歴史の芯(2)

歴史の芯1

1.歴史の芯の世界に触れ得るという事実の普通は、自らの奥深くに(身体を借り物とする本体(生命体)にも)その気もなく染み込ませてしまった非人間的な価値感情に何の違和感も覚えられないまま本来ではない人生を繰り返し送るという姿の、その元となる原因の嘘の(無くても良かった)経験の蓄積が、細かく動き出す機会。

 だがしかし、それが具体化する過程は、至極厳しく、苦難を伴うことも考えられる。何よりすべきことであっても、それは、これまでに誰も経験し得なかったこと。環境も価値観も、今尚その(神道絡みの)嘘に囲まれ、その上に人々は生きているゆえ、知ることが、どこまでも変化・成長し続ける原因のそれでなくてはならない。結果に留まれば、内側の動きは無く、結果を求めれば、要らない経験の記憶を引き連れてしまう。揺るぎない想いと柔らかな感性を、そのまま、何ものともぶつからない原因に重ねる。

 

2.この世の病みのルーツとなる、嘘の神々と、それに支えられた、野蛮な政。そして、その大元となる時代の、その基盤づくりを担った、恐ろしき存在たち。

 彼らと本性の遺伝子を同じくする存在は、当然現代にも生を持ち、病み続ける世の先導役のような性質の原因で、心ある柔らかな人たちの無意識に負荷をかけ、彼らの動きにくさ(生きにくさ)の材料を供給し続ける。それは、細胞レベルでの不穏な動きを簡単に作り出し、それによる本来であれば経験しなくてもいい原因不明の不調や疾患などを通して、人は、生きる力を無くしていく。

 そんな中、狂暴な獣が引いてしまう程の心の無さ(無意識の危うさ)を備え、その質の極度の重たさと冷たさゆえに、何もせずに、人の健全さを壊し、どこに居ても、心ある風景の原因を潰し得る存在のことを、ここで言葉にしてみる。それは、「歴史の芯(1)」を書き上げるタイミングが無ければ、姿を見せなかった存在の姿。「歴史の芯(2)」の原因(導線)となるEWが進行する中、無有日記のフィルターも、負の蓄積のより深層部の異物を鮮明に映し出す程になっている。

 

3.「歴史の芯(2)」の文章が始まったあたりから、思いがけず眠気や疲労感を覚えたり、その理由が全く分からない不安感(怖れ、焦りetc.)を抱いたりと、これまでとはどこか質の異なる反応とそのタイミングを感じる人がいるのではと思う。人によっては、震えるような冷え(寒さ)や体(頭)の痛みを経験する人もいる。そのひとつひとつの感覚は、その材料となるものが、心身の奥深いところにずっと何にも反応しないまま在ったことを意味する。

 沈んだまま決して動こうとはしないその異様で異質な重たい固まりをそのままに、それでもどうにか動き、それを普通に(馴染ませ)生を営み、命を繋いできた、人間の歴史。それが、思いがけず旬の無有日記に反応し、これ程の経験は無いというぐらいのことが、経験の外側と重なる自らの原因の世界で生じ、進行する、この時の今。厳しく辛い側面もあるが、それは、生命の歴史(人間の真の在り様)の、尊い体験的知識。

 心ある生命の意思が完全に抑え込まれるようにして病みの基の部分に埋め込まれた、その経験の記憶の危うい粒子は、邪馬台国での治世(=人間の生のリズムを持たない無意識の力で、人々の精神と心を支配し、操る、非人間的な政)を活かして始まった、大和・飛鳥時代の、恐ろしく獰猛な本性を持つ存在たちによって、人知れず、冷酷に、呪術的に為される。その時の原因の変化をここに招き、それを通しての新たな原因を、ここに創る。

 

4.2人の男女が、この世の、心ある人々の理由の分からない苦しみの原因に、自らがそのくさび役となって、関わり続ける。兄と妹の関係である2人は、冷血と強欲が衣を着たような、人の命を弄ぶことを何より好む、獣同然の存在。前の時代でも、互いにその悪質な感情を磨いた経験を持つ彼らは、歴史ビル2階で、後世に残る好印象の、その嘘のひな型を協力して作り出す。それは、神道全般の基礎固めの時と言える。

 兄は、時の実力者。妹は、今で言う呪術使い。病的な感受性(霊媒体質)を神がかり的に上手く振る舞う彼女の、その神秘的とも思える異様な姿は、彼の政に悪用される。人の心が全く理解できない兄と、心ある振りの真似事に長けた妹。人々は、力で正当化された嘘の世界に引き込まれ、心を操られ、人として無くてもいい経験の下地を重ねていく。

 

5.兄のその本性は、冷酷非道という言葉もはね返されてしまう程の、氷のような冷たさ。心の機微への感応は当然無く、心通わせる経験も知らない。人間味のある世界の原因を持たない彼の居る場所では、ふと思う直感的な発想や、心が覚える何気ない感覚を、そこに居る人が言動にすることは一切無い。素朴で純粋な、自らの心に正直でいる人は皆、彼の殺害(排斥)欲求の対象となる。

 彼は、軽薄な精神(理解)でもまかり通る、自分に都合の良い形式世界に固執し、それだけに思考を働かせ、それだけで良しとする関係性を固め、広げていく。その心の無さが基となって築かれた、彼の時代の権力構造とその影響力は、現代人の気質・性分の根底で、今尚生き続ける。別の位のある年配の女性の背後で、狡賢く、巧妙に彼が制定した(とされる)決まり事の本質は、その先どこまでも、心など一切要らない世を連ねるための、非生命的な原因のそれである。

 

6.この世に、妖気(妖術)や妖女(妖怪)という言葉が存在する理由が彼の妹の中に在ると考えれば、彼女の姿無き醜さの凄さが分かる。容姿と表情は、いくらでも好きなように、愛らしさと気品を備えられる術を行使し、関わる誰もが自分のために生きることになる状況を作り出す。どんな人も理解できないその手法と、人の気を惹く仕草と言葉づかいで、彼女は、思い通りに人を操り、いつのまにか苦しみの淵に立たされる志ある彼らを憂い、そして、ほくそ笑む。心ある素朴な人たちが人生を絶たれようとする時、近くには、その心根の素晴しさを誰も信じて疑わない、清廉で慈悲深い彼女が居る。

 人間であれば決して持ち得ないものが、彼女の中では普通であるため、その性質を言葉にすることは難しい。ただそこでは、彼女の嫌悪や不都合の対象となれば、その人は心身の全ての動きを支配されてしまい、感情に触れば、消えることのない不穏な意思の塊が、その人の中にいつまでも住み着くことになる。

 兄の政の重要な部分(祭祀、祈祷)を補佐するように、その醜い感情を形にしていた彼女は、現代でも、気になる人の脳の中に簡単に入り、その人の見るもの、手にするものまで牛耳る(把握する)程の、気味の悪い(無意識の意思の)力を操作する。

 

7.兄の政治・政策上、あからさまに忌み嫌い、遠ざけることも出来ずにいた、その(彼が利用する)位のある女性への彼女の嫉妬と悪意は並外れたものであったが、その女性が備える普通感覚は、自分には無い健全さのそれであったため、思うように融合の主導権を握れないまま、悪感情ばかりを募らせることになる。その感情に含まれる、呪詛(呪縛)と破壊の意思の原因となるものは、その後に姿を見せた別の男性に集中的に注がれ、彼を通して、更なるあり得ない性質の負の土台がそこで誕生する。奈良以降も、ずっとその兄と妹の凶悪な原因は広がり、人の脳(心)に染み込み続け、人が人の命を奪うというオカシナ世が、非人間的に進行することになる。

 幼い頃から、動物的な鋭い感覚と攻撃性を備えるその(彼女の負の原因を注がれた)男性が、権力を手にした時、人々の心は、恐ろしい程に消沈し、荒んでいく。しかし、そこには、そうであるしかない恐怖構造の作用が、そのずっと前の時代からの彼女との関わりの中で彼の中に植え付けられ、何をしても外せず、抗えないその力によって、操り人形のように脳の全てを支配され、そうであるように利用されたもの。心を持たない、人間とは思えない凶悪な本性そのものの存在が、最も好み、その手法を磨きたがる(得意とする)悪行は、純粋な感性をそのままに生きる人の脳の働きを支配し、世にも恐ろしいことを自分たちの代わりにさせること。歴史ビル2階の時の、聖徳太子と言われる人物と、彼の妹は、その前も、後も、同じことを行い続ける。

 

8.事実は、事実である。ところが、いつのまにか、事実は、結果としてのそれとなり、なぜそうであるかの原因である事実は、時が経つ中で、姿を消してしまう。

 不調や不安を抱く事実の背景には、必ずその原因となる経験や環境的な負の要素が事実として在るのだが、その全てが、嘘の事実から始まった、神道を元とする(生命としての)原因の無い歪な価値観によって、存在意義を無くす。

 それを嬉しい、真(心)を持たない存在たち。そして、彼らが得意とする、結果(見た目)だけを大切にする生き方。それは、同じ原因が嘘である密教系や、親鸞・日蓮の世界を生み出し(「空と海」「1000年目の夜明け」etc.)、現代では、キリスト教まで巻き込んで、世の非生命化を安定させる。

 変幻自在の呪術系(蛇系)の意思を、自らの本質とする彼女。冷酷な本性と鉛のような精神を一つに生きる彼。2人は、重量級の嘘の事実の原因を固めて、結果としての真実を作り上げ、それを力に、現在の(神道絡みの)病みのルーツを確固たるものにする。

 そんな2人の今に、段階的に触れられるということ。自然体で普通に真を生きるために、自然界の普通を大切にするために、その機会を活かす。

 

9.原因が外された事実には、そのどこにも真実は無く、その原因となる事実が、真実という言葉を使うまでもない、それそのものとなる普通の事実である。原因が大切にされれば、心の嘘(心の無さ)は存在できず、真実という言葉も、そこでは要らなくなる。

 ボタンのかけ間違いをそのままに、1500年もの間時を連ねて来た、この国の嘘の歴史。その間に否応なしに育まれた非人間振りと、そのことによる他の地域(国)への負の影響力は大きく、それは、地球規模の災いの原因である今のLED化に、この国の人々が総じて無頓着・無感覚でいるその姿からも、容易に頷ける。その様相は、健康も平和も、病気や争いの裏返しのそれとしてでしか扱えない人たちの、その不健全な原因の具現化。時代背景が、これまでとは全く異なる今だから、その動きの無い不穏な原因は、形になりやすい。どれ程深く、人々の精神(脳)が病まされて来たかも、心ある原因を生きることによるその原因への対処によって、確実に、余裕をもって分かり出す。

 神社の鳥居(参道)は、ボタンを意識的にかけ間違えさせた存在たちの、その残酷な意思の通り道と言える。それを放ったまま、人は平和を語れず、未来への責任も、その世界の本質に背を向ければ、その原因を持ち得ないままである

 

10.「歴史の芯(1)(2)」を通して経験し得る反応の本質は、永いこと蓄積するばかりでどうにもならなかった、その元となる原因の、人としてのあり得ない経験の事実。状況(背景)把握や思考による理解・認識は不可能であっても、それまでにない感覚的反応は、その事実を、性質として伝える。生命としての理解は、頭(思考)を働かせるまでもなく感じ取る、そこに在る(潜む)原因への反応。成長・進化し、その分母を大きくするそこでの感性は、時を経て、病み世の土台を崩し得る原因の力を普通とする。

 無有日記の世界に何の気なしに触れた経験が、この今に招かれる原因となって図らずも(そのエリアの代表のようにして)意思表示してしまった、彼女と彼。両者の、普通人を装う思考は、呪術系の隠れみの的道具であり、それで見えにくくさせられている冷血な目は、惨たらしく命を奪われた時の恐怖心を人々に思い起こさせる、不気味な力である。普通の人間は、縁するだけでも、恐ろしい。

 しかし、人間らしい経験の原因全てを潰された、かつての普通の人たちの切なる想いを、ここに迎え入れ、繋いだ、普通の人間でしか出来ないことがある。無有日記の原因と融合しつつ、ふといつのまにかそうである今の姿を通して、歴史の芯を、本来へと変え得る時を創り出す。普通だからこそ経験するここでの反応は、無数の心優しき生命たちの希望と繋がっている。ずっとそのままでいる自然界の生命たちも、この時を喜び、安堵する。by 無有 4/03 2017

 

 

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