第7回 「ヤ」の受難と逆襲


 近年、「ヤ」の受難が続いている。ヤクルト・スワローズのことではない。暴力団員の方々のことでもない。たんなる「ヤ」、カタカナの「ヤ」のことである。
 たとえば、「イタリア」である。つい最近まで、みな「イタリヤ」と書き、そう言いもしていたはずなのだが、近頃はそんな表記はとんと見かけない。「伊太利屋」などという屋号の洋品店や飲食店も珍しくないのに、いつしか「ヤ」は「ア」にとって代わられて、今や誰もそうは書かず、また言いもしない。
 「ギリシャ」も同じである。こちらはまだイタリアほどのことはないが、歴史書はいざ知らず、こじゃれた雑誌等で目にする表記は、すでにほとんどが「ギリシア」である。
 「ダイアモンド」も然り。今はなきプリプリなる女子楽団の影響か、こちらも近年、「ダイヤモンド」と書かれることが随分少なくなった。
 人名でも事情は同じである。「マライア・キャリー」など、一昔前ならきっと「マライヤ・キャリー」と呼ばれていたはずである。
 ほかにも、「ベルトコンベヤ」が「ベルトコンベア」に、「バリヤー」が「バリア」に、「キャンティ」が「キアンティ」に、「ロイヤル」が「ロイアル」になりつつあるなど、枚挙にいとまがない。
 ことほどさように、今日、「ヤ」の受難は厳しさを増し、ついには「ア」によって駆逐されんとしている。

 このままでは、「タイヤ」が「タイア」になる日もそう遠くないであろう。一部の広告や雑誌にはすでにその萌芽も見うけられる。その日がくれば「タイヤキ」も「タイアキ」と呼ばれるのだろうか。なんだか鯛の開きみたいである。
 「裸のマハ」「着衣のマハ」で有名な画家の「ゴヤ」も、「ゴア」と書かれるようになるのだろうか。それではまるで人間モドキの親玉である。マグマ大使の宿敵である。
 「エビフライ」はどうか。これは一見別条なさそうだが、名古屋では違う。「エビフリャー」であるがゆえに、近い将来「エビフリア」となること必定である。これではいったいどんな料理かわからない。

 これら「ア」の侵攻に対して、「ヤ」は、いかなる対抗策を取りうるであろうか。
 ひとつには、「ワ」と共闘することである。「ヤ」ほどではないが、「ワ」もまた、「ドラクロワ」が「ドラクロア」に、「コワントロー」が「コアントロー」になるなど、現在「ア」の激しい攻撃にさらされている。
 共闘してどうするのか。迫害の歴史を共有して傷を舐めあっているだけでは、「ア」の侵出は食い止められない。「ワ」と「ヤ」がともに手を拱いて座視していれば、カタカナ表記の場から一掃されるのも時間の問題である。それでは文字通り、さっぱりワヤである。

 ここはやはり、「ヤ」の側から決死の反撃に出るしかあるまい。いまだ態度の定まらぬ「ワ」との合従連衡など考えずに、一気にすべての「ヤ」を取り返すのである。
 先の例はすべて手始めである。「イタリヤ」と「ギリシャ」を陥落させ、「マライヤ」に「ダイヤ」を与えて味方につけ、「ロイヤル・シェイクスピヤ」劇団と防御の「バリヤー」をはりめぐらせるのである。「ファイヤー」の如き激情で反撃に転じるのである。
 しかし、奪われた「ヤ」を取り戻すだけではまだまだ手ぬるい。真の逆襲はここからである。

 すべての「ア」を奪い尽くすのだ。原音表記になどこだわっている場合ではない。
 「エアボンベ」を「エヤボンベ」に、「シェア」を「シェヤ」に、「チェアー」を「チェヤー」に、「シビア」は「シビヤ」に、「トライアル」は「トライヤル」である。なんか田舎くさい気もするが、攻撃の手を緩めるわけにはいかない。
 名古屋戦線でも、「エビフリャー」を奪還した勢いで、「エビドリア」を「エビドリャー」にする。まるで、エビを投げ飛ばしているみたいだが、かまっている場合ではない。
 ドラえもんにも容赦はしない。「どこでもドア」は「どこでもドヤ」である。一見、ホームレスの人のことか、関西人が青カンを強要しているようだが、ここも鎧袖一触で突き進む。
 さすれば、五十音表の末端で、薩摩の島津氏の如く戦況を見守っていた「ワ」も、ようやく兵を挙げるであろう。
 「ハードコワ」、「ノワの方舟」、「美容室アクワ」、「海外ツワー」、「ルワー・フィッシング」である。「ワイワット・ワープ」に、「ラッシュワワー」である。なんだかワーワーと景気がよいではないか。
 そして、激しい戦の後、「ヤ」と「ワ」は手を取りあって、凱歌をあげるのである。

 うーむ、どっちにしても、さっぱりワヤではあるな。

(02/04/2000 up)


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