道元坂 (どうげんざか)   島原市城内(じょうない)一丁目〜上の町(うえのまち)  
道元坂 1998/1 撮影
道元坂
背景の山、手前が眉山・後ろが普賢岳
 
七万石坂 1998/1 撮影
近くの七万石坂と島原城
 

島原鉄道の島原駅前から島原城への道(七万石坂・ななまんごくざか)から、二つ諫早寄りの通り。
島原城のすぐ近くにある、西日本新聞島原支局前の坂。


道元坂の標識 伊藤道元先生の住居があったので、道元坂という。

 昭和19年、旧制島原中学の社会と国語の先生として着任されました。その後、島原高校、島原商業高校(島原高校商業科が分離独立)に勤務されました。
 いつも戦闘帽をかぶり、歩く姿もゆったりして、大人の風貌でした。島原の晴雲寺の僧侶をされていた時期もあり、博学で懇々と諭すタイプの先生で、生徒から絶大な信望があり、 住んでいた所の坂に名前が付けられているくらい、今でも慕われています。

 左の写真は、道元坂の道標です。

<島原市の 吉田 錬治 さんに、情報提供して頂きました>



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