背景の山、手前が眉山・後ろが普賢岳 |
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島原鉄道の島原駅前から島原城への道(七万石坂・ななまんごくざか)から、二つ諫早寄りの通り。
島原城のすぐ近くにある、西日本新聞島原支局前の坂。
伊藤道元先生の住居があったので、道元坂という。 昭和19年、旧制島原中学の社会と国語の先生として着任されました。その後、島原高校、島原商業高校(島原高校商業科が分離独立)に勤務されました。
いつも戦闘帽をかぶり、歩く姿もゆったりして、大人の風貌でした。島原の晴雲寺の僧侶をされていた時期もあり、博学で懇々と諭すタイプの先生で、生徒から絶大な信望があり、 住んでいた所の坂に名前が付けられているくらい、今でも慕われています。左の写真は、道元坂の道標です。
<島原市の 吉田 錬治 さんに、情報提供して頂きました>
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