再生(3)

 

1.地球の健気な姿を応援する太陽と、そのことを観ていた、生命源からなる意思。太陽は、地球の不自然さを彼に伝え、彼は、地球に、形を持ち得る生命体を送り、それに応える。地球では、海の仲間がそれを見守り、生命たちの歩みを支える。

 地上で始まった、彼ら生命たちの人間時間。その姿を自分のことのように感じていた海の仲間(くじら)は、それまでの地球の哀しみをよく知っていたので、いつも彼らに意識を向け、励まし、そうであることの全ての必要性の中に在る厳しさを、内なる世界から和らげる。彼らが身体を終える度に、太陽の光を存分に浴びれる安息の時をつくり出し、再び身体となるその時に、ぎりぎりまで一緒に付き添う。海の仲間は皆、生きる原因を大きなひとつに、地球のために生き始めた生命たちのために出来ることをする。

 数限り無く時代を重ねつつ、人間の形を通して為し得る全てのことを生命たちがやり終えた時、くじらは、彼らの生命の核(全体の意思)を自分たちの次元に招き、地球時間を安心して漂える場所を差し出す。それまでの経験の記憶(の原因)をそのままに人間を離れた生命たちは、海の中で、地球そのものを生きる仲間に身(形無きひとつの意思)を預け、時の流れへの対応を任せる。500万年程前の人間再開の時、そのために最適なこの場所を選んでくれたのは、くじら。海の仲間は、今も、あの頃のままである。

 

2.数千の生命たちが新たに人間を生き始めたこの島(列島)は、地球がそのために用意してくれたかのように、遥か昔の地球自然界そのままの原因を備える程の生命力を溢れさせる。地球の息吹そのもののようなそれは、多くの火山帯を含み、海に抱かれる。その成り立ちを、海の仲間たちは喜び、自由に訪れ、陸の上で生きる生命たちを応援する。自然が自然に変化していくそこでの姿は、地球の意思をも通す。地球自然界の希望がそこには在る。

 海の仲間のくじらは、そこで(陸上で)生じるそれまでには無い異変の類は、それがほんの僅かでも瞬時に感知し、その質を修正し得る原因を、人間の感覚に重ね合わせるようにして供給し、彼らを後方で支援する。人間たちも、自らの生命の意思表現にそのことを活かし、海の仲間の普通に支えられながら、自分たちの普通の質を成長させる。くじらにとってのそれは、何でもないあたり前の分(役)。感覚的交流を可能とする存在には、元気一杯に協力し、それを喜ぶ。

 この国がくじらに冷たいのは、かつて彼らが純粋な人間たちの生を支えていたそのことに強い嫌悪を抱いた存在たち(の意思)が、人々の意識深くで未だ影響力を持ち得ているから。くじらは、古くから天敵(不吉な海獣)とされ、命を奪われ続ける。この現代、普通に人間であれば、その意識もなく海(地球)を守る彼らを捕獲するなど、決してあり得ない。

 

3.この国(島)が、なぜそうなのかも分からず微妙な異質感を覚える空気に包まれた時、人間は、転生の間を活かして行われる海の仲間との融合を通して、なぜそれを成し得るかも分からない原因で、そのことをそのままにはさせない働きかけをする。形として固定されなければ、その手前の段において必要とすべく原因の調整が為される、無意識の意思の世界。数千の生命たちは、何もせずに事を動かす原因の力を成長させながら、生き物たちの自然な営みを、その中心に居て回転させる(変化に乗せる)。

 そう簡単には病まされない原因をくじらと共に高めつつ、普通の質を変えていく人間。無生命化を企てる姿無き意思は、そこに在る海からの力に直接的に関わることを避け、部分的に細かく動くことを選ぶ。その存在は、ある場所の、ほんの少しの範囲だけを対象として、そこの砂地を徹底的に病ませ、そこに在る樹木を非生命的な原因のそれにすることを試みる。

 それにも海の仲間は反応するが、(人間を通して)効果的に対処し得る機会をつくり出せず、そこは不穏な空気を帯びることになる。次第に樹木(松etc.)は不自然な姿を見せ、動きの無い負の原因がいくつもの形を持つことになる。

 

4.地球の生命力を粉々に破壊して、他の天体と同じようにそれを完全無生命化させようとする意思は、地球の予想を大きく超えた自浄力と、太陽のしぶとい援護によってそれが思うようには成し得ないことを知り、地球に住む生き物を変質させて、そこから確実に腐敗へと向かわせようとする。数千の生命たちの、その感知しにくい原因の力にジャマされながらも、肉食動物を増やし、獰猛な生き物や毒を持つ植物を生み出したその存在は、地球規模の変動をすり抜けて非生命的な原因を繋ぎ、放って置いても徐々に地球が終わりへと向かう道を安定させる。

 ところが、数千の生命が再び人間を生き始めたことで、その腐敗・滅亡への道は、図らずも不安定になる。かつての経験を活かして原因の力を強力に成長させる彼らの普通は、負の原因をどこまでも深く浄化し、固められた停滞の形さえもそのままには置かずに変化させる程の能力を備える。彼らによって地球と太陽が元気になることを怖れ、その存在は、直に操れる動物(蛇)を介して、人間たちのその生きる原因を押さえ込む。そして、蛇系の人間を増やし、彼らの行動の全てを封じる方法を実践する。

 

5.この地から湧き出るようにして、地球感覚の下地を持つ生命体の芯へと流れる、生命力。それは、本来をテーマに事を変え得る原因へと必要なだけ変換され、留まる結果とは無縁のところで、生命世界を支え続ける。島を囲む海繋がりの仲間たちは、地球と一緒に、それを喜ぶ。

 この地で人間を生きる生命たちの、その健全さを普通とする感覚は、生命力をいくらでも溢れさせて、地球の意思を通し、生き物たちみんなにその原因を流して、共に調和と健康の時を育む。ところが、蛇の脳が操られ、支配され出した時から、それは少しずつ負荷を覚え、自由な力を落としていく。それでも、形を生み出す形無き原因を鍛え、変化させる人間たちは、全てを受容し、あるがままに変化に乗り、どんな経験も、可能な限り次への原因とする。

 このまま地上の隅々にまで地球からの生命力を流されてしまっては、廻り回って肉食動物までが本来の生き方をしてしまうのでは…という、かの存在の、それまでに無い焦り。地上を腐敗へと導こうとするその姿無き不穏な意思は、そのために、変化とは無縁の蛇(の脳)を利用し、停滞そのものの空間を次々と生み出して、人間の生活環境までそこへと引き込んでいく。

 現代の、蛇を特別に扱う姿勢は、自然界を尽く不自然にしようとするかつての非生命的な存在の、その凶悪な意思とその原因深くで繋がる。蛇絡みの信仰や神話の世界も、その形無き原因のルーツには、地上には無いはずの醜い腐敗型の経験が在る。

 

6.動物たちみんなが、地球に住む一生命としての自らの分を生きていても、自分たちは、それを一切無視して、好き勝手に腐敗型の生を続ける、奇妙な蛇。その理由は、彼らの誕生の経緯が実に陰惨で、奇怪なものであることに尽きるが、それ以外にも、それらが備える、人間の否定感情の源のような醜い本性がある。

 元々この地球には存在しなかった蛇は、数千の生命たちが再び人間を始める頃よりずっと昔(およそ2千万年程前)、ある樹木の土の中で、突然変異的にその生の元が始まる。

 汚染されて傷つき、辛く苦しい時を生きる樹木は、根が力を無くして本来の仕事が出来なくなっても、それに抗えずに耐え続け、ただそのままでいるしかない中で生を繋ぐ。その根に、不穏な(自然界を病ませる)別次の意思に支えられた腐敗型の生物が突如寄生し、次第に停滞と破壊の本性を強めつつ、それは形を変えていく。それが蛇である。

 自然界全体の生命力が弄ばれ、苦しみ喘ぐ動物たちがそれでもけんめいに生きる中で、蛇は、得意気に誕生する。その脳は、始まりから狡猾と残忍さを備え、人間らしくない人間の、その卑劣で狡賢い感情の下地で居続ける。

 人間の世界には本来否定感情は存在しないというのは、元々、その元となる蛇の本質が、地球自然界への抵抗であるということから。試しに、蛇絡みの全てから自由になってみる。否定感情と蛇の本性が困り出し、気づけば、太陽の光に照らされ、癒されて、姿を失くしていく。

 

7.蛇の、他とは違うその異様な世界を知れば、この地(国)での樹木(松)との絡みの理由も、自ずと頷ける。一生命としての生のサイクルを崩されてしまうことで、病んだ姿をそのままに歪な変化を経験せざるを得なくなる、その切なく哀しい営み。根こそぎその原因から侵されたために、松は、無くてもいい現実を幾重にも連ね、蛇と密に関わることになる。松の不自然な姿は、自然界の植物たちの哀しみの象徴。松から蛇へと移行する破壊の意思は、この地で、改めて地球の意思の抑え込みにかかる。

 獰猛さを潜める凶悪な感情で、他を怯ませ、事の主導権を握る蛇は、対象とする生き物を征服することにだけ神経を使い、そのための行動に徹する。相手がどんなであれ、彼らには他の選択は無く、その時に働かせる殺意も、獣のそれを超える。その異常さを普通とする蛇の世界は、自然界を操ろうとする非生命的な存在の意思の、格好の道具。その意思は、蛇の脳と繋がり、その働きを支配する。そして、人間を傷つけ、彼らの経験の記憶の中にしつこく入り込む。

 共に生きる動物たちが、無くてもいいはずの蛇への恐怖心を抱き始めたことで、人間は、事の重大さを理解しつつも、それまで以上に、原因の質を変化・成長させる。どんな状況でも、留まることは考えられない。

 そんな中、蛇は、隙を見て人間を襲い、人間が取り込んではならない性質(次元)のものを、その傷口から体内に入れ込み、彼らの身体表現の在り様にじわじわと影響を及ぼす。永い間それが続けられる中、そうとも分からず慢性化させた感度のムラが、蛇への違和感を弱化させ、その自覚も無く、それとの不必要な融合を重ねてしまう人間も出てくる。そんな風にして、蛇の脳を支配した存在は、人間の脳へと移行できるその下地づくりを着々と進める。

 

8.他との融合や協調といった感性を全く持たない蛇の凶悪さは、それが理解できない人間にとって、どうにも対処し難く、知らずうちにその本来は崩されてしまう。その次元の動きがあることは、その手前で覚悟はしていたが、実際のその経験は凄まじい。余計な時間が取られ、その時間の原因が浄化されないまま続くその危うさの中に、更に時間を取られ、自由を失くす。蛇の本性が悪用されたことで、執拗に悪意(支配と破壊)を具現化させようとする別次の意思は、集中的に、数千の生命たちの動き封じを試みる。

 その構図の中身は、地球自然界と融合する生命体と、そうではない異生体との主導権争い。それはまた、生命力対非生命力との闘い。地球という生命を潰そうとする、地球の異物であるその恐ろしい凶悪な存在は、自分たちの影響から生まれた蛇を道具に世を病ませ、それを人間へと移行させて、それしか知らない支配欲を形にする。

 それに対し、調和と健康の世界しか知らない、自然界の生命(動植物)たち。どんなに病まされても、力無くさせられても(肉食動物へと変質させられても)、彼ら本来の本能は、それがそのままであってはならないことを知る。その(自然界)のために、遥か昔も、今も、ずっと変わらず地球感覚の時を生き続ける、数千の人間(生命)たち。太陽の希望に応えるために動き出した生命は、地球を元気にすることの他は何も知らない。by 無有 9/05 2018

 

 

再生(4) トップページへ