Virus2021

 

1.どこにも向かわず、何も求めず、ただ自らの原因(心の性質)が引き寄せる現実を、淡々と生きる。そのことで、どこかに居れば、それが自分の場所であり、何かが有れば、それが自分の一部となる。否定も肯定も無く存在し続ける、自分と周りの風景。何の裏返しでもなくそれらがそうであれば、何のためでもなくその原因は動き、次なる必要性と共に、それは心身を次へと運ぶ。良いも悪いも無くありのままを受容する中で、生の在り様は変化そのものになる。

 健康と平和は、その始まりを人の心の風景とし、そうではない様を知らない人によって、それらはあたり前の風景となる。安心と余裕も、優しさと思いやりも、そう。それらを意識することもなくそうである人によって、人間世界は、不安や怖れとは無縁の時を生きる。

 求めずとも自らがその原因でい続けることでそこに在る、社会の平穏。それをあたり前とすることで、何の犠牲も無く自由に生きられる、自然界の生命たち。ただ普通に健康でいて、病むことを知らない本来を生きる。平和な想いからなる生を自然体で育み、時を癒す。人間は、そのことを基本とする。

 

2.その基本からこれ以上人間が離れてはならないと、20年程前に動き出した、人としての在るべき姿への、その原因への働きかけ。それは、この無有日記を通る場所とし、その後の展開をそれに任せつつ、ここに至るそれまでの時を、新たな原因のそれと重ねる。いくつもの時代を経て、その歪な様を定着させた、人間世界。それ自体が変わらなさへの堅固な土台となるものだが、時は、時代の望みに応える生命たちと共に、少しずつ動き出す(揺れ動く)。現象世界とは別次のところでの然るべき原因は、変化に乗り、成長し続ける。

 LED照明は、そんな中で形になる。そうはさせまいとする意思は、人間の脳を通して無生命化の原因を増幅させ、破壊力の有る放射性の光で、時空の流れを止める。それを嬉しい、夜行性色を濃くさせる(非人間性を地で行く)人間たち。動物食で体内を腐らせ、海の塩で静電気活動を活発化させる彼らは、その非生命的活動を支援するようにして現れたLED照明に走り、その下で、変化とは無縁の負の原因を安定させる。蘇生・還元型の微生物を姿無くさせるその光は、人型ロボットのようにして操られて生きる存在にとって、欠かせないものとなる。

 それまでの微生物世界のバランスが大きく崩されることになる、LED照明の影響力。それぐらいだから、それを良しとする人の体内は完全に非生命のそれとなり、本心はその腐敗振りを喜びながらも、人間らしい感覚は次第に失くなっていく。多くがそうであれば何も困らない認識を普通に、見た目ばかりを求めて、動きの無い価値意識を強めて行く。音や色、香りなどが、いつしか無機質なものへと変わって行く。

 

3.LED照明は、樹木や果物の内部を簡単に腐らせ、雨水を破壊力のあるそれへと変えていく。道路や建物は、それによって亀裂と陥没、変色などを進行させ、次第に壊れていく。土や水も、それまでとは全く異なる性質のそれとなり、生命力を無くす。

 LED空間で過ごす人の体内では、細胞も神経系もLED化が進み、その構成元素内では中性子の数が変異してしまう程、その異常は普通になっていく。それでも静電気脳が活動的であれば、何も困らない、その不自然な人間たち。しかし、居住環境でのLED化が進み、密度の濃いLED空間が連ねられる中、無感覚・無頓着が著しく増大する程の時を、彼らは生きることになる。LED画面関わりでの個人主義(自己満足)は強まり、感性ゼロの形式や結果のみを大事にする神経は、揺るぎないものとなる。

 LED照明による無生命化が、街の風景や人間の生活全般だけでなく、森や海に住む動物たちの生へと波及していく中、微生物世界の在り様は全く違ったものとなり、遺伝子レベルに影響を及ぼす程、それは、LED誕生以前とは大きく異なり出す。そして、その当然の結果として、Virus(コロナウィルス)が生まれる。LEDの負の原因と融合するそれは、それまで出会ったことのない(陽子数の)放射性物質として、人や物を介して飛び交い、LED環境の中で自由に活動する。LEDLEDを良しとする人間に支えられ、Virusたちは好き勝手に遊ぶ。

 

4.「生命の素顔」で触れた、胚の次元での様々な営み。夜行性色というのは、内胚葉の息吹き(生命力)を押さえ込もうとする、そこでのその外胚葉の活動がその大元となっていて、そこに、地球本来からかけ離れた、陽子13Al)は在る。作られた膜内での細胞質の本質にまで繋がるそれは、地磁気不要の生の土台となって、夜行性動物同様の獣的な本性と、支配・征服欲の原因を支える。その陽子13が、想定枠を超えたところで、仕事量を増やすことになる。

 LED照明は、自分たちにとって大切な活動源となるものであったが、時代が未来地球のために強めようとするその自浄力に反発する余り、それは、より一層密度を増し、いつ、どこに居ても、人は、LED関わりの時空をあたり前とするようになる。結果、LED化した体内の水分は、自らを侵食する程の流れへと動き出し、そのために、本性を隠せずに自意識が前面に出てしまうぐらい、外胚葉からなる意思が心身の中で主導権を握る。それまでは主に陽子19であった電解質も、陽子13(電子15)へと変質し、それでないと保持できないぐらい、そこではLED化による分子レベルの混乱が生み出されてしまうことになる。

 LED照明によって自家中毒のような状態になってしまった、それに平気な人たちの体内。その身体は、同じ陽子13関わりの(原因で繋がる)黒色の服装を求めるようになり、内も外も非生命的に重ね合わせようとする本能を働かせる。そして、Virusは、彼らのところに住みやすさを覚え、次々と身体の中に入って行く。(LED化した酸素と腐敗型の細胞活動は、Virusの好物。電磁波をいくらでも取り込む黒一色の装いにも、彼らは、優しさを覚える。)

 

5.今回のVirusは、放射性の要素がその働きかけの重要な部分を占めているため、静電気脳から自由にならないと、防ぐのも難しい。しかし、そうなれたとしても、LED照明は当然のようにしてどんなところにも在るので、人間の体は、すでに多くが、Virusと同調してしまうぐらい、LED化している。少しでもそこから離れていられるよう、電子レンジ食品や動物食を外し、全粒穀物食を普通とする。LED照明の無い家で過ごし、心身の自然な活力と自浄力をつくり出す。

 従来の蛍光灯空間では、太陽からの磁気の影響もあり、そこでの酸素の電子は、太陽風のそれと同じ、4。ところが、LED空間となると、それは色を存在させている電子と同じ、9になる。体内の場合だと、蛍光灯内での酸素は、他の構成元素と同じ13(電子)のままであるが、LED照明の中では、それは3となり、磁気圏のそれと同次となる。

 Virusは、空気中の電子9の酸素を通り道に、体内の電子3のそれへと向かう。他の電子13の物質と同じ、その1/13が主導権を握る、Virusの物質。その右回転の動きは、より強力な回転で動く電子93に引き込まれるようにして、活動幅を拡げ、酸素関わりの時空を侵し、支配し続ける。彼らからすれば、そこに道が在り、行けるところが在るから、そうしているだけ。LED照明は、その後ろ盾となって、彼らを支援する。

 

6.電子1/13の中に在る、プラス・マイナスの元となる、無限双磁極。初めから2である1がそこに在ることで、体内の静磁気の次元では、絶え間なく静電気を動かし得、それにより人間は、その静電気を活力源とする生を生きることになる。その1/13は、他の12/13の自由を押さえ込みながら右回転する電子であるゆえ、地磁気と繋がる地中からの植物を摂り、その歪な動きを少しでもけん制する。地磁気と融合する植物は、同じ電子13の物質で構成されていながらも、そこに在る磁気単極子の力により、それは、左回転の原因を備える。右回転を強めることでその威力を増すVirusは、地磁気繋がりのその時空では、思うようには仕事が出来ない。

 Virusが好むLED照明と動物食を外すだけでも、電子レベルの回転は、生命としてのそれへと向かう流れが生まれやすい。二者択一的思考を離れ、不安の裏返しの頑張りも無くして、脳内の静電気を不要に使わなければ、Virusとの融合も、その原因から薄くなっていく。そして、Virusが戯れるその下地を体内につくらないよう、海の塩を控える。生育の際に水を多く要する穀物からも離れれば、体内の静電気事情も変わり出す。

 無有日記に継続して触れ、そこに在る原因(中庸)の世界を表現している人にとって、‘かんたんおやつ’は、細胞本来へと変化に乗る上での、力強いサポートになる。そこに在る左回転の物質は、地球本来の食として、磁気双極子世界の不自然さを浄化する。地磁気が嬉しいそれによって、心身は、その原因から、健全さを普通とするようになる。

 

7.LEDによって微生物世界のバランスが崩されなければ存在することは無かったであろう、2020年のVirus(コロナウィルス)。とは言っても、微生物というのは、ただ生きるために、環境に合わせているだけ。自己主張も、抵抗も否定も無く、そこに在る性質に自らを適応させながら、様々な生命体の活動を、彼らは支え続ける。

 Virusを、その微生物の一種として捉えれば、彼らの影響がどんなであれ、それは、自然界の正直な姿であることが分かる。存在できるというのは、存在してもいい環境がそこに在るということ。自然界が経験するその必要性において、何らかの存在意義を、Virusは備えているということ。

 地中からの植物を活力源としながら、一生命としての原因を形に変えつつ、支え合いながら生きる、地球自然界の動植物たち。それがそうではなくなったのは、地磁気不要の夜行性の動物の出現から始まるが、数万年前からの人間の夜行性化により、その様は、驚く程の非生命のそれとなる。そして拡大する、壊し合い、潰し合う、そのあり得ない風景。人間は、土を離れ、電気に走り、生命たちの苦しみを次々と生み出し始める。

 Virusは、その破壊力のある性質から、そうであってはならない新たな現実への、自然界の意思表現の形とも言える。それまでのその原因がそのままでは地球本来の環境が維持されなくなるため、Virusのその下地となった歪な人間経験がVirusによって浄化されるという、微生物による(微生物が担おうとする)自浄作用が、そこで行われ出したとも考えられる。そしてそれは、地中(地球)からの植物を中心に生命世界が成り立つという、生命本来のその原因が甦り、力強くそれが変化に乗るまで続けられる。Virusは、生かし合う時へと繋がる、その必要性から生まれた壊し合う時間の、その材料となる。

 

8.今回のVirusは、そう簡単には変えられない環境的な要素に守られているので、いつ終わるか分からない時を、それなりに続けることになる。LED化した体内では、Virusの蓄積度数も高まるので、いつ感染したか(させたか)も分からない中で、今までに無い心身の変化を経験することになる。そして、じわじわと変異する体内環境により、人は、思いがけない厳しい展開へと誘われる。

 体験的理解として普通にそこに在って欲しいのは、飛沫感染の域には無い放射線(の次元)を介しての感染力を、Virusは行使しているということ。そのことを外して先へと行こうとすれば、何をしても、何にもならず、状況は、更なる不本意な方向へと向かう。そうであることのその事実は、感染の様が伝え、その原因に触れることで、そのことへの感覚的理解は確かなものとなる。取るべき選択と実践のための材料は、形ある事実のその性質と、そこに在るそれまでの形無き原因のそのプロセスの中に在る。

 「Virus 2020」の内容も含めて、これまで書いて来ている望むべく在り様を形にする。体内に入り込んだ放射線(放射性物質)は、そこに食べるものが無ければ、居場所を確保できず、強く刺激されない限り、暴走(破壊)行為も困難である。彼らに、場違いであることを教える。

 思考で動かず、何気ない感覚を遊び、自然な色や音を楽しみながら、太陽の下を自由に歩く。植物や小鳥たちの風景を自らの心と重ね、地球を感じ、太陽の光に包まれる。細胞は、Virusたちから嫌われ出す。

 

9.これまでのようにウィルスとして位置づけられていても、その中身は、どこにも無かった特異な放射性物質として在る、今回のVirus。その物質が生き物のように動き、活発にその影響力を拡大させているこれまでを思えば、それ以前の経験からなる対処が意味を為さないことは、容易に分かる。人の流れを抑えて、人との接点を減らしても、Virusは、通れるところを通って、行けるところに行く。LED空間では、闘う相手も居ないので、自由にそこで遊び、人や動物の中に好きな時に入って行く。占める割合と活動の幅は、遮られることなく増大して行く。

 人間世界にとっては脅威の存在である、Virus。しかし、地球から見れば、昼行性の動物たちが少しでも生きやすくなる、その次なる風景への機会として、それは望むべく現実として在る。夜行性世界での静電気活動は、Virusによってそれまでのようにはならなくなり、自然界のありのままの変化を阻もうとする力も、少しずつ弱化する。動植物を所有物のようにして扱う思考も、その燃料となる恐怖心を、そのままには出来なくなる。

 それでも、あらゆるところに在る、LED照明。そのことが生み出す無生命化(非生命的現実)は、自然界の生命たちにとってとても厳しいものであるが、そのLEDを欠かすことの出来ない存在たちがLED関わりで生まれたVirusによって生きにくさを覚えるという現実を通して、それらの全ての負の原因は、居場所を失くす流れに乗る。これまでの地球時間を思えば、ここでの人間時間は、地球本来への大切な原因。見方を換えれば、Virusは、地球の望み。地球が安心する原因を生き、Virus関わりから離れたところで、ひと足先に未来の風景と遊ぶ。この今の不穏や不確かさがどれだけ続いても、それは、要らない滞りが浄化されて行く、変化へのプロセス。

 

10.これまでの確認作業のようにして在る、「Virus 2021」。触れる場所も、動かす原因も、「Virus 2020」の時とは違うそれは、ここに至る体験的知識をその材料に、更なる変化と力有る普通をつくり出す。無有日記との時間が、それを支え続ける。

 Virusは、健全な微生物を退けるLED照明を好み、電磁波(静電気)の飛び交う、電子機器や形式主義で囲まれた空間で遊ぶ。体内で腐る食事は、彼らに居場所を提供し、恐怖心や停滞感は、その下地を固めていく。あたり前にその世界から離れていた人のそこでの普通は、Virus関わりの現実を余裕で観察する。そのことを、ただそのままに、人としての原因をさりげなく真剣に生きる。

 昨年以上に、厳しく、大変な状況を経験するであろう、2021年。今まで通りで何も困らないのに、次々と無くてもいい物をつくり、挙句、その負の蓄積を嘘の光(LED)に支えさせるという、不自然さの極みの中に居る、人間世界。そんな時だからこそ、未来が喜ぶ一生命としての人間時間を表現し、何も無くても全てが有る、変化そのものの時を、地球自然界の生命たちと共に過ごす。「地磁気」を生きる力に、「Virus 2020/2021」を、生きる道具にする。そして、いつも、心ある原因でいる。by 無有 1/26 2021

 

 

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