第1回 「職場の皆様へ」

(本稿は、97年6月に、職場の機関紙において、職員が一人ずつ順番に連載するという形式のコラムに寄稿したものである。話題が古いのはそういうことで勘弁してほしい。それと、私はまだ若輩なので、本稿を読むのはほとんどが職場の先輩、上司、幹部職員等々であった。おかげで出世の道は断たれたかもしれない。大丈夫か>俺)


 かつて職場の先輩に、このリレーエッセイの心得を聞いたことがある。 第一に、趣味の話は書くな(知らない人間にはわからない)、第二に、仕事の話は書くな(仕事の紹介はおもしろくない。愚痴なら聞きたくない)、第三に、自己満足のわけのわからないことは書くな、という三点であった。いちいちもっともな指摘である。あだやおろそかにすべきでない。
 したがって、長上を敬うこと儒者の如しと自負する私としては、以下謹んで、趣味と仕事の話を自己満足のわけのわからない調子で書こうと思う。なにとぞご寛恕いただきたい。
 さて、趣味である。読書と奇術が私の趣味であることは知る人間も多いと思うし、比較的誰もが受け入れやすい話題でもあるので、先の禁忌には触れまいと思う。だから書かない。そんな甘えは許さない。
 ゲームの話をする。
 といっても、スーパーファミコン(持ってる)や、メガドライブ(持ってる)や、プレイステーション(持ってる)や、セガサターン(持ってる)や、ゲームボーイ(持ってる)や、たまごっち(2個持ってる)の話ではない。ゲームセンター(持ってない)の話である。
 二十年ばかり前、私が周囲の大人から、「神童」あるいは「長栄中学校はじまって以来の天才」と呼ばれていた友人を持っていた頃、「インベーダーゲーム」の大ブームがやってきた。雨後の筍の如く「インベーダーハウス」なるものが生まれたが、ブームの潮が引いたあとには、たくさんの空き店舗とたくさんの薄暗い「ゲームセンター」が現れた。みなさんよくご存じの消息である。
 私がゲームセンターに通うようになったのが、その頃である。
 「ラリーX」「ギャラクシアン」「パックマン」「平安京エイリアン」等々と、ゲームの名前を書き並べるだけで当時の光景が甦るが、なんといっても懐かしいのはゲームセンターそのものである。
 はっきりいっていかがわしかった。薄暗い店内にずらりと並んだテーブル型のゲームマシン、隅の暗がりにたむろするソリコミ入りの高校生たち(極薄カバン標準装備)、目付きの悪い店長の親父、いつも故障中の両替機、いつから入ってるのか分からない景品のお菓子、人間離れした腕前の小学生。女性の姿は決して見なかった。それに、私が中学生の間には、恐喝にあったことも一度や二度ではない。三度である。
 今のゲームセンターにはそんな雰囲気は微塵もない。明るくて広い店内。若くて愛想のよい店員たち。バラエティに富んだゲームマシン。プリント倶楽部(以下「プリクラ」)の前で山になっている女子高生。あちらこちらで嬌声をあげるカップル。なにも暗くていかがわしい方がよいわけではないが、あまりに明るい現在の姿を見るとなんとなく残念な気もする。とくに、楽しそうなカップルを見たときその気持ちは顕著である。残念無念というか、あのころ俺はというか、今に見ていろというか、そんな気持ちである。
 そして、現在も私はゲームセンターに通っている。それもほぼ毎日。べつに、プリクラにはまっているわけではない。ルーズソックスに短いスカートの彼女らも、顔写真のシールを作って何が楽しいのかと思う。だいたい人通りもある店の前で、そこまでして並ぶほどのことではなかろう。十分も十五分も、女子中高生の間に立っている私の身にもなってもらいたいものである。
 私の目当ては店内にある。レーシングゲームもUFOキャッチャーも横目で見て、スキーやスノボーのゲーム(酔った勢いでときたまする)もおいといて、メダルゲーム(競馬ゲームやスロットマシン。両替機とメダル貸機をまちがえたときには、半泣きでよくする)には目もくれない。目指すのは、対戦格闘ゲームのコーナーである。
 そのゲームにはまったのは、もう一昨年のことになるが、それ以来、つぎ込んだ金は三百万をくだらないうそ。三十万ぐらいである。
 そのゲームは「バーチャファイター」という、現在はシリーズ三作目が稼働中のゲームである。といっても、ご存じない方が大半であろう。「ストリートファイター」シリーズや「鉄拳」シリーズと同様のゲームと思ってください、といっても通じまい。いい気味である。
 まあ、今のゲームセンターの一角は碁会所のようになっていると思ってもらえればよい。ゲームセンターにふらりと立ち寄って、見ず知らずの相手と腕を交えることができるのである。ゲームの画面をはさんで向かい合い、レバーとボタンを使って技の応酬を繰り広げ、勝敗を争うのである。老若男女問わず、差別も区別も手加減も容赦も一切なしに、百円玉一個で楽しめる。
 これが燃える。
 対戦を挑むことを“乱入”というが、乱入するところから胸が躍る。こいつの腕はどれくらいか、自分の得意技は通用するのか、1ラウンド目の開幕はジャブからいくか、と百円玉をにぎりしめてドキドキしている姿は、親にも見せられない。なにしろ今年三十四である。
 で、相手がたとえ小学生でも上手な奴にあたると1分でコテンパンである。百円パーである。ただし、自分が勝って、乱入者が続くと、百円で何十分でも続く。何十連勝でもできる。ある日など46連勝の経験をした。これには当然1時間以上かかったが、そのうち13勝は私が進呈した。恐るべき達人に出会ったといえる。よい経験をした。
 ゲームは孤独であるというが、そうとも限らない。対戦中は、相手の手の内が読め出すとあたかも会話をしている気分になる。ほう、そうくるならこうだ、次はこれだ、うまいっ、よっしゃいまや、などなど。たまに気がつくと、ほんとに声を出している。これは少し恥ずかしい。
 対戦後は、相手と話すこともある。今のは見事だったよねえとか、あの技は隙が大きいから出しどころがかぎられるなあとか、あの技とその技をつなぐのはどうするのか、とかである。常連同士なら友達にもなる。最初に碁会所のようだといったのはまさにこのことである。
 私が今も師匠と崇める高校生は、前の職場の頃に大工大前のゲームセンターで知り合った。
 今の職場の近くにも大きなゲームセンターはあるが、常連らしい常連もいなくて少しさびしい。そして客のレベルもいまひとつで、今のところおそらく私が最強である。今後は小役人ウルフと呼んでいただきたい。
 こんな話を続けるとひんしゅくを買うのは目に見えているが、まあ今はそんな世界もあるということだ。
 見ず知らずの相手と戦うスリル、持てるテクニックのすべてを出し切って勝つ快感、緊張や凡ミスで格下に負けるくやしさ、そして懸命の練習と向上の繰り返し、等々は、勝負事全般スポーツ全般に通じる楽しみかと思う。
 運動音痴の私は、今やっとそれらを経験することができるようになった。ゲームも捨てたものではない。

 ところで、仕事も、案外捨てたものではないと思う。大体こんなものを捨てるとえらいことになる。親子三人すぐさま路頭に迷う。
 それに、燃えるゴミかどうかも分からない。出す曜日を間違えると、市の清掃局も困ると思う。回覧板で指摘されると大恥である。
 今の職場は、採用以来2度の転属を経て3カ所目になる。公務員のくせに出先の事業所ばかりのため、毎週土日が休みで、毎朝出勤簿に押印しなければならない職場が本当にあるとは、いまだに信じられない。
 ともあれ、役所に入って十年、直属の上司である係長には恵まれてきたと思う。責任感が強く、部下を大切にしてフォローを忘れず、、職場の人間関係にも気を配り、仕事には率先して全力を傾注し、市民のためなら上司との衝突も恐れない。そんな上司ばかりであった(よいしょっと)。
 私も来世紀あたり、係長となったあかつきには、今度はあらためて自分が、そんな課長に恵まれたいものである。
 紙幅が尽きた。もっと仕事の話も書きたかったが、そもそも仕事をしていないので書きようがない。ちがう。こちとら忙しいのである。
 そのへんの話はいずれということで、次の方にバトンタッチ。

(07/23/99 up)


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