歴史の芯(25)

歴史の芯1

1.破壊と征服の感情を普通とする、凶悪そのものの意思が、人間の形を手にする前に永く居た蛇の脳と密に繋がる、彼ら独自の場所(次元)。蛇としての地球(地上)時間を経て、人間の脳を支配するに至るまで、彼らは、より住み易い場所を求めて、さ迷い、住み処を移動する。そして、この国で最もその適した場所として蛇が大勢集まったところが、現在の出雲の地である。そこは彼らにとって、人間支配の原点の場所と言える。

 蛇に取り込まれ(傷つけられ)、蛇の脳と融合させられる経験を通して、次第に蛇化していった人間たちは、蛇と共存し、蛇を大切にしながら、蛇の意思(感情)を中心とする、異様で不気味な人間時間を普通としていく。心ある人を恐怖に慄かせ、苦しめるのは、蛇系の人間が何より好むこと。人を壇に登らせ、腹を空かせた蛇たちの居るところに突き落とすことも、彼らは平気で行う。その時の経験は、世の恐怖支配の、その重要な下地の材質となる。

 

2.この時に出雲の内実が顕になるのは、24章で登場した伊勢神宮の隠れみののようにして、そこに呪術系の原因を供給する姿が、出雲大社のその形無き原因の風景には在るから。その原因深くに入って行くと、人間への嫌悪の感情をむき出しにする蛇と、彼らと仲の良い蛇系の存在たちが大勢居る。出雲大社は、その恐ろしい原因を現代に残す、異常(妖怪)そのものの場所と言える。

 蛇は、空間の流れを止め、そこに居る生命の動きを不自然にさせる。蛇系の人間も同じで、彼らは、その無意識の意思で人を病ませ、空間を、重く、流れにくくさせる。そんな存在たちが永いこと営みの場所として好んだその地域は、現在でも、妖術(呪詛、呪縛)の基礎的役割を担い、同質の権力志向の存在たちを支援する。その中心に、出雲大社が在る。

 

3.永い年月を経て、その数を増やした、蛇化していった(させられた)人たちは、思考の判断とは異なるところで、本能的に、出雲に出向く。伊勢神宮への思い入れも熱くし、蛇絡みの因習を支えつつ、呪術世界の原因と融合する。そこに在る、醜悪で奇怪な、非人間的な性質。それは、はるか昔の、蛇の脳に住み着くようにしてそれを操った、凶悪・凶暴な存在の意思の具現化と言える。

 弥生期、蛇同然の獰猛さと残忍さを潜める存在たちは、申し合わせたように自然に出雲に集まり、そこを拠点に、悪辣で暴力的な手段(行為)で、支配を強める。凶悪さの原因を強めに強めた彼らの感情は、その大元となる破壊の意思を難無く形にする程となり、それは、後に、恐ろしい呪術(妖術)の世界を生み出していく。素朴な人の生命力を奪うだけでなく、脳を操って思い通りに狂わせ、闘わせることも普通としてしまうそれは、出雲大社の本質の姿(重要な柱)である。そこに、放射性の鉱物関わりの経験が加わることで、蛇の脳を持つ存在を中心とする蛇系の人間たちは、人の感性を容易に壊し、世を、暗く、じめじめとしたものにしていく。

 

4.理由の分からない身体の重たさや、自由にならない心身の動きのその原因を、ずっとどこまでも遡って行くと、必ず見えてくるのが、出雲であり、出雲大社である。その先へと行くことも出来るが、奇形(土偶)前の、蛇の姿をした異生体の意思がまとまってそこに居たことを考えれば、この国に住む人間の経験する全ての病みと争い事の元の原因が、出雲の地に在ることが分かる。ここに至る、これまでの内容の把握と実践を普通に、出雲大社の原因を、段階を追って包める(浄化できる)程になれば、その人を通して、未来は確実に変わる。伊勢神宮関わりの負の蓄積も、そのことで、元から崩れ出す。

 がしかし、それは簡単ではない。自らの原因を、一生命として多次元的に成長・進化させるためにも、順に、「歴史の芯」の各節と各章との融合を重ね、何もせずに事の原因を変え得る心の性質を力強くする。(手のひらで感じ、両手で包む)「仏陀の心」も同様に行う。そこに在る全てが、正しさの原因であり、真の普通の理由である。隠され、覆われ、そして染み込み、重ねられた負の原因は、力を無くす。

 

5.人が苦しみ、世が停滞する姿に安心を覚える、蛇系の存在たちは、その不健全さをより安定させるために、男女の、本来そこに在るべき自然な関係性を、尽く破壊する。都合良く作り上げた非情な決まりで、異性間を隔て、非道な思惑(打算)で、女性を虐げる。女性への差別を強めたことで、人の暮らしは争い事の原因が生まれやすくなり、男女間の空気も、彼らの期待通り、うっ屈とした不穏なものになっていく。彼らは、その非人間的な決まり事に上手に適応する女性たちを可愛がり、格好の妖術使いに仕立てていく。

 蛇と仲良しの、妖しい巫女の存在は、出雲の地で、その姿が確立される。(異性とは無縁の)彼女たちのために神主も作り上げられ、異様で、気味の悪い神道の形が整っていく。その背後でうごめく、重苦しい妖術の原因。男女の性は、出雲大社の、その原型となる不健全な世を土台に歪なものとなり、奇妙な力を持ち続ける神道によって、その後も、永く、不自然で、非人間的な様を続けることになる。出雲大社は、差別と不平等の、その象徴的な原因の場所であり、心ある人々は、未だその形無き(呪術的な)負の影響力に、本来を忘れさせられている。

 

6.伊勢神宮に収められている(祀られている)心無き存在たちと、直接・間接的に否応無く関わりを持たされた人たちは、その多くが、自分の真の姿である本体のある重要な部分をそこに絡められ(縛られ)たまま、脳は不自由でいる。蛇の脳を通して人間に入り込んだ(人間の身体を手に入れた)存在の意思は、その類の呪術を普通に実践する。

 神社が虚偽と狡猾の典型であることを考えれば、その中心的存在である伊勢神宮の欺瞞がどれ程かは、容易に知ることになるが、なぜそれがまかり通っているかの、その理由に踏み込んでみると、そこには、人にそうとは思わせない(誰もそうは思わない)妖術の世界があり、その妖術の元となる場所へと辿っていくと、出雲がある。そして、本体が真に自由になるという、人間の経験上最も大切となる生きる基本形の基礎を取り戻すためには、出雲大社の呪術絡みの全ての原因に対処し得る経験が必須であることを理解する。

 「歴史の芯」と「仏陀の心」は、これ以上無い最短距離で、数千年分の負の連鎖を砕いていく。人としてあってはならない異様な原因の風景は、この場所から先へと行くことはなく、姿を消す。そのための経験が、ここに在る。

 

7.蛇を中心とする空間は、陰湿で不健康そのもの。そこに居る人たちは、下品で低劣な感情を普通とする。ところが、時代を経て、印象や見た目で人を欺き、本心をごまかすことを覚えたその存在たちは、こぞって、キレイに見える姿と気品ある振る舞いをするようになる。それは、本音と建て前の使い分けや、体裁を整えて実を偽る低次の感情のルーツとなり、そのまま現在に至る。

 伊勢や出雲の地を特別視したり、そこに出向くことを良しとしたりする人たちは皆、人に見られたくない下品な素顔を内に隠す。そうでなければそうにはならないその形無き不穏な原因の具現化を通して、彼らは、意識深くに潜める蛇絡みの本性の遺伝子を顕にする。言葉づかいと振る舞い、装いと表情に特別神経を使い、そうと見せる上品さで、そうではない蛇のような醜さ(下劣さ)を見えなくさせる。神社(神宮、大社)との関わり方は、その人の本当の姿を容易にさらけ出す。

 嘘は、形式を生み、形式は、権威を作り出す。その極みが、人間を神とする発想であるが、この国は、悲しいかな、その嘘の極みを成り立たせてしまっている。その発信元(製造元)が出雲であり、伊勢である。それは、恐ろしく未熟で、残酷な、生命への裏切りである。

 

8.大化の改新の頃から、世を病ませ、人の心を押さえるために使われてきた、出雲大社の地での、呪術絡みの文字(言葉)。その文字に触れ、その言葉を聞いただけで、素朴で自然な感覚を持つ普通の人は、そこに在る停滞と収縮の原因を染み込まされ、無自覚に健全さを失くしていく。それが、記憶し、耳に残る程であれば、その人の人生は、すでに本来から遠く離れる。

 出雲大社の醜い背景と密に繋がる存在たちは、念と遊び、秘を愉しみ、いくつもの文字とその組み合わせに、妖しい力を注ぎ込む。秘奥や秘祭といった異を普通に、不自然さの比重を強め、異様さを美とするような悪趣味を、平然と重ねていく。

 そのことで脳の働きを鈍くさせられた人たちは、何の疑いもなく出雲発の音色(雅楽)に乗った言葉に親しむようになり、彼らの思考は、力を無くした感性を置き去りにするようにして、その地を尊ぶまでになる。人の暮らしは、無いはずの(蛇系の)性質を蓄積させていく。

 

9.気づけば、「歴史の芯」も25章。どこにも向かわず、何も求めず淡々と次への原因でい続けたことで、辿り着くべきところへ辿り着き、通るべき場所を通る。途中、「仏陀の心」と合流できたことで、この今の、これからへの原因は、予想もさせない大きな力となる。それも、無有日記の普通。普通だから、どこまでも、どんな風にでも、それは仕事をし続ける。

 「歴史の芯」の世界を実践し、「仏陀の心」を自分と重ねれば、そこにどんな重たい現実があったとしても、その負の原因は、力を無くしていく。と言うのも、そこに在る文章は皆、その手前から自動的に為されていたEWが形になったものなので、それを読むという経験そのものがすでに、望むべく変化の原因になる。それは、ふといつのまにか変わっている、決して元には戻らない、余りに自然な変化。世の不自然さの原因が浄化されていけば、どんな人も、その人なりの変化に乗る。そんな普通体験を楽しんでみて欲しい。無有は、どこまでも無有でいて、みんなを応援する。無有日記は、時代の望みに応えた、未来への贈り物。みんなで、その原因を届けて欲しい。さて、次へ…。by 無有 11/20 2017

 

 

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