歴史の芯(33)

歴史の芯1

1.遠い昔、人間は、互いに同じことを知り、他に同じことを伝えるために思考を使うことを覚え、それに伴い、脳の働きを成長させながら、様々な状況での選択・判断力を養いつつ、自己表現の質を高めていく。それだけで良かったはずのそのことが、そうではない不自然・不調和な思考を使うに至った、数千年前の、それまでには無かった、人としての要らない現実。その原因を処理すべく新たな原因を創り続けることで、次なる未来の風景を本来へと変え得る時を重ねてきたが、そこでの理解と実践は皆、思考で触れ得る(この世的な)次元のものである。

 その根本となる原因の浄化は、言うなれば、次なる生の時に、歴史的負の連鎖とは全く無縁の原因を生きる自分がそこに居ることで、それを普通とする。何も無くても必要なものは全てある感覚は、思考の次元には無く、考えるまでもなく、生命としての人間を生き、何をしても、どこに居ても、人間本来(の在り様)のその基本があたり前であることが、自らを活かすこの時代の望みに応えていることである。

 文章(言葉)として、ある性質の形無き原因が形となった時、それが(思考で)理解できるかどうかより、そこに在るその原因がどこと繋がり、どんな次元の変化をもたらすかのその意思世界に触れ得ることが、何より重要となる。分かったとしても(理解できたとしても)、それが個人の経験枠(思考の次元)に留まるものだとすれば、結局は何も変わらず、その理解も意味の無いものとなる。分からなくても、そのことで(その経験を通して)世の歪な普通に変化が生じる原因が動けば、それは、通常の理解(の概念)を超えて、大きな仕事をする。

 ここに、人間が思考を使い始めるその時より遥か昔の、これまでの人間時間(地上の次元)のどこにも無い、別次の原因の姿を招く(言葉にする)。その原因の乗った文章との融合を通して、生きる力を、地球感覚のそれにし、その経験をここまでの「歴史の芯」と重ねて、「仏陀の心」を、生きる原因の普通とする。太陽と地球自然界のその優しさと健気さと自信が、ここから、宇宙空間へと発信される。

 

2.現代に生きる人間が、最も大きな勘違いとして理解の域に収めてしまっている全く実の無い知識が、宇宙関わりのそれである。人々が、知り得たつもりの世界に何の疑問もなく居られるのは、それだけ意識深くに無くてもいい不安をしつこく溜め込んでしまっているためで、そのことで具現化される(その反映となる)不自然・不調和な世界のその原因を意識せずに済むその材料としても、その類(宇宙関わり)のことは、その気もなく無責任でいられる心地良さであり、(伝えられることを)全て無条件で受け入れることで、その状態が上手く維持されるからである。つまり、宇宙についての知識は、人が作る現実のその質に無頓着のまま、自分だけが居られる現実を大切にするという、(他者にはそうとは思わせない)負の連鎖のその材料となる存在に力を与えるもので、挙げ句彼らによって特別視され、そこに権威までが付いてしまうというそれは、人が共に生きる現実のその望むべく原因には決してなろうとはしない、情けない性質のものである。

 これまで何度か、地球の外側に出た「歴史の芯」。この時代を、次なる時の力強い生命本来(の原因)のそれにするために、人類誕生より遥か昔の、そこでの地球の意思をここに招き、太陽と地球との関係のその原因の姿を主に、地球人としての人間の在り様を形にする。それは、まさに、この地球感覚の「歴史の芯」のよう。宇宙に何も求めず、その実を、原因から知る。

(※これまでの地球の外側関わりの表現(21etc.)は、この33章でのEWを導く(可能とする)この時のために、人の既成の認識がムリなく活かされる、地球の次元発の(宇宙への)理解・解釈を基とする。宇宙の実(正体)がここに言葉となり、それが未来への確かな原因としての仕事をするであろうこの今、ここに至り、ひとりひとりの原因の成長のその必要性として在った(時に全くこの今と相反するものであった)それらの表現は、安心して、その役を終える)

 

3.地球時間の枠に当てはめず、どんな風にでも成長・進化し得る意識というところで観る時、宇宙は、次元は低く、粗暴で混沌とした性質を備える。神秘や深遠、ロマンといった概念は、人間世界の欲を正当化するためのもので、それに見合う空間は、宇宙のどこにも無い。宇宙は、暗黒であり、酷な時空である。

 何億年も変わらずじっとしていられる意識体だけが存在し得る宇宙。それを思うだけでも、地球時間での人間の思考が入り込めるものは何一つそこには無いことが分かる。そこは、進化とは無縁の次元。変化し続ける一生命である人間が、その次元に経験を合わせることは、永遠にあり得ない。

 その中で生まれた、太陽と地球との関係は、突然変異的な宇宙の奇跡である。他に生命力の源を放出し、そこでの生命たちをどこまでも生かし、支え続けることを普通とするその太陽の意思は、宇宙の本質を覆すもの。この地球時間でも、同質のことが奇跡的に生じている。

 

4.その内側に姿無き別次空間を無限に持つ、銀河の中心の、超巨大な謎の物体。ブラックホールと呼ばれるもののようで、そうとは言えない、何も無い空間(物体)のその中心核は、人間が宇宙と呼ぶ次元とは全く異なる別次元の母体(異宇宙)と繋がる。その中で為される、宇宙規模の圧縮と停滞。その末に、そこでの超巨大な負の意思が一気に放出され、そして生まれたのが、銀河である。

 外も内も無い宇宙空間で、敢えてその姿無き次元のエリア(母体)を、‘宇宙の外側’と形容しても良い。それは、超宇宙的意思の元、各銀河の中心を繋ぎつつ、どこにも有り、宇宙の変異物(創造主)のようにして宇宙空間を生み出し、そして、それを支配する。創造と破壊を、永遠に繰り返す。

 負が正として形になり得る宇宙に、形無きその原因を噴出させて、天体を、自由にいくらでも生み出す、異宇宙。銀河系(群)における無数の恒星は、全て、その母体の吹き出物のようにして在る姿無き(物体の)核を中心に、この宇宙に創造されたもの。その源となる次元を、ブラックホールの内側と捉えると、それは感得しやすくなると思う。

 無秩序に収縮(圧縮)と膨張を連ね、暗黒の混沌と破壊・破滅を無軌道に続ける、その母体の次元は、それ自体をそのままその本質とし、対極の次元となる形有る宇宙空間を、(こちらサイドから見ると)暴力的に漂い、次々と天体を死滅させる。自らが生み出したものを破壊して、消滅させるという行為を普通とするその意思は、(その通り道となる)銀河の中心から無限にその負の原因を供給し、いくらでも自由に増大するそのコピー(意思)を通して、個々にそれは実践される。その意思の存在たちは、宇宙時間という、停滞そのものの無限の無の次元で、それを愉しむ。

 

5.宇宙空間における、無数の偶然と必然の時を経て、唯一地球という生命の宿る天体を生み出した、太陽。太陽は、そのことで、内なる生命の望みを刺激され、それまでとは異なる、実にあり得ない意思を備えて(生じさせて)しまう。それは、暗黒の次元発の、その支配と破壊の力に抗うというもの。地球という子を持ち、彼は、宇宙のどこにも無い、子を守るという信じ難い行動に出る。

 他の恒星には無いその意思は、銀河の創造主の意図に完全に逆らうもの。そのままでいられる(許される)はずは無い。そのあり得ない事実を潰すために、その母体から、銀河の中心を通って、多数の個性ある負の存在たち(破壊、征服の意思)が、この太陽系に集まる。(そこからのことは、すでにいろいろな角度から別のページで書いてきている)

 強力な負荷をかけられながらも、太陽は、そのままの道を歩む。地球も、その意思に応える。その様は、耐え難き事実として、その存在たちの標的となるが、他の恒星の多くは、自分たちには出来ない新たな経験をし続けるその太陽の姿に、それまでには無かった、希望と期待を抱く。その意識が太陽に力を与え、地球の自浄力も、そのことで高まる。しかし、破壊・滅亡の意思は、より密度濃く太陽の近くに(周りに)集まり、地球を覆う。

 

6.地球とその自然界が充分に自浄力を身に付けるまで、地球の意思活動を刺激しつつ、ずっと宇宙線(放射線)のその負の威力を抑え込んでいた太陽。それは、彼にとっては初めての経験で、地球で次々に生まれる生命たちを見守ろうとする意識(心)も、当然初めてである。太陽は、人間誕生後、その心のひな型となって、人間たちを無条件で生かす。人間の心は、太陽のそれと繋がりつつ、自然界の全ての調和の基となる。

 自らが生み出した有を次々と消滅させて無にしながら、それを愉しみ、宇宙空間を我が物顔に支配する異宇宙(暗黒)の意思は、太陽のその異端(謀反)となる行動をきっかけに、いつしかそこに集結するという、それまでに一度も経験の無かった事態を経験する。

 その姿は、その主となる存在が、その自覚もなく自らの手の内とその本質をさらけ出してしまったということ。この時の訪れを待っていた宇宙生命の本来は、異宇宙の意思により次々と太陽系で具現化される形(増殖・拡大する破壊の意思の営み)のその原因を遡り、そこへと入り込む。地上での(重く、動きの無い)次元を浄化し得る経験(可能性)を経て、その源となるエリア深くに接近する。

 太陽は、その動きをどんなに抑え込まれようとしても、お構いなしに他を生かし、自らも、そうであるべき宇宙の本当の望みを体現する。停滞と破滅をあたり前とする、これまでの宇宙の負の体制は、人間時間という、他のどこにも無いこの地球での次元にその意思を通したことで、それまでのままではいられなくなる。

 

7.他の恒星たちから意識を向けられることで不思議な強さを維持する太陽のその姿に、どうにも思い通りにならない時を強いられる異宇宙の意思は、この事態の元を生み出すきっかけとなった地球の存在を尽く潰し切る動きに出る。ところが、そこでも、地球の強力な自浄力に阻まれ、その挙句、彼らは、地球の生き物と自らを一体化させて、そこに入り込み、そこからじっくりと地球を支配して破滅へと向かわせることにする。当然そのためには、人間の姿(身体)を利用するわけだが、ムリの無いその前段階として、融合し易い蛇の脳に入る。(その前後の過程は、別章の土偶(奇形)関わりの文章となる)

 地上での数万年は、その存在たちにとっては、ほんの瞬間の出来事であり、取るに足らないものとして、それは全く異空・異次元の様相となる。彼らは、形を持たない、形無き腐敗と停滞の表現体。破壊と征服の意思を普通とし、どんなものも、どんな風にでも支配する。これまで書いてきている「歴史の芯」でのこの国の内実も、全てお遊びである。

 破壊の意思そのものの存在たちは、自らの身体を使い捨て(切り)のように利用し、他の人間を物のように扱い、苦しめる。そのことに辛くなる自然界(動植物たち)の変わり様を喜び、太陽を悲しませる。人間の脳を支配し、人間の体を操作し得ることを覚えた、姿無き破滅型の意識体が地球時間に関与すると、「歴史の芯」に書いたような、この地球に相応しくない時代が連ねられることになる。

 

8.地球自然界は、この宇宙に在る、宇宙のひとつの姿。自然界は宇宙。自然界に生かされる姿は、宇宙に生きていることであり、自然界が安心する原因を生きるというのは、宇宙を生かすことである。宇宙を知るより、宇宙を生きる。そのために、自然体で、自然界を大切にする。

 太陽と同じように、この地球で、全く新しい生命の時を生きる。それは、これまでの時代への反抗であるが、希望という名の、生命の息づかいの始まりである。太陽のように、この地上で異端児を生き、創造し続ける原因の時を、時代に染み込ませていく。そのことに太陽は安心し、自らも、太陽の一部になる。その姿を通して、宇宙は、異宇宙の意図から外れる道を歩む。

 太陽の心を普通とする人間本来の、その力強い生命の意思。いくつもの厳しい時代を経て、ここに繋がり、共に歩み出したことで、彼らの切なる想いが、ここに形になる。そのことで、かの存在たちの意思の中心は、ぶれる。破壊と停滞の単独(単純)意思活動で良しとされていた、その拠りどころのようなものが、力を失くす。自分たちの存在意義(構成)に関わる部分が揺れ動くというその経験は、あり得ないはずの焦りと恐怖心を運び、それまでのようには負の力も出せなくなる。それは、その存在たちにとっては、その意識もなく頼っていた基本燃料のようなものが消えるということ。今までの全てが無くなり、変わってしまうということ。

 しかし、それは、宇宙の真の望みである中庸の次元からでは、開放感と言えるもの。異宇宙(暗黒)発の、変化とは無縁の無生命的な宇宙空間が、太陽と地球発の、新たな宇宙へと変わっていく。宇宙は、初めて宇宙となる。銀河系の、私たちの地球の居るこの銀河で、無数(数千億)の恒星の中の一つである(でしかない)太陽が、宇宙の奇跡となる新たな原因を形にする。そこに、私たちも参加する。

 

9.異宇宙(銀河の中心と繋がる姿無き無次元のエリア)の意思をそのままに、この地球に入り込んだ存在たちは、人間の脳を自由に操って(意識を支配して)、好きなだけ世を病ませ、同質の人間を増やしつつ、じわじわと地球を腐敗へと導く。それは、宇宙での、彼ら独自の自由な働き(破壊活動)の、その地球版。身体経験での暴力的な恐怖支配に面白さを覚えた彼らは、人間時間を楽しみ、一体化させた人間の脳を利用しつつ、潰し合い(殺し合い)を繰り広げながら、地球次元の生命世界に負荷をかけて、心ある風景と太陽との繋がりを破壊し続ける。

 ところが現代、これまでの時を経て完結編へと向かうべく必要性をその意思に喚起された存在たちは、より効率良く地球の生命力を失くさせる手段として、太陽系外からの負の原因をその元とする(自分たちの歪な普通の分身である)LEDを、そのための重要な道具とする。時代を連ねて増大させた(大多数となった)同質の存在たち誰もが、健全な生命活動を破壊するそれに(その原因に)違和感を覚えないという利点を活かし、その存在たちは、この時代を、本格的無生命化の機会とする。

 がしかし、その全てを知る、宇宙本来(の中庸)の意思は、この現代を、地球版(発)の、宇宙の目覚めの時とし、決してそうにはならない道のその原因を、ここに高める。太陽に倣って、完全なる生き直しをする(反抗心を強める)人たちは、これまでの時代に逆らい、その本質となる自らの凶暴な意思を、逆転させる。そのための材料に、宇宙の望みであるその中庸の意思は、無有日記を、この時代に送り出す。

 現在、自分が持ち合わせる感覚・感性がどんなであれ、そしてその本質・本性がどこと繋がろうとも、この地球に生きる一生命として、真剣に地球を守る。ここに至る時代の流れに反抗し、新たな時代の確かな原因となって、自らの中にくすぶる破壊と停滞の性質を無きものにする。そして、共に、この地球から宇宙へと、生命本来の力強い原因を発信する。

 その時、その原因深くで、この太陽系を暗黒の無生命状態にしようとする意思と繋がるLED照明を外すことは、人間としての基本の基本である。それが出来ない人は、身体を物のように捨ててまで地球を死滅させる意思をその本性に備える、(新たに創造される)調和ある宇宙の異物(屑)ということになる。これまでの太陽の仕事を、忘れてはならない。地球に生きていることの意味を、生命として大切にする。

 

10.幾度となく生じる地球の自分たちへの反発に、その都度上手く対処しながら、その(地球の)動きを不自由にさせていた、支配・征服欲のみで活動するその存在たち。彼らが、永い時を経て、人間としての生を手にした時、そこにはすでに、太陽の心を基本とする普通の人間が居て、その人間たちをとにかく自由にさせないことを前提に(それを重要な仕事として)、その存在たちは、非人間的な行為を普通としながら、同質の蛇繋がりの(心を持たない)人間を増やすことに力を入れる。

 数万年前からのこの地球の歴史において、心ある普通の人たちは、その存在たちの、重く、どんよりとした形無き停滞の意思に、尽くその繋ぐ意思を阻まれる。この数千年の人間時間の時を見てみても、心ある人たちの生の連繋は、力は無く、共に心を広げる人の姿は、増えない。その様は、その存在たちの意図が難無く形になっていることを意味し、増大させ得る人間の数の力を活かして、好きなように地球自然界を病ませられるという、彼らの欲(普通)のその具体化である。

 いくつもの時代を経て、この地上では、非人間的な本性を潜める(人として原因を持たない)形ばかりの人間だけが増え、蛇絡みの存在が住み易いこの国においては、現代に至り、立場や境遇も種々様々な蛇系の人間が、嘘のような驚きの数を占めて、一同、(不健全さの原因を良しとする)同方向へと向かい、世の病み化に流され、それを支える。質の伴わない数の力は、その存在たちの非道な思惑の下支えとなり、そのことで生じる個々の満足は、容易に、自然界の生命たちの普通を押し潰す。それは、現代、嘘(偽善、欺瞞)の濃密拡大版として、地球上を暗躍する。

 

11.数千億個の恒星で成り立つこの(天の川)銀河も、元々は何も無く、超巨大な圧縮・拡張(吸収・拡大)を繰り返す無限無の固まりを無数に備える(異宇宙とされる)次元の、その気まぐれ的な宇宙規模の負の原因の噴出により、そこに生まれたもの。宇宙って、そんなもの。歪な知識欲からなる研究の対象としなければ、その本質(正体)は、太陽の心がいつでも教えてくれる。

 宇宙は、異宇宙の意思の遊び道具。この地球のその地球らしくない姿は、太陽が、そのことに逆らったために引き起こされた、その存在の意思活動。地球の、この場所から、宇宙の原因が変わる。空間の質を変え得る原因の創造という、新たな生命の意思表現は、太陽を通して、その進化し続ける多次元的な原因で、時空を持たない異宇宙の意思(宇宙)を包み込む。

 数十万年前、人は、自然界の生命たちと同じく、共に地球を生き、数十万年後も、同じように、人は地球を生きる。ところが、僅か数千年の間に、その全てが崩れることになった、この地球時間での負の奇跡の時。そのいきさつの(原因の)姿は、すでに文章にしているが、そこでの心ある自然体の人間は、まさに銀河の中の太陽である。特に、世を病ませる重量級の原因を潜めるこの国でのそれは、地球にとって、とても貴い。

 1人対百万人の比率の、その1人を10人にへと増やしていく。心の自由を奪われたままの太陽の心を持つ人たちは、ここに切なる想いを繋ぎ、どうにか動こうとしている。彼らを支え、共に心ある風景の原因を高めるために、ここでの非生命的現実のその不穏な連なりから離れる。無有日記に出会えた人は、それが出来るはず。自らもそこに居た負の連鎖そのもののこれまでの時代に抗い(逆らい)、本体(本質)を新たに、生命を生きる人間のその原因として、要らない経験を外す。そして、10人を100人にする。

 太陽は、地球を生み、地球は、月を生む。月は、地球の心となり、地球は、太陽の心となる。地球に生きる人間は、その全てを自らの心とし、その経験を膨らませ、そのままで宇宙を癒す。太陽は、そのことを、何より心強く思う。月は、これまで以上に輝き、地球の生命たちは、躍動する。人の心は、その確かな原因となり、太陽と地球との関係は、新しい宇宙の、その力強いひな型になる。

 

12.自己本位で、他者(人、動植物、環境)への配慮の無い非人間的な下地で欲のままに生を生きる人間は、自らの中に潜む(見た目では分かりにくい)残忍で凶悪な本性をその燃料とする娯楽や趣味に夢中になり、世が病んでも、自然界が酷く侵されても、自分自身が楽しめればそれで良しとする、人として余りに未熟な生き方を普通とする。哀しいかな、それは大多数の人間の姿であり、社会は、その人たちで成り立ち、その人たちの欲求(満足)に経済は支えられ、その人たちの否定感情に付き合う宗教や文化・教育が形を作る。

 その様は、地球時間の負の奇跡となるこの数千年間のこれまでの歴史の結果であるが、望むべく未来の原因になり得ないそのことを通して、自然界は、この地球生命の歴史上、最も哀しい現実を経験しようとしている(経験している)。それに無感覚・無頓着な存在たちが、その大多数である。元々この地球には無かった、恐ろしく危うい意思を備える彼らは、その数の力に支えられて、無責任の質を拡大させ、個のままを生きる。地球がどうなっても、彼らは、どうってことはない。

 その姿をその原因のところから修正・修復する、未来地球が喜ぶその原因そのままの「無有日記」の内容を、自らの人生に重ね、真剣に、最初で最後の生き直しをする。そして、それを阻もうとする無意識の意思を砕き、そうはさせない意図で身体を操ろうとする本体を、力無くさせる。それは、限り無く中庸でいる「無有日記」だからこそ、為し得ること。太陽の想いと地球の望みが形となったそれだからこそ案内できる、奇跡という名の普通の凄さ。33章は、その基礎を堅固にする。

 人は皆、自らを、その大多数の中の一人と思って良い。思考が強くても、弱くても、感情を動かしがちでも、そうでなくても、本体は動じない。人が喜んでも、困っても、社会の期待(価値観)に応えていても、そうでなくても、無意識の意思は変わらない。自分というものがどんなであれ、これまでの時代が困ることをし、それを嫌がる本体を動かし、自らを見つめ、先へと歩む。そのことを継続させ、ただひたすら継続させ、その原因の糸を未来と繋ぐ。

 その動きに、非情な本性は焦り出す。その姿勢に、非道な正体は混乱する。そして「無有日記」を存分に活用して、太陽が笑顔になる太陽の心を生きる。その時、無生命の意識体(意思)は外れる。その地球発の、生命本来の普通で、宇宙の普通を本来にする。ここからは、太陽を支える。

 

13.私たちの住むこの地球は、太陽系の中に在り、その太陽系は、天の川銀河の中に在る。数千億個の恒星を持つその天の川銀河には、中心が在り、他のそれと同じようにその場所は、銀河を生み出した無限無の異宇宙(宇宙の外側)と繋がっている。

 その繋がりを絶つことが、唯一太陽を解放することで、それにより、地球も、地球らしく元気になる。他の恒星も、それまでとは違う、新たな時を経験する。その変化への原因を、外すことは無い。

 自然界が喜び、未来が安心するこの「無有日記」との融合を避ける、大多数の人たち。それは、この地球に生きる一生命としての本来の原因を備えていないからであるが、それでも彼らは、自らの非人間性が際立つことがあっても、この時代にそのことが顕になることを怖れる余り、数の力で守られる良識人(の振り)に徹する。

 彼らのその無責任な(地球が辛くなる)理由は、地球の外に在り、その原因をどこまでも多次元的に遡っていくと、太陽の切なさに触れられ、銀河の成り立ちのその手前の次元にまでそれは繋がり、そしてその元となる異宇宙のその創造の意図へと辿り着く。「無有日記」を世に送り出した意思は、その全てを知るから、その存在の地球における負の具現化を通して、そこへと入って行く。時間も物理的感覚も無い(軽く超越してしまう)その無限分の一の原因で、銀河の中心に在るその姿無き物体の謎の動きを、太陽が望む変化に乗せ、その元の意図を抑える。「無有日記」の原因は、その仕事を喜んで担う。

 形ある状態の中で、形無き無の性質を変えるという経験は、思考型の価値観がそこには一切通用しないため、人として、それ程の厳しさと喜び(責任)は無い。それを思うと、この時代、「無有日記」に縁し、触れ続け、歩むという経験のその原因は、地球を守り通すという意思のそれと言える。銀河の中心の存在は、「無有日記」の原因の意思に任せ、皆は、「無有日記」を普通感覚で実践する。想いを確かに、変化に乗り、変化を拒み続けるこれまでの時代に背を向ける。

 地球を大切にする一番のそのことは、自然界を躍動感のあるものにする。それに呼応し、心を呼び覚まされる人たちも元気になり、太陽の輝きも、その浄化力も、力強くなる。進化し続けるその原因は、宇宙へと放たれ、それを手にした星(恒星)たちは、生命という次元を躍動させて、新たな時を、共に楽しむ。その中心に、太陽が居て、地球が居て、そしてみんなが居る。

 

14.この地球で共に生きる生命たちの、その普通自然体で地球を支える、ささやかな彼らの望み。それにその意識もなく自然に応え、彼らの原因と融合することが、同じ一生命として生きる人間の基本的な仕事なのだが、人間は、そのことを外して生きることを良しとし、その自然界を分かった風に理解し、宇宙のことも、知った気になる。存在そのもので地球を支えられない人間に、宇宙に発信できる原因を生きることは出来ない。つまり、宇宙を知ることは、永遠に無い。そこから始まる自らの無知を知り、責任ある原因の質を、自然界に厳しく観てもらう。

 自然界の動植物たちが嬉しい原因を普通に生きる人は、そのままで太陽の心を生き、地球が重苦しい空気に覆われてしまった遥か昔の、その頃の太陽の想いに触れる。そして、心無い形ばかりの人間によって極端に不穏な様になるこの数千年間の人間社会のその原因を、多次元的に深くまで知る。その普通は、この33章とキレイに重なり、地球感覚の地球人としての生命本来を、力強くする。

 動植物たちの立場から、人間世界の質を観得ることを普通とするその原因は、太陽から地球を観ることも可能とし、太陽と地球と月との関係のその奇跡的な姿に向けられる他の恒星からの意識をも感じ取る。地球の意思は、それを伝え、この時代の望みが、そこへといざなう。太陽と月は、新たな時へと動き出す地球を見守り、宇宙もじっとその様を観る。(人間にとっては)永遠とも思えるほんの僅かの宇宙時間の中に、これまで一度も無かった、緊張と希望の時が流れる。

 

15.この地球が生きる太陽系が、気の遠くなるような時を経て一周する、天の川銀河。その銀河は、数千億個もの恒星を存在させているわけだが、同じようなものが、宇宙にはいくらでも(無数に)在る。その銀河の集まりは銀河系と呼ばれ、全ての銀河は、その中心を周る。その営みが、形ある次元の宇宙である。

 銀河の中心は、形を持たない超巨大密度(質量)の無であり、その内側には、その全てを生み出す(生み出した)無限無の創造の意思(原因)が息づいていることは、すでに述べてきている。その姿無き創造の意思の本質は、破壊であり、腐敗と停滞である。気まぐれに形を生み出し、それを壊し、吸い込み、全てを無にして、また形を創る。それは、数億(数十億)年単位で戯れ続ける、その存在たちの、その意思のままの余興である。

 その銀河の中心の内側は、全ての銀河の中心と繋がっていて、そこに在る、宇宙の真の姿となる姿無き異宇宙(宇宙の外側)のその核は、銀河系の中心となる場所で、全ての宇宙を支配する。その存在が、吹き出し口の一つである天の川銀河の中心を通って、その意思を太陽系に運び、地球時間の数百万年を一瞬とするその時の中で、有ってはならない太陽関わりの事実を破壊しようとしたその結果としての(人間が把握し得る次元の)その現実が、「無有日記」で形にした、ここに至るこの地球のこれまでである。

 地球の自転が300時間もかかったら、何もかもが今とは違うものになる。公転周期が今の数十倍にもなったら、太陽と地球との関係も、これまでとは大きく異なる。そうではなかったから守り得た、地球自身。時間の無い存在の意思が、変化を普通とする地球時間に合わさざるを得なかったことで、どうにかそれに対処し得る時を引き寄せられた、太陽の心を生きる人たち。それらの奇跡という名のこの星での普通は、他とは全く異なる生き方をする太陽をここに誕生させた、宇宙本来の中庸の意思。支配から外れようとした太陽のその覚悟に応え、「無有日記」は、心を持たない人間の、その原因となる存在の意思を、逆探知のように遡り、それへのEWを為し得るところへと向かう。

 

16.蛇の脳(感情)と自らの意思を同一化させて生き物として地球に入り込み、その後、奇形(土偶)を経て、人間の体と自由になるその意識を手にした、それまでの地球には無かった、心を持たない存在たち。彼らのその異常な性質の原因から入り、地上でのいくつもの(歴史的)原因浄化の時を経て、太陽と月の切なる想いに触れる。

 縁する全ての存在のその原因に余裕で対応し得るこの「無有日記」の、必要に応じた進化を普通とするその無限分の一の原因は、地上の次元を超えるべき時を迎え、太陽の後方に在る、姿無き負の意思の塊(不気味な物体)へのEWを普通とする。そして、そこから、銀河の中心へと原因を遡り、その後、銀河系の本質(正体)にまでそれを伸ばす。限界を持たない原因により一度そこに道が出来れば、意識を運ぶのは、容易なこと。どこまでも自由に、遊び感覚で、その元となる次元の性質をここに招く。それは、太陽との約束でもある。

 人間風に扱えば、その存在は、狡猾さと無慈悲の権化(老獪の大親分)と言える。調和や健全さには限り無く憎悪しかなく、その分、内に秘めた怯えと怖れの度合いは、誰にも負けない。(その認識はゼロであるが…)自然は認めず、不自然の中でのみ安心し、変化(成長・進化)は永遠に無価値とする。その重量級の負の原因(感情)に触れれば、どんな人も、それに抗えずに、彼の思いのままに動くしかなくなる。そんな性質の姿無き超巨大な物体であり、空間である。違和感となる対象は、永遠の先まで追いかけ、その全てを無きものにする。そのための手段は選ばず、全てが、彼の手下となる。

 難無く潰し切れるはずが、そうにはならないためにやむ無く忌み嫌う空間であるこの地球時間(次元)に合わせて人間となった、その存在の意思(コピー)。にも拘わらず、ほんの少しの間に、前述のような性質を備える人間を、強弱濃淡様々に大多数にしてしまえたことを思うと、その元となる存在の意思が、銀河のエリアでどれ程負の力を及ぼしているかが分かる。そのことが、それに対応し得る原因を乗せて、こうしてここで文章になるということ。宇宙は、今、この地球を通して、実に面白い時を経験している。

 この地球上で最も非生命的な経験が密度濃く繰り広げられて来ているこの国の、その「歴史の芯」で、地球規模の原因の浄化を促し得る時を創造する。その最終コーナーでは、世の病みと人間の危うい本性のその大元となる原因へのEWを連ね、それを進化させる。この今に繋がる未来は、どんな感じの時代だろう?要らないものを外しつつ、育むべきものを大切に成長させる。約束通り、「無有日記」は、全ての原因の浄化となる、生命としての人間経験のその材料を、ここに形にする。繰り返し何度もそれに触れ、実践し、自らの原因を高め、太陽に恩返しをする。地球でのこの経験は、宇宙の希望となり、新たな普通の確かな原因となる。みんなで、太陽と遊ぶ。by 無有 3/12 2018

 

 

歴史芯34 トップページへ