第3回 「元日今昔」


 昔は元日と言えば、家族そろって一日中過ごしたものであった。
 みんなで日も高くなってから起きだして、おせちとお雑煮を前に家族うち揃い、家長たる父親の発声のもとで新年を祝い、お屠蘇をいただくところから一日が始まった。
 子どもである私たちは、小さな猪口に注がれた苦いいとも甘いともつかぬ味のお屠蘇を顔をしかめて飲み干し、口の中でもごもごと「あけましておめでとうございます」とつぶやくのであった。そしてお年玉をもらって勉強机の秘密の引き出しに大切にしまいこむのであった。
 そのあと、父親は昼過ぎまで飲み続けて酔いつぶれてしまい、こたつの中で腕枕のままいびきをかき始める。私たちは出かけるあてもなく、みかんを食べながらテレビの正月番組をだらだらと見て過ごした。年賀状は家族宛てのものも含めて五回は見直した。初詣は父親の昼寝が一段落してからであった。
 当時は、町中の店が正月休みで閉まっていた。大きな町だったが、開いているのは映画館を除けば、駅の売店と、変わり者の喫茶店が一軒だけだったと思う。
 だから私たちは仕方なくというかなんというか、それが当然のもののごとく家の中でごろごろしていたのである。
 そのうち母親が百人一首を持ち出してきたり、トランプとマッチ棒でオイチョカブの真似事を始めたりもした。もちろん「人生ゲーム」は元日だけで三回くらいやった。

 ところが今はどうだ。コンビニは言うに及ばず、商店街でも3分の1ほどの店が開いている。レンタルビデオ店や書店、おもちゃ屋はまあよいにしても、飲食店の大半が営業している。元日くらいは、家族でもそもそとうまくもないおせち料理を食べながら一日過ごすのではなかったのか。
 駅前では大きなファッションビルが丸々一軒営業していた。ビルの中は、売れ残りの衣料品を詰め込んだ福袋を求めてさまよう家族連れでごった返していた。
 たのむから元日くらい家でじっとしとけっちゅうねん。
 あと、解せないのはペットショップと携帯電話屋である。誰が正月早々、「さあ、年も改まったし、ビーグル犬でも一匹買っとこうか」と思うのであろう。あるいは、どこの子どもがお年玉でシェトランド・シープドッグを買いに来るというのであろう。店主の見識を疑うが、本人が昔、元日にペットショップが閉まっていて悲しい思いをしたのかもしれない。小さい頃、大晦日にどこぞの坊主に「元日にアビシニアンのヒゲを一本手に入れれば、そなたの父親の病気も快癒するであろう」とか言われて。とんでもない坊主もいたものである。
 それに携帯電話屋もよくわからない。誰が正月早々、「さあ、年も改まったし、心新たに機種変更しよう」と思うのであろう。どこの子どもがお年玉で「やっぱり正月はエッジやで」と端末を買いに来るというのであろう。だいたい元日早々携帯電話を買って誰にかけてもらおうというのか。
 「おう田中か。おれケータイ買うてん、ケータイ。正月やし。番号教えるから電話して来い。あけましておめでとうとか言うねんぞ。絶対やぞ。かけてこなしばくぞ」とかいう電話をあちこちかけまくるつもりであろうか。元日早々、田中もいい迷惑である。
 こちらも店主の見識を疑うが、本人が昔、元日に携帯電話屋が閉まっていて悲しい思いをしたのかもしれない。小さい頃、大晦日にどこぞの坊主に「元日に携帯電話で医者を呼べば、そなたの父親の病気も快癒するであろう」とか言われて。とんでもない坊主もいたものである。さっきのと同じ奴かもしれない。そもそも病気やったら医者くらい普通の電話で呼ぶっちゅうねん。

 残念ながら町はそんなぐあいで、せっかく大晦日から実家に帰っていたのに、懐かしい団欒も今は昔であった。妻と子は買い物へ行き、私は一人で町を歩き回っていた。百人一首も人生ゲームもしなかった。こたつの上のみかんはぜんぜん減らなかった。
 唯一、正しい元日を送っていたのは、お屠蘇を飲んだくれてがーがーいびきをかいていた父親のみであった。
 やはり昭和ひとけた生まれは偉大であるといえよう。いえませんって。

(01/04/2000 up)


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