歴史の芯(28)

歴史の芯1

1.「仏陀の心」が一緒に歩き始めた時、「歴史の芯」は、少しずつそれまでには無い軽快さを感じさせ、より微細で逞しくなったその原因の意思は、歴史ビル2階を中心にいくつもの時代を行き来しつつ、滞ったままの結果を次々と砕き、確実に、現代に繋がるかつての時からの通り道をキレイにしてくれている。それは、ここに生きる心ある素朴な人たちのその本当の姿である本体(生命の意思)が、自由で、楽になっていることを意味する。遠い昔、いくつもの辛く切ない時を生きたかつての自分も、そこでの経験の記憶が浄化されたことで、深くから癒される。そのことの普通は、そのまま、その成長・進化のプロセスに乗る。

 「歴史の芯」は、22章を境に、前と後ろに分かれ、23章から27章に向けて、文章になる手前のその原因のEWは、より活発になる。歴史ビル2階の負の原因が崩れ、風通しの良くなったこの国のこれまでは、もう負の連鎖の延長上に居なくてもいいこの今の現代に、次なる未来への新たな原因としての、その役割と実践を託す。姿無き無数の生命たちの想いもここに在り、それを繋ぐために、次に残してはならない形無き存在の意思を、完全に壊す。この今の心ある風景(の原因の中)で浮足立つ不穏な存在たちの、その負の供給元を消失させる。これまでが癒される原因の今から、未来が喜び、安心する原因の今へ。この時代に生きることの意味が、余裕で時を超える。

 

2.形ある現象世界の全ては、形無き抽象世界のその殆どを占めるある性質の意思の反映としてあることは、これまでにも書いてきているが、その仮想空間に生きる人間は、何を考え、どこで何をしても、そうである枠が外れることのない形無き原因の制約の中、その自覚もなく、虚構の世界で人生を過ごす。数千年前から、人は、そうせざるを得ない経験を重ね、それ以外の人生を知らずに、歴史を刻む。その人間誰もが抗うことの出来ない、思考の域を遥かに超えた、原因の世界。これまでの時を経て、これまでのままではいられない経験が僅かに生じ始めたことを機に、その世界に入り込む。そんな原因の時を、ここで誕生させる。

 どんな人も、その人間時間には、その原因となる生命の意思を携えていて、その性質が力強く本来を普通とするかどうかで、地上でのそれは、引き受ける影響の度合いに違いが出る。つまり、人間らしさを欠いた感情を馴染ませて生きる人は、そのままそれを存分に活かし、好きなように生きられるということ。未来に繋ぐ責任感覚を持たない人は、その歪な感覚で、人生を愉しみ、思いのままに不調和と遊ぶ。

 形無き世界で、思い通りに世を操る原因の意思は、そうではない、本来をありのままに生きる人のその自由な動きを抑え込む。その意思の性質は、支配と征服。負荷をかける必要の無い非人間性を普通とする人間の感情(本性)を利用し、心を持つ人の脳を不自由にさせる。心の意思を力強く備える人ほど、より強力な原因で、その動きは、監視下に置かれる。

 

3.その世界には、同質の色合いと、同方向の回転のようなものがあり、その濃淡と速さや回転幅の度合いに応じて、それは、多次元的な層を構成させる。そのことで、力関係の相対をそれぞれの意思は備えることになり、粒子による次元差のような住み分けが生まれる。

 色は、どんな光も取り込んでしまう程の、無限の黒。回転は、生命であれば永遠に経験することのない、無生命化の別次の動き。人間も、動植物も、不本意ながらもその力によって生かされ、動かされている。その影響力が具体化した遥か昔から現代まで、この地球上での営みの性質は、ずっと同じままである。

 形あるものばかりに思考を働かせ、頭だけで生きる人たちは、その形無き次元層の(希薄な)外枠に存在する負の原因を自らに重ねることで、妙な存在感を出す。その質量は僅かでも、普通の人間には充分に脅威となるもの。その世界に扱われ易い人たちは、そのことを活かし、狡さと醜さを内に秘める動きをする。彼らの本体は、人間のそれではなくなっていく。

 その中でも、人間を物扱いする程の凶悪さでその世界の意思を具現化する人は、より強力な、密度ある層と繋がり得、それとの融合そのものを、自らの本体として生きる。その類になると、妖術(呪詛)という言葉が可愛く思える程。存在そのもので、人や空間を牛耳り、何もせずに、誰にもそうとは気づかれずに、自在に世を操り、心ある人々の苦しみを作り出す。安倍氏も小池氏も、その域には居ない(届かない)。そうである存在たちは、この28章で、初めて扱うに至る。

 

4.世の空気感を支配し、人々の思考全般の性質まで操作し得る、その形無き世界の意思は、その存在の異常な普通として、風雨や太陽の働きにまで影響を及ぼし、人間世界で発案(発明)されることも、その必要性も、当然のようにして、自分たちの意思に見合うものとする。その恐ろしい世界の中心辺りの性質を自らの本体とする人間であるが、彼らは、どの時代にも生を持ちながら、名を残す次元のところには居ず、人間は、誰も、そのことに意識を向けることが出来ない。それでも、「歴史の芯」は、その存在を外すことはなく、淡々と行く。これまでの流れから、それは当然のアプローチである。

 多次元的な中心核から、全方向へ放射状に広がるようにして在るその次元層は、物理空間で言えば、ある同一の点の中に、その全て(の次元)が収まる感覚となる。そして、その点は、無数・無限。形を生み出す形無き原因の世界が、その無生命化の意思によって占められていることから、生命の意思の通り道となる脳(右脳)の働きは、その世界の思惑通り、不自然・不調和を、そうとは分からない非人間性のそれを普通に積み重ねることになる。

 次元層の核に近いところ、中間、外枠辺りと、それぞれは、融合する人間の本体の性質として、個性的に存在し得るのだが、彼らが同じ空間に居合わせたとしても、誰も(彼ら自身も)、そのことは(違いは)分からない。人間は、思考から始まる脳の働きによって生きることを基本としてしまっているため、思考の域には無い本体の世界は、経験の外側である。そしてまた、危うさを強烈に備える本体ほど、そうではないよう身体(脳)を上手く操るので、彼らが、人の違和感の対象になることはない。

 

5.非人間的な本体でいることを世間的にも利用する存在たちは、人としての自分の意思を持たず、右に倣え的な人間たちの脳を操ることに、愉しみを覚える。健全な感性を普通に、人としての変化・成長を望む人間には、より凶悪で狡猾な本体を持つ存在が携わる。そして、いつの時代にも必ず居る、存在そのもので人間世界を本来のそれへと変え得る人間。彼(彼女)には、その次元層の中心辺りの意思を本体とする、完全悪のような存在が付く。

 その中心辺りの性質をそのまま携えて人間をやっている存在への対応を可能とすべくその時のために、この28章がある。核に近い分、そのことで、他次元の本体の持ち主たちは、力を無くす。その支配下に居る普通の人たちの脳も、自由創造の原因を取り戻し、人間らしさをさりげなく表現できるようになる。そのためのこれまでの全てが、ここに集まり、大きな原因の力となって、この時を支援する。永い眠りから醒めるように自由になる彼(彼女)らは、ただそのままで、地球感覚を普通に、人間世界の原因をその深くから浄化する。それが、今進行中である。

 

6.恐ろしく獰猛で狡賢い人間(本体)を多数従えて、意のままに事を進めてきたその存在たちは、執拗に抑え込んでおくべき心を持つ人たちが、額田王ら二人の現代の姿が顕になったあたりから本来を取り戻し始めたことで、手下のように操っていた彼らを、それまでのようには使いこなせなくなり、図らずも、動いてしまう。

 彼(彼女)は、現代、病んだ世のその偽善の隠れ蓑として最適となる、親鸞系の世界での生を手にし、そこで、偽僧業に勤しむ。その能力は、地上でのあらゆる出来事の質を余裕で牛耳る程(術)であるため、人は、永遠にその把握を可能としない。思考の質とその原因にまで難なく遊び感覚で入り込まれてしまうそこでの経験は、容易に、人間の理解の可能性に壁を作る。そのために、そうであっても(その影響下に居ても)、それを自分から知ることは出来ず、その知り得なさ自体が、人にとっては永遠となる。

 彼女(彼)は、かつても、今も、中臣鎌足の生を手にした(その本体の)意思と密に繋がり、その身内として生きる。意識を向けられた人は、彼女の思い通りに不調を体に抱えさせられ、その状況も、具合も、自由に操られてしまう。その内なる感情が動けば、人は、体を動かせなくなる程の辛い時を経験し、生きる力を削がれる。心ある柔らかな人(の感性)は、どこに居ても、彼女の凄まじい普通(妖術)に弄ばれ、理由の分からない厳しさ(苦しみ)を強いられる。

 「歴史の芯」にこれまで登場した存在たちの誰も、彼らの力には及ばない。心身も、感情も思考も、その状態は全て、彼らの意に従う存在たちの仕業がその元であるため、心ある人は、どうにもならない。それは、まるで濁った空気や水のように、生命たちを病ませてしまう。

 

7.その存在たちへのEWの時をこの時に迎えられたのは、(前述の)彼自身が、他には任せられずに自ら対処せざるを得ない対象としてずっと密着していた、かつて道元の生を生きたその生命の意思が、この現代に、無有日記ときめ細かく融合したことと、壬申の乱の原因が深くから浮き上がり、浄化されたことで、現代の大友皇子に付いていた、その存在のまな弟子的存在(本体)たちの力が不安定になったことによるところが大きい。(その中には、親の恨みをそのままに、次の時代を担わされた幼子もいる)

 その後、彼(大友)と彼女(道元)との空間では、科学反応のような抽象的なうねりと、多次元的な揺さ振りが、より深い次元層にまで響くように行われる。そして、その全てが、まるで脚本通りにキレイに進められることになる、22章の、かの男性のこの時代での経験。彼は、完全悪である存在たちよりも更に中心核に近い、より凄まじい力量を持つ別次層の存在の意思を、幼少時から、ある少女(明治天皇の生を手にした、この上ない非理・極悪な本体の現代女性)を通して、自らに取り込む(囲う)。そのことは、形無き次元では、全く感知できない不可思議(意味不明)となる。

 「歴史の芯」が、確認作業の一環のように順に流れ、整然と並び、進められたのも、そのためとなる人生をこの時代に皆が関わり、その全ての(EWの原因の)次元でそれらを把握していた、全てであるひとつの意思が、この無有日記には普通に在ったから。人は、その気がなくても、形無き本体の意思を自らの身体表現の本質とする人生を生き、その気があれば、その本体の性質を無有日記の中で全てオープンにし、生命世界を本来にするために、それを変え得る機会を創る。無有日記は、否定も肯定も無い、限り無く中庸を原因とする、生命の意思そのもの。その気があっても、無くても、人は、本体と共に変化に乗る。

(人である親を退けて、鬼のごとく人間を扱う明治天皇の本体は、残虐と凄惨を感興とする、元蛇級王者の毛駄物。数限り無く命を(自分のために)捧げさせ、人々の苦痛と忍従(屈服)の拡大を愉しむ。天皇のために喜んで死ねるよう教育されて(洗脳されて)、虫のように人生を潰され、殺された、無数の人たち。得意満面にそれを喜び、非理極まる邪道を地で行く、支配層(上層)の蛇の脳の持ち主たち。死に神級の悪である(人に寿命を全うさせない)その彼(明治天皇)の本体は、現代、22章のかの男性が受け持ち、彼に負けず劣らずの残虐性を秘める彼の伴侶のそれは、「この国の病みの始まり」の中の少年が担う。そのことは、無有日記の基礎にもなっている)

 

8.ここに、心が全く元気になれない世の、その強力な負の原因づくりを担う、ある凄腕(強者)の二人の姿を記す。彼らは、歴史上、どこにも形(名)を残さず、人知れず、心ある人の脳を支配する(乗っ取る)。未来のために、敢えて、その必要性に応える。

 その女性は、無有日記の中心辺りに難なく入り、世の不穏な原因を確実に浄化し得る力を潜めるある男性に近づく。ところが、神道絡みの背景の無い、自然豊かな外の国での交流を通して、その凶悪な思惑(無意識の意思)は顕になり、目論見は頓挫する。数年後、再度接近を試みるのであるが、この時、彼女のお腹は大きく、子は、彼女の企ての全てを任される。無有日記との融合を普通とする人を通して抵抗力を付け、その本体の意思のまま、子は、心柔らかな人たちの脳を、生まれる前から積極的に支配する。誕生後、彼は、彼女(母親)と共に負の原因を増幅させ、次の時代に繋がる今のあらゆるところを病ませようとする。二人は呪詛・呪縛という概念も当てはまらない、酷く恐ろしい能力表現を、日々、愉しむ。(というその姿を、人は、ここで知り得ることになる。二人の本体の意思によって心身を執拗に病まされ続けた人たちも、元気になる)

 身体レベルの理解(思考の次元)を超えて、どこに居ても、どんな風にでも、遠くに居る人の脳を操り、好きなようにその心身を病ませられる二人の、その形無き別次(層)の本体。本体は、その人の真の姿。心身(脳の働き)が不自由になるというのは、右脳と密に繋がる本体が、全く次元の異なる(無生命的な)本体を持つ存在のそれによって、その自覚もなく侵されてしまっているということ。「歴史の芯」のそれぞれとの融合は、確実に心ある風景の原因を力強くし、そこで普通に生きる心ある人たちの、その無くてもいい経験の原因を浄化し得る時を創る。人の心は、もっともっと元気で、楽になれるもの。その普通を、普通にする。

 

9.いつの時代も密な関係を保つ二人は、弥生期が始まる頃よりずっと前のある時、仲の良い男女として生き、自然界の希望(安心の礎)であるような男性の(その当時の)人生を、数年かけて(呪詛のような威力で)陰惨に弄び、非人間的に虐げて、命を奪う。その執拗で凶悪な行為は、生命世界の普通を狂わせ、人の住む世は、不穏な重苦しさを帯びる。後の世、右脳にその経験の質(原因)を残させられながらも、どうにか本来を生きる彼であるが、二人はそのことを利用し、更なる負荷をかけ、彼の普通の力を抑え込む。そして、現代、これまでの歴史のどの時とも異なるその環境の中、これまでと同質のものが再現されているようでも、そうにはならない時のその原因も動き出す。それが、この無有日記の空間での普通であり、ここでの、普通ではあり得ない性質(次元)の変化である。

 厳しい話であるが、心ある素朴な人の脳の働きは、彼らの本体に掌握されていると言える。それ程であるから、ここまで時間をかけさせられてしまう。そして現在、ここに、その時である今があるから、これからが、これまでと同じということは無い。この今に至るこれまでを知ることで、それを遥か後方へと置き去りにする。たださりげなく変化の中に居て、そのまま変化に乗り、その全て(の原因)をこれからの風景とする。何も無くても、何もしなくても、心は普通に、元気で健康になる。

 右脳に在るそれまでの経験の質と、それと繋がる本体が深くから癒されると、形無き原因の次元からの変化が身体(の細胞の意思)に生じ、その一環で、腎臓と肝臓が元気になる。それまでにない反応を伴いながらの修正・修復が行われ、心身は、遠い昔の記憶が呼び醒まされるようにして、健全を普通とするようになる。その普通は、生命の望み。それに応えないわけがない。

 

10.現在、彼女は、子のために、母親の立場でいる生を生きる。その彼の影響力が実に凄まじい。幼子でいながら、そのことをこの2810節で扱うわけである。その次元のそれは、人間の心身をテーマとすることであれば、何もせずに、何でも容易に為し得るというもの。そして、もちろん、そうであることは、誰も知り得ない。彼は、それを普通とする本体の意思のまま、形無き原因の世界を支配する。

 人があることを意識し、脳を働かせる時、その存在は、その性質を余裕で把握し、思い通りに、どんな風にでもそれを操る。知識や経験が思考で扱われれば、それはより簡単に為され、普通一般の心ある人は、夢の中にまで自由に入り込まれて、心身の動きを支配される。その全てが、形無きところでのことであるため、人は皆、何も分からず、分かり得ることだけに付き合わされながら、その影響を受け続ける。それを普通とする力が人間の姿を持つ、その彼をこうして描写できるということ。「歴史の芯」は、回転を強め、その原因を砕いていく。

 人間は、生命本来という生きる基本のその百分の一も生きられないで来ている。自由に生きることが守られるこの時代であっても、これまでの負の蓄積の原因が浄化されずにいるその中で安住してしまうぐらいだから、どれ程人間らしさを欠いた世界に居るか…。それは、脳(右脳)が不健全さを安定させているということ。その危うさを普通としてしまっているということ。

 そして、その理由となる形無き別次の世界に、その彼は居る。その姿形に意識を向けることはない。この28章の文章に乗ったそれへのEWを通して経験する、様々な反応。それがそのまま、心ある人間が為し得る、切なる意思表現である。そのことを、大切にする。

 未来には持っては行けないその代表として、嘘の神々(神道)関わりの世界があるが、そこに居る人間を通して具現化される、無生命化の意思を持つそれぞれの本体の性質は、未来地球のために必ず浄化され、力無きものとして変化することが必須となる。ここまで来れたから、このことを普通に、先へと行く。終わりを求めず、ただ変化の中で、原因を高める。この今を、未来に繋ぐ。by 無有 12/15 2017

 

 

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