癒すことの出来る子供心は、その嘘を表に出し、本当を中に流し込む。時代は、確実に人間らしさを帯びていく。

 

169.子供の時にみんなで力強くする、支え合い助け合うことの普通。特別に人を支える(助ける)側でいようとその普通から外れる子は、自分が子供であったことも忘れて、支え合う普通を力で遠ざける。

 

170.神格化された人の顔と声は、子供にとっては悪夢のよう。子供心はなぜそうであるかのその理由に反応し、感性を無くした大人たちを可哀想に思う。

 

171.不安が無いと、不安のかたまりに強烈に反応する。怖れが無いと、恐ろしく怯える存在の意思に動きを鈍くさせられる。緊張を楽しみ、焦りと遊び、その手の内を見る。そしてサヨナラホームランアイスクリーム。

 

172.人の意識への病気のすり込み。子供の時からそうだから、子供のうちから人は病気になりやすくなる。人がみんな健康になると困る人が力を持つ構図は、この国の病巣。

 

173.その人が何を大事にしているかを顕にするLED。健康よりもお金、真実よりも嘘を選ぶ人がLED照明を使いたがる。子供にとって実に厄介な大人たちである。

 

174.「競技だったら、お尻、隠して欲しいよね」「たしかに…」

 

175.人の迷惑にならないようにと言われても、迷惑に思わなくてもいいようなことにまで迷惑だと思われたら、どうしていいか分からなくなる。

 

176.差別心の具体化の始まりは、覚えることの量とその速さで他と差をつけたがる子の、その子供心の無さ。子供心の本気は決してその世界には染まらない。

 

177.伝わる人には伝わってしまうことを怖れる人の文章と、伝わる人には伝わることを望む人の文章。それは、そこにある原因が止まっているか、回転しているかの違い。何でもない抽象的な言葉(の選び方)から、子供時代の姿がオープンになる。

 

178.ずっと先の未来まで任せられているような気分になった時、この国に居る意味を確認する。この場所の地球規模の事情。彼(地球)の元気は太陽の元気。

 

179.あたり前に健康でいると、病院が縁遠くなる。病院が、病気にならない原因を大切にしているとも思えない。病院が、人が病気になるのを望んでいることは、子供にも分かる。

 

180.言われる度にその理由が分からなかった、「ちゃんとしなさい!」

 

181.決められたことをきちんと守っているという自分をけんめいに生きることだけを大事にしている大人のために、決まり事が無くても調和を普通とする子供心は緊張を覚えさせられる。子供は、なぜそうであるかの世界を何より知りたい。

 

182.言い争いをしても何もならないことを教えるための言い争いなら、子供は歓迎する。争わなくても言えることを大切にして欲しい。

 

183.楽しく健康的に…は、スポーツの基本。‘道’の付く競技にはそれが無い。

 

184.嘘の涙は、停滞感の共有から。歌もドラマもそれに協力し、変化しなさを正当化する。

 

185.どんな時でも、どんな場所でも楽しさを覚え、誰と居ても、一人でも、面白さを見つける。子供の時のそんな普通の中で、どちらでもない(どちらでもある)想いの確かさは育まれていく。

 

186.太陽を隠そうとする雲も、べとっとした空気も、LEDの原因と同じように元々はどこにも無かったもの。子供心を存分に輝かせ、そこに太陽の光を誘う。

 

187.言葉を殆ど無視して声の奥に入って行くような聞(聴)き方をしていたら、姿形とは全く印象の異なるその人の別な姿を見る。恐怖映画の類がコメディになる。

 

188.この国に住んでいると、病気にならないと冷たくされる。病気になれば得する人がたくさん居るから、病気の人が優しくされる。健康でいるって、孤独なもの。

 

189.ある樹木へ。樹木から蛇へ。蛇から人間へ。どんよりと重く動きの無い風土のその病みのルーツが、太陽の光の音と子供心で崩れ出す。不自然を知らない生命たちが、止まったままの時を再び回し出す。

 

190.太陽と水と空気。土や木々はそれだけで元気に育ち、動物たちも好きなだけ自らの分を生きる。人間も同じ。健康とか病気とかの世界って、そもそも要らないもの。

 

191.人をおだてて祭り上げる嘘(ごまかし)から始まった祭り。その変化させない度数の高さに、子供たちはひたすら防戦する。

 

192.良いことをしようとする気持ちを大事にする子供は、小さいうちから(そうではない)本心を見えなくさせて、良い子でい続ける。子供心は、自分に正直でいて、みんなをあたり前に大事にする。その普通は、良い悪いの世界をすでに超えている。

 

193.他者と競った記憶が無い。競える相手も居ない。競う意味が、競わせる力を持てない。競って生まれるものは、競わずに生まれるものの足元にも近づけない。

 

194.病気が無くなると、話す話題も無くなる人たち。皆、気分良く話すために、仲良く病気になる。

 

195.地球の意思活動を不自由にさせて自然界の自浄力を抑え込む(破壊する)試みも、それを本格化させようとしたこの現代に、大きく頓挫し、全ての負の力を無くす。この地を中心に始めたことも、そうでなければならなかったことも、太陽の光の音を通してそれは子供心の芯に伝わっていた。この国(のある場所)が深くから変わることで、地球自然界は、かつてのように地球のものになる。

 

196.そうとは見せないきらびやかな衣装で、辛く悲しい気持ちの歌を熱唱する、不健康(の原因)そのものの歌い手。健康な人が増えない理由は、テレビからも流れて来る。

 

197.人間がこの地上で生きることを許されたのも、海に住む哺乳類のおかげ。人間の連帯保証人である彼らに心配をかけないよう、太陽の光で元気に遊ぶ。

 

198.歌を聴いても、歌っても、変わるのは気分だけ。なぜ気分が落ちていたかの理由までは変わらない。だから、軽く、浅くたくさん聴いて、悲しみや辛さのその理由深くへと入って行ける力を付けた。

 

199.病気は、普通ではなくなるということ。そうなる異常な原因がその人の周りにあるということ。病気の人が大勢いるというのは、社会が、人を健康にさせないぐらい酷く病んでいるということ。

 

200.お願いごとをするのが意味のあることとすり込まれ、その気もなくきれい事や他人事の世界で良い人を演じる。子供は、子供時代に人間(子供)らしく生きられないよう、妙な力で依存心(ご利益心)を植え付けられる。

 

201.気づけば、どこに居ても、ただそのままで平和を感じ、優しさに包まれる。人間も動物も植物も皆、地球に抱かれ、太陽の心を生きる。じめじめとした空間やどんよりとした空気はどこにも無い。空は青く、雲は白く、海は限り無く元気に生命たちを癒す。風は季節を運び、水は廻りながら全てを生かす。地球で生きる全ての生命たちが、同じ仲間として、同じ時を戯れる。そう。ずっとそうだったように、何もかもが普通になる。

 

202.そんなつもりもなく伝わって来るものから、怯えと逃げ(焦り)の姿勢を見る。LED照明絡みで鉄道や飛行機のトラブルが続いても、廻り回って土砂崩れや川の氾濫へと波及しても、何もせず動こうとはしない(動けない)その恐怖心。純粋な子供時代の自分に戻ればいいだけのこと。

 

203.子供心は、生きる責任の姿。形ばかりの(嘘の)責任を放棄するという無責任さを楽しみながら、その意味も知らずに、責任そのものを生きる。

 

204.安心の時空が回り出せば、安心だけの世界が生まれる。そこに行くために決して戻ることのない道を確実に創り続ける。その場所にもすでに太陽の光の音は響いている。

 

205.子供にとって学ぶ次元には無い、優しさと思いやり。それらを学ばせる環境を作り出す大人は、大人を続けてはならない。

 

206.海に住む哺乳類の人間を見る目は、とても厳しく、そして優しい。そのことを知る人間の生きる姿を、彼らはずっと応援し続ける。

 

207.これまで一度も経験したことのない、未来への責任という恐怖。無有日記が分からないのではなく、分かることが恐いだけ。

 

208.海の中にも価値観がある。それは不安を残さないということ。凶暴な海の生き物は、陸の上の肉食動物同様、仕組まれた異変。

 

209.睡眠中、妙な異質感を背負い続けるだけのような重苦しい場所にいつのまにか居て、ずっとそこに居続けた後、ふと夢の流れを感じた辺りに、どうにかそこから抜け出る。そこが、蛇系の巣穴のような、停滞と腐敗(残酷と支配)の原因の場所。純粋な人間は、永い間そこに捕まり、その次元に付き合わされて、人としての普通を生きられないで来ている。

 「太陽の音楽(7)」で力を手にした子供心は、そのことを怖れるその場所を遊び場にする。睡眠を取る度に固めてしまった脳の不自由さを、その度にその全てが生命らしさのそれとなる自由に変え、脳を元気にする。根本・根源が変わらなきゃと、子供心が太陽の音楽を奏でる。

 

210.やっと気づけたから今までとは違うということを伝えられるより、その姿から今までとは違うということを気づかされたい。子供心の普通の望み。

 

211.一個人としての正しさは、全体にとっての正しさに厳しく観察され、その正しさも、未来の風景から見るという、時を超えて通用する正しさに観察される。その時を超えて通用する正しさの中に居れば、何をしてもいい。

 

212.陸は、海の記憶を持つ。海は、陸のことをよく知る。その次元から見れば、生命が病むことは永遠の奇跡。

 

213.不安が消える。無いはずのものが有っただけのことだから、それは当然のこと。怖れも隔たりも消える。どこにも繋がるものを持たないものだから、それも当然のこと。地球から見たら、一瞬のまばたきのようなものだけど…。

 

214.太陽の光が本来ではなくなってから、数億年の時がこの地球時間に流れる。この時を待っていたのは、太陽だけではない。彼の望みに応えようとしていた存在たちも、この今を嬉しい。

 

215.変わろうとする気持ちより、なぜ変わらないでいたかの理由を無くすこと。がんばらずに共有できなきゃ、大切なことが、大切に思うことになってしまう。

 

216.どんな生き物も、この地球で生きるひとつの生命。それは太古の昔の恐竜も同じ。彼らも皆、時を超えて繋がる生命の仲間。そこでの平和が崩されるというあり得ない負の奇跡となる原因は、地球に残ったまま。

 

217.理由の要らない喜びは、実感を伴う次元を超えているため、人としての責任も、そのまま生命としてのそれになる。心の性質が身体時間(経験)を包み込むそれは、時代の、かけがえのない財産である。

 

218.太陽と地球は、肉食動物を決して生み出さず、それらが存在することも望まない。地球大自然にとっての動物というのは、地中(地球)からの植物を食べて生命のサイクルを健全に守る草食動物のことで、そのことを拒む肉食動物は、脳をおかしくさせて(させられて)本来に戻れなくなっている、その異常な姿を言う。

 

219.どんな自分がそこに居て、どんな風景と繋がり、どんな未来を引き寄せようとしているか?形ある行為の手前のその原因から責任が動く時、何をしても、どこに行っても、自然界が嬉しい現実が創られていく。

 

220.動植物やあらゆる物質に害を及ぼすLEDという毒とキレイに同調する脳を持つ人間によって、しっかりとそれ(LED照明)が支えられているという恐ろしい現実。無生命化の威力を持つその毒で、地球自然界の歴史に大きな穴が開こうとしている。

 

221.歩み続ける自分を守り通すための表現を変化・成長させる。それは、時代に望まれ、全体に守られる力強い原因。向かわずに居るその原因の中で、歩みは、未来を動かす。

 

222.力を失くしていた地球の普通が動き出す。同時に、子供心の世界にみんなが集まる。太陽の光が山々に声をかけ、月が海の水を守る。

 

223.自分の中に在るべきものが無いために、頭を働かせて有るように生き、そして、在る人の動きを止める。心ある原因という在るべきものを持たない人は、無い人として、謙虚に、正直に生きることから。

 

224.誰もがあたり前に普通だから、出来ることの個性で、ムリなく分担が生まれる。人の社会とはそういうもの。

 

225.嘘で固めた権威と力有るごまかしによって、動く(変わる)こともなくどっしりと重石化する、無くてもいいはずの不安と差別心。それは、伝統とされる武芸(競技)や芸能(雅楽)、お祭りや祈願(祈祷)等のその不健全な原因を力に、揺るぎない異物として、人の心に居座り続ける。

 人としての責任を生きる時、人間は、自ずと、この国の伝統から自由になる。守るべきものを守るために、意味無く(非生命的に)守らされているものを外す。そこから始まる、この地での人間本来。永い時を経て、人としての人間時間が再開する。

 

226.土の上で生きる人間は、土の中に在る成分を吸収しやすい栄養に変えてくれる植物を摂ることで人間でいられ、他の生命たちとその原因を融合させつつ生きることで、土に還る。原因を重くさせるばかりのそうではない生き方は、形無きところで自然の変化を止め、地球の異物の次元で、腐敗を固めていく。

 

227.どちらでもない中での体験的知識は、新たに分かることの質を確かにする。そのことが大切にされる心ある風景では、分からないことを理由に分かるべきことが退けられることはない。

 

228.植物は、人間も含めた動物たちみんなが必要とする栄養分を分担して作り出し、食べてもらうことで、生き存える。だから、植物の数だけ生き物が存在し、廻り回って生命たちは生かし合う。地球生命にとってのその普通は、人間の、生命としての普通。

 

229.姿無き不穏な原因が初めてこの地上で現実化した時のその出来事から入り、地上の歴史の再スタートの時を自由に創り出してみる。恐竜時代の生命たちの悲しみ。そこでの異変と変異。ずっと変わらない土と植物と太陽の光が、それを教えてくれる。

 

230.変化を嫌い合う人たちによって成り立つ、覚えたことだけで生きられる(生きようとする)心の無い世界。地球の望みに包まれる新たな原因の時、当然それは崩れ出す。

 

231.動物が摂り込んだ植物(地中)からの栄養分を、その動物を食べることで自らに取り込もうとすること自体、異常事態である。その非生命的な停滞と腐敗の形。そうである人間から、脳内の異変が始まる。

 

232.この地上では、植物を食べるのが、哺乳類動物の元来。そのことで自然界の調和を支えるのが、彼らの元々の本能。それが壊されてしまっているだけ。そのことを知るだけでも、遠い記憶の中の怖れが姿を消す。

 

233.その成分が鉄である地球の核と、太陽の中心で生み出されるある物質との関わりが、その原因のところで(原始から)密であるからこそ成り立つ、人間(動物)の骨と血液。太陽の光が届きやすくなるという、新たな時の始まりに、その光の音と融合する生命たちの細胞は、力強さを普通とする。それを嬉しい太陽も、懐かしい色を見せる。

 

234.思いがけない発想の連続の中で、凶悪な意思を持ち合わせているかのようなかの黒雲の、その異様さの理由が身動きを始める。その必要性を眺める子供心は、同時に、松の木の素顔も見ることになる。

 

235.その存在からすれば、地球は鉄くず。人間も、彼らには遊び道具。だからこれまでの地球と、人類の歴史。けど、遊ばれ過ぎたことで、太陽も生命たちも知恵を身に付ける。姿無き巨大な単細胞が罠にかかる…というあり得ない話。

 

236.植物の生育を不自然にさせて、人を動物食へと傾かせ、土の本来を壊して、腐敗型の生き方を強める。全粒穀物食から切り離されてしまっている現実は、人間本来の普通が押さえ込まれた上での嘘を、人々が生きているということ。この国では、人間らしい人間を見つけるのが難しい。

 

237.誰もが普通でいる自然界で、特別を生かされる植物は哀しい。虫も動物も気軽に近寄ってくれず、同じ仲間たちも離れてしまう。それを生み出す人間の思考は、未だ子供心(本来)を知らない。

 

238.不安や困り事の世界からなかなか抜け出せない状況というのは、それらの本質を処理し得る原因の中に自分が居るということ。そうである経験も、そうでなくなる経験も、必ずや、未来が喜ぶ、本来の普通の支え役になる。

 

239.太陽の光の力を抑え込んでいた、この国特有の炎の中身。蛇も絡み、非人間性もその燃料となるその形無き不穏な原因(企み)が、生まれ変わる太陽の光で燃える。作られた自然環境の基本が動き出す。

 

240.同じ繰り返しと心ある原因(子供心)の無さが守られる、印という奇妙な世界。それと同調する人が守り続ける、変化とは無縁の権威と支配。その姿無き背景に在る意思は、封殺と呪詛。動きにくさの原因の深みで、粘り気の強い油(松脂)のように、心ある人の生きる自由を奪う。

 

241.普通じゃない状況が普通へと変わり得るであろうその原因を言葉(文章)にする時、責任は、軽く時を超える。その原因は、そう簡単には言葉にならず、やっと言葉になったとしても、その力が無かったり、足らなかったり…。責任ある原因が言葉という形になる時、そのプロセスは常に真剣なかけひきとなり、そのことを普通とする自分が居る。

 

242.変わらないから書ける内容もあれば、変わり続けるから書けない内容もある。不自然な世界と同調しているから、知っていることを違和感らしく書ける文章もあれば、そこに居ないから、違和感がそのまま言葉になる文章もある。

 

243.どんな人に読まれてもOKな自分がそこに居ないと、その気が無くても、親しい知人・友人間の内輪文になる。つまり、変化の原因とは無縁。本心が変化を拒む言葉(文章)ほど、自他の変化を止める道具は無い。

 

244.植物たちの普通を支え、彼らの望みに応える。それは、人として基本となる、生きる原因。動物(人間)は、植物で成り立ち、そしていつの日か、植物たちの栄養になる。

 

245.松の、その他には無い不自然さと、繋がり、派生するその原因の異様さに触れたら、人は誰も、それが健康でいる普通と、公平・公正の心持ちを妨げるものであることを知る。永い年月の中で、重苦しく不健全な風土を支え続けた松は、蛇系の意識(本性)の源のようなもの。健康も平和も、なぜそれが普通ではないかのその理由が、そこには在る。

 

246.怯えは、他を隔てる物や形を力に、安心を潰す。怖れは、醜い感情を嘘で固めて、平和を壊す。世の争い事の原因は皆、(力ある)人間の内に秘めた怯えと怖れから。

 

247.そんなことばかり言ってるとバチが当たるぞ!と言われてから長〜い年月が…。まだ足りないのか、バチが当たりに来ない。早く見てみたい。

 

248.ふいに動き出す否定的な思考が教える、もう一人の自分の焦り。それを燃料にでもしないと居場所を確保できない不安を、図らずも伝えてしまっている。無くてもいい別の自分が居れば、それが本当の自分。無くなれば、それが本当の自分。

 

249.土を離れ、太陽の光を遮る中で生み出される仲間の姿に、植物たちは、今まで経験したことのない悲しみを覚える。それが良しとされる人間の世界に、自然界は、望みを抱く力を失くさせられる。

 

250.空間の湿気と人間の陰湿さを難無く生み出す、蛇絡みの樹木(松)。空気中に念の乗りやすい成分を漂わせて(この国での)太陽の働きかけを不自然にするそれは、呪術関わりの材料(蝋、印肉etc.)として、その威力を発揮する。心ある人たちの理由の分からない心身の重たさも、それで固められて来ている。

 

251.言葉にならない想いを言葉にしようとするから、嘘を止められず、本当を隠そうとするから、言葉で想いを伝えるのが上手くなる。子供心とセットの心ある想いは、その質を変化させつつ成長する(活躍する)、ありのままの何でもない言葉しか知らない。

 

252.文章が自身そのものとなると、そうではない作り物の文章(本)が読めなくなる。それでOK。自分(の本質)とかけ離れた文章がそこに在れば、それは、未だ物語や夢の世界で嘘を生きている証。書くことのその何気ないプロセスに、責任と真剣さを重ねる。どれだけ本を読んでも、真を体験するのは、自らが書く文章の性質から。

 

253.永い間、他へと流れ行くことなくこの地に留まる(囲われる)、蛇の息のような松の樹脂由来の粘着性の気体。この数十年の、異常とも思える気象(猛暑、豪雨・豪雪etc.)の原因の一つでもあるそれは、蛇系の重要な頼り所。それも、これも、太陽が力を取り戻してきているということ。

 

254.恒星(太陽)の中心で生み出される炭素は、この地球という生命体の生の根源。生き物たちの本来の力を奪う完全無生命化の意思も、それに抗う力は無い。地球の核である鉄成分との融合を普通とする、この地上に生きる、心ある素朴な生命たち。彼らのために、太陽は、忘れかけていた本来(生来)の光を注ぎ出す。奇跡という名の普通が、大きく更新される。

 

255.ある文章がある力に利用される時、人は、その文章に力を感じる。しかし、その利用する力を必要とはしない世界へとある文章がいざなおうとする時、人は、そこに在る何かを感じにくく、誰もそれを利用することは出来ない。文章の真の力は、力そのものの質(次元)を変える。

 

256.自らの危うさに謙虚にならないと癒されない経験の記憶がある。そうなることで経験できる、新たな自分がいる。変わらなさがしつこいのは、それだけ無意識の意思が手強いから。その無意識は、かつての危うい経験が支える。

 

257.力強く個性的な表現力を備える人ほど、より強力な負荷をかけ得る存在に徹底マークされ(多くが身内)、その背後に居る更なる重量級の存在によって、それは固められる。いつの時代も、その存在たちの姿無き別次の意思に押さえ込まれ、自由に動くことも経験の外側だった、素朴で純粋な生命たち。こんな風にして、かつての風景をここに案内できる時がここに在る。

 

258.素朴な違和感を大事にしただけで、罪人として扱われ、人を守るために動いたことで、人生を奪われる。この国の印は、彼らの勇気とその純粋な想いを封印するために行われたその時の、その残酷な刑(烙印etc.)と繋がる。印肉の朱色が鳥居に使われていることからも、嘘の神々絡みのその印の世界によって、どれ程の悲劇が繰り広げられ(返され)ていたかが分かる。

 

259.同じ純粋な意思を繋ぎ持つ人間のその全てを繰り返し支配し続ける、大昔からの非生命的異生体たち。その上で刻まれた歴史は、この地上には無いはずの、心を持たない人間ばかりを増やし、人の世は、その原因からの修復の機会を逃す。その堅固な負の原因がそのままではいられなくなるこの時、時代の色を大きく変えてしまう程の好転反応が、未来を安心させる。

 

260.なぜ肉食動物(恐竜)が出現したかのその原因を浄化するために、数千の形(体)となった、太陽を知る、生命源からなる意思。その原因となる事実を多次元的に感得した後、彼らは、海の生命(仲間)と共に居て、500万年程前に、再びこの地で人間を生きる。そして、限り無く調和と健康の質を高め、それを尽く嫌悪する、破壊と停滞そのものの形無き存在の意思が、かつてのような(異次・異生体級の)働きかけをするその時を待つ。進化の次元を不要とする生命たちは、太古の昔の経験の記憶(原因)を元に、太陽の望みに応え、地球を地球のものにする。その数は、今も同じ。そして、真の進化の始まりの時に、彼らは付き添う。

 

261.生命という次元のどこにも居ず、全ての生命を生かす。余裕過ぎる余裕で全てを創り出していても、その全てを知らないでいる。太陽の心は、みんなとの歩み。出来ることは無限だけど、自分が何かをしようとする次元は知らない。みんなで創り、みんなで一緒に生み出していく。その全てを支えていても、それもただ自らの分を生きているだけ。

 地上の次元に合わせてくれる太陽の時空と、自分の時空がタイミング良く重なり合う時、共にそこに居て、互いがここに居ることを感じ合い、頼ることもなく認め合って、ただそのままを分かち合う。それは、向かうこともなく出会え、引き寄せようとすることもなく訪れる、形無き信頼の時。ありのままを生きる生命(人間)にとって、太陽は一番の友。その姿は、お茶目で可愛く、温かく逞しい。何があっても、どんな時でも、ずっと太陽で居てくれる。彼は、「太陽の音楽」とも遊ぶ。by 無有 7/30 2018

 

 

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