歴史の芯(29)

歴史の芯1

1.この国の歴史上最も重要な時代となる、歴史ビル2階(大和、飛鳥、大津etc.)での出来事が、その原因深くから浄化され出したことで、現代に至るそれ以降の時代の原因は、確実に動き、と同時に、「仏陀の心」の力添えもあり、その地下階の、永い時の不穏な原因も、それまでにはない風通しの良い状態を経験する。そして、ここで改めて、数千年前の、縄文期が終わりへと向かうその頃に限り無く中庸でいる原因のフィルターを置き、次なる時代のために、更なる沙と羅(淘ぎと連繋)の仕事をし得る時を迎える。

 思考の域には招き難いその頃は、言わば歴史の外側のような、名も無き存在たちのその本性のままの行動が時を創り、それでも決して自浄力は失われずに、自然界との融合を重ねつつ、それらの(性質の)影響力を原因に次なる時が正直に生み出されていた時。そこに、この先もまた同じ性質(次元)の負の歴史が刻まれてしまいかねない、その原因となり得る経験がある。あるところまでは(個人による変化においては)、これまでの「歴史の芯」で充分であるが、未来に確かな原因を繋ぐための、その力強い責任をこの今に重ねる時、それを集中的に浄化すべき必要性が生じる。そのことを以て、「歴史の芯」も、終えることが出来れば…と思う。

 

2.弥生期以前のこの国では、中部や関西で、後の歴史に多大な負の影響を及ぼす、酷く悍しい現実が、非人間性を普通とする存在によって密度濃く展開されていたが、それは関東の地でも在り、そこでのそれは、どうにもならなさの最大級の原因となって、この現代にまで、そのあらゆるところに影響を及ぼし続ける。舞台は、東京の西部のある平坦な地域。縄文遺跡も在ったその場所は、時空を超えて最もその原因が浄化されるべき空間として、今尚、そこから(その時代から)、負の原因は放出され続ける。

 形ある現象として大きな事が起きたわけではない。多くの人の血が流され、苦しみ喘ぐ人たちの姿がそこにあったわけでもない。なのに、その時を機に、全てが止まってしまったかのような状態を、人は感覚的に経験する。それが何かも、それが何故だかも分からず、それまでとは異なる心身と時間を、人は生きる。

 そこには、祈祷師のような立場の二人の女性(姉妹)が居て、彼女らは、様々な形のまじない(儀式)を体現しながら、村人たちの生活全般への影響力を行使する。しかし、その行為によって直接人々が害を被るわけではなく、彼らはすでに心身の自由な動きを抑えられている中で、儀式に集められ、そこでの神託(御告げ)とされる内容に服従する。二人は、嘘芝居を愉しみ、その術を磨き、内に秘める征服欲を満足させる。その基礎づくりは、睡眠中に、人知れず行われる。

(それより昔、関西(大阪南)では、そこを支配拡大の要所(起点)とする、蛇脳の存在たちによる暴力と迫害が普通に行われ、河川岸(湾近く)は、度々、苦しみと流血の場となる。数百年間続いたそこでのその原因は、(葦繋がりを通して)現代まで、心ある人の細胞(血)の中に残る。時を経て、蛇脳繋がりの存在たちは、ある別次の理由から(信じ難いある準備を経て)、遠く離れた水郷(常陸)の地のその中心辺りでの生を選び、そこで、本性(本体)が蛇である人間のその重量級のコピーを増やして、世の動き(変化)の無さの重石となる時空(次元)を、地域全体で作り上げる。それは、今尚、負の(蛇系の)代表的な威力(呪術)行使の原因として、そこに在る)

 

3.二人の本体は、醜悪さがそのまま色を付けたような、真っ黒な姿をその個性とし、それを変幻自在に操り、思い通りに形づくるその不気味な能力を普通とする。そこに潜む残酷な意思は、人が眠りに入る時に、自動的に仕事をし始める。それはまるで、解き放たれた動物のように、睡眠中の人の脳波の世界をフィールドに飛び回り、好きに遊び、そこに在る調和をかき回して、破壊する。その異常過ぎる普通は、彼女たちの本当の姿。人は、眠る度に、脳に負荷をかけられ、二人は、勝手し放題の時を生きる。誰もそうであることをどうにも出来ずに、人は、普通の質を低下させていく。

 健全な感性を備える人たちは、そのことで思考を忙しくさせられ、感情の主導権も握りにくくなり、次第に元気を失くして、重苦しい時をけんめいに生きることになる。そうではない人たちは、自分たちが困難とする心ある感覚を無視できるので、その心の無さを力に、活動的に生きる。その理由は、現代まで、柔らかな人たちのそのどうにもならない原因として、息づいたままである。

 

4.その二人の妹の方は、28章の後半に登場した女性(母親)。そのことで、すでにその力は低下し、その時から、それまでのままではなくなっている。子も同様。そして、28章を終えた辺りから、どうにも動かざるを得なくなってしまった、もう一人の女性(姉)。当時、その村で、妹と仲良くまじない(呪い)ごっこを行っていたその女性の現代の姿は、その時を遥かに上回る能力を備え、今も尚、その影響力を行使する。しかし、この時、図らずも、本能(本体)は不安定になる。

 彼女は、今回、早くから日本を離れ、外の地で、これまでのように、睡眠時に、心ある柔らかな人たちの脳をオカシクさせる。それは、まさに本体の意思。無有日記の在るこの時代、縄文期の当時から脳を病まされたまま今に至る普通の人たちが決して本来を取り戻すことのないよう、かつての妹の居る日本とは別な場所で、そこでの睡眠時間帯のズレを活かし、自らの睡眠時にその無意識の意思(本体の働き)を活動的にさせて、彼らの動きを封じ込める算段を取る。

 ところが、相方の女性が思いがけずこの「歴史の芯」できめ細かく対処される時を経て、かつての人々の(自分関わりの)経験までが顕になる状況を引き寄せられてしまう。それは、その世界(次元)においては、どこまでもあり得ない事実。何があっても阻止されるべき、重要な場所。数千年前の、人の遺伝子レベルにまで影響を及ぼし得るその出来事を通して為し得てきた彼女たちの時代が、その重石を失くしていく。

(彼女たちを中心とする、心を持たない非人間的な存在たちは、獣のような獰猛な(大柄の)仲間に人間を襲わせ、それを自分たちのものにする。その頃に二人に可愛がられた、人喰い蛇のごとく暴れ回った存在の現代の姿は、その頃の経験の質(原因)を記憶する、素朴で勇敢な人たちの中であぶり出しされ、狡猾とへんげの代表のような存在(本体)と一緒に、この29章の時に、処理される。二人にとっても大きな痛手となるそのことは、心ある柔らかな人たちの心身を深くから浄化し、健康・健全(特に肝臓)の原因を力強くする)

 

5.その関東の地では、当時、神の化身ごっこが流行り、二人は悦に入り、至福の時を過ごす。脳を不自由にさせたまま、そうであることを信じ込まされた人たちは、そのことを支え、嘘の神々にすがり、人間らしさを失くしていく。その頃の経験を基に、多くの人が、神道世界の嘘を本当として今も生きる。

 外の地に住み着いたその女性が備える無意識の力は恐ろしく、心ある人は皆、彼女によって、健全・健康の世界から切り離されてしまう。どの時代でも人の脳の働きを不自然にさせてきたその本体の意思からなる経験は、そんな中でもそれに抗おうとする人がどこかに居れば、瞬時にそれを(その脳の動きを)押さえ込み、潰し切ることを普通とする。当時の十万(〜数十万)程の人口は、その性質のまま時代とともに増え、殆どその時代の(脳の)コピー状態である人口がこの現代にあると思ってよい。無有日記を通して見えるこの世の歪な普通は、それを物語る。

 そしてこの今の、そのことへのEWであるが、自動制御のようにしてその質を高める流れは、大きく次元の異なる場所へと、この無有日記を案内する。そこは、以前、ある程度の接点をつくり、ここで更なる次元層を突き抜けて再度入り込むべき、地球の外側。無有日記を生かし続ける生命の意思が、それを、そっと差し出す。

 姿形は普通でも、人としての心ある原因を一切持たない存在たちのその本質は、繋がるものを、この地球自然界には持たない。そのことが意味するのは、彼らのその存在の元となる本体の意思は、一生命としての地球感覚を尽く拒否し続けているということ。その特殊で異常な本体のルーツへと辿って行くと、そこには、どういうわけか、実に不可思議な、地球の外側の異次現実がある。宇宙空間でのその普通は、地上に生きる人間にとっては、限り無く異常で、永遠に怪異となる、当然全否定され得る話である。ただしかし、そのEWを通して、心ある普通の人のその心の芯は、あり得ない変化を経て、真に元気になる。と同時に、心を持たない存在たちが数と力を手にし得たその危うい原因も、力を無くす。その次元の様が、すでにここに在る。

 

6.簡単には浄化し得ない未消化の経験の記憶を持たせることで、元々人間の世界には無かった本体(本質、魂、死後の世界)という次元を生み出した存在たちは、手に取るように把握するその本体の性質を、自分たちの意思が住むある次元層にコピーし、人間が経験するあらゆる現実を好きなように操りつつ、思い通りの(性質の)環境を作り出していく。

 それとは別次層には、全くあり得ないことだが、その能力の次元を遥かに上回る、その負の根源的となる存在が居て、彼(彼女)は、人の住む地域(国)の時空全てをコピーし得、地球規模のあり得なさを普通としてしまう。そしてその存在は、その普通を次元拡大させ、地球の外側に、地球(の本質)のコピーを生じさせる。それは、存在するものが存在し得るためのその真の姿となる形無き原因の世界の、その最大級の次元のコピー。地球は、地球らしさを抑えられることになる。

 その限り無く奇異で、夢語り(空想物)としか思えない話。当然である。人間が常識とする価値概念のどこにも無いそのことは、普通に考えれば、想像するに値しない、実に無意味な次元のこと。それに付き合うこと自体、気狂いの対象になり得てしまう。なのに、人は、何をしても、どんなに時間をかけても永遠に変わることのないある重要な部分の変化を、この時経験する。変化して初めて知る、それが、これまでの人生の歴史には一度も無かったということ。存在の中心深くでの息づかいのようなその余りに微細な感覚的次元の変化によって、ここに居るのに、どこにも居ない感覚を普通に、不必要な融合空間からはあたり前に離れて(自由で)いる心を生きる。居る場所(次元)が変わる。

 原因の分母拡大に伴って進化するEWに付き合うのは、それに見合った言葉の変化ではなく、その原因が乗る言葉の質。期間限定の価値観や常識とされる経験枠内の理解無しには生きては行けない人にはどこまでも縁遠い、その原因の世界の普通の力。争いも病気も、不健全な精神も、なぜそれらが存在し得、なぜそうである状況がそのままかのその原因を多次元的に遡っていくと、無有日記は、この「歴史の芯」29章を記すに至る。その理由は、この時代には無く、時代を大きく包み込む次元に、それは在る。そこからのEWを、変化し続ける原因の言葉に乗せる。

 

7.そして、地球時間の次元を大きく離れた世界のその原因をさらりと言葉にしてしまうが、その存在は、太陽の形無き原因の姿もコピーする。その上で、自らの本体がそのコピー(太陽)となり、同じコピーの地球を自在に支配し、思いのままにその性質を操る。ここまで来ると、奇想天外のブラックファンタジーである。どんな恐怖シーンも、可笑しさの中に吸い込まれてしまう。それでいて、人は、その不思議さの中で、何気に実感し得る細胞の意思を聴く。ふといつのまにか、何が何だか分からない時を経て、大いなる生命の変化に乗っていることを知る。

 その姿無き太陽と地球(のコピー)は、実際の地球での不自然さが安定していれば、そのまま永遠の余裕の中に居たが、人間の負の歴史のその原因が、文章に乗る新たな原因(エネルギー)によって浄化されるというこの時代の経験の中、それまでには無い意識が、無生命を本体とする主な存在たちにより(そこへと)向けられたことで、あり得ない奇跡的な偶然を以て、それらは、心ある人たちの感覚的理解の中に入り込んでしまう。地球規模の災いをもたらすLED照明への強い違和感も手伝い、そのことは、地球感覚の生命たちの本能(意思)を刺激する。それへのEWとなるこの時の無有日記のために、これまでの「歴史の芯」の全てが、その力強い支え役となる。

 

8.心は、(経験の原因を収める)右脳に記憶された、自然界の一生命としての人間時間を普通に生きていた時の、その経験の性質(原因)のことであり、本体と本人の違いもなく、ありのままの姿(本質)が、そこには在る。心ある人にとっては、それはあたり前のことであるので、そうであることも分からない。心を大切にしようとする心の無さも、思考から始まる心の嘘も、心を普通とする人の心は、無縁である。

 その右脳の本質を利用され、無くてもいい性質の本体を引き連れたまま、何度も生命本来の外れた人生を送らなければならなかった、これまで。その本体の姿を、ここで消す(消えてもらう)。そして、本体無しの時空を漂う自分を通して、「無有日記」の原因を存分に染み込ませた新しい本体を、さらりと心に重ねて、次なる時を生きる。原因を生きる本人のその原因がそのまま本体の要素となり、それが本人となり、本体となる。心が、それをしっかりと余裕で担う。

 おかしな話だが、実は、太陽もその時を迎える。ずっと太陽らしさの無かった彼のこれまで。この時を待ち望んでいた生命たちのこと全てを見守っていた、その無くてもいい時の、彼なりの経験。その場所を離れ、それまでの経験を遠くに、太陽も、新たな太陽になる。太陽の原因が、やっと本来になる。

自然界の恵みである全粒穀物を摂らず、自然界が辛くなるLED照明を好む人は、太陽を避ける神社(神道)を支え、太陽の光を浴びなくても平気な日常で、動物たちの生命(命)を支配する。そんな存在たちが、人間としてこの地球に住む現実に、太陽は悲しみ、地球自然界も、辛い時を生きる。

 そして今、そうではない時へと、新たな原因は力強く回転し、広がり出す。「歴史の芯」と「仏陀の心」を自らの原因と融合させつつ歩く人たちの心によって、地球は、地球らしく、太陽は、太陽らしく、人間世界は、生命本来の普通を中心に、元気に回り出す。人間は、人間らしく、人として、生命を生きる。

 これまでの今から、これからへの今へ。重ね合う原因を、繋がり行く原因に。心が主導権を握るその場所で、人としての生命時間を、大いに楽しむ。「歴史の芯」と「仏陀の心」が在る、これからの時を、自らの原因で、変化そのものの本来にする。2018年は、終わりの無い、その始まりの時。全ては、これから。ここでの皆の原因は、力強く未来へと動き出す。

(そして、心ある人間と重なる本体は、これまでの理解が一切通用しない(とてもシンプルな)新たな次元の変化を経て、全ての病みのその大元となる原因の意思を、何でもない普通の中に招き(引きずり出し)、浄化する。そのことで、人としての変化・成長は、生命としてのありのままとなる)by 無有 12/28 2017

 

 

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