歴史の芯(24)

歴史の芯1

1.7世紀頃には、後にその質の修復が到底為し得ない程の、重量級の負の出来事が続き、そのどれもが、続く時代を難無く病ませ、非情で、非人間的な歴史を連鎖的に連ねていく。

 現代人の多くが、この国の政治の成り立ちの基礎となる大切な出来事として、大化の改新を、その知識とする。しかし、そのことを、残された文献の類に頼った形ある結果としては捉えず、成長し続ける自らの原因を通して、そこに居る人物の形無き原因(本性、人間性)と、そうであるべき理由となる背景の性質を感じ取ってみると、それは、この国の人々にとっては無くてもいい経験のひとつでしかなく、人間としてあるまじき蛮行がそのまま政治の礎となった後の壬申の乱への、狡く、巧妙に重ね合わされた負の原因の堅固な繋ぎ役であることを知る。

 誰にもそうとは思わせない嘘の原因の力は、あらゆる手段を講じて、その時々に通用する期間限定の正しさを作り出し、洗脳されたままそこから出られない人たちに支えられた(支えさせた)嘘の正しさを原動力に、次なる時代も、同様にそれを続け得る力を得、どこまでもその嘘の原因をそのままに、そうであろうとする。そしてその嘘の原因は、いつまでも浄化されることはなく、そのために人は、本当(本来)を生きることも出来ずに、その世界発の、繋がる(広がる)ことのない安心と安定を良しとする生を普通としてしまう。

 

2.この国の、病み世の土台となる歴史ビル2階の時の主要な存在たちは、現代、身近な縁として、密な関わりとして、そして無有日記繋がりとして、必要な時に、必要とするEWが容易となる場所に、それぞれが居る。それは、22章での経験をその原因とするのだが、その頃と今を、無有日記の元となる多次元的な原因で繋ぐと、当然、大化の改新の時の存在の今も、手に取るように把握でき、その時(その必要性が生じる時)を今とするこの時に、彼らの原因の性質(本質)は、必要なだけ、どこまでも顕になる。

 人間的な感性を持たない、鈍感で未熟な精神の中大兄皇子は、その存在が、嘘の原因そのもの。内に固めた、怯えと怖れの感情を力に事を進め、権威で人を抑えて、人々を自由に動かし、苦しめる。今回は、無有の身内。その本質と思考の性質は、同じままである。

 彼のその嘘の原因を具現化させるのを得意とする中臣鎌足は、凶悪な冷徹さと、残忍な冷静さを備える、毒々しい(毒蛇のような)存在。心を持たず、人の心を忌み嫌う、非情を地で行く彼は、現代、大阪近郊で、気づけば、無有日記の原因に包まれる(囲まれる)。

(中大兄皇子の母親(斉明天皇)と、中臣鎌足の子(藤原不比等)の二人は、どちらも、腐りきった妖術畑の、蛇〜級の残虐優等生。現代においては、近畿にて普通人を生き、無有日記の原因の具現化において最も重要な存在の、それぞれの本体のその中枢を牛耳る程の凄腕を発揮する)

 

3.そこに集団があれば、そこには中心となる存在が居て、どんな性質の繋がりであっても、そこに方向性を同じくするものがあれば、その中心には、そうであるべき存在が居る。しかし、その殆どは、形ある感触の域であり、経験の枠内でのこと。人としての変化を止める原因が、そこでの繋がりの基礎となる時、そこには、全く次元の異なる中心が存在する。

 健全さの原因とは無縁の、心無い感情を普通とする人たちは、その殆どが、その性質の原初的存在たちによって育まれ、支えられて、今尚それをそのままに存在し得るわけだが、7世紀頃のこの国では、それよりもずっと前から(転生を繰り返して)獣同然の悪行を重ねてきた100人程の存在たちが、病み世の中心辺りで、世を不穏に、悲惨にさせている姿がある。

 その場合、どの時代でも、彼らには中心となる存在が居て、ひとりひとりは、その存在が居るから為し得る凶悪・凶暴な行為を以て、その存在の姿(正体)を守り、決してそこには触れさせない力で他をそこから隔て、遮り、自分たちだけの負の連鎖を維持し続ける。中臣鎌足の本性が、大化の改新のその原因に深く絡めたのは、その時、彼らの中心に居た、どこから見ても普通の、他にはそうとは思わせない強力な負の燃料源となる人間が、それまでと同じように、そのままで、限り無く異常な仕事を自然にしていたからである。彼は、自分にしか出来ない役を通して、同質の存在たちを活かし、その中心に居て、(人にとって無くてもいいはずの)異常な現実が生み出される時代環境の、その基になる。そのことは、人間の知の次元には無い。

 

4.本性(本体)の密度は、限り無く濃く、その姿(形)は、誰も感知出来ない程小さく、そして、そこでうごめく異様で不気味なその性質は、どこまでも負の影響力を巨大化させ得る意思を備え、それを守り続ける存在たちの醜い感情を、絶えず後方支援する。その力は、ひとりひとりの否定感情の(具現化の)質をより凶悪化させた、鉱物(水晶)関わりの経験も手伝い、余裕で事を進め(進めさせ)、思考そのものが呪術の力となるような彼らの普通を支えつつ、人の世を牛耳る。完全なる静でありながら、完璧な動の仕事をする、その存在。他に一切の違和感を抱かせない、全てが普通であるその姿で、何もかもが異常となる原因を、中心から他へと流し込む。彼(彼女)を中心に、転生先も、そこでの関係性と事の大筋も、自然と整い、動き、実行される。

 その存在は、壬申の乱の時、珍しく(不要にも)歴史に名を残す。それは、大友皇子の妃となった女性(大海人皇子の娘)。そこでの一連の出来事は、何喰わぬ顔で普通の女性を生きる彼女の、その形無き働きかけによって力を手にした蛇系の存在たちの、悪行三昧の様。彼女の妖術(呪詛)の威力は、人生を瞬時に狂わされてしまう程の、恐ろしいものである。それが、ここで形になり得たということ。歴史の芯も、ここまで来れたから、ふと気づけば、それは(そのことの描写は)普通となる。

 

5.その存在は、現代、普通の男性としての生を生きる。7世紀に、彼の周りで好き放題世を病ませた人たちもこの時に居て、その頃を大きく上回る力を発揮する彼の元、争い事(人生の奪い合い)の無いこの耐え難い世を、巧妙に、狡猾に潰そうとする。どの時代でもそうだったように、彼は、どこまでも普通で、誰にもその本心(本性)を見透かされることもなく、常識人を生きる。しかし、壬申の乱の時のその自分の姿は、繋がるこの時の彼の姿を顕にする原因となって、このタイミングで、無有日記で扱われる。それへの対処は、人間の理解の次元を遥かに超えた、未来への原因となる。

 これまでのどの時も無縁だった、この今のあり得なさの中に居る、かつて大友皇子の妃だった現代の彼を、多くの心無き危うい存在たちが守る。しかし、歴史の芯の進行と共に、その意図は顕になり、崩され、力無くなっていく彼らの姿を前に、彼は、一層その意味不明度を強め、経験の外側でしかなかった不安と怖れを経験する。そのことで(その反動で)、かつて呪術の足枷をかけられた人たちは、かなり厳しい状況を経験することになるが、それも、要らない経験の類として、次第に後方へと姿を消していく。その存在と、周りに居る人間たちにとってのあり得なさは、時代と、生命たちの喜びである。

(壬申の乱の時、その彼(彼女)を中心に妖術使いとして活躍した、22章のラストの方に登場する女性は、大友皇子の近くに居られる立場を利用して、その力を発揮し、同じ章の初めに台座に居た女性も、大海人皇子の子(高市皇子)と密に繋がり、その磨き上げた術で、彼の残虐行為を支援する。そしてまた、20章の、狡さ(蛇脳)の象徴であるかの存在も、その争乱の原因には深く関わり、藤原鎌足の側に居て、妖術を全開にさせ、何もせずに何でも手に入れる天皇家の土台造りの時を経験する)

 

6.その存在の異様な能力の源泉は、元々のその本体の、他には無い独特の性質を原因とするが、歴史ビル1階の頃に経験した、放射性元素を密度濃く含む鉱物のその原因との融合は、それを(その力を)一層強力にし、人が想像し得る次元を軽く超えた影響力を持ち得る姿へと変化させてしまう。

 同質他の存在たちが接触するのを控えた、余りに凄い反動・反発を引き起こす鉱物(水晶)との融合を通して、その存在は、自然と他とは違った立ち位置を手にすることになり、いつしか、中心となって、他への負の原因の供給元のような仕事をするに至る。その時、その存在の分身のような役割を担う、黒褐色の不気味な水晶。それは、歴史ビル2階の時、現在の伊勢神宮の在る場所辺りに、人知れず(隠されるようにして)収められる。

(危うい本性のままに世を病ませ続ける蛇系の存在たちの、伊勢を重要視するその理由が、ここに在る。暗黙の交流を重ねつつ、彼らは、そこから、停滞と破壊(残忍さと凶悪さ)の原因を手にする)

 神社(神宮、大社)は、どこも、呪術の原因と繋がり、それを普通とする存在たちが、そうではない健全な人たちを支配する、その見えない力の源となっている。鳥居やしめ縄(垂)もその道具となり、人は、歴史ビル2階の頃から、そうとは分からない不自由さの中で、勘違いのままの嘘の自由と平和を、延々と生きることになる。

 

7.恐ろしく危険な呪術世界のその中心に居る存在(女性)を伴侶として迎えることになる経験を通して、大友皇子は、何を以てしても、どうにもならない厳しさの受容を強いられる。欺瞞と裏切り(偽善と謀反)を愉しむ呪術繋がりの存在たちに囲まれた彼は、それでも真を貫き、悲しみの風景を積み重ねられても、人間としての普通を大切に生きる。その姿を毛嫌いする術使いたちは、彼の脳(右脳)と形無き本体に、残酷さの極みとなるような呪い(呪縛)をかけ、どこまでも(次なるどこの生でも)付きまとい、彼の自由な動きを抑え込む。

 ところが、彼らは、歴史的誤算を生じさせてしまったというその自覚もなく、そうである経験を残す。それは、大友皇子の幼子を、取り込まずに放って置いたこと。彼の本体の意思(性質)を呼び覚まさせず、そのままにしたことで、その脳は、父が主導権を握る(原因の)融合によって、多大な影響を受け、その未来のこの今の風景で、それは(その時の経験の記憶は)、無有日記に活かされることになる。限り無く中庸でいる本質を備える、大友皇子の切なる意思は、「仏陀の心」の時を、その時とし、かつての幼子の今の姿を、新たな変化の原因として引き寄せて、呪術絡みの負の連鎖を多次元的に浄化し得るその機会とする。

 

8.未来地球のために在ってはならない滞りの象徴である、この国の神社は、その形無き負の原因の力(呪術系の影響力)で、心ある風景の誕生を尽く抑え込み、人としての、生命の変化を阻止し続ける。その、くもの巣のように張り巡らされる神社の中心的存在である、伊勢神宮。そこは、呪詛・呪縛の能力を重宝していた、かつての非道な権力者たちの強力な後ろ盾となり、そうとは思わせない印象を作りつつ、狡く、巧く世を病ませるためのその燃料源となる。

 この国が、人知れず病みの原因を放出し続けるその土台となる負の出来事は、歴史ビル2階の時に在り、そこでの最も恐ろしい人間経験が、非人間性(呪術)の具現化となる、壬申の乱と呼ばれる争いである。それ以降、現代まで、人間は、人としての基本形を放棄した、心の無い人生(時代)を連ね、気づけば、嘘の原因に支えられた、成長・進化とは無縁の退化の時を、その自覚もなく(それをあたり前に)生きる。そのことを知り、新たな原因を選択・実践する人が、未来に、この今を運ぶ。そのままではいられないことの原因は、その重たさゆえに、届く場所を持てず、次第に姿を無くしていく流れに乗る。

 歴史の芯は、一足先に、未来に居る。心ある人たちの原因の通り道を、広く、大きくし、沙(淘ぎ)と羅(連繋)の仕事を余裕で行う。ここから、更なる次へ。この今ほど、太陽と地球が喜ぶ時は無い。

 

9.嘘の原因を力に、心無い現実を生きる人たちに支えられる、伊勢神宮。それも、そのはず。それは、壬申の乱の遺物のようなもの。極上の嘘人、大海人皇子(天武天皇)の戯れ言が形になった偽書(神話)の中身が、そのまま、伊勢神宮の本質(不気味な存在意義)。人々は、権威・権力の結び付く嘘を信じ込まされ、その力を無くした思考と感性の中に、呪術世界の住人たちの妖術は、自由に入り込む。伊勢神宮は、壬申の乱での残酷非道の原因を、その妖しい力とする。

 健全な感性を普通とする人は、出雲大社も同質であることを知る。その中身は、秘密裏に運営される、呪いの館。妖術・呪詛(+秘祭)三昧の、蛇系の遊び場。大蛇級の伊勢神宮に守られ、好き放題人の感情を弄ぶ。(妖しさと醜さと事の隠ぺい度では、伊勢神宮を上回るが…)

 それも、これも、歴史ビル2階の頃の負の遺産。地球自然界が最も悲しむ、非生命的な現実。そのために、永いこと生命としての人間を生きられなくなってしまった、この国の人々。この「歴史の芯」を、生きる力の材料とする。そして、さりげなく、あたり前に、未来への責任を生きる。仏陀も道元も、大友皇子も、この現代に新たな生を経験しているから、この今を、ムダにしてはならない。歴史の芯に触れ、動く自分は、そのまま、未来の喜びである。by 無有 11/09 2017

 

 

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